No | 121077 | |
著者(漢字) | 磯野,江利香 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イソノ,エリカ | |
標題(和) | 出芽酵母26Sプロテアソームのバイオジェネシスの研究 | |
標題(洋) | Study of the biogenesis of the 26S proteasome in the yeast Saccharomyces cerevisiae | |
報告番号 | 121077 | |
報告番号 | 甲21077 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4877号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ユビキチンープロテアソーム系は真核生物において酵母からヒトまで広く高度に保存されたタンパク質分解系で、細胞内の転写因子を始めとした種々の短寿命タンパク質の分解を担っている。また、正常に機能し得ないミスフォールドタンパク質の除去にも働き、タンパク質の発現、機能制御と協調して細胞周期の正常な進行や細胞内の恒常性の維持に不可欠である。近年、ヒトの神経性疾患との関わりも指摘され、広い分野において注目されている(総説:Hershko and Ciechanover 1998)。 出芽酵母26Sプロテアソームは活性中心を内包するコア・サブユニット(CP)と、その一端または両端に結合する制御サブユニット(RP)からなる(図2)。RPはさらにAAA ATPaseのリングを含むbaseと全て非ATPaseの構成因子からなるlidに分けられる。発見以来、プロテアソーム研究はその機能面に主眼を置いた研究が精力的に進められてきた。しかしながら、その構成因子の全容が明らかになるまでには、1970代に遡るプロテアソームの発見から20年以上の時間を要した(Glickman et al。1998)。酵素機能についてさまざまな知見が得られた今、30個を超える因子から成るこの巨大な酵素複合体が、細胞内のどこで、どのように会合し、機能するに至るのかというバイオジェネシスの過程を解くこともまた意義ある課題である。 活性中心を擁し、原核生物でも保存されているCPについては研究が進んでおり、その形成と核移行の時空間的な過程が解明されつつある。それに対しRPの会合には未知の部分が多く、欠失変異体の解析や構成因子間のtwo-hybridマップは作成されているものの、変異体を用いた詳細な解析はほとんど行われていない。本研究では、26Sプロテアソームのサブユニットのうち、COP9/シグナロソームやeIF3と起源を同じくすると推測されているlidに着目し、9つの構成因子の位置関係、またlidの形成とbaseならびにCPの形成過程との関連を明らかにすることによって、26Sプロテアソームの形成機構の解明を目指した。 lid構成因子のほとんどが必須遺伝子であるため、解析を行うに当たって温度感受性変異株を作成した。PCRによるORFへのランダムな変異導入を行い、相同組み換えによって染色体上の遺伝子と変異遺伝子を置換した。得られた形質転換体に対して37℃での生育欠損を指標にスクリーニングを行った。変異株のうちrpn7-3については修士課程に続いて解析を行った。博士課程においては新たにrpn6-l、rpn6-2、rpn5-1変異体を単離し、解析を行った(図2)。 いずれのlid変異株もin vivoでユビキチンープロテアソーム系のモデル基質の分解に欠損を示したことからこれらの変異株ではプロテアソームの活性低下が生じていることが示唆される。基質分解活性の低下が制限温度下での酵素の失活という直接的な影響なのかどうかを調べるため、野生型とlid変異体(rpn6について示す)から許容温度下でプロテアソームを精製し、in vivoでのユビキチン化基質の分解をみた3xFLAGタグをlidの構成因子Rpnllpに融合した株から抗FLAG抗体ビーズを用いて26Sプロテアソームが精製できる。許容温度下で生育した細胞から精製した26SプロテアソームのCBB染色によるプロファイルには野生型、変異体で大きな差はなく、許容温度下での会合は正常に行われていることが分かる。これらの精製プロテアソームを用いて分解アッセイを行ったところ、lid変異プロテアソームはユビキチン化基質の分解活性を持ち、さらにその活性は反応温度を制限温度以上の38℃でも失われなかった。すなわち、本研究で単離したlid変異体の温度感受性致死の原因は許容温度下で会合した26Sプロテアソームの高温における失活ではなく、別の要因、たとえば制限温度下での会合欠損である可能性が示唆された。 ■lid変異体におけるプロテアソームの構造 事実、すべての変異体で制限温度下の細胞粗抽出液のゲル濾過展開のパターンに大きな変化が見られ、制限温度下では26Sプロテアソームの会合に欠損があることが明らかとなった。またストップコドンの変異であるrpn6-1変異以外のlid変異は既知のtwo-hybrid相互作用を喪失させることも分かった。これらの結果より、構成因子レベルでの相互作用の変化がlid内のみならず、複合体全体の安定性に影響を与えていると考えられる。 また、本研究ではrpn7変異体では9つのlid構成因子のうち5つのみ、rpn6変異体では4つのみが安定な複合体を形成していることを初めて見いだした(図3、Isono et al. 2004、2005)。これらの結果と既存の変異体解析の結果より、これまでtwo-hybrid相互作用でしか議論されなかったlidの構成因子の位置関係を推測することができる(図4)。また、lid rpn7-3とbaseは安定に結合していないことから、Rpn7pはlidの会合のみならず、lidとbaseとの結合にも必要であることが分かる。 なお、rpn5-1変異体ではlid副次構造体が検出されないことから、Rpn5pはRpn8p、Rpn9p、Rpn11pとともにlidのコアを形成していると考えられる。また、lid変異体では制限温度下でもbaseとCPは正常に形成されており、それぞれのサブユニットレベルでの会合とbase-CP結合はlidの形成に依存しないことが示唆されるbaseの構成因子に付加したタグを用いたアフィニティ精製では安定なbase-CP複合体は検出されなかったことから、lidは精製に耐えうる安定なbase-CP間の結合に必要である可能性も考えられる。 26Sプロテアソームは核、特に核膜に多く局在する。CPは会合の中間体で核移行し、核内で成熟型CPと会合するというモデルが提唱されているが、RPの核移行が会合のどの段階で起こるイベントなのかは明らかとなっていない。本研究で単離した変異体では制限温度下で互いに結合していないbaseとCP、また構成因子のうちの一部のみからなるlid副次構造体が存在するため、CPと結合していないRPサブユニットの局在を観察するために有用であるGFP融合タンパク質を用いた観察で、lid変異体ではCP、baseは細胞質にも拡散するものの、核局在は失われていなかった(図5A)。しかし、5つのlid構成因子のみが会合しているlid rpn7-3は制限温度下で核局在しなかった(図5B)。 basc、CPの核局在は制限温度下でのフォトブリーチ後にも観察されたので、図5のGFP蛍光は許容温度下での残存タンパク質由来ではないと考えられる。これらの結果からCPだけでなく、baseの核移行もlidの核移行とは独立に起こりうることが明らかとなった。さらに、lid構成因子のうち少なくともlid rpn7-3を構成するRpn5p、Rpn6p、Rpn8p、Rpn9p、Rpn11pには機能的な核移行シグナルが存在しないことが示唆され、実際にlid構成因子のアミノ酸配列上のNLS類似配列にGFPを融合したものでも核移行するものは見つけられなかった。 CPの会合過程には複数の外部因子が関わっているとの報告がある。αリングとβリングが一つずつ結合したハーフプロテアソーム(α7β7)はNLSを持ち、Importinα/β依存的に核内に移行後、制御因子の働きでα7β7β7α7の形に会合して成熟型CPとなる。baseもNLSを有し、単独でも核移行できると考えられる。しかし、lidはFar Western法ではImportinとの結合が見られないという報告があること、また、本研究において核移行できないlid rpn7-3に結合するプロテアソーム外の因子が見つからなかったことから、おそらく正常なlidでも単独では核移行できないと考えられるlid rpn7-3に結合する付加的な因子がなかったことからも、lidはbaseと核外で結合してRPを形成してから核移行し、成熟型CPと結合して26Sプロテアソームへと会合するというモデルが考えられる(図6)。 まとめ 複数のlid構成因子の変異体の詳細な解析、会合状態の比較を行い、two-hybrid解析でしか知られていなかった位置関係について初めてのまとまった知見を提示した。 いずれのlid変異体でもbase、CPの会合は正常に行われることから、これらのサブユニットの会合はlid会合とは独立に起こりうることを明らかにした。また、lid変異体では安定なbase-CP複合体が見いだされないため、lidの結合がbase-CPの結合の安定化に寄与している可能性も示した。 lid rpn7-3が核移行しないこと、またbase、CPの核移行はlidとの結合とは独立に起こりうることを示し、lidはbase、もしくはプロテアソーム外の因子によって核内へ輸送されることを示唆した。 図1:出芽酵母26Sプロテアソームの構造と構成因子 26SプロテアソームはCore particle(CP)とRegulatory Particle (RP)から成っている。細胞内ではCPの一端、または両端にRPが結合したR1C、R2Cの二つの型が存在する。RPは生化学的にlidとbaseに分けられる。ポリュビキチン化された基質はRPで認識、脱ユビキチン化されてCPへと送り込まれる。活性中心はCPの内側にありαリングの中心部分(ゲート)が閉じているため、CP単独では活性を持たないが、RPが結合することによってゲートが開き活性を有するようになる 図2:本研究において作成したlid構成因子の温度感受性変異株とその変異部位 解析を行ったrpn7-3、rpn6-l、rpn6-2、rpn5-1株のアミノ酸置換を伴う変異を示す。 図3:3xFLAGタグを用いた26sプロテアソームの精製 A,許容温度で培養した細胞をガラスビーズ破砕し、Rpn11pに付加した3xFLAGタグを用いてプロテアソームの抗FLAG抗体ビーズでアフィニティ精製を行った。SDS-PAGE後、CBBで染色した。 B,野生型、lid変異体(rpn6)から精製した許容温度でのプロテアソームを比較した。rpn6-1ではC末伸長によるバンドシフトが見られる。 図4:lid構成因子の位置関係 現在までのtwo-hybrid解析、変異体の解析とrpn7-3、rpn6-l、rpn5-1の解析結果から9つのlid構成因子の位置関係を推測する。Δrpn9、Δseml株では、lid、26Sプロテアソーム全体の大きな構造変化は見られず、baseとも結合が見られる。Rpn5p、RpnSp、Rpn11pがlidのコアを形成する構成因子であると推測される。 図5:制限温度下でbaseは核局在するがlid rpn7-3は核に局在しない 対数増殖期の野生型とrpn7-3株をそれぞれ25℃あるいは37℃で6時間培養後、PBSで培地を除去した。その後Hoechst 33342によりDNAを染色し、共焦点顕微鏡による観察を行った。 図6:プロテアソームのバイオジェネシス CPは細胞質でハーフプロテアソームまで会合し、核内で成熟型CPが完成する。一方、RPのうちbaseは機能的なNLSを有することが知られているが、lidとの会合が細胞質で起こるのか、核内でCPの上に積み上がっていくのかは明らかとなっていない。本研究の結果より左図のようなモデルを提唱する。[Ump1:ハーフプロテアソームに結合し、成熟型CPへの会合を促進する。Blm3:PA200ホモログ、ハーフプロテアソーム、あるいはCPに結合し、時期尚早な活性の取得を抑制していると考えられている。Sts1:SpCut8プロテアソームを核膜につなぎ止めると考えられている因子)のホモログ] | |
審査要旨 | 本論文は4章からなるが、第1章の前にはイントロダクションがあり、そこでは本研究の背景となる酵母プロテアソームの研究に関するこれまでの知見がまとめられていると共に本研究の目的が示されている。本研究ではプロテアソームの調節因子19S-RPを構成するサブコンプレックスの一つリッドの形成の時空制御を解明することを目的としている。 第1章ではリッドの構成成分の一つRpn7をコードする遺伝子の温度感受性変異株を用いてプロテアソーム構造解析を行った。変異株はin vivoでユビキチンープロテアソーム系のモデル基質の分解に欠損を示したことからプロテアソームの活性低下が生じていることが示唆される。基質分解活性の低下が制限温度下での酵素の失活という直接的な影響なのかどうかを調べるため、野生型と変異体から許容温度下でプロテアソームを精製し、in vitroでのユビキチン化基質の分解をみた。3xFLAGタグをリッドの構成因子Rpn11に融合した株から抗FLAG抗体ビーズを用いて26Sプロテアソームが精製できる。許容温度下で生育した細胞から精製した26SプロテアソームのCBB染色によるプロファイルには野生型、変異体で大きな差はなく、許容温度下での会合は正常に行われていることが分かった。これらの精製プロテアソームを用いて分解アッセイを行ったところ、変異プロテアソームはユビキチン化基質の分解活性を持ち、さらにその活性は反応温度を制限温度以上の38℃でも失われなかった。すなわち、本研究で単離した変異体の温度感受性致死の原因は許容温度下で会合した26Sプロテアソームの高温における失活ではなく、別の要因、たとえば制限温度下での会合欠損である可能性が示唆された。事実、変異体では制限温度下の細胞粗抽出液のゲル濾過展開のパターンに大きな変化が見られ、26Sプロテアソームの会合に欠損があることが明らかとなった。さらに、rpn7変異体では9つのリッド構成因子のうち5つのみ(Rpn5、6、8、9、11)が安定な複合体を形成していることを初めて見いだした。 第2章では、同様の解析をRPN6遺伝子について行い、rpn6温度感受性株は制限温度下で、rpn7変異株で見出された複合体の内の一つRpn6を含まない4つのリッド構成成分(Rpn5、8、9、11)からなる複合体を形成していることを明らかにした。この中に、Rpn7は正常であるにもかかわらず含まれない。Rpn5、8、9、11からなる複合体がリッド形成の核になっている可能性がある。 さらに、第3章ではRPN5遺伝子について解析し、rpn5温度感受性変異体ではリッドの複合体は全く検出されなかった。この結果は、Rpn5が複合体形成の核になるという考えを指示する。これらの結果と既存の変異体解析の結果より、これまでtwo-hybrid相互作用でしか議論されなかったリッドの構成因子の位置関係を推測することができた。 第4章では、変異体を用いてプロテアソーム形成の場を解明することを試みた。Rpn5変異株中で19S-RPのもう一つの複合体べースは形成されていることを示した。一方、ベース遺伝子の温度感受性株中ではリッドの形成は正常であった。この結果はリッドとベースは互いに独立に形成されることを示している。rpn5変異体のベースは制限温度下でも核に局在することを明らかにした。一方、ベース変異体ではリッドは核に存在できなかった。これらの結果から、リッドとベースは独立に細胞質中で形成され、19S-RPに会合した後に核内に輸送されることを提案した。 なお、本論文の第1章は佐伯泰、横沢英行、および東江昭夫との共同研究、また第2章は佐伯泰、斎藤尚子、鎌田直子、東江昭夫との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって行われたもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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