学位論文要旨



No 121065
著者(漢字) 佐藤,華江
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ハナエ
標題(和) 翻訳終結制御機構に関わるリボソーム機能ドメインの解析
標題(洋) Functional study of E.coli ribosomal domains that affect translation termination
報告番号 121065
報告番号 甲21065
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4865号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨 要旨を表示する

あらゆる生命体に共通する蛋白質分子の生合成は、DNAからmRNAへの転写と、それに続くmRNAの遺伝暗号(コドン)の翻訳によって行われる。遺伝暗号解読過程は、開始、伸長、終結、の3過程に大別され、開始・伸長過程における20種類のアミノ酸に対応するセンスコドンはアダプター核酸分子tRNAが介在し、終結過程における終止コドンでは蛋白質であるペプチド鎖解離因子(RF)が核酸であるtRNA機能を擬態することで解読する。

伸長過程では、tRNAがペプチド鎖転移反応中心の活性化によるペプチド結合形成と協調し、GTP結合性蛋白質である伸長因子EF-Gによりフレームを維持しながら正確に解読する。一方、終結過程ではRFが、(1)コドン特異性、(2)ペプチド鎖転移反応中心の活性化、(3)GTP結合性蛋白質RF3との連携など、tRNA様の機能を発揮する(図1)。遺伝暗号解読の最終段階である終結過程が、なぜ蛋白質に託されたのか。リボソームを中心としたRFによる翻訳終結機構の問題は、現存の全生命に普遍的な遺伝暗号解読機構の完全理解への重要な鍵を担うと考えられる。

伸長過程におけるtRNAの遺伝暗号解読はRNAとRNAの相互作用の問題であるのに対し、RFによる終止コドン認識は、蛋白質とRNAの相互作用の問題である。RFは塩基対合則に基づいてコドンを解読するtRNAとの競合環境の中で、tRNA擬態性を巧みに利用する一方で、終止コドンを解読するための解離因子特異的な『蛋白質』としての特性を持つ事が予測される。つまり、塩基対合則によるコドン認識を行わない解離因子が正確な終止コドン解読を実現するためには、リボソームと解離因子の相互作用による適切な分子配向の誘導が行われていると予測される。

これまでにtRNAとの機能的な類似性にもとづいたRFの機能ドメインの解明が中心に進められたが、核酸とは異なるこれらの蛋白質ドメインの機能発現を実現するリボソーム側からの解析が必要とされた。解離因子による翻訳終結反応に影響するリボソーム因子として、リボソーム蛋白質L11がこれまでに注目されて、L11がRF1の翻訳終結効率を促進させるがRF2の翻訳終結効率は低下させるというL11のコドン特異的作用が示されていたが、(1)リボソーム因子欠損による翻訳反応全体への多大な影響により翻訳終結特異性が評価できない、(2)モデル生物としての大腸菌の解離因子機能の特殊性を考慮に入れていない、(3)近年開発された、より忠実なin vitro評価系での再現性が報告されていない、などの既存の解析系の問題を解決する必要があった。

本研究では、RFの機能に作用するリボソーム解析を開始するにあたり、高温致死変異体RF2の高温での生育を回復させる変異としてリボソーム蛋白質L11変異体が分離されていたことを機会に、L11変異導入プラスミドライブラリーからのL11変異体スクリーニングを実施し、分離されたL11変異体の機能解析を行った。本研究の結果として明らかになった、L11によるUAG(RF1により認識)とUGA(RF2により認識)コドンにおける翻訳終結効率への影響は、過去の報告のL11のコドン特異的作用と矛盾していた。ペプチドアンチコドンによって定義されると考えられたRFのコドン特異性という性質が、リボソーム蛋白質によって調節されるという過去の報告は、tRNA機能の擬態、終結反応の正確性などから考えても疑問であった。そこで、上記(1)から(3)の問題点を改善する事で検証した。

翻訳終結特異的なリボソーム機能解析の戦略と実践

効率的・網羅的な新規スクリーニング系の開発:新規機能解析の戦略として、i)大腸菌RF高温感受性変異株の高温生育能および、lacZナンセンス変異での終結効率を指標としたプラスミドライブラリーによる効率的、かつ網羅的な遺伝学的検索、ii)オペロン構成を維持したL11発現システムを利用することによるリボソーム因子欠損を回避した新規スクリーニングにより、翻訳終結活性を促進、または低下させる21種類のL11変異体分離に成功した。lacZナンセンス変異部位におけるリードスルー効率測定から、これら全てのL11変異はRF1とRF2に等しく作用していることが明らかとなった。

クラスII解離因子RF3との協調性検証:L11はGTP結合性翻訳因子の機能部位であるGTPase Centerの構成因子である事から、L11変異体の示す翻訳終結機構への作用には、GTP結合性蛋白質RF3の関与が予測された。しかしながら、RF3ノックアウト株における同様なリードスルー効率測定から、全てのL11変異体の翻訳終結効率への影響はRF3を介さずにRF1および、RF2に対して発揮されるRF1とRF2への直接的作用である事が明らかとなった。

L11変異体の作用機構解析:リボソーム蛋白質遺伝子発現には複雑なフィードバック制御が存在する。分離された変異体が実際にリボソーム上で機能している事を、タグ付きL11変異体蛋白質を発現させた株からの精製リボソームにより確認した。その結果、ほとんどのL11変異体がリボソームに取り込まれて機能する事を確認した。一方で、翻訳終結効率を低下させるL11変異体の一部はリボソームへの取込みが確認されなかった。ナンセンス変異を含むこれらの変異体の一つがL11の備えるオペロン翻訳フィードバック制御機構に影響する変異と一致していた事から、これらはL11の発現量に影響する変異である事が予測された。そこで、これらの変異体形質転換体での精製リボソームにおけるL11定量を実施したところ、これらの変異体では細胞内のL11欠損リボソーム濃度の増加により翻訳終結効率が低下した事を明らかにした。さらに、Invivo実験系での過去の報告との矛盾も、発現系の違いによるものであると予測されたため、オペロン構造を改変した発現系により解析系の有効性を検証した。その結果、L1を下流に持つL11の機能発現には、オペロン翻訳フィードバック制御機構の維持が重要である事を明らかにし、L11単独発現を用いていたこれまでの解析系では、リボソーム生合成など翻訳終結過程以外へ影響している可能性が示唆され、オペロン構造を維持した本研究の発現システムの有効性を証明した。

L11機能性のin vitro解析系の再構築:上記の結果から、L11欠損はRF1とRF2の翻訳終結効率を低下させると考えられたが、E.coli RF2はRF1と比較して著しい活性低下を起こすE.coli特有のアミノ酸置換があり、in vitro系でのRF1との機能比較解析は難しい。そこで、該当アミノ酸部位以外は、大腸菌RF2とほぼ同一アミノ酸配列をもち、RF1と対等な活性強度を示すS.typhimurium由来のRF2を使用し、RF1とRF2の活性差による評価系の非対称性を打開した。さらに、invitroペプチド解離活性測定法の改良により、近年開発されたinvitro評価系で、invivoの結果を実証する事に成功した。以上の結果から、過去の報告との矛盾を解決し、L11のリボソーム結合時のコドン非特異的促進機能を証明した。

考察

立体構造上の変異部位とL11作用モデル:L11変異体の立体構造へのマッピングから、L11変異部位はC末端ドメインのrRNA結合領域や可動性が予測されるN末端ドメインの分子表面に局在した。rRNA結合領域に局在する変異は、その結合様式を変化させると予測されるアミノ酸の変化であった。さらに、N末端ドメインの分子表面に存在する変異は、負電荷アミノ酸から正電荷アミノ酸、もしくは非電荷アミノ酸へ変化していた事から、L11はN末端ドメインとの電荷を介した直接的相互作用によりRFを感知し、rRNA-L11間の相互作用によりリボソームによるRFの再配置を誘導する事でRFのリボソームへの侵入を促進する、いわば『ドアノブ』のような機能を維持していると考えられた。

伸長過程では、アミノアシルtRNAがAsiteに結合する前に二段階のコドン識別機構により正確な蛋白質合成を実現させると考えられている。第一段階として、tRNAに対応したコドン(コグネートコドン)と対応しないコドン(ノンコグネートコドン)の識別を行い、GTP加水分解を伴った第二段階の識別において、コグネートコドンと類似しているがコグネートコドンとは異なるニアコグネートコドンの識別を行っている。終結過程においても、コドン非依存的な第一段階のリボソーム結合(Initial binding)が報告されており、同様な正確性メンテナンスともいえる作用機構の存在が予測される。本研究で明らかにされたL11の新規機能は解離因子特異的なコドン非特異的リボソーム結合に貢献するリボソーム因子であり、解離因子のリボソーム内への侵入の際、解離因子の適切なリボソーム内の再配置を促すと考えられる。

このような終結過程特有のリボソーム制御機構の解明は、リボソームを中心とした複合な翻訳装置の分子レベルでの機能性の理解、終止コドンを取り巻く様々な翻訳制御システムの解明、高等生物での普遍性比較による進化論的考察や人為的遺伝子発現制御の実現を可能にする。立体構造解析は非常に有力な分子機能予測を可能にするが、リボソームのような超高分子において、構造変化を伴う複雑な連携反応を予測するには限界がある。本研究では、分子遺伝学と生化学、構造生物学を組み合わせた解析により、リボソームの立体構造からでは予測不可能な機能領域の特定を実現し、RFの促進的な機能発現に貢献するL11の作用を修正・再評価し、具体的な作用モデルを構築した。

図1.tRNAを擬態するペプチド鎖解離因子:

終結過程では、終止コドンのアダプターとして蛋白質分子であるペプチド鎖解離因子が機能する。ペプチド鎖解離因子は終止コドンを認識し、ペプチド鎖解離反応を触媒するクラスI解離因子(原核生物;RF1/RF2、真核生物;eRF1)とその機能を促進させるクラスII解離因子(原核生物;RF3、真核生物;eRF3)に分類される。

図2.RFに作用するL11機能モデル

NTD;N末端ドメイン、CTD;C末端ドメイン。L11はRFのリポソーム侵入の際、rRNAに積極的な解離因子受入環境を促す事で、解離因子の機能性を促進していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、翻訳終結機構で終止コドンのアダプター因子として知られるペプチド鎖解離因子(RF)のリボソーム作用部位と予測されるリボソーム蛋白質L11の分子機構解明を目指し、大腸菌をモデル生物として遺伝学的、生化学的手法による解析結果とL11機能予測が述べられている。

第一章は、序論であり、翻訳反応の一般概論から、RF解析の歴史、tRNAとの機能的な類似性、RFドメイン機能や立体構造解析など、RFの解説が記載されている。次に、RF自身のドメイン解析から翻訳の場であるリボソームの解析へと研究対象を広げる目的として注目されたL11の一般概論とRFとの関連を示す既存の報告、さらにその問題点について述べられた後、本研究の目的が記述されている。

第二章ではRFの機能に作用するリボソーム解析を開始する目的として、i)大腸菌RF高温感受性変異株の高温生育能及び、lacZナンセンス変異でのリードスルー効率を指標としたプラスミドライブラリーによる遺伝学的検索、ii)オペロン構成を維持したプラスミドL11発現系を利用したスクリーニングにより、翻訳終結活性を促進、または低下させる21種類のL11変異体分離に成功し、リードスルー効率測定から、全てのL11変異はRF1とRF2に等しく作用している事が述べられている。また、オペロンフィードバック制御機構を利用したプラスミドL11変異体発現系の解説と、その有効性の検証が記載されている。このオペロンフィードバック制御機構を利用したL11変異体発現法は、単純な過剰発現によって野生型との置換を期待したプラスミド過剰発現系とは異なり、転写強度差を利用して変異体L11オペロンmRNA濃度を上昇させ、翻訳フィードバック制御機構の介在で、ゲノム由来野生型L11の発現を効率的に抑える新しい発現系である。

第三章では、第二章で分離された21のL11変異体の中で代表的な9つのL11変異体について、より詳細に解析された結果が述べられている。また、第二章で明らかにされたL11のRF1とRF2の翻訳終結効率への等しい作用は、L11がRF1の翻訳終結効率を促進させるがRF2の翻訳終結効率は低下させる、という過去に報告されたL11のコドン特異的作用と矛盾していたことから、その検証実験を行い、過去の報告との矛盾を解決している。主な解析の詳細は以下の通りである。

GTP結合性蛋白質RF3との協調性検証:L11はGTP結合性翻訳因子の機能部位であるGTPase Centerの構成因子である事から、L11変異体の示す翻訳終結機構への作用には、GTP結合性蛋白質RF3の関与が予測された。しかしながら、RF3ノックアウト株におけるリードスルー効率測定から、L11変異体の翻訳終結効率への影響はRF3を介さずにRF1、RF2に対して発揮される直接的作用である事が明らかとなった。

L11変異体の作用機構解析:分離された変異体が実際にリボソーム上で機能している事を、タグ付きL11変異体蛋白質を発現させた株からの精製リボソームにより確認した結果、ほとんどのL11変異体がリボソームに取り込まれて機能する事を確認した。

L11機能のin vitro解析系の再構築: 既存のin vitroペプチド解離活性測定法での問題点を改良し、近年開発されたin vitro評価系で、in vivoの結果を実証した。

第四章では、リボソームに取り込まれないにも関わらず、RFの翻訳終結効率を低下させる変異体の解析結果を述べている。これらの変異体の一つが、本来発現バランスを維持するために備えるL11-L1オペロンカップリングという現象に支障を来す既知の変異と一致したことから、L11の発現系に影響する変異である事が予測された。そこで、これらの変異体形質転換体での精製リボソームにおけるL11定量を実施したところ、これらの変異体は細胞内のL11欠損リボソーム濃度を増加させることで翻訳終結効率を低下させた事を明らかにした。

第五章では、上記解析結果から、L11がAサイトの終止コドンを解読する前のコドン非特異的な結合を促進させるという機能予測が述べられている。さらに、L11変異体の立体構造へのマッピングから、L11は電荷を介した直接的作用によりRFを感知し、rRNA-L11間の相互作用によりRFの再配置を誘導する事でRFのリボソームへの侵入を促進する、いわば『ドアノブ』のような機能を維持していると提唱している。

以上、本論文は原核生物RFのリボソーム機能ドメインとしてL11に注目し、RFの翻訳終結効率に作用するL11の機能部位を特定した。この解析を通して、既存の報告とは異なるL11のRFコドン非特異的促進機能を解明に成功した事はRFのリボソーム作用機構の理解に貢献したと考えられ、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク