学位論文要旨



No 121052
著者(漢字) 村松,彩子
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,アヤコ
標題(和) 有機および有機金属フラーレンをメソゲンとする液晶の研究
標題(洋) Study on Organo- and Organometallic Fullerene Derivatives as Liquid Crystalline Materials
報告番号 121052
報告番号 甲21052
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4852号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 尾中,篤
 東京大学 助教授 田中,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

フラーレンの電子的、光学的な優れた特性の多くは、近接する分子との電子の授受を通して発現する。そのため、フラーレンを基盤とする機能性材料の設計では、ドナーあるいはアクセプターとなるユニットとフラーレンの位置関係の制御が鍵となる。有機溶媒に難溶で良質の結晶を得ることが困難なフラーレンを、大容積に渡って秩序正しく配列するためには、液晶などの中間相の利用が有効である。これまでにもフラーレンを含む液晶分子が合成されてきたが、その多くはメソゲンとして知られる環状有機基の自己組織化によって単純な層構造を形成するものであり、分子配列の設計。制御は困難であった。最近。中村らによって、円錐型に配置したアリール基によるフラーレン骨格の認識を利用した柱状液晶が報告された。本論分では、フラーレンと芳香族基、あるいはフラーレン同士の相互作用に基づく自己組織化に着目し、有機および有機金属フラーレンを基板とする液晶分子の合成と性質を検討した。

第一章では、液晶性フラーレン誘導体のこれまでの研究例と、その問題点について論じた。また、フラーレン骨格をメソゲンとして利用することで液晶相を実現するという、本研究の目的を明らかにした。

第二章では、シャトルコック型の分子設計に基づく液晶分子の合成を行なった[60]フラーレンを頂点とするシャトルコック型分子C60Ar5H(1:Ar=C-6H4-Ph-4, 2:Ar=C6H4-{OCO-C6H3-(OC12H25)2-3,4}-4)は結晶中あるいは液晶中でhead-to-tailに重なり、極性カラムを形成する。しかしながらこれらの分子は、フラー連骨格に直接嵩高いアリール基が結合しているため空孔が狭く、スタック構造がタイトであり、カラム構造の柔軟性が乏しかった、筆者は、空孔の底部の立体障害を軽減することで、より安定なカラム構造をもつ液晶が実現すると考え、カップ型の空孔を有するシャトルコック分子C60(CH2SiMe2Ar)5H(3:Ar=Ph, 4:Ar=C6H4-Ph-4)を設計した、結晶性分子3および4のX線結晶構造解析から、この分子がシャトルコック型の形状を持ち、往来のシャトルコック型分子1と同様にhead-to-tailにスタック紫ていることを確認した。つづいて、この新しいシャトルコック型分子に長鎖アルキル基を導入し、流動性を持たせることで液晶へと展開した。[60]フラーレンと有機銅試薬の反応によりTHP保護された4-ヒドロキシフェニル基を有する化合物5を合成し、脱保護によって6を得た。これに長鎖アルコキシル基を有するベンゾイルクロライドをアミンの存在下作用させたところ、5本の長鎖アルキル基を有するシャトルコック分子7a-dが得られた。

これらのシャトルコック分子の偏光顕微鏡観察では、中間相の存在を示す複屈折が観測された。示差走査熱分析測定では、ガラス状固体から液晶(ガラス転移点)、液晶から等方相(透明点)への二つの転移が観測された(差1)。透明点は熱運動によってカラム構造が保てなくなる温度に対応し、アルキル鎖の長さに依らずほぼ一定である。この透明点はアリール五重付加型シャトルコック分子2比べ約40℃高く、期待されたようにカラム構造がより安定になったことが確かめられた。小角X線解析測定より、中間相は2と同様にカラムナーヘキサゴナル(Colh)相であることがわかった。カラム内の分子間距離は12.9Åと2に比べ約1.4Å小さく、この点からも当初の設計が有効であったことが示された。

第三章では、フラーレン-遷移金属複合体の示す柱状液晶について述べた。金属の酸化、還元状態を制御することで物性の切り替えや、有機基の導入ではなしえない炭素クラスターの電子的なチューニングを行なうことができる。そのため。フラーレン-金属複合体を秩序高く配列することで、磁性、導電性などの新しい機能の発現が期待される。五重付加型フラーレンはフラーレン骨格上にシクロペンタジエン構造を持ち、磁性、導電性的、化学的に安定な種々の錯体を形成する。シャトルコック型分子にフラーレンとヒューズしたフェロセン構造(バッキーフェロセン)を導入し。その液晶性を検討した。

五重付加型フラーレンC60(C6H4OMe)5H(8)をベンゾニトリル中[CpFe(CO)2]2と加熱し、バッキーフェロセンCpFe[C60(C6H4OMe)5](9)を得た。続く脱保護によって得られたフェノール誘導体(10)のエステル化によって長鎖アルキル基を導入した。X線結晶構造解析により、化合物11eは結晶中でhead-to-tailに重なりカラムを形成していることが分かった。

化合物11cは室温を含む広い温度範囲で液晶となった。 X線回折測定では2.30°(38.3Å, I)、4.64(19.03Å, II)、4.85°(18.2Å, III)に強い反射が観測された。このうちIIIは11aの結晶中でのスタックした2分子の距離(18.7Å)にほぼ等しく、カラム内の分子間距離に相当する。この距離は2に比べ4.4Å長く、フラーレンコアの間にCpFe部位が挿入したために分子のスタックが浅くなったことがわかる。

サイクリックボルタモグラム(CV)の測定により、11bは電気化学的に酸化され安定なフェロセニウムカチオンを生じることが確かめられた。還元側では可逆な3電子還元が観測された。これらの酸化還元電位はバッキーフェロセンCpFe|C60Ph5]とほぼ等しく。エステル部位はフラーレン骨格に対しほとんど電子的な影響を与えないことが分かった。これらの酸化、還元を利用して液晶の物性のスイッチングが可能になると期待される。

第四章では、アルキル五重付加型フラーレンC60(CH2SiMe2R)5Hを合成し。その液晶性を検討した。筆者は有機溶媒全般に難溶であるというフラーレン誘導体の欠点を解消するため、トリアルキルシリルメチル五重付加型フラーレンC60(CH2SiMe2R)5H(12a:R=Bu, 12b:R=hexyl)と、そのルテニウム(II)錯体を合成した(図3)、アルキル基の伸長に伴って溶解度が増し、化合物13aはヘキサンに1000mg/mL以上溶解する。化合物12b, 13bは室温では粘性の高い流体であり、偏光顕微鏡観察および示差走査熱分析測定により液晶であることがわかった。化合物12aおよび13aは室温では結晶であるが、高温では液晶性を示した。X線結晶構造解析により、12aはフラーレン骨格とアルキル基部分が分離した層構造を作ることが分かった。さらに層内ではシクロペンタジエン部位のプロトンとフラーレン骨格がCH-π相互作用することによって、カラム状のネットワークを作っている。 12aの結晶-液晶間の転移エンタルピーは比較的小さく(75.0℃, 17.1kj/mol)。液晶と結晶で構造が似ていると考えられることから、液晶中でも同様の層構造が保たれていることが推測される。液晶中でCH-π相互作用が働いていることを確かめるため、シクロペンタジエニル部位をメチル化した化合物C60(CH2SiMe2Bu)5Me(14a)の相転移温度を調べたところ。等方相への転移点が12aに比べ100℃以上低く、層構造を保つ上でCH-π相互作用が大きな役割を果たしていることが分かった。

第五章では、本研究を総括し、結論を述べている。五重付加型フラーレンを利用することで柔軟な分子設計が可能となり、柱状構造あるいは層状構造を持つ有機/有機金属フラーレンをメソゲンとする液晶が実現した。これらの液晶は環状有機基の自己組織化に基づく従来の液晶性フラーレン誘導体に比べ、高度に組織化されており、適切に分子設計を行なうことにより物性や配列を制御することが可能である。

スキーム1 シャトルコック型液晶分子の合成

表1 液晶分子5a-dの相転移(昇温過程)

図1 シャトルコック型液晶の構造

スキーム1 含金属シャトルコック型液晶の合成

図2 化合物11eの結晶構造

表2 液晶分子11a,cこの相転移(昇温過程)

図3 高溶解性フラーレン誘導体

図4 化合物12aの結晶中での層構造

審査要旨 要旨を表示する

本論文は五章から構成されており、有機および有機金属フラーレンをメソゲンとする液晶の合成,構造および性質を論じている.

第一章では、液晶性フラーレン誘導体を設計,合成することにより,広範囲にわたる秩序正しい配列を実現するとともに,フラーレンの分子間相互作用,空間内の充填などに関する知識を蓄積し,フラーレンの配列制御の可能性を拡げるという本研究の目的を明らかにし,フラーレンの配列を制御することの意義,液晶性のフラーレン誘導体の合成例と液晶構造ついて背景を説明している.

第二章では、シャトルコック型の分子設計に基づくフラーレン誘導体の合成を行ない,分子設計によってフラーレン誘導体の配列の制御が可能であることを示している.球状のフラーレンと円錐型に配置されたアリール基から成るシャトルコック型分子C60Ar5Hは,アリール基のつくる空孔がフラーレン骨格を認識することによって結晶中あるいは液晶中でhead-to-tailに重なり,極性カラムを形成する.より安定なカラム構造の実現を目的として,空孔の底部の立体障害が軽減されたカップ型の空孔を有するシャトルコック型分子C60(CH2SiMe2Ar)5Hを設計し,X線結晶構造解析によりシャトルコック型の形状とhead-to-tailに重なりカラム構造をつくることを確認している.つづいて,この新しいシャトルコック型分子に長鎖アルキル基を導入し,流動性を持たせることで液晶へと展開した.液晶の転移温度および液晶構造の検討により,このシャトルコック型分子がより深いスタック構造を持ち,熱的に安定なカラム構造を形成することを明らかにしている.

第三章では,フラーレン-遷移金属複合体の示す柱状液晶について述べられている.バッキーフェロセンはフラーレン骨格が五員環を介してフェロセンと融合した構造を持つフラーレン鉄(II)錯体であるが,長鎖アルキル基を導入しシャトルコック型の形状を持たせることによって,室温を含む広い温度範囲で液晶となることが見いだされた.サイクリックボルタモグラムの測定により,液晶性バッキーフェロセンが電気化学的に酸化され安定なフェロセニウムカチオンを生じることを明らかにしている.さらに,酸化剤を用いて化学的に酸化することによりフェロセニウム塩を単離し,この酸化体の液晶性に関しても検討している.このシャトルコック型バッキーフェロセンはフラーレン-金属結合を持つ初めての液晶分子であり,液晶性フラーレン誘導体の酸化還元特性を調べた初めての例である.

第四章では,五重付加型フラーレンの示す層状液晶相について述べられている.有機溶媒全般に難溶であるというフラーレン誘導体の欠点を解消するために開発されたh5-型フラーレン配位子C60(CH2SiMe2R)5Hと,そのルテニウム(II)錯体が液晶となることを見いだした.X線結晶構造解析により,これらの誘導体はフラーレン骨格とアルキル基部分が分離した層構造を作ることを明らかにしている.層内ではシクロペンタジエン部位のプロトンとフラーレン骨格がCH-π相互作用することによってカラム状のネットワークを作っており,このCH-p相互作用が液晶状態の安定化にとって重要であることを見いだしている.

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