学位論文要旨



No 121063
著者(漢字) 葛西,卓磨
著者(英字)
著者(カナ) カサイ,タクマ
標題(和) BolAタンパク質の立体構造および機能の解析
標題(洋) Structural and Functional Analysis of BolA Proteins
報告番号 121063
報告番号 甲21063
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4863号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 特任教授 南,康文
 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

生体物質との相互作用や触媒活性など、分子そのものの働きがわかっていないタンパク質について解析する際には、立体構造を決定することによってさまざまな有意義な情報が得られる。すなわち、相互作用物質や触媒活性などがわかっているタンパク質と、アミノ酸一次配列の比較では結論できない程度の相同性がある場合、立体構造を決定することによりその相同性が明らかになり、相互作用物質や触媒活性が類推できる場合がある。また、タンパク質表面の疎水性や電荷分布などの物性の情報や、相互作用や触媒活性に関わると考えられる表面保存残基の集中した部分などの情報から、相互作用物質や触媒活性を絞り込むことができる場合もある。

BolAタンパク質は、さまざまな生物種に広く保存された、多くの場合全長100アミノ酸程度のタンパク質のファミリーである。多くの生物種には複数のBolAタンパク質があることから、その働きは多様性に富んでいると予想される。大腸菌BolAは、stationary phaseやストレスによって発現誘導される。生菌中でBolAの発現を誘導すると、菌の形態は通常よりも丸く変化するほか、PBP(Penicillin Binding Protein)の遺伝子が、bolA欠失変異体や強制発現体で野生型に比べて転写量が変化していることが知られている。遺伝学的・細胞生物学的な研究はいくつかおこなわれているものの、ホモログを含めてBolAタンパク質と相互作用する物質やBolAタンパク質の触媒活性は知られていない。また、立体構造も発表されていなかった。

BolAタンパク質の立体構造を明らかにすることによって、表面保存残基が集中する部位の情報から相互作用や触媒活性に関わる部位を予想し、それらの部位の形状や物性から相互作用物質や触媒活性の候補を絞り込んだうえで実験的に同定し、NMRを用いた方法や表面保存残基に変異を入れる方法で相互作用部位を特定することを目的に研究をおこなった。

BolAタンパク質の立体構造解析

マウスBolA2、マウスBolA1および大腸菌BolAの立体構造をNMR法で決定した。いずれもHβ βHHHβH(ただしHはαもしくは310ヘリックス、βはβストランド)の二次構造をとっている(図1)。

DALI検索プログラムによって既知の立体構造との類似性を調べたところ、クラスIIKHフォールド、OsmC様酸化還元酵素などが似たフォールドをとっていることがわかったが、そのいずれもそれぞれの活性に必要なアミノ酸残基はBolAタンパク質では保存されておらず、構造類似性からはただちに同一の活性をもっていると結論づけられないタンパク質ファミリーであることがわかった。

筆者が決定したタンパク質を含めて、これまでに決定された5種類のBolAタンパク質の立体構造を比較すると、β1ストランドとβ2ストランドをつなぐβ1/β2ループは、タンパク質ごとに長さの違う柔軟性のあるループを形成していると考えられる。ヘリックス2とヘリックス3は短いリンカーでつながっており、HTH様の立体構造をとっている。

BolAタンパク質の立体構造を明らかにすることによって、分子表面にあってかつ保存されているアミノ酸残基が集中している部位はβ1/β2ループ、HTH様構造、C末端の3ヶ所であることがわかった。これらの部分がBolAタンパク質の生体物質との相互作用や触媒活性を担っていると考えられる。

BolAタンパク質の配列解析

BolAタンパク質は、主に真正細菌と真核生物に見られるが、真正細菌では主にプロテオ細菌類とシアノバクテリアのみに存在し、真核生物では系統分類上多岐に渡る生物種にみられ、ほぼすべての真核生物に存在していると考えられる。

BolAタンパク質のアミノ酸配列を立体構造に基づいてアラインメントすると、β1/β2ループの長さの違いはタンパク質によって20アミノ酸残基以上にもなり、BolAタンパク質のアミノ酸配列および立体構造上の多様性の一因となっている。

このアラインメントをもとに分子系統樹を作成し、それぞれのタンパク質間の相同性を2次元のマトリックス上に相同性が高いものほど濃い色に、低いものは薄い色になるようにプロットしてみると、BolAタンパク質がおおむね5つのグループにわけられることがわかる(図2)。このうちBolA1グループは、真正細菌と真核生物に共通するグループであるが、β1/β2ループとC末端のアミノ酸配列により、さらに動物および真正細菌の一部で見られる動物型サブグループと、植物・酵母および真正細菌の一部で見られる植物型サブグループにわかれる。BolA2やBolA3、BolAc、YrbAの各グループは、それぞれ真核生物、シアノバクテリア等、γプロテオ細菌に特異的なグループである。

各グループ内では保存されているがグループ間では違いがみられるアミノ酸配列は、β1/β2ループ、HTH様構造、C末端に存在し、これらの部分がBolAタンパク質のグループ間の機能の違いを担っていると考えられる。

BolAタンパク質の機能解析

BolAタンパク質の表面保存残基が集中している部位は、いずれも分子表面に大きく露出し、他のタンパク質と相互作用する可能性が高いと考えられたため、相互作用タンパク質の探索をおこなった。大腸菌BolAおよびホモログのYrbAを用い、大腸菌粗抽出液から相互作用タンパク質をプルダウンして、質量分析で同定をこころみた。すると、BolAに対してはPhoL、YpeAが、YrbAに対してはGrx4(YdhD)が同定され、プルダウンと表面プラズモン共鳴(SPR)法で、BolAとYpeA、BolAとGrx4、YrbAとGrx4の相互作用が確かめられた。

それぞれの相互作用に立体構造上のどの部分が関与しているかを調べるため、NMRによる滴定実験と、BolAおよびYrbAのアミノ酸置換変異体を用いたSPRによる相互作用測定をおこなった。すると、BolAやYrbAがGrx4と相互作用する場合はHTH様構造の部位が、BolAがYpeAと相互作用する場合はHTH様構造とβ1/β2ループの両方が関与していることがわかった。

また、大腸菌BolAが菌の形態に対して影響を与える活性についても、各アミノ酸置換変異体による活性の違いを調べ、どの部位がこの活性に関与しているかを解析した。すると、HTH様構造の部位に変異を導入したものでは形態変化活性は損なわれた。β1/β2ループに変異を導入したものでは、アミノ酸残基によって形態変化活性が減少するものと増加するものがみられた。C末端を短くしたBolAでは、形態変化活性が減少した。

これらのことから、(1)HTH様構造は、Grx4と相互作用するというBolAおよびYrbAに共通した機能を担うほか、YpeAとの相互作用や形態変化活性というBolA特有の機能を担っており、(2)β1/β2ループはBolA特有の機能に関与しており、(3)BolAのC末端アミノ酸残基は形態変化活性に関与していると言える(図3)。このタンパク質間相互作用の共通点および相違点は、HTH様構造はBolAとYrbAでアミノ酸残基の違いはあるものの立体構造が似ており、β1/β2ループとC末端はBolAとYrbAで長さが異なっていて立体構造が大きく異なることに原因すると考えられる。

総合討論

BolAタンパク質の立体構造を決定することによって、表面保存残基の集中部位が明らかになり、それらの部位の溶媒露出度などからタンパク質との相互作用が予想されたので、プルダウン法により相互作用タンパク質を同定し、さらにその相互作用部位を調べることができた。さまざまな生物種で酸化ストレス耐性獲得に関わるモノチオール型グルタレドキシンの大腸菌ホモログであるGrx4と相互作用することと、大腸菌においては酸化ストレスなどによって発現誘導されることから、BolAタンパク質が酸化ストレス耐性の獲得に関わっていることが考えられる。BolAタンパク質はアミノ酸配列の特徴からグループにわけることができ、立体構造上で表面保存残基が集中している3ヶ所は、グループごとにアミノ酸が異なっている。BolAタンパク質はこれらの部分のアミノ酸配列を入れかえながら進化し、各グループにわかれてきたと予想できる。ほとんどのBolAタンパク質はその共通のHTH様構造でモノチオール型グルタレドキシンと相互作用するが、HTH様構造部分のアミノ酸配列の違い、β1/β2ループの長さとアミノ酸配列の違い、C末端の保存されたアミノ酸配列の有無によって、グループごとに特異的な機能をもっていると結論づけられる。

図1 本研究で決定したBolAタンパク質の立体構造

図2 BolAタンパク質の相同性2次元プロットによるグループ分け

図3 BolAタンパク質の機能部位

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、研究の意義、目的、先行研究などについてまとめられている。生体物質との相互作用や触媒活性などが未知であるタンパク質の立体構造解析をおこなうことにより、アミノ酸配列からは結論できなかった他の機能既知タンパク質との相同性や、タンパク質分子表面の物性、分子表面にあって保存されているアミノ酸残基が集合している部位などの情報が得られることから、表現型等はわかっているが相互作用や触媒活性のわかっていないBolAタンパク質について、立体構造解析をおこなって相互作用物質を類推あるいは絞り込みできるか調べた上で相互作用解析をおこなう旨と、この戦略の特長およびBolAタンパク質に適用する妥当性が議論されている。BolAタンパク質はバクテリアの一部と真核生物に広く保存されたタンパク質であり、大腸菌のBolAはstationary phaseやストレスによって発現誘導されること、強制発現すると菌が丸くなったり、他の遺伝子の転写量が増えたりすることなどが知られているが、相互作用や触媒活性はわかっていない。

第2章は立体構造解析であり、マウスBolA2、BolA1、大腸菌BolAの3つのタンパク質について、NMRによる立体構造解析の結果が示されている。BolAタンパク質は立体構造が未知であったことから、論文提出者がはじめてBolAタンパク質の立体構造を決定したことになる。立体構造の特徴が議論されており、特にβ1/β2ループと呼ばれる部分は、タンパク質によって長さが大きく異なることが示されている。他のいくつかのタンパク質との立体構造類似性があるが、それぞれの活性に必要なアミノ酸残基がBolAタンパク質では保存されておらず、直接的な機能の関係はみられないとしている。

第3章は配列解析であり、BolAタンパク質をもつ生物種の調査、立体構造に基づくBolAタンパク質のマルチプルアラインメントと分子系統樹、グループ分けが説明されている。BolAタンパク質は5つのグループに分かれ、そのうちひとつは2つのサブグループに分かれるとされ、それぞれのアミノ酸配列の特徴が議論されている。表面保存残基はβ1/β2ループ、HTH様構造、C末端の3ヶ所に集中していて、これらの部分のアミノ酸配列はグループごとに異なることから、これらの部分が相互作用等の機能と、その多様性を担っていると推定している。

第4章は機能解析であり、表面保存残基の特徴からタンパク質との相互作用能を推定し、相互作用タンパク質を同定している。NMRや表面プラズモン共鳴法(SPR)により、大腸菌BolAに対してはPhoL、YpeA、Grx4、パラログである大腸菌YrbAに対してはGrx4との相互作用が示されている。また、BolAやYrbAとGrx4、BolAとYpeAの相互作用部位が、NMRや変異体によるSPRにより決定されている。また、大腸菌の形態変化活性についても、変異体による活性部位の解析が行われている。

第5章は総合討論であり、第1章で記された研究戦略に対するBolAタンパク質の場合の結果が示され、立体構造上の表面保存残基の配置、BolAタンパク質が3ヶ所の保存部位を入れ替えながら進化してきたというモデル、相互作用タンパク質から推定される生物学的な役割、タンパク質間相互作用とアミノ酸配列の関係について議論されている。BolAタンパク質は3ヶ所の機能部位にそれぞれ特徴的なアミノ酸残基をもつグループにわけられ、HTH様構造はGrx4などのモノチオール型グルタレドキシンとの相互作用に、β1/β2ループ、HTH様構造、C末端などのアミノ酸配列の違いはグループごとに異なるタンパク質との相互作用に関わっていると結論付けている。また、先行研究と比較した当研究の成果については、これまでの2次構造予測に基づく機能の推定が誤っていたこと、行なわれていなかったグループ分けを明確にできたこと、BolAタンパク質でははじめて相互作用因子が明らかになったことが挙げられている。

なお、本論文の第2章の一部は、理化学研究所の井上真博士、小柴生造博士、矢吹孝博士、青木雅昭博士、布川絵未氏、関英子氏、松田貴意氏、松田夏子氏、鞆康子氏、白水美香子博士、寺田貴帆博士、大林尚美氏、濱名宏章氏、新屋直子氏、龍口文子氏、安田聡子氏、好田真由美氏、廣田洋博士、松尾洋博士、谷一寿氏、鈴木治和博士、荒川貴博博士、カルニンチピエロ博士、河合純博士、林崎良英博士、木川隆則博士、および東京大学の横山茂之教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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