学位論文要旨



No 121071
著者(漢字) 伊勢,優史
著者(英字)
著者(カナ) イセ,ユウジ
標題(和) 西太平洋産センコウカイメン科(海綿動物門、普通海綿綱、硬海綿目)の系統分類学的研究
標題(洋) Systematic Study on the Excavating Sponge Clionaidae (Porifera, Demospongiae, Hadromerida) from the West Pacific
報告番号 121071
報告番号 甲21071
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4871号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤田,敏彦
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 松浦,啓一
 東京大学 助教授 加瀬,友喜
 東京大学 助教授 上島,励
内容要旨 要旨を表示する

センコウカイメン科Clionaidaeは、d'Orbigny (1851)によって提唱され、一般に固着生活を行う他の海綿動物とは異なり、貝殻やサンゴ骨格、石灰岩など、炭酸カルシウム性の基質に酸を分泌することによって穿孔し、その穴の中で生活するという特異な生態を示す。この科には、成長すると基質を破壊して外側に溢れ出し被覆状になる種、さらには成長が進んで基質から遊離し塊状になる種、そして、穿孔基質を必要とせず、代わりに砂礫底に埋在して生活する種も知られており、生態的に非常に多様な科である。センコウカイメン科と他科のカイメン、および、センコウカイメン科内の系統関係の推定は、海綿動物における穿孔性の進化を考えるうえで非常に重要である。また、センコウカイメンは、岩礁海岸における生物侵食の主な要因となっており、養殖貝類や宝石珊瑚に穿孔する事によって被害を与える有害動物としても知られている。しかし、その分類が困難なため生態研究が進まず不明な点が多く、各種の形態の詳細な記載に基づく分類学的再検討が強く望まれていた。

しかし、これまで、センコウカイメン科の分類学的研究は、地中海とカリブ海に限られており、これらの海域よりも多くの種が分布していると予想される西太平洋ではほとんど研究が行われてこなかった。R〓tzler (2002)は、センコウカイメン科を8属に整理し、これらは約100種を含むが、この分類体系は、主に地中海とカリブ海産の種に基づいて作られたものであるため、インド・西太平洋産の種で、この体系に当てはまらない例が多数存在する。また、近縁な科とされているパンカイメン科との関係にも依然、曖昧な部分が多い。

本研究では、センコウカイメン科とパンカイメン科、およびこれらと近縁ではあるが、科や属の位置が不明とされている種を用いて分子系統解析を行い、新たな分類体系を提唱した。また、この分類体系に基づいて、これまでほとんど研究の行われてこなかった西太平洋産センコウカイメン科各種の詳細な記載を行った。

分子系統解析によるセンコウカイメン科の再検討

細胞核の28S rRNA遺伝子による系統解析

センコウカイメン科3属30種、パンカイメン科3種、ドウクツカイメン科1種、ヨロイカイメン科1種、そして、所属不明種3種を内群として用い、これに外群2目5科5属5種を加えた合計2目9科11属43種49個体を解析に用いた。遺伝マーカーとしては海綿動物の科や属間の系統関係の推定に有効であることが示唆されている細胞核の28S rRNA遺伝子を用い、5'側部分からアライメントできない部分を除去した771塩基対に基づき、GTR+I+Gモデルにより最尤(ML)系統樹を構築した。そして、近隣結合法(NJ)と最節約法(MP)でブートストラップ50以上かつベイズ法(MrBayes)の事後確率95以上で支持された11のクレードを単系統群として認めた。

ミトコンドリアDNAのCO1遺伝子による系統解析

センコウカイメン科3属15種、ヨロイカイメン科2種、所属不明2種を内群とし、外群3科3属5種を加えた合計5科7属24種を解析に用い、ミトコンドリアDNAのCO1遺伝子657塩基対に基づき、系統解析を実施した。その結果、28S rRNA遺伝子の解析では強く支持されなかった一部のクレードの単系統性や近縁性が明らかとなった。

複数の遺伝子(28S rDNAとCO1)による系統解析

センコウカイメン科2属13種、ヨロイカイメン科1種、所属不明2種を内群とし、外群3科3属3種を加えた合計5科5属19種を解析に用い、28S rRNA遺伝子とCO1遺伝子を結合した合計1428塩基対に基づき、系統解析を実施した。この結果、単一の遺伝子では解くことのできなかったほぼ全ての種間の系統関係を明らかにすることができた。

3つの解析を総合した結果、R〓tzler (2002)によるセンコウカイメン科は単系統群にならず、パンカイメン科とドウクツカイメン科、そして科の所属不明種がセンコウカイメン科のクレードに入ることが示された。このことから、センコウカイメン科の定義を、従来言われていた穿孔能力に基づいてではなく、streptasterと呼ばれる一連の微小骨片をもつことによって定義し直し、パンカイメン科とドウクツカイメン科をセンコウカイメン科の属として扱うこととした。センコウカイメン科で最も多くの種を含んでいるCliona属も単系統にならず、支持された単系統群と形態的特徴をもとに分割し、新たに3属を設け、シノニムとされていた2属を復活させることにより、計6属に整理した。Spirastrellaとして記載されていたが属や科の位置が不明とされた3種は、R〓tzler (2002)によるSpirastrellaと明確に区別された。”Spirastrella” vagabundaと”S.” solidaは、復活させたAnthosigemella属のクレードに含まれ、”S.” insignisは、他のどの種ともクレードを形成しなかった。この種は穿孔生活を欠くこと、微小骨片が表層に特に密集して分布すること、塊状の外部形態をとるという他の種には見られない独自の形態的特徴からも、新属を設けるべきと判断された。また、このことにより、センコウカイメン科において、穿孔能力の二次的消失が起きていることが示された。これらの結果から、新たなセンコウカイメン科として4新属、2復活属を含めた17属を認め、それぞれに新たに定義を与え、分類体系を構築した。

西太平洋産センコウカイメン科の分類学的研究

西太平洋産として、琉球列島、台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシア、パラオ、オーストラリア、ニューカレドニアより得られた合計280個体に基づいてセンコウカイメン科の分類学的研究を行った。また、北太平洋、インド洋、地中海、東大西洋、カリブ海産の標本と、国外の博物館より借用した標本16種9変種のタイプ標本を含む115個体を比較標本として観察した。従来から分類形質として重要視されていた骨片については、配列、形態、測定を詳細に行った。また、種分類に有効な新しい形態形質を探索するため、穿孔型の記載を行い、採集にあたっては生時の形態や色彩も記録した。

分子系統解析から提唱した新しい分類体系に基づき、科や属の位置に問題のあったAnthosigmella vagabundaとA. solidaを含むAnthosigmella属9種(3新種)、Caesia属1種、Metallica属1種、Bernatia属8種(3新種)、Cliona属3種(2新種)、Cliothosa属2種(1新種)の合計6属24種について詳細な形態の記載を行った。

さらに、西太平洋産のセンコウカイメン科全種の分類学的再検討を行い、8新種17新組み合わせを含む合計10属43種を認めた。

従来のCliona属から分けられた6属は、微小骨片の有無と穿孔痕の形態によってそれぞれを定義付けることができた。微小骨片を持たない属では、穿孔痕が一つの単純な穴となるか、多数の小さな球状の穴が融合するCliona属、穴が融合せず基質の表層近くに限定するCaesia属、そして、円柱状になるPangia属が認められた。微小骨片を持つ属では、穿孔痕が多孔性で不規則な輪郭になるAnthosigmella属、多数の小さな球状の穴が融合するMetallica属、そして、一つもしくは融合しない数個の単純な穴となるBernatia属が認められた。これらの形態的特徴は、従来の分類体系では用いられていなかったが、本研究で属の分類に有効であることが判明した。

螺旋星体の形態は、従来の記載で見られるような光学顕微鏡による観察では種分類に用いるのが困難であったが、軸の長さや太さ、棘の形態や長さ、分布様式を詳細に調べ、かつ、他の形態形質と併用することにより、種分類に有効であることが明らかになった。螺旋星体の形態は、それだけで属を定義付けることはできなかったが、渦巻き状に多分岐する棘はAnthosigmella属でのみ確認された。また、単純な円錐状の棘は、螺旋星体をもつ全ての属に広く存在することが明らかになり、この特徴がより祖先的なものであると推察された。

結論

形態の記載に用いた標本や新種記載に用いたタイプ標本を同時に分子系統解析にも用いることにより、より厳密に形態形質と分子系統解析を組み合わせてセンコウカイメン科の分類体系を明らかにすることができた。このような方法は過去に例がなく、形態形質に乏しい海綿動物の分類や系統解析を効果的に行ううえで、今後、よりいっそう重要になると考えられる。

本研究の結果、センコウカイメン科は、穿孔生活を送る種のみならず、穿孔能力を持たない種や、炭酸カルシウム性基質を分泌する種、埋在生活に適応した種を含む、より生態的に多様な分類群であるという新たな姿が明らかとなった。これは、従来のセンコウカイメン科だけを対象にしていては得られなかった知見であり、科や属の位置が不明であった種を扱った詳細な形態記載と分子系統解析により初めて明らかにすることができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,イントロダクション,第一章,第二章,ディスカッションの四部から構成されている.

イントロダクションでは,センコウカイメン科(海綿動物門,普通海綿綱,硬海綿目)ならびにそれに類縁の科における系統分類学的研究の歴史と現状を的確にまとめており,本研究で目指すところについて述べられている.センコウカイメン科は普通の固着性の海綿とは全く異なり,炭酸カルシウム基質への穿孔性という特異的な生態的特徴を有しており,本論文は,そのような独自な生態がどのようにして進化の過程で生じたかという非常に興味深い課題を扱っている点で高く評価できるものである.日本を含む西太平洋海域は,その穿孔基盤となるサンゴ礁の発達からみてもセンコウカイメン類の多様性が非常に高い海域であると予想されるにもかかわらず,これまでセンコウカイメン類の研究はほとんど行われておらず,選んだ研究材料という点からも,本論文の新しさについては疑いがない.センコウカイメン類は養殖貝やサンゴに被害を与えていることでも知られているが,その対策を講じる上で必要な生物学的研究の基礎となる分類学的研究についての要望も大きく,応用面からも重要な研究課題であるといえる.本論文は,このような背景をもとに,センコウカイメン類の進化系統に基づく分類を,分子ならびに形態の両面からの分析によって明らかにしたものである.

第一章では,細胞核の28S rRNA遺伝子ならびにミトコンドリアDNAのCO1遺伝子によりセンコウカイメン類の分子系統解析を行った.センコウカイメン類内の詳しい分子系統を解析したのは本論文による研究が初めてである.センコウカイメン科ならびにそれに類縁のパンカイメン科,ドウクツカイメン科,さらには従来属する科が不明とされてきた種を加え,43種(49個体)から28SrRNA遺伝子(771塩基対)の配列を読み取ることに成功し,また24種(24個体)からCO1遺伝子(657塩基対)の配列を読み取ることができた.これらの結果から,これまで使われていた分類体系は誤りであることがわかり,パンカイメン科,ドウクツカイメン科はセンコウカイメン科の中に含めるべきであること,また,これまで分類が混乱していた多数の種を含むCliona属は単系統ではなく6個のクレードに分かれることなどが判明した.これらの分子系統の結果をふまえ,第二章で詳しく論じる形態学的特徴をもとに,センコウカイメン科の定義を,新たにstreptasterと呼ばれる微小骨片を主たる共有派生形質とするものとし,科内は17属からなる新しい分類体系を提唱した.

第二章では,広く西太平洋から採集した標本ならびにタイプ標本を含む博物館所蔵標本を用いて,第一章で明らかにした分子系統に基づく分類体系に基づいて,西太平洋産のセンコウカイメン科の系統分類を明らかにしたものである.多数の標本における緻密な形態の分析をもとに,科,属の形態学的な定義を与え,詳しく各種の記載を行った.これにより,所属する科や属が不明であった種の正しい分類学的位置が明らかになったことも含め,8新種,17新組み合わせが判明し,西太平洋産センコウカイメン科として計10属41種が認められることとなり,初めて本海域のセンコウカイメン科相の全体像が明らかとなった.この研究の過程で,海綿類の分類形質としては重要視されてきた微小骨片については,これまでの定性的かつ概略的な記述を見直し,骨片の各部を詳細に定量的に分析することによって,より客観的な分類形質として用いることができることを示し,また見逃されがちであった穿孔型についても,類型化できることを発見している.

最後のディスカッションにおいては,以上の研究成果をふまえ,センコウカイメン科の進化系統やその研究方法について論じている.センコウカイメン科は,穿孔生活をおくる種のみならず,穿孔能力を持たない種や炭酸カルシウム性基質を分泌する種,埋在生活に適応した種を含む,より生態的に多様な分類群であるという新たな姿が明らかとなり,穿孔性を二次的に失う方向への進化も認められた.また,本論文で採用した同一の標本で形態の記載と分子系統解析を行う方法は従来の研究ではあまり省みられてなかったが,より厳密に形態形質と分子系統解析を組み合わせての系統分類を行う上で非常に効果的であり,多数の形態形質を緻密に分析することと合わせて,今後の海綿類の系統分類研究手法の指針となっていくものであると考えられる.

なお,本論文第二章の一部は武田正倫・渡辺洋子ならびに藤田敏彦との共著で発表されているが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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