学位論文要旨



No 121049
著者(漢字) 中島,智彦
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,トモヒコ
標題(和) ペロブスカイトMn酸化物のAサイト秩序/無秩序効果と室温巨大磁気抵抗
標題(洋) A-site Order/Disorder Effect and Room Temperature Colossal Magnetoresistance in Perovskite Manganite
報告番号 121049
報告番号 甲21049
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4849号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 助教授 森,初果
内容要旨 要旨を表示する

[序]

ペロブスカイト型Mn酸化物は強磁性金属転移や電荷軌道整列転移、電子相分離、それに伴う巨大磁気抵抗(CMR)効果の発見によって多くの研究者の興味を惹き、これまでに膨大な数の実験的・理論的研究結果が報告されている。また、応用の面でもCMRを利用した次世代磁気ヘッドなどの開発が非常に盛んに行われている。一方、複雑な物性の発現機構は明らかでない部分も多く、未だ基礎研究の発展に対する期待は非常に大きい。ペロブスカイト型Mn酸化物における興味深い物性現象はR3+MnO3のR3+(希土類イオン)をA2+(Ca2+,Sr2+)で置換した系R1-xAxMnO3において現われる(R,Aイオンが占めるサイトを以降、ペロブスカイト構造のAサイトと呼ぶ)。系の物性はAサイトを大きさ、価数の異なる種々のカチオンで置換していくことによる、Mnイオンのeg電子に関するバンドフィリングとバンド幅の制御により体系付けられてきた。しかし、Aサイトを無秩序に占める2種以上のカチオンによって構造・電荷のポテンシャルに大きな乱れが導入されることが予想され、複数の自由度が絡み合うこの系では、このランダムネスが物性を非常に大きく変化させる要因になることが考えられる。ところが、ランダムネスが具体的にどのように影響を与えるかという観点からの研究はほとんど行われてこなかった。また応用上の問題点として、室温付近で高いCMR効率を示す物質が全くないことについてもAサイトの乱れが原因であると考えられている。以上のように、基礎物性だけでなく応用の面からも非常に重要だと考えられるAサイトの乱れの効果を解明するために研究を行った。まずこれまでになかったAサイトが層状秩序し、系から乱れを取り除いたRBaMn2O6(R=Y3+,希土類イオン)(図1(a))の合成に成功した。その結晶構造・物性を調べた結果、CE型電荷・軌道整列の転移温度が従来のAサイトが固溶した系(R1-xAxMnO3(A:Ca,Sr))と比較して非常に高温で起こること、またこれまでにない構造相転移などを見出し、これらがAサイトから乱れを取り除いた結果起こることを明らかにした。さらに、この物質群について合成方法を工夫することでAサイトの乱れの大きさをコントロールし、乱れの大きさが具体的にどのように物性に影響を与えるか定量的に評価した。さらに、そこから得られた知見を用いて、Aサイトの秩序/無秩序を適切に制御することにより、これまで不可能であった室温でのCMR効果発現に成功した。

[Aサイトの秩序/無秩序効果]

まず出発物質R2O3、BaCO3、MnCO3をAr(6N)雰囲気下において1300℃、24時間で反応させることによりAサイトが層状に規則配列しR層のみ酸素の欠損したRBaMn2O5+δを合成した。次に、この母体構造を崩さない程度の低温300〜500℃で酸素処理することによってR層に酸素がインターカレートされ、目的のAサイトからランダムネスを排除したRBaMn2O6(図1(a))を得ることに成功した。一方で、同じ出発物質を1%O2/Ar気流中で反応させたあと、900℃で酸素処理することによってAサイトが完全に固溶したR0.5Ba0.5MnO3(図1(b))の合成も行い、同一組成を持つ物質でAサ

まず始めにAサイト秩序型RBaMn2O6の大きな特徴は電荷・軌道整列転移が非常に安定化されることである。YBaMn2O6では転移温度は480Kまで上昇している(図2(a))。従来のAサイトが固溶し電荷・構造のランダムネスを内包した系では電荷秩序転移は最高でも280K程度であったので、ランダムネスの排除が電荷整列転移に多大な影響を与えていることが明らかとなった。また、RBaMn2O6(R=Tb〜Y)ではこれまでにない軌道秩序によると思われる構造相転移を示すこと、RBaMn2O6 (R=Sm〜Y)では電荷・軌道整列相が従来と異なる積層構造を持つことを見出した。これらは、Aサイトイオンの層状配列によりAサイトの電荷・構造歪みの不均一がなくなり、Mnサイトの電荷整列がより促進されたと解釈される。

次に、Aサイトを無秩序化させたR0.5Ba0.5MnO3ではその結晶構造・物性はどう変化するかを調べた。物性と格子定数の変化を図2(b)に示す。結晶の平均構造は全て単純立方格子である。La0.5Ba0.5MnO3を除く全ての化合物で磁気・電荷長距離秩序を示さず、スピングラス的振る舞いを示した。Aサイトを秩序化させた場合に起こる相転移(電荷・軌道・磁気秩序)、しかも室温よりはるかに高温で起こっていたものが、消えてしまうことが分かった。La0.5Ba0.5MnO3では強磁性転移を示すものの、転移温度はLaBaMn2O6と比較して50 Kも低下している。これらは明らかにAサイトの無秩序化が原因であり、構造の乱れが電荷・スピンの長距離秩序の形成を妨げていると考えられる。このとき、構造の乱れをミクロなスケールから評価するため、Aカチオンのイオン半径の分散という考えを導入する。

図3にAサイトカチオンのイオン半径の分散σ2(σ2=Σiνiγi2-γA2,γi:それぞれのイオン半径,νi:占有率,γA:平均イオン半径)とAサイトの平均イオン半径<γA>、及びその基底状態との関係を示す。横軸<γA>はバンド幅に対応する。一方、縦軸σ2は構造のランダムネスの大きさを表している。まずR0.5Ca0.5MnO3はCaのイオン半径がSr、Baに比べてRイオンのそれに近いためσ2の値は小さくなる。そのため構造のランダムネスによる効果は小さく、狭いバンド幅に対応してCE型電荷・軌道整列が現れる。Srの場合にはσ2の値が10-2以下の範囲では長距離秩序を形成し、それぞれのバンド幅の大きさに対応して、強磁性相、A型反強磁性相、CE型反強磁性相が現れる。ただしσ2の値が10-2を越えると長距離秩序の形成が不利になり、スピングラス相となってしまう。Ba系の物質では、σ2の増大によって長距離秩序の形成は困難になり、La0.5Ba0.5MnO3を除いてスピングラス相が支配的になっている。以上のことから明らかなように、Aサイト無秩序型ペロブスカイト型Mn酸化物では、従来のようにAサイトの平均イオン半径から考えるバンド幅だけでなく、Aサイトカチオンのランダムネスの影響を無視できない。それは、Aサイトランダムネスが磁気・電荷の長距離秩序の形成に多大な影響を与えているためである。

[ランダムネス効果の定量的評価]

このようにAサイトのランダムネスはペロブスカイト型Mn酸化物の物性をコントロールする上で非常に重要な要素であることが分かった。では、ランダムネス効果の程度問題はどうなっているか。Aサイト秩序を持つRBaMn2O6を高温酸化雰囲気でアニールすることによってAサイトが徐々に相互固溶することを明らかにし、温度と時間をコントロールすることで様々なAサイトの秩序度を持つRBaMn2O6の合成に成功した。その合成方法によって得られた様々なAサイト秩序度を持つPrBaMn2O6、SmBaMn2O6について電荷・磁気秩序相がランダムネスの導入によって受ける影響を調べた(図4)。その結果、PrBaMn2O6では強磁性及びA型反強磁性転移が乱れの導入とともに次第に抑えられていくことが分かった。そして、Aサイトが秩序化した場合には基底状態に電子相分離は見られないのに対し、乱れの導入に伴い、低温で電子相分離が現れ、磁気抵抗効果も顕著に増大することが明らかとなった。つまり、乱れの導入が磁気・電荷秩序のコヒーレンス長に大きな影響を与え、競合する2相(強磁性相・電荷整列相)の揺らぎを強くして電子相分離状態の形成を促す。これは、CMR効果の発現には乱れの導入が必要不可欠であることを示している。

では、電荷整列転移を示すSmBaMn2O6ではどうか。この物質は室温以上で電荷整列転移を起こすことから、乱れの導入はCMR効果の発現を期待させる。PrBaMn2O6と同様にAサイトの秩序度を変えていったところ、電荷整列は前述の磁気秩序に比して非常にAサイトの乱れ(Sm3+/Ba2+)に敏感であり、わずかな乱れの導入で長距離秩序の形成が困難になってしまうことが分かった。Aサイトに乱れを導入した場合、SmとBaの大きなイオン半径の差(大きなσ2)は、大きな局所歪みを生んでいるため、電気伝導には必要以上に不利な状態をつくり、期待に反して磁場をかけても磁気抵抗効果は発生しなかった。乱れの導入(Aサイト秩序度の変化)は磁気抵抗効果に必要な要素となっているが、CMR効果の発現には局所的に見た場合の乱れ方の程度(この場合はσ2)も考慮しなくてはならないことが分かった。

[室温CMR効果の発現]

最後に、以上の研究結果を踏まえ、室温CMR物質の開発に取り組んだ。開発にあたって重要な点は次の3点である。(1)電荷整列転移温度を室温以上に保つ(R/Baの層状秩序を保つ)。(2)結晶中にCMR効果発現に必要な乱れを導入する。(3)乱れの導入にあたってσ2を可能な限り小さく抑える。この3点を同時に満たすことが鍵となる。本研究ではこれらの条件を満たすように、母物質にAサイトが層状秩序したSmBaMn2O6を選び、乱れの導入についてはSm/Ba両サイトへのLaの置換を試みた。その結果、上記の条件を満たすSm0.90La0.24Ba0.86Mn2O6において室温で1,000%に達する非常に大きなCMR効果を得ることに成功した(図5)。これはバルクの遷移金属酸化物ではこれまでにない桁違いの大きさである。

以上のように本研究では、同一組成のAサイト秩序/無秩序型物質を合成し、その構造・物性を定量的に検証することによってペロブスカイト型Mn酸化物におけるAサイトランダムネスの問題を明らかにした。その結果をもとに、これまで不可能であった室温でのCMR効果の発現にも成功した。

図1 (a) Aサイト秩序型RBaMn2O6の結晶構造(b)Aサイト無秩序型R0.5Ba0.5MnO3の結晶構造

図2 (a)秩序型RBaMnO6/(b)無秩序型R0.5Ba0.5MnO3の電子相図

図3 無秩序型R0.5A0.5MnO3(A=Ca,Sr,Ba)の<γA>-δ2相図:

図4 (a)PrBaMn2O6 (b)SmBaMn2O6のAサイト秩序度に対する相図

図5 Sm0.90La0.24Ba0.86Mn2O6の零磁場及び磁場印加時の電気抵抗率と9T印加時の磁気抵抗効果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章は、イントロダクションであり、世界的に研究が展開されているペロブスカイト型Mn酸化物についての従来の研究の紹介と構造および色々な電子状態ついて解説した後、従来のペロブスカイト型Mn酸化物が内包するAサイトのランダムネス効果の問題を解決するために、Aサイトが秩序配列した物質を開発することが必要であるいう本研究の動機および目的が述べられている。また、ペロブスカイト型Mn酸化物に特徴的な巨大磁気抵抗と相分離との関係を明らかにし、室温での巨大磁気抵抗実現を目指すことが述べられている。

第2章はX線・中性子回折とそのリートベルト解析、電磁気測定、熱測定、電子顕微鏡観察などの実験方法について述べられている。第3章は2種類のAサイト金属(BaとR:希土類金属)が層状に規則配列した新規Aサイト秩序型ペロブスカイトMn酸化物RBaMn2O6および無秩序型R0.5Ba0.5MnO3の合成について述べられている。さらに、色々なAサイト秩序度を持つ物質の合成や単結晶育成についても述べられている。

第4章は合成に成功したRBaMn2O6の構造と電磁気物性について述べられている。まず、代表的な物質YBaMn2O6を例に、降温において三つの相転移即ち構造相転移―電荷軌道整列金属絶縁体転移―反強磁性転移を示すこと、電荷軌道整列は従来とは異なりCE型電荷軌道整列を持つ面がaabbの4倍周期を持って積層していること、反強磁性転移とともに電荷軌道整列は2倍周期に変わること、反強磁性磁気構造は従来とは異なるCE型の4倍周期を持つことなどが述べられている。また、同様の三つの相転移はR = Tb, Dy, Hoの物質でも観測されるが、R = Sm, Eu, Gdの物質では電荷軌道整列金属絶縁体転移―反強磁性転移が起こること、一方、R = La, Pr, Ndの物質では強磁性金属状態が安定で、R = Pr, NdではA型反強磁性金属相が基底状態であることなどが述べられている。続いて、結果をイオン半径比(R3+/Ba2+)の関数として電子相図の形でまとめ、従来型の電子相図との比較を行い、秩序型には、(1)室温以上の非常に高い電荷軌道整列温度、(2)新規CE型電荷軌道整列様式、(3)電荷軌道整列転移とは別の構造相転移の存在、(4)相境界における転移温度の減少などの臨界現象の欠如、(5) LaBaMn2O6における電子相分離、などの特徴があることが述べられ、MnO2層がサイズの異なる2種類の岩塩層(ROとBaO)により挟まれその結果MnO6八面体が特異な歪を持つという特徴的な構造とそれがもたらす相互作用への摂動効果の観点からこれらの特徴の原因についての説明が述べられている。構造相転移についてはdx2-y2型の軌道整列の可能性が提案されている。

第5章では無秩序型R0.5Ba0.5MnO3が単純立方構造を持つことと基底状態がR = Laの強磁性金属を除いて磁気グラス状態であることが述べられている。無秩序型について、基底状態をAサイトイオン半径の分散という観点から整理し、長距離磁気秩序を示すに必要な分散の閾値を見出している。第6章ではAサイト秩序度の異なるR = Pr, Ba物質を用意し、Aサイトの乱れは強磁性金属・A型反強磁性金属および電荷軌道整列を不安定化させること、特に、電荷軌道整列は少しの乱れでも不安定化することが述べられている。

第7章では室温以上での電荷軌道整列転移を持つSmBaMn2O6のSmサイトとBaサイトの両方にLaを置換することにより室温での巨大磁気抵抗発現に成功したことが述べられている。最大磁気抵抗効果を示す組成(Sm0.90La0.24Ba0.86MnO6)を持つ単結晶を育成し、磁場9Tで室温での電荷軌道整列絶縁体―強磁性金属転移を観測したこと、このときの室温での磁気抵抗効果は1000%を越えこれまで観測された室温巨大磁気抵抗をはるかに超えることなどが述べられている。第8章はまとめである。

以上、本論文は、論文提出者が新規に開発したAサイト秩序型ペロブスカイトMn酸化物RBaMn2O6および無秩序型R0.5Ba0.5MnO3について構造、伝導性、磁性を調べ、構造相転移、電荷軌道整列転移、磁気秩序などを明らかにするとともに、課題であったAサイトランダムネス効果を明らかにし、それを基に、室温での1000%を越える巨大磁気抵抗を実現したもので、ペロブスカイト型Mn酸化物研究に新たな境地を開いた非常にインパクトの強い研究である。

なお、本論文第4章は上田寛、陰山洋、山浦淳一、山内徹、市原正樹、吉澤英樹、大山研司との、また、第5、6、7章は上田寛との共同研究であり、大部分は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって合成、分析、測定、解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク