学位論文要旨



No 121075
著者(漢字) 阿部,剛典
著者(英字)
著者(カナ) アベ,タカノリ
標題(和) アフリカツメガエル初期胚における中胚葉誘導の時間的制御
標題(洋) The time-dependent regulation of mesoderm induction in early Xenopus laevis embryos
報告番号 121075
報告番号 甲21075
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4875号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 助教授 平良,眞規
内容要旨 要旨を表示する

初期発生において中胚葉誘導は非常に重要な現象であり、誘導因子の探索など中胚葉誘導の起きるメカニズムについて多くの研究がなされてきた。TGF-βファミリーに属するアクチビンは強力な中胚葉誘導能を有し、未分化状態の予定外胚葉細胞(アニマルキャップ)に作用させると様々な中胚葉組織を分化誘導する。今までアクチビンを胞胚期のアニマルキャップに作用させると中胚葉誘導が起きるが、原腸胚期のアニマルキャップに作用させても中胚葉誘導は起きないことが知られていた。このように中胚葉誘導は時間特異的なものであり、発生過程のある段階で細胞が誘導因子に対する応答能を失い、中胚葉誘導を終了させる“Loss of Mesodermal Competence(以下LMCと略記)”という現象が起きる。LMCは中胚葉誘導の開始と同様に重要な現象であり、LMCが正常な時期に起きなければ、中胚葉組織が過剰に誘導されてしまうことが予想される。しかし、これまでLMCの起きるメカニズムや原因因子については殆んど解明されていなかった。私は、Notchシグナルに着目しLMCのメカニズムを解明しようと試みた。Notchシグナルの作用は多岐に渡っているが、その中の重要な作用の1つに幹細胞や前駆細胞を未分化な状態に保つというものがある。またアフリカツメガエル胚においてはNotchシグナルを活性化すると中胚葉誘導が増強されるという報告がなされている。そこで私は「Notchシグナルは未分化細胞が中胚葉組織へと分化誘導される過程でLMCの起きる時期を遅らせ、中胚葉誘導を促進しているのではないか」という作業仮説を立て、Notchシグナルの中胚葉誘導への影響、及びLMCの起きるメカニズムを解明することを目的として実験を行った。

本研究ではまず、Notchシグナルを活性化することでLMCの時期に変化が生じるかどうかを検証した。様々な発生段階のアニマルキャップにアクチビンを処理し、誘導される中胚葉遺伝子の発現を調べたところ、Notchシグナルが活性化されたアニマルキャップでは原腸胚期以降も中胚葉遺伝子の発現が誘導された。この結果は、NotchシグナルはアニマルキャップにおいてLMCの時期を遅らす作用があることを示している。LMCがアニマルキャップで起きることは知られていたが、in vivoでLMCが実際に起きているのかどうかは確かめられていなかった。そこで私はアクチビンを染み込ませたビーズを埋め込む“アクチビンビーズ移植実験”を開発した。アクチビンビーズを胞胚期に埋め込むと異所的な中胚葉誘導が引き起こされ二次軸が形成されたが、中期原腸胚期にアクチビンビーズを埋め込んでも二次軸は形成されなかった。一方、Notchシグナルを活性化させた中期原腸胚期の胚にアクチビンビーズを埋め込むと二次軸が形成された。この結果はin vivoにおいてもLMCが胞胚期から原腸胚期の間で起き、Notchシグナル活性化によりLMCの時期が遅くなったことを示している。またレポーターアッセイにより、内在性のNotchシグナルは胞胚期から原腸胚期にかけ一過的に中胚葉領域で活性化し、且つ異所的なNotchシグナル活性化は内在性の中胚葉遺伝子の発現を促進することが確かめられた。これはNotchシグナルが正常発生の過程においてもLMCの時期を調節していることを示唆している。

次にLMCの起きるメカニズムの解明を試みた。アクチビンシグナル経路は大きく分けて以下の5ステップから構成されている。(1)リガンドであるアクチビンが受容体と結合する。(2)活性化した受容体によりsmad2のC端がリン酸化される(以下Psmad2Cと表記)。(3)Psmad2Cがsmad4と複合体を形成する。(4)Psmad2C/smad4複合体が核へと移行する。(5)Psmad2C/smad4複合体がDNAと結合し標的遺伝子の転写を引き起こす。私はLMCの前後、Notchシグナルの活性化によりどのステップに変化が生じるのかを調べることでLMCの起きるメカニズムを解明しようと試みた。その結果、(1)Notchシグナルを活性化してもアクチビン受容体の発現量に変化は生じなかった。(2)LMCの前後、及びNotchシグナル活性化によりsmad2のC末のリン酸化レベルに変化は生じなかった。(3)LMC後はPsmad2C/smad4複合体が形成されなくなっていたが、Notchシグナルを活性化することで複合体が形成された。(4)LMC後はPsmad2C/smad4複合体が核に移行しなくなっていたが、Notchシグナルを活性化することで複合体が核に移行した。(5)LMC後は中胚葉遺伝子の転写が起きなくなっていたが、Notchシグナルを活性化することで中胚葉遺伝子の転写が起きた。以上の結果から、LMCは「発生の過程でPsmad2Cがsmad4と結合する能力を失い、複合体が核に移行できなくなるため中胚葉遺伝子の転写が起きなくなる」ことで生じ、「NotchシグナルはPsmad2Cとsmad4との結合を調節することでLMCの時期を調節している」ことが分かった。

さらに私はLMCの前後でPsmad2C/smad4複合体形成を調節するメカニズムの解明を試みた。Smad2は様々な修飾を受けており、C端以外にリンカー部位がリン酸化されることが知られている。近年、smad2リンカー部位のリン酸化がTGF-βシグナルを負に調節するという報告なされた。そこで私はsmad2リンカー部位がリン酸化されるとPsmad2C/smad4複合体形成が阻害され、LMCが起きるのではないかと予想した。しかし、LMCの前後、Notchシグナルの活性化によりsmad2リンカー部位のリン酸化レベルは変化せず、且つsmad2リンカー部位のリン酸化状態によらずPsmad2Cとsmad4は複合体を形成した。よって私は、smad2リンカー部位リン酸化はPsmad2C/smad4複合体形成、及びLMCの時期に影響を与えないと結論付けた。Notchシグナル経路で転写因子として働くSu(H)の作用を阻害すると、LMCの時期を遅くするというNotchシグナルの効果が抑制された。この結果はNotchシグナルが標的遺伝子の転写を介しLMCの時期を調節していることを示している。そこで私はDNAマイクロアレイを用い、Notchシグナルの下流で働き、LMCの時期を調節している遺伝子を検索した。私は2つのタイプの候補遺伝子を想定した。Type I候補遺伝子として感受性維持遺伝子(LMC前でのみ発現しPsmad2Cとsmad4との結合を保証しているもの)を想定した。LMC以後発現量が減少する遺伝子は36個存在していた。TypeI候補遺伝子の機能を調べるため、mRNAをインジェクションしたアニマルキャップにアクチビンを処理し誘導される中胚葉遺伝子の発現を調べた。Mcm10p、RING finger protein、 sox12、oocyte-specific protein(p100)、RGS4 protein、protein phosphatase1のmRNAをインジェクションすると原腸胚期のアニマルキャプにおいても中胚葉遺伝子の発現が誘導され、これらの遺伝子はLMCの起きる時期を遅くする作用があることが分かった。またこれら6つの遺伝子の発現部位をwhole mount in situ hybridizationにより調べるとsox12とRGS4 proteinは初期原腸胚期に中胚葉領域で発現していた。Type II候補遺伝子として感受性低減遺伝子(LMC後でのみ発現しPsmad2Cとsmad4との結合を阻害しているもの)を想定した。LMC以後発現が増加する遺伝子は30個存在していた。その内GATA-2、Xoct-91、eukaryotic initiation factor 5、X-box binding protein、Xgadd45-gammaのmRNAをインジェクションすると胞胚期のアニマルキャプにおいても中胚葉遺伝子は発現しなくなり、これらの遺伝子はLMCの起きる時期を早くする作用があることが分かった。またこれら5つの遺伝子の発現部位を調べるとXoct-91、elF5、X-box binding protein、Xgadd45-gammaは初期原腸胚期に中胚葉領域で発現していた。

本研究によってLMCがアニマルキャプ、in vivoともに起きその時期はNotchシグナルにより調節されていること、またLMCはPsmad2Cがsmad4と結合できなくなり、複合体が核に移行できなくなるため中胚葉遺伝子の転写が起きなくなることが原因で起きていることが明らかとなった。時間的・空間的発現パターン、機能解析の結果からNotchシグナルの下流で働きLMCの時期を調節している可能性のある6つの候補遺伝子が特定された。これら遺伝子のどれか、または幾つかが協調的に働き正常発生の過程でLMCの時期を調節していることが予想される。中胚葉誘導の起こる時間は厳密に調節されており、理解が進んでいる中胚葉誘導開始のメカニズムに加え、中胚葉誘導を終了させるLMCの解析が複雑に制御されている体制プラン形成の解明につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は1章からなる。それは、内容について一貫性があり、分割して2つの章にするよりは、1つのまとまった学位論文とみなすことができる。

イントロダクションでは、脊椎動物の初期発生における中胚葉誘導減少とそれに関わる分子であるアクチビンについて述べられ、その分子が発生過程でどのような時期に作用しているか、応答能の時間的変化の重要性について述べている。それは、中胚葉誘導は時間特異的なものであり、発生過程のある段階で細胞が誘導因子に対する応答能を失い、中胚葉誘導を終了させる“Loss of Mesodermal Competence(以下LMCと略記)”という現象が起きることを示している。そこで阿部氏はLMCの起きるメカニズムや原因因子については殆んど解明されていなかったので、Notchシグナルとの関係を明らかにし、そのメカニズムの解明が必要であることを述べている。LMCの起きるメカニズムを解明することを目的として実験を行った。

本研究ではまず、Notchシグナルを活性化することでLMCの時期に変化が生じるかどうかを検証した。Notchシグナルの活性化により中胚葉遺伝子が発現し、アニマルキャップにおいてLMCの時期を遅らす作用があることを明らかにした。さらに、アクチビンを染み込ませたビーズを埋め込む“アクチビンビーズ移植実験”を開発し、アクチビンビーズを胞胚期に埋め込むと異所的な中胚葉誘導が引き起こされ二次軸が形成されたが、中期原腸胚期にアクチビンビーズを埋め込んでも二次軸は形成されなかった。一方、Notchシグナルを活性化させた中期原腸胚期の胚にアクチビンビーズを埋め込むと二次軸が形成された。この結果はin vivoにおいてもLMCが胞胚期から原腸胚期の間で起き、Notchシグナル活性化によりLMCの時期が遅くなったことを示した。

次にLMCの起きるメカニズムの解明を試みた。アクチビンシグナル経路は大きく分けて以下の5ステップから構成されている。(1)リガンドであるアクチビンが受容体と結合する。(2)活性化した受容体によりsmad2のC端がリン酸化される(以下Psmad2Cと表記)。(3)Psmad2Cがsmad4と複合体を形成する。(4)Psmad2C/smad4複合体が核へと移行する。(5)Psmad2C/smad4複合体がDNAと結合し標的遺伝子の転写を引き起こす。各段階での検証の結果から、LMCは発生の過程でPsmad2Cがsmad4と結合する能力を失い、複合体が核に移行できなくなるため中胚葉遺伝子の転写が起きなくなることで生じ、NotchシグナルはPsmad2Cとsmad4との結合を調節することでLMCの時期を調節していることを明らかにした。

さらに阿部氏はLMCの前後でPsmad2C/smad4複合体形成を調節するメカニズムの解明を試みた。Notchシグナル経路で転写因子として働くHairless 抑制遺伝子(Su(H))の作用を阻害すると、LMCの時期を遅くするというNotchシグナルの効果が抑制されることを見つけた。この結果はNotchシグナルが標的遺伝子の転写を介しLMCの時期を調節していることを示している。そこで私はDNAマイクロアレイを用い、Notchシグナルの下流で働き、LMCの時期を調節している遺伝子を検索した。その結果、Type I候補遺伝子としてsox12とRGS4 proteinの存在を明らかにした。Type II候補遺伝子としてGATA-2、 Xoct-91、 eukaryotic initiation factor 5、 X-box binding protein、 Xgadd45-gammaの存在を示すことができた。

これら一連の研究によってLMCがアニマルキャプ、in vivoともに起きその時期はNotchシグナルにより調節されていること、またLMCはPsmad2Cがsmad4と結合できなくなり、複合体が核に移行できなくなるため中胚葉遺伝子の転写が起きなくなることが原因で起きていることが明らかとなった。そして、時間的・空間的発現パターン、機能解析の結果からNotchシグナルの下流で働きLMCの時期を調節している可能性のある6つの候補遺伝子が特定された。

これら一連の実験方法、結果ともにオリジナル性が非常に高いことが全審査員から述べられた。古江美保、近藤晶子、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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