学位論文要旨



No 121054
著者(漢字) 米澤,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) ヨネザワ,シゲキ
標題(和) β型パイロクロア酸化物超伝導体AOs2O6 (A = K, Rb, Cs)の合成と物性
標題(洋) Synthesis and physical properties of β-pyrochlore oxide superconductors AOs2O6 (A = K, Rb, Cs)
報告番号 121054
報告番号 甲21054
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4854号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 教授 木,英典
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 助教授 森,初果
 東京大学 助教授 錦織,紳一
内容要旨 要旨を表示する

強相関物質であるパイロクロア酸化物は遷移金属酸化物を代表する物質であり、古くから研究が活発に行われてきた。パイロクロア酸化物の一般式はA2B2O7もしくはA2B2O6Oで示される。ここでAは大きな陽イオン、Bは小さな遷移金属イオンでありA2+,B5+またはA3+,B4+という組み合わせが一般的である。A,B,O,O'原子はそれぞれ16d,16c,48f,8bサイトを占める。ここでB原子は6個の酸素原子に囲まれた八面体を作り、その八面体の頂点を共有したネットワークを形成する。B原子のみに着目すると、B原子の正四面体が頂点を共有しながら繋がったパイロクロア格子が現れる(図1a)。このパイロクロア格子はフラストレーション系としてよく知られている。その三角格子上でのスピン配列において、反強磁性的な相互作用がある場合には、三角形上の3つのスピンを全て反平行にすることができず、状態を1つに決められない状態が生じる(図1b)。これをフラストレーションというが、パイロクロア格子には幾何学的理由から磁気フラストレーションが存在する。多くの興味深い現象が見つかっており、強相関の観点からパイロクロア酸化物に関する研究が活発に行われてきた。そのような中、数年前、古くから知られていた5d遷移金属パイロクロア酸化物Cd2Re2O7が超伝導特性を示すことが発見された。超伝導転移温度(Tc )は1 Kである。Cd2Re2O7はパイロクロア酸化物として初めて超伝導特性を示す物質であり、パイロクロア格子の特異性と超伝導機構の関係が注目された。しかし現在ではその超伝導は通常の弱結合BCS理論でほぼ理解できるs波超伝導であると考えられている。そこでパイロクロア格子と超伝導特性の関係に興味を持ち、新規パイロクロア酸化物の探索を行った。注目したのは5d遷移金属であるオスミウムのパイロクロア酸化物である。

現在知られているオスミウムパイロクロア酸化物は数個しかなく、オスミウムの価数は4価と5価だけである。そのうち4価のものは低温まで金属的挙動を示すが、5価のものは金属絶縁体転移を起こす。例えば超伝導特性を示すCd2Re2O7よりd電子が1つ多いCd2Os2O7は225Kで金属絶縁体転移を起こす。そこでオスミウムのd電子数、つまり価数を変化させることにより、新しい物性、特に超伝導が現れるのはないかと期待した。 本研究で考えた方法は、Aサイトの価数制御によりBサイトのオスミウムの価数を変えるということである。具体的には、Aサイトを1価のアルカリ金属にすることにより、今までない価数のオスミウムを持つパイロクロア酸化物を得ることである。その結果、新しい構造を持ち、また超伝導特性を示すβ型パイロクロア酸化物KOs2O6, RbOs2O6, CsOs2O6の合成に成功した。これらの物質は形式価数が5.5価であり、2.5個の5d電子を有する。

これらの物質の合成は以下の反応式に従って行った。

KO2+Os+ O2→KOsO4, KOsO4+Os+O2→KOs2O6 ――(1)

A2CO3+4Os+11/2O2→2AOs2O6+CO2↑ (A=Rb,Cs) ――(2)

カリウムは出発物に酸化物を用いているが、ルビジウム、セシウムは純良な酸化物が得られないため炭酸塩を用いた。グローブボックス内で、出発物質の粉末を乳鉢を用いてよく混合し、ペレット状に加圧成型した。そのペレットを石英管に真空封入するが、このとき酸素発生剤として酸化銀AgOを加えた。AgOは約100℃で酸素と銀に分解する。電気炉を用いて450〜500℃、24〜48時間焼成した。生成物の粉末X線回折測定を行った結果、これらの物質は立方晶のパイロクロア構造を持つことが確認できた。走査型電子顕微鏡(SEM)、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて組成分析を行ったところ、アルカリ金属とオスミウムのモル比が1対2であることを確認した。

精密な構造解析は、KOs2O6は単結晶構造解析、RbOs2O6, CsOs2O6は放射光X線粉末回折解析で行った。その結果これらの物質が従来型パイロクロア構造とは違うパイロクロア構造を持つことが分かった(図2)。空間群はFd3mで、格子定数はKOs2O6が10.0911(2)Å、RbOs2O6が10.11760(4)Å、CsOs2O6が10.15250(4)Åであった。オスミウム原子は従来型パイロクロアと同様に16cサイトを占めパイロクロア格子を形成するが、A原子が本来の16dサイトではなくO'原子の代わりに8bサイトを占有している。このような構造はA原子が比較的大きな1価のカチオンの場合に安定であると考えられる。従来のA2B2O7組成の物質とこれらとを区別するために、従来型をα型パイロクロア構造と呼び、今回のA原子が8bサイトを占有するAB2O6組成の物質をβ型パイロクロア構造と呼ぶことにした。

図3はβ型パイロクロア構造の一部を取り出したものである。アルカリ金属イオンAが、オスミウムと酸素からなるパイロクロア格子のカゴの中にあることが分かる。構造解析においてアルカリ金属イオンだけ原子変位パラメーターが大きいことから、アルカリ金属イオンが大きく熱振動していることが分かっている。このことはアルカリ金属イオンのラットリングを示唆する。

AOs2O6のそれぞれの電気抵抗の結果を図4に示す。図は低温部分を拡大したものである。これらの物質はそれぞれKが9.6 K、Rbが6.3 K、Csが3.3 Kで超伝導転移を示した。これらの超伝導転移は磁化率測定や比熱測定からも確認でき、この転移がバルク超伝導であることを確認した。図には比較のためにCd2Re2O7のデータも示してある。β型パイロクロアは比較的高いTcを有しており、KOs2O6ではCd2Re2O7の約10倍に達していることから、β型パイロクロアにはCd2Re2O7とは別の超伝導機構があると考えられる。また、転移より上の温度では、RbとCsはT2に従う振舞いが見え電子相関があるようにみえるが、Kでは転移直上まで上に凸の振舞いが見える。このことからKには他の2つと違った電子散乱機構が存在するといえる。上部臨界磁場Hc2は、試料依存性があるのだが、K,Rb,Csそれぞれ35T,10T,2.5T程度で、Kだけは単純に見積もったパウリリミットを大きく越えており非従来型の可能性が示唆される。

3つのパイロクロアについて、格子定数に対してTcをプロットすると、格子定数が大きくなるに従ってTcが下がる傾向が見える(図5)。典型的なBCS超伝導体では、格子定数が大きくなるとバンド幅が狭くなり、状態密度が大きくなりTcが上昇する。しかしAOs2O6では逆方向であることからAOs2O6が非従来型超伝導体である可能性が示唆されている。NMR,μSR測定の結果からは、Kが異方的超伝導ギャップを持つことが示唆されている。

現在KOs2O6のみ単結晶を合成することに成功している。その単結晶の比熱測定の結果を図6に示す。驚くべきことに、Tc以下に鋭い転移(転移温度Tp)を観測した。これはおそらく構造に関連した1次転移であると考えられる。この単結晶の電気抵抗を測定したところ、Tpにおいて電気抵抗の落ちが観測された(図7)。またTpより上では上に凸であったが、下ではT2に従う振舞いが見えたことから、この落ちは超伝導転移とは関係なく、Tpを境に電子の散乱機構が変化したためで、1次転移と関係があると考えられる。磁場−温度相図において、Tpを境にしてTcの傾きが変化していることから、ここで超伝導状態が変わっていることが考えられる(図8)。これら一連の変化はアルカリ金属イオンのラットリングと関係があるように見え非常に興味深い。この異常に関しては、今後Rb,Csの単結晶を作製し、これらと比較検討することや直接ラットリングフォノンを観測する必要がある。今後、オスミウム以外のβ型パイロクロアを探索することによりラットリングと超伝導の関係、さらにはパイロクロア格子と超伝導の関係を明らかにしたい。

図1 (a)パイロクロア酸化物における金属原子ネットワーク

(b)幾何学的フラストレーション

図2 α型パイロクロア構造とβ型パイロクロア構造

図3 パイロクロア格子内のアルカリ金属イオン

図4 AOs2O6の電気抵抗。

比較のためCd2Re2O7のデータも示してある。

図5 格子定数aとTcの関係

図6 KOs2O6単結晶の比熱測定結果

図7 KOs2O6単結晶の電気抵抗率

図8 KOs2O6単結晶の磁場−温度相図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる.第1章は序章であり,超伝導および強相関電子系一般の概念とその背景について述べられている.また,強相関電子系の舞台となるペロブスカイト酸化物やパイロクロア酸化物に関するマテリアルレビューがあり,本論文の主題であるオスミウムパイロクロア酸化物に関する研究の歴史と意義について概観されている.さらに本研究の目的がまとめられている.第2章では実験手法について述べられており,様々な固体化学的実験手段の詳細な説明がなされている.

第3章は結果の報告である.試料合成について,得られた試料の評価の結果,さらに様々な物性測定の結果についてまとめられている.試料合成では未知のオスミウム酸化物の発見とその単相化のために様々な出発物質を試み,合成条件を工夫したことが述べられている.その結果,3つの酸化物AOs2O6(Aはアルカリ金属元素で,K, Rb, Cs)が見出された.これらは基本的には従来知られていたパイロクロア酸化物に属するが,X線回折実験から,従来型と若干異なる結晶構造をとることが明らかとなった.精密な構造解析は粉末放射光X線回折パターンのリートベルト解析によって行われた.その結果は高エネルギー研究所の澤,垣内氏との共同研究であるが,解析上,最も重要な構造モデルは論文提出者によって提案されたものであり,構造決定におけるその寄与は十分であると判断する.得られた構造は従来型とは異なるため,論文提出者によって新たにβ型パイロクロア構造と命名された.このβパイロクロア酸化物という名称は現在,一般的にAOs2O6の呼称として用いられている.

引き続き第3章において,論文提出者は合成したβ型パイロクロア酸化物において.電気抵抗,磁化,比熱測定を行い,その物性を明らかにしている.特筆すべきは,低温で全ての物質が超伝導性を示すことを明らかにしたことである.その転移温度は,K, Rb, Csに対して,9.6K, 6.3K, 3.3Kである.この値はそれまで知られていた唯一のパイロクロア酸化物超伝導体Cd2Re2O7の1Kと比較して非常に高い.この事実は何らかの新しい超伝導機構が働いていることを示唆している.

さらに第3章では,物質の化学的性質,特に,水の影響が議論されている.また,KOs2O6については単結晶の作製に成功し,その物性を報告している.特に興味深いのは7.5Kにおいて,比熱にシャープなピークを観測し,また,同温度で電気抵抗に大きな落ちを見出したことである.これらは何らかの1次相転移の存在を示唆している.現時点でその起源は明らかではないが,K原子のラットリング現象と関連があると推測されている.さらなる物質探索の試みとして,より小さなアルカリ金属イオンをもつ物質や他の5d遷移金属を含む物質の合成を試みたが,現時点では成功していない.

第4章には考察が述べられている.βパイロクロア酸化物の超伝導特性については,引き続き様々な実験が行われており,現時点では明らかではない部分が多いが,興味深い物理の存在が予想されている.特に一番転移温度の高いKOs2O6は異常に高い上部臨界磁場をもつことから,非BCS的な超伝導の可能性を議論している.また,他のグループによるNMRやμSR実験の結果にふれ,同様にKOs2O6の超伝導性が異常であることが述べられている.また,播磨らによるバンド計算の結果に基づいた考察が行われ,フェルミ面の形状から反強磁性揺らぎが重要な役割を果たす可能性が示唆されている.

最後に,βパイロクロア型酸化物の構造的特徴として,アルカリ金属イオンのラットリング現象について述べられている.アルカリ金属イオンはオスミウムと酸素が作る比較的大きなケージの中にあるため,大きな原子変位パラメータや異常に低いエネルギーをもつアインシュタイン型比熱が観測されている.特に最も小さなカリウム原子の場合にラットリングが激しく,低温でもその非調和振動が止まらないため,7.5Kで観測された相転移を起こすものと思われる.さらにラットリングはケージを流れる伝導電子にも大きな影響を与えており,電気抵抗の上に凸な温度依存性や大きな電子比熱係数の原因となっていることが示唆されている.

第5章には結論とまとめが述べられている.論文提出者が発見したβパイロクロア酸化物超伝導体AOs2O6は,構造的にも物性的にも非常にユニークな系と考えられ,興味深い化学的また物理的性質を持っていると思われる.よって,その発見の科学的な意義は極めて大きく,今後の研究の大きな展開が予想される.

なお、本論文第3章は,村岡,山浦,松下,村松,坂井,広井との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク