No | 121062 | |
著者(漢字) | 岡部,繭子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オカベ,マユコ | |
標題(和) | マウスオーバル細胞の分離とその性状解析 | |
標題(洋) | Isolation and characterization of mouse oval cells | |
報告番号 | 121062 | |
報告番号 | 甲21062 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4862号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 肝臓は体内最大の臓器であり代謝や解毒を司る。これらの機能を担う肝実質細胞である肝細胞は肝全体の体積の8割を占めている。さらに、胆管壁を形成する胆管上皮細胞、種々の血管壁を形成する内皮細胞、細胞外基質構成タンパク質を産生する星細胞、肝マクロファージであるクッパー細胞などの非実質細胞群が肝臓の恒常性維持のために機能している。 肝臓には肝細胞と胆管上皮細胞の2種類の上皮細胞がある。肝細胞は、血清タンパク質の合成、胆汁分泌、有害物質や中間代謝産物の解毒など多くの代謝機能を営んでいる。胆管は、肝細胞で産生された胆汁を十二指腸まで運ぶための導管であり、胆管壁は胆管上皮細胞により形成されている(図1)。これら2種類の上皮細胞は、肝臓の発生過程で共通の前駆細胞である肝芽細胞から分化する。胎仔肝臓において、肝芽細胞はさかんに増殖するとともに、肝細胞に特徴的なアルブミン(ALB)やアルファフェトプロテイン(AFP)と、胆管上皮細胞に特徴的なサイトケラチン19(CK19)を共に発現している。その後、マウスでは胎齢14日前後に門脈周囲の間充織に存在する一部の肝芽細胞は胆管上皮細胞へ分化し、残りの肝芽細胞は肝細胞へ分化する。このように肝芽細胞は、高い増殖能とともに、肝細胞および胆管上皮細胞への二分化能を有することから、胎生期の肝幹細胞と考えられている。 肝臓は他の臓器とは異なり、高い再生能力を有している。外科的な切除や、薬剤やウイルス感染による炎症等の一般的な肝障害時には、残存肝細胞が細胞分裂することにより肝臓は再生する。しかし、2-AAFやDENなどの特定の発癌剤により肝細胞分裂が阻害された条件下で肝障害が起こると、オーバル細胞と呼ばれる細胞群が増殖し肝再生に寄与することが知られている。このようにオーバル細胞は、高い増殖能と、肝細胞および胆管上皮細胞への二分化能を有することから、成体肝臓における幹細胞と考えられている。オーバル細胞はALBやCK19などの肝細胞と胆管上皮細胞の両マーカー分子を発現している。これらのオーバル細胞の特徴は、胎生期の肝芽細胞と共通しており、オーバル細胞の起源や増殖・分化機構を考察する上で興味深い。 しかしオーバル細胞に関する詳細な研究はあまり進んでいない。オーバル細胞の様々な特徴が報告されているが、これまでのところ複数の種類の細胞を含む細胞集団としてしか同定されておらず、オーバル細胞を均一な細胞種として純化し分離できないことから、分子生物学的な研究をしにくい状況にある。オーバル細胞で発現が知られているAFPやCK19は細胞内タンパク質であるため、それらに対する抗体はセルソーターを用いた細胞分離には適さない。そこで本研究では、成体肝幹細胞と考えられるオーバル細胞の性状解析を目標として、オーバル細胞の表面抗原を同定し、そのモノクローナル抗体によるオーバル細胞の同定、およびセルソーターによる細胞純化法の確立を第一の目的とした。さらに、オーバル細胞抗原の発現を指標とした、肝芽細胞の性状解析を第二の目的とした。 結果と考察 オーバル細胞の細胞表面抗原の同定 オーバル細胞を同定するとともに、セルソーターによる純化にも使用可能なマーカー分子の同定を目的として、シグナルシークエンストラップ(SST)法によるマーカー遺伝子の探索を行った。SST法は、cDNAライブラリーからシグナルシークエンスをもつ遺伝子をスクリーニングする方法であり、膜・分泌タンパク質遺伝子を効率的に抽出できる。 薬剤によりオーバル細胞を誘導した肝臓の、オーバル細胞を含む非実質細胞画分からmRNAを調製し、cDNAライブラリーを構築した。SST法によるスクリーニングおよびデータベース検索の結果、83の膜タンパク質、28の分泌タンパク質遺伝子を同定した。 得られた遺伝子のうち15個の遺伝子は、正常肝臓と比較してオーバル細胞を誘導した肝臓で発現量が増加した。それらのうちI型膜タンパク質であるEpithelial cell adhesion molecule(EpCAM)に着目した。EpCAMはこれまでに多くの上皮癌抗原として同定されており、ほぼ全ての上皮細胞に発現することが報告されている。しかし、肝臓においては、二種類の上皮細胞のうち胆管上皮細胞では発現するが肝細胞では発現しない。これまでの免疫組織化学的研究から、オーバル細胞は、正常肝臓では肝細胞と胆管の接合部であるヘリング管に存在していること、薬剤で誘導されたオーバル細胞は偽胆管様構造を形成しながら増殖すること、既知のオーバル細胞マーカーであるCK19やA6は正常肝臓では胆管上皮細胞のマーカーとなることが知られている。これらのことから、オーバル細胞は胆管上皮細胞と似た性質を有することが推察されていた。これらの知見を踏まえ、胆管上皮細胞のマーカーであるEpCAMがオーバル細胞のマーカーとなるのではないかと推測し、抗マウスEpCAMモノクローナル抗体を作製した。 抗マウスEpCAMモノクローナル抗体の作製 マウスEpCAMを恒常的に発現する細胞株を免疫原としてラットを免疫し、4つのクローンを得た。作製した抗体が、成体組織のEpCAMを認識するかどうかを確認するために、正常肝臓の免疫組織化学を行った。その結果、作製した抗体は、小葉間胆管のみならず、肝外胆管や胆嚢の胆管上皮細胞を認識した。さらに、この抗体を用いてセルソーターにより正常肝臓から分離したEpCAM陽性細胞は、胆管上皮細胞マーカー遺伝子を発現しており、作製した抗EpCAM抗体を用いて、胆管上皮細胞を分離できることが確認された。 胎生期の胎仔肝臓に対しても、免疫組織化学により作製した抗体の働きを確認した。胎齢14.5日目の肝臓では、作製した抗体は肝外胆管を認識した。その後発生段階が進むにつれて、門脈周囲に出現した胆管上皮細胞から、管腔構造を形成した胆管まで全ての発生段階の胆管上皮細胞を認識した。このように作製した抗EpCAMモノクローナル抗体は、発生段階の初期から胆管上皮細胞を認識し、セルソーターを用いた細胞分離にも用いることができることが確認された。 抗EpCAM抗体によるオーバル細胞の分離 作製した抗EpCAM抗体を用いて、オーバル細胞におけるEpCAMの発現を検討した。オーバル細胞を誘導した肝臓に対する免疫組織化学において、抗EpCAM抗体はオーバル細胞を染色し、既知のオーバル細胞マーカーであるCK19に対する抗体と同様の染色像を示した。以上により、EpCAMがオーバル細胞に発現していることが確認された。さらに、抗EpCAM抗体を用いてセルソーターにより分離したEpCAM陽性細胞は、オーバル細胞のマーカー遺伝子を発現していることが確認された。このことから、抗EpCAM抗体によって、オーバル細胞を分離できることが強く示唆された。 EpCAM陽性細胞のin vitro培養 オーバル細胞を誘導した肝臓から分離したEpCAM陽性細胞の性状を解析するために、in vitro培養系の条件検討を行った。その結果、タイプIコラーゲンをコートした培養皿上で培養した場合に、EpCAM陽性細胞は高い増殖能を維持しており、継代培養も可能であった。 継代培養したEpCAM陽性細胞からクローン化した細胞の遺伝子発現を解析したところ、ALB、AFP、CK19など、オーバル細胞での発現が知られている遺伝子の発現が確認された。さらに、培養したEpCAM陽性細胞を分化誘導することにより、in vitroで肝細胞、胆管上皮細胞の両方向へ分化させることができた。以上のことから、EpCAM陽性細胞がオーバル細胞であることが示された。 肝芽でのEpCAMの発現 胎仔肝臓は、マウスでは胎齢8日目に前腸内胚葉より生じた肝芽が、周囲の横中隔間充織に移入することにより発生する。胎齢9.5日目の胎仔におけるEpCAMの発現を解析したところ、前腸に強い発現が見られ、肝芽においても発現が確認された。しかし、その発現量は発生が進むにつれて減少していき、胆管上皮細胞への分化が始まる胎齢14日目前後から再び増加した。 当研究室では、肝芽細胞マーカーとしてDelta-like protein(Dlk)を同定している。そこで、胎齢11.5日目の肝臓におけるEpCAMおよびDlkの発現を解析した。その結果、胎齢11.5日目の肝臓では、Dlk陽性細胞がEpCAMの発現により2つに集団に分けられた。Dlk+EpCAM+細胞画分と、EpCAM-Dlk+細胞画分のマーカー遺伝子の発現量やin vitroでの増殖能を比較した結果、Dlk+EpCAM+細胞がより未分化な性質を維持する集団であることが示唆された。 結論 本研究では、オーバル細胞のマーカー分子としてEpCAMを同定した。さらに、抗EpCAM抗体を用いて、セルソーターによりオーバル細胞を分離できることを明らかにした。本研究で同定したEpCAMを含め、CK19やA6など既知のオーバル細胞マーカーは全て胆管上皮細胞のマーカーでもある。このことは、オーバル細胞と胆管上皮細胞の性質が非常に類似していることを示唆する。肝芽細胞から初期の胆管が形成される場所は、成体肝臓のヘリング管や胆管末端にあたり、幹細胞のニッチと考えられている。多くの細胞が胆管上皮細胞へと分化する中で、オーバル細胞は幹細胞の性質を維持しつづけ、成体肝臓に障害が与えられた場合にのみ増殖して肝細胞へと分化すると考えられる(図2)。 さらに、胎仔肝臓におけるEpCAMの発現を解析し、EpCAMは高い増殖能と肝実質細胞および胆管上皮細胞への二分化能という共通の性質をもつ、オーバル細胞と肝芽細胞に共通のマーカー分子であることを示した。 図1.肝臓の構造 図2.肝臓における細胞系列 | |
審査要旨 | 本論文は8章からなる。第1章は序論であり、これまでの肝臓研究で得られた知見や問題点があげられている。第2章は材料と方法について述べられている。第3章から第7章は研究結果について述べられており、第8章は結論と今後の展望が記述されている。 肝臓は旺盛な再生能力をもつ臓器として知られており、外科的切除などの肝障害の場合には、残存細胞が分裂することにより再生する。しかし、肝細胞の増殖が制限された病理的条件下では、オーバル細胞と呼ばれる細胞が増殖し、肝臓の再生に寄与することが報告されていた。オーバル細胞は高い増殖能と、肝細胞と胆管上皮細胞への二分化能を有するために、成体の肝臓に存在する肝幹細胞と考えられ、細胞移植などの再生医療への応用が期待されている細胞である。しかし、オーバル細胞における研究は、免疫組織化学や、遠心法により分離したオーバル細胞を用いた研究が中心であり、純化した細胞を用いた解析はなされておらず、その由来や性状は明らかにされていなかった。血液学の分野では、細胞表面抗原の発現を指標として、セルソーターを用いて細胞を分離することにより研究が発展してきた。一方、肝臓学の分野ではセルソーターを用いた細胞分画が行われないために、分子細胞生物学的な研究が遅れていた。 そこで、本論文ではオーバル細胞の性状解析を行うために、オーバル細胞の細胞表面抗原の同定、およびその抗原に対する抗体とセルソーターを用いたオーバル細胞の分離を目的としている。また、オーバル細胞は、高い増殖能と、肝細胞および胆管上皮細胞への二分化能という、胎生期の肝幹細胞である肝芽細胞と共通の性質を有しているため、同定したオーバル細胞表面抗原の肝芽細胞での発現も解析している。肝臓学分野における従来の研究手法とは異なり、細胞表面抗原の発現を指標として均一な細胞集団を分離することを試みており、肝臓学分野に新たな研究手法を導入する点が新しく意義がある。 第3〜6章では、シグナルシークエンストラップ(SST)法を用いたオーバル細胞表面抗原の同定について述べている。SST法はシグナルシークエンスを含む膜・分泌タンパク質遺伝子を効率的に抽出する方法であり、成体肝臓とオーバル細胞を誘導した肝臓での発現量の差を検討するのみでなく、膜タンパク質遺伝子に対象を絞ったスクリーニングを行っている点が工夫されている。スクリーニングによって多くの遺伝子が同定された中で、オーバル細胞と胆管上皮細胞の類似点に注目しEpithelial cell adhesion molecule (EpCAM)に焦点を当てている。EpCAMがオーバル細胞で発現することを免疫組織学およびフロサイトメーターを用いた解析により明らかにしている。これまでのオーバル細胞の研究では、遠心法などにより分離したオーバル細胞でのマーカー遺伝子の発現を、免疫染色法や遺伝子発現解析により確認したのみで、オーバル細胞を分離できたとしていた。本研究ではセルソーターで分離したEpCAM陽性細胞を、免疫染色や遺伝子解析によりオーバル細胞マーカー遺伝子の発現を確認するのみならず、in vitroでの増殖能、および肝細胞と胆管上皮細胞への二分化能を評価している。さらに、培養した細胞をクローン化することにより、単一の細胞から増殖した細胞が肝細胞と胆管上皮細胞への二分化能を持つことを証明したところが非常に意義深い。 第7章では、オーバル細胞表面抗原として同定したEpCAMの、胎仔肝臓での発現を解析している。免疫組織化学により、EpCAMは肝臓の発生初期段階にある胎齢9.5日目の胎仔肝臓に既に発現していることを明らかにした。胎齢11.5日目の胎仔肝臓におけるEpCAM陽性細胞は、in vitroの培養系において高い増殖能を示した。また、肝細胞マーカーであるアルブミンと、胆管上皮細胞マーカーであるサイトケラチン19を共発現する細胞や、アルブミンを発現する肝細胞クラスターは、EpCAM陽性細胞のみから出現した。これらの結果から、胎齢11.5日目の胎仔肝臓において、肝芽細胞集団はEpCAM陽性細胞に含まれることが明らかとなった。これまで肝芽細胞の分離には数種類の抗体が必要であったが、本研究では、抗EpCAM抗体のみを用いて肝芽細胞を分離できることを明らかにした。 本研究では、EpCAMをオーバル細胞マーカーとして同定し、さらに、胎仔肝臓におけるEpCAM陽性細胞の性状解析を行うことにより、EpCAMが増殖能と肝細胞及び胆管上皮細胞への二分化能を持った細胞の共通マーカーであることを示した。本研究により開発された肝臓幹細胞の分離法とその性状解析は、肝臓の分子細胞生物学に大きく貢献するものと考えられる。また、本論文は、田中稔・宮島篤との共同研究であるが、申請者が主体となって解析及び検証を行ったもので、申請者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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