No | 121073 | |
著者(漢字) | 岩元,明敏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イワモト,アキトシ | |
標題(和) | シロイヌナズナの根端成長に関する細胞動力学的研究 | |
標題(洋) | Kinematic studies on the cellular basis of root growth in Arabidopsis thaliana | |
報告番号 | 121073 | |
報告番号 | 甲21073 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4873号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物の先端成長は最先端部の分裂域における活発な細胞増殖と、それに続く伸長域における細胞体積の急激な増大(=体積成長)とを特徴とする。遺伝要因や環境要因による先端成長様式の違いは、この2つの側面の差として捉えることができるが、それらは独立ではなく互いに関係し合っていると考えられる。先端成長を支える細胞増殖、体積成長の各側面とその構成要素を相互の複合的な関係の中で把握することは、先端成長の制御のあり方、さらに遺伝・環境要因による成長の変化の本質を理解する上で極めて重要である。しかし、従来の先端成長に関する動力学的研究は細胞増殖と細胞伸長の定量的な記述に留まっており、両者の関係に踏み込んでいない。そこで本研究では、先端成長の細胞動力学的解析に数理モデルを組み入れて、細胞増殖と体積成長の複合的関係を解体し、先端成長の基本要素を明らかにすることを目指した。シロイヌナズナの根端皮層細胞列の成長を先端成長のモデルとして、遺伝・環境要因が成長に与える影響を解析し、成長特性の分析を行った。また、タバコBY-2細胞の同調培養系を用いて、細胞増殖と体積成長の関係の生理学的な背景についても検討を加えた。 【方法】 <根端成長の動力学的解析の方法論> シロイヌナズナの根端にグラファイト粉をつけその動きを測定することで、各地点における伸長速度を決定した。次に根端の各地点における皮層細胞の長さと皮層の内径および外径を測定した。ここで皮層を回転体と見なし、距離・長さから体積へのデータ変換を行った。これによって、様々な体積Vの皮層細胞列における体積増大速度dV/dtと細胞体積dV/dNを得た。局所的な細胞密度dN/dVは細胞体積の逆数として計算し、細胞数NはdN/dVをVに関して積分することで求めた。また、dV/dtをVで微分して相対成長率(REGR)を、dN/dtをVで微分して局所的細胞生産率(LCPR)をそれぞれ求めた。さらに根端の定常的な成長を前提として、細胞増殖率dN/dtを式(1)によって算出した。 〓 <根端成長への数理モデルの適用> 根端成長の要素の分析は、杉山と佐藤(1999)によって提案された数理モデルを利用して行った。この数理モデルは以下の3つの仮定に基づく。(1)器官の成長活動の総量は、そこに含まれる細胞数によって規定される。(2)器官の成長活動は、「細胞増殖」、「体積成長」、「器官維持」という3つの側面からなる。(3)器官の維持には、その体積に応じた成長活動量の割り当てを必要とする。これらの仮定は、Nを細胞数、Vを器官の体積、C1を細胞増殖のコスト、C2を体積成長のコスト、C3を器官維持のコスト、αを細胞当たりの成長活動量として、次の微分方程式で表される。 〓 始原細胞を含む皮層細胞列は、細胞の出入りがほとんどなくほぼ閉じていることから、ここでは器官に相当するとして扱った。皮層細胞列の細胞数等の実測データを数理モデルにあてはめ、比コスト係数C1/α、C2/α、C3/αを以下の方法で求めた。これらの係数はそれぞれ、細胞増殖率、体積成長速度、体積を1単位増加させるのに必要な細胞数を示す。 静止中心から十分離れた位置においては細胞増殖率、体積成長速度が一定になることから、式(2)をVで微分して、 〓 式(3)により、最終細胞密度からC3/αを決定した。C1/αとC2/αは、式(1)を変形した次式(4)にこのC3/αを用い、多重回帰分析によって決定した。 〓 【結果と考察】 <シロイヌナズナの根端成長における細胞増殖と体積成長の空間パターン> シロイヌナズナのColumbia(ColD)、Landsberg erecta(Ler)、Wassilewskija(WS)、C24、4倍体のColumbia(ColT)について、根端成長の動力学的解析を行い、得られたデータを皮層細胞列の体積に対してプロットした(Fig.1)。体積が大きい皮層細胞列ほどその遠位端が静止中心から遠いので、このグラフは累積的成長データの空間パターンを体積に基づいて示したものと言える。 Fig.2はFig.la,dから算出したREGRとLCPRのグラフであり、細胞増殖と体積成長の空間パターンを表す。これまでの動力学的研究でも示されていたように、いずれの系統においても静止中心から離れるに従って細胞増殖が低下し、それと呼応するように体積成長が活発になっていた。また、C24のように増殖域の狭い系統では、体積成長の領域がより先端に近くかつ狭い傾向が見られた。これにより、根端成長において、体積成長が細胞増殖に依存しつつ背反するような関係が示唆された。細胞密度を横軸に、REGRを縦軸にプロットしたFig.3からは、静止中心から十分に遠く細胞増殖が見られない領域において、細胞密度とREGRとの間に直線的な関係があることが分かった。 これらの関係性が今回用いた数理モデルに組み込まれていることは、以下のように確認した。式(2)をVで微分すると、 〓 式(5)の左辺は細胞密度、右辺はLCPRとREGRの和であり、LCPRとREGRが背反的関係にあることと対応した。また、細胞増殖の停止した場所を想定してLCPR=0とおくことで式(6)が得られ、REGRと細胞密度との直線関係も示せた。 〓 さらに細胞密度がLCPRに依存することを考慮すれば、これらの式はLCPRに対するREGRの間接的依存も含意していると言え、根端成長に見られた体積成長と細胞増殖、細胞密度の関係性を数理モデルから一通り導くことができた。 <根端成長の系統間差の解析> シロイヌナズナ各系統の根端成長の測定データを数理モデルによって解析し、求めた比コスト係数をTable 1(dataset#1)にまとめた。これらの比コスト係数をモデル式に代入して予測した細胞数(Nest)と実測の細胞数(N)を系統毎に比較した(Fig.4)。その結果、静止中心から少し離れた場所では(特にLerとWS において)ずれが見られるものの、全体的には予測細胞数は実測細胞数と概ね一致しており、数理モデルにある程度の妥当性が認められた。なお、ColTとColDに関しては、10本の根端を用いた成長解析を繰り返し行ったが、比コスト係数の値は安定しており、解析の再現性が確認された(Table 1のdataset #1 と#2、combined datasetは2組を合わせた20本分の解析結果)。 2倍体の4系統間で比コスト係数を比較してみると、それぞれに成長パターンと対応づけられる特徴が見られた。特に際立っていたのは成長速度が著しく低かったC24で、C1/α、C3/αともに最も大きな値を示した(Table 1)。この結果から、C24の根端は細胞増殖効率の低さから細胞数、ひいては成長活動量を十分に増やせない上に、器官の維持にも他の系統より多くの成長活動を割く必要があり、体積成長に投資できなくなって早期に成長を停止する、と解釈できる(Fig.2e)。 Colの2倍体と4倍体の比較では、倍数化に伴う成長変化に関して、興味深い結果が得られた。ColTのC2/α、C3/αはともにColDに比べて65%程度に減少している一方、C1/αはColTの方が高くColDの1.2倍程度であった(Table 1、combined dataset)。倍数化によって細胞当たりの成長活動量が1.5倍に増大したと考えると、C2/αとC3/αの変化はαの変化から説明できる。この場合、ColTのC1はColDのC1の約1.8倍と見積もられる。このことは、ゲノム量が倍加すると、細胞増殖のコストもほぼ倍増することを示唆する。 <根端成長に対する温度の影響の解析> 先端成長の環境要因の一つとして温度を取り上げ、生育温度が根端成長に及ぼす影響について動力学的方法と数理モデルによる解析を行った。実験材料にはG2/M期マーカー遺伝子のCYCB1;1p::CYCB1;1:GUSをもつColumbia形質転換株(Col/pCDG)を用い、28℃、22℃、16℃の3条件で育成したときの根端成長を比較した。 22℃と28℃では成長の空間パターン、比コスト係数ともに顕著な違いは見られなかった(Fig.5、Table 2)。22℃、28℃の場合と比べて16℃では、細胞増殖率と体積増大速度が著しく低くなっており(Fig.5a,c)、細胞増殖域と成長域の狭小化、LCPRとREGRのピーク値の低下が認められた(Fig.6)。また、比コスト係数はC1/αが約2倍、C2/αが3〜4倍と大きく上昇していた(Table 2)。これらの結果は、低温条件下での根端成長の抑制が体積成長および細胞増殖の効率の低下に起因することを示唆している。なお、16℃での細胞増殖活性の低下は、GUS発現細胞の数からも裏付けられた(Fig.6、差し込み図)。 <タバコBY-2培養細胞における細胞周期と成長の関係> 根端成長で見られたような細胞増殖と体積成長のトレードオフは、細胞周期と成長との基本的な関係から生じている可能性も考えられる。そこで、この点に関し、タバコBY-2培養細胞を用いて検討を加えた。まず、指数増殖期のBY-2細胞に様々な阻害剤を与えて、培養液容積当たりの生重量を指標に体積成長の変化を追跡したところ、DNA合成阻害剤アフィディコリン(APC)の投与時にのみ一過的な成長促進が観察された。次にAPC処理により細胞周期を同調させたBY-2細胞の体積成長を調べた(Fig.7)。APC存在下では細胞は通常より肥大するため、細胞周期の再開直後は体積成長率が低いが、その影響がなくなった細胞周期2周目においては、G1期細胞の比率と体積成長率との間に相関が見られた(Fig.7、19-31h)。この結果から、細胞周期と体積成長率が関連が示唆された。 Figure 1.シロイヌナズナ各系統の根端成長の空間パターン a;体積増大速度、b;細胞体積、c;細胞密度、d;細胞増殖率、e;細胞数。n=10、エラーバーは標準誤差。 Figure 2.シロイヌナズナ各系統の根端成長におけるREGRとLCPR。 赤丸はREGR、青丸はLCPR。差し込み図は最先端領域におけるLCPRを示し、軸の単位は外側のグラフと同じ。a;ColT、b;ColD、c;Ler、d;WS、e;C24。n=10、エラーバーは標準誤差。 Figure 3.シロイヌナズナ各系統の根端成長におけるREGRと細胞密度の関係 a;ColT、b;ColD、c;Ler、d;WS、e;C24。n=10、エラーバーは標準誤差。 Figure 4.数理モデルによる予測細胞数と実測細胞数の比較 シロイヌナズナ各系統における根端皮層細胞列の細胞数の数理モデルによる予測値(Nest;赤点)と実測値(N;青点)。a;ColT、b;ColD、c;Ler、d;WS、e;C24。n=10、エラーバーは標準誤差。 Figure 5.根端成長の空間パターンに対する温度の影響 異なる温度条件で育成したCol/pCDGの根端皮層細胞列の成長パターン。a;体積増大速度、b;細胞体積、c;細胞増殖率、d;細胞数。n=5、エラーバーは標準誤差。 Figure 6.REGRとLCPRに対する温度の影響 異なる温度条件で育成したCol/pCDGのREGR(赤丸)とLCPR(青丸)。差し込み図は各温度条件での最先端領域におけるLCPRとGUSの発現が観察された皮層細胞の数(柱状グラフ)で、左縦軸はLCPR、右縦軸は皮層細胞1列あたりのGUS発現細胞(cell)、横軸は皮層細胞列の体積を示す。LCPRと皮層細胞列の体積の単位は外側のグラフと同じ。a;28℃、b;22℃、c;16℃。n=5、エラーバーは標準誤差。 Table 1.シロイヌナズナ各系統の比コスト係数 (a)R2=1-{Σ(N-Nest)2/Σ(N-Nmean)2} これは多重回帰分析における決定係数R2を求める式と同じであるが、Nestは単純な多重回帰によって求めていないため、厳密にはここで示したR2は決定係数ではない。しかし、NestがNにどれだけ近いかを示す指標として使うことはできる。R2が大きいほどNestはNとよく合致しており、最大値は1である。(b)dataset#1はFigs.1-4の解析に使用したデータ。 Table 2.温度条件による比コスト係数の違い Figure 7.タバコBY-2培養細胞の同調培養における生重量変化と細胞周期 培養液5ml中の細胞の生重量変化率と細胞周期の各位相の比率。各位相の比率はフローサイトメトリーの結果より算出。G1;G1期細胞の比率、S;S期細胞の比率、G2・Mp;G2期及びM期前期細胞の比率。 | |
審査要旨 | 本論文は、序章、3章、結論からなる。序章では、植物の先端成長に関するこれまでの研究をまとめ、ざらに、この先端成長における細胞増殖と体積増大(=体積成長)を定量化する手法として近年発達した細胞動力学的解析の有用性と問題点を述べている。そして、この博士論文の研究では、細胞動力学的手法と器官成長を定式化した数理モデルを組み合わせて、先端成長のモデルとしてシロイヌナズナの根端成長を解析し、その基本要素を明らかにすることを目指して研究を行ったと結んでいる。 第1章では、数理モデルを組み込んだ細胞動力学的手法によるシロイヌナズナ根端成長解析の手法の確立と、遺伝的に異なる複数のシロイヌナズナ系統の根端成長への手法の適用について述べられている。この確立された手法によって、シロイヌナズナの5つの系統の根端成長は、細胞増殖体積成長、そして器官維持の各側面に関するコストと成長活動量の振り分けの面から特散づけることができた。このような特徴づけは今回の研究によって初めて可能になったことであり、非常に意義のあるものである。また、この解析を通じて植物の倍数体における成長の違いが、細胞当たりの成長活動量、細胞増殖コストの違いによるものであることが示唆され、今後の倍数体に関する研究全般に大きく寄与すると言える。 第2章では、生育温変の条件の異なるシロイヌナズナ瀬端の成長について数理モデルを組み込んだ細胞動力学的手法によって解析した結果について述べられている。解析の結果、低温で生育した根端では細胞増殖、体積成長の両面の効率が大きく低下していることが算出した比コスト係数から明らかとなった。この効率の低下と、成長活動量の振り分けの変化によって低温では根端成長が大幅に低下していることが分かった。温変条件の変化が成長のどの側面、要素に影響を及ばすかを明らかにしたのはこの研究が初めてである。 第3章では、根端成長でも見られた細胞増殖と体積成長のトレードオフという重要な関係性の生理学的背景を検証するため、タバコBY-2培養細胞を用いて細胞周期と体積成長との関係についての解析を行ってV)る。指数増殖期のBY-2細胞に様々な阻害剤を与えて、培養液容積当たりの生重量を指標に体積成長の変化を追跡したところ、DNA合成阻害剤アブイデイコリン(APC)の投与時にのみ一過的な成長促進が観察された.次にAPC処理により細胞間期を同調させたBY-2細胞の体積成長を調べたところ、Gl期細胞の比率と体積成長率との問に相関が見られた。この結果から、細胞間期と体積成長率の連関が示唆された。植物では、このような細胞間期と成長の関連はこれまで明らかになっておらず、本研究は最初の基礎的な知見を与えるものとなっている。 結論では、以上の結果をまとめ、本研究で確立した数理モデルを組み込んだ細胞動力学的手法は遺伝、環境要因の異なる様々な根端成長を解析し、特徴づけるために有用なツールであるとしている。今後、分子遺伝学的解析と組み合わせることによって、根端成長における細胞喝殖と体積成長の統御機構に関して新車な突蛎払宝得られることが期待される。また、植物において初めて細胞周期と成長の関係性を示したことによって、細胞増殖と体積成長のトレードオフ関係の少なくとも一部はこの連関によると結論づけている。これは、この研究が静宮成長における細胞増殖と体積成長の関係の生理学的背景に細胞周期という面から踏み込んでいくことを可能にしたと評価ごきる。 なお、本論文第1章は、佐藤大輔・古谷可萌芽・丸山真一朗・大場秀章・杉山宗隆との共同研究であるカミ論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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