学位論文要旨



No 121060
著者(漢字) 武藤,悌
著者(英字)
著者(カナ) ムトウ,タダシ
標題(和) 分裂酵母のRho1-GEF, Rgfタンパク質の機能解析
標題(洋) Functional analysis of fission yeast Rho1-GEFs, Rgf proteins
報告番号 121060
報告番号 甲21060
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4860号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 講師 田仲,加代子
内容要旨 要旨を表示する

細胞の形態形成・維持は細胞の機能に密接に関係がある。また、細胞分裂は増殖、分化の過程で厳密に制御され、増殖期の細胞において細胞周期依存的に制御されている。これらのことから、細胞形態と細胞分裂の制御機構の解明は現代の生物学における中心的な問題のひとつになっている。アクチン細胞骨格は真核生物において、細胞増殖と細胞形態の制御に重要な役割を果たしている。低分子量Gタンパク質Rhoは下流の標的タンパク質を介してアクチン細胞骨格を制御することが知られている。従って、Rhoの活性は時間的、空間的に厳密に規定されなければならない。

Rhoファミリータンパク質は、内在性GTPase活性をもち、GTPを結合した活性化状態とGDPを結合した不活性化状態とに変換する分子スイッチである。Rhoファミリータンパク質の活性化は結合したGDPを解離し、新たにGTPを結合する交換反応によっておこり、この反応はグアニンヌクレオチド交換因子GEF(guanine nucleotide exchange factor)によって触媒される。GTP結合型のRhoはイソプレニル基などを介して細胞膜に結合していると考えられている。一方、不活性化はGTPase活性化タンパク質GAP(GTPase activating protein)により、Rhoの内在性GTPase活性の促進によりおこる。また、GDPを結合したRhoは、グアニンヌクレオチド解離抑制因子GDI(guanine nucleotide dissociation inhibitor)が結合し、GDPの解離を抑制することで不活性化状態を維持し、GDIとの結合によりGDP結合型Rhoは細胞膜から遊離する。これらのRho調節因子により、Rhoは時空間的に活性が制御され、その結果、細胞運動、細胞形態の決定・維持、細胞分裂を適宜おこなうことができると考えられる。

分裂酵母にはCdc42、Rho1、Rho2、Rho3、Rho4、Rho5の6つのRhoファミリーGTPaseが存在することが知られており、それぞれ細胞の極性成長、形態形成、細胞分裂に関与している。これらのうち、Cdc42とRho1は細胞の生育に必須である。Cdc42はPak1/Shk1/Orb2を介した細胞極性の決定に関与し、一方、Rho1は1,3-〓-D-グルカン合成酵素の調節因子として働き、またC-kinase様タンパク質であるPck1とPck2/Pkc1を介した細胞壁合成、細胞壁の統合、細胞の分離、アクチン細胞骨格の極性制御に関与している。一方、Rho2、Rho3、Rho4、Rho5は細胞の増殖に必須ではないことが知られている。Rho2は細胞形態の維持、細胞の分離、Pck2を介した1,3-〓-D-glucan合成酵素であるMok1/Ags1の活性制御をおこない、Rho3はformin様タンパク質であるFor3を介した極性成長と細胞質分裂、exocyst complexを介した細胞分離に関与し、Rho4は細胞形態の維持と隔壁形成に関与し、Rho5はRho1のホモログとして細胞壁合成とアクチン細胞骨格の極性制御に関与している。

分裂酵母のRho調節因子として、不活性化因子である9種のGAP(Rga1、Rga2、Rga3、Rga4、Rga5、Rga6、Rga7、Rga8、Rga9)、少なくとも1種のGDI(Rdi1)、活性化因子である7種のGEFが存在することが知られている(Scd1/Ral1、Gef1、Rgf1、Rgf2、Rgf3、Gef2、Gef3)。これらのGEFのうちScd1/Ral1とGef1はCdc42のGEFであり、いずれも細胞の増殖に必須ではないが、これらの二重変異株は合成致死を示し、Cdc42に対する活性化の役割を分担している。Scd1/Ral1は接合と細胞形態の維持に関与し、Gef1は細胞極性の制御と細胞分裂に関与する。Rgf3については分裂期に特異的に発現するRho1のGEFであり、隔壁形成時の細胞壁合成、細胞壁の統合に関与することがごく最近報告された。上記以外のGEFであるRgf1、Rgf2、Gef2およびGef3については、未だ詳細な報告がなされていない。

本研究では、細胞形態と細胞分裂を研究する上で優れたモデルであることに加え、分子遺伝学的、細胞生物学的な手法を用いた解析が可能である分裂酵母を用いて、Rhoの活性化因子であるGEFのうち分子のドメイン配置が類似したRgfタンパク質の解析を通して、Rho1の機能と活性化の時空間における制御の理解を目指した。

分裂酵母のRhoGEFであるRgf1およびRgf2、Rgf3は類似したドメイン配置をしており、いずれもRho1のGEFとして機能することがわかった。rgf1およびrgf2の遺伝子破壊株は細胞の生育にそれ程影響を与えなかったが、これらの二重変異株は合成致死を示した。rgf1遺伝子破壊による細胞形態の異常と増殖の遅延はRho1あるいはRgf2のマルチコピー発現により完全に相補されたが、Rgf3の発現では部分的にしか相補されなかった。Rgf1とRgf2は間期に細胞の伸長端に局在し、分裂期では隔壁に局在した。この細胞内局在はRho1と一致するものであった。以上のことから、Rgf1とRgf2は機能的に重複し、間期と分裂期でRho1の活性化を担い、細胞壁合成と細胞壁の統合、隔壁形成、F-アクチンパッチの局在に関与すると考えられる。一方、rgf3の遺伝子破壊株は分裂期に重大な欠損を示し、収縮環形成、アクチンパッチの局在および隔壁形成に異常を示した。rgf3遺伝子破壊による細胞質分裂の異常と増殖の遅延はRho1のマルチコピー発現により完全に相補されたが、Rgf1あるいはRgf2の発現では部分的にしか相補されなかった。Rgf3の局在はRgf1およびRgf2とは異なり、分裂期中期に分裂面にリング状に集積し、細胞質分裂の進行とともに収縮環と隔壁の間に位置し収縮した。以上のことから、Rgf3はRgf1およびRgf2とは働きを異にし、分裂期にRho1を介した収縮環の形成・維持と隔壁形成を調節すると考えられる。本研究により得られた結果を下図にまとめた。

図 Rgfタンパク質によるRho1の活性化と細胞形態および細胞分裂の制御

審査要旨 要旨を表示する

本論文は主として、序、材料と方法、結果、考察、結論と展望、参考文献からなる。アクチン細胞骨格は真核生物において、細胞増殖と細胞形態の制御に重要な役割を果たしている。低分子量Gタンパク質Rhoは下流の標的タンパク質を介してアクチン細胞骨格を制御すると考えられている。従って、Rhoの活性は時間的・空間的に厳密に規定されなければならない。

本研究では、細胞形態と細胞分裂を研究する上で優れたモデルであることに加え、分子遺伝学的、細胞生物学的な手法を用いた解析が可能である分裂酵母を用いて、Rhoの活性化因子であるGEFの機能解析を行うことにより、アクチン細胞骨格の制御機構の一端を解明した。

分裂酵母にはCdc42、Rho1、Rho2、Rho3、Rho4、Rho5の6つのRhoGTPaseが存在することが知られており、それぞれ細胞の極性成長、形態形成、細胞分裂に関与している。これらのうち、Rho1は細胞の生育に必須である。分裂酵母のRho活性化因子として7種のGEF(Scd1/Ral1、Gef1、Rgf1、Rgf2、Rgf3、Gef2、Gef3)が存在することが知られている。これらのうちRgf1、Rgf2、Rgf3、Gef2およびGef3については、未だ詳細な報告がなされていなかった。そこで申請者は、分裂酵母RhoGEFのうち分子のドメイン配置が類似したRgfタンパク質の解析を行い、これを通して、Rho1の機能と活性化の時間的・空間的制御の理解を目指した。本研究の遂行中にスペインのグループによりRgf3が研究され、これは分裂期特異的に発現されるRho1のGEFであり、隔壁形成時の細胞壁合成、細胞壁の統合に関与することがごく最近報告された。本論文では、この論文で述べられていない新しい事実を明らかにしている。

まず、遺伝子の塩基配列の解析により、分裂酵母のRhoGEFであるRgf1およびRgf2、Rgf3は類似したドメイン配置をしていることがわかった。Yeast two-hybrid systemの利用と遺伝学的相互作用の研究により、いずれのRgfもRho1のGEFとして機能することがわかった。rgf1およびrgf2の遺伝子破壊株は細胞の生育にそれ程影響を与えなかったが、これらの二重変異株は合成致死を示した。rgf1遺伝子破壊の場合は細胞形態の異常と増殖の遅延が見られた。これらの表現型はRho1あるいはRgf2の多コピー発現により完全に相補された。しかしRgf3の発現では部分的にしか相補されなかった。一方、rgf2の遺伝子破壊では特別な表現型はみられなかった。しかしながら、rgf1およびrgf2の遺伝子破壊株はいずれも、野生株に比べ、βglucanaseにたいする感受性が増していた。一方、Rgf1とRgf2の過剰発現株ではβglucanaseにたいする感受性が減少していた。Rgf1とRgf2は間期に細胞の伸長端に局在し、分裂期では隔壁に局在した。この細胞内局在はRho1と一致するものであった。以上のことから、Rgf1とRgf2は機能的に重複し、間期と分裂期でRho1の活性化を担い、細胞壁合成と細胞壁の統合、隔壁形成、F-アクチンパッチの局在に関与すると考えられる。一方、rgf3の遺伝子破壊株は分裂期に重大な欠損を示し、収縮環形成、アクチンパッチの局在および隔壁形成に異常を示した。本研究と同時期にアメリカのグループがrgf3遺伝子破壊を行い、rgf3遺伝子破壊は致死であると発表したが、これは間違いであり、本研究が正しい。rgf3遺伝子破壊による細胞質分裂の異常と増殖の遅延はRho1の多コピー発現により完全に相補されたが、Rgf1あるいはRgf2の発現では部分的にしか相補されなかった。Rgf3はRgf1およびRgf2とは異なり、分裂期中期に分裂面にリング状に集積し、細胞質分裂の進行とともに収縮環と隔壁の間に位置し収縮した。以上のことから、Rgf3はRgf1およびRgf2とは働きを異にし、分裂期に分裂位置でRho1を活性化することにより、Rho1を介した収縮環の形成・維持と隔壁形成を調節すると考えられる。本研究により、間期、分裂期の分裂酵母細胞内でRho1がどのように活性化されるかが明らかになった。

なお、本論文は中野賢太郎、馬渕一誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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