学位論文要旨



No 121078
著者(漢字) 乾,雅史
著者(英字)
著者(カナ) イヌイ,マサフミ
標題(和) ツメガエルにおける循環器形成関連遺伝子の単離と解析
標題(洋) Isolation and functional analyses of genes invalved in cardiovascular development of Xenopus laevis
報告番号 121078
報告番号 甲21078
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4878号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

循環器系は血管内皮細胞、心筋細胞、平滑筋細胞、血球細胞などからなる複雑な器官であり、個体の発生過程においては胚体に酸素や養分を供給するだけでなく、他の器官の形成に必要なシグナルの供給源としても働いている。また、循環器系の発生は非常に複雑かつ精巧な過程であり、これまでに多くの遺伝学的、あるいは発生学的な研究がなされてきたが、構成するそれぞれの細胞の分化過程や、その過程が相互に及ぼす影響については未だ不明な点が多く残されている。私は循環器形成におけるこれら未解明な過程に新たな知見を加えることを目的に、二つの系で実験を行った。第一はディファレンシャルスクリーニングを行い、形成過程の循環器系組織に発現する新規遺伝子を探索する方法であり、第二はすでに発生過程の循環器系組織に発現することが知られているがその機能が不明である遺伝子の機能解析を行う方法である。

第一章において、私はDNAマイクロアレイの手法を用いてアフリカツメガエルの循環器系組織において発現する新規遺伝子を探索した。

Stage 12.5(後期原腸胚)、20(後期神経胚)、26(尾芽胚)のツメガエル胚を外科的に予定心臓血管領域とそれ以外に切り分け、それぞれからRNAを抽出してプローブを作成した。これらのプローブを我々の研究室でデザインされたXenopus 8kマイクロアレイにハイブリダイズさせて遺伝子の発現を比較した結果、予定心臓血管領域における発現量がそれ以外の領域よりも2倍以上高い遺伝子を172見出し、そのうち既知の配列との相同性の低い15遺伝子の部分配列を単離した。Whole-mount in situ hybridization (WISH)法によりそれらの遺伝子の発現領域を検討した結果、そのうち3遺伝子が発生過程の循環器系の組織で明らかな発現を示した。この3遺伝子の中で最も興味深い発現パターンを示した遺伝子について、私はその尾芽胚期における発現パターンからAmiと命名し、詳細な発現パターンと発生における役割について解析した。Amiの予想アミノ酸配列はヒトComplement Factor D、マウスAdipsinと約47%及び42%の相同性を示したが、ツメガエル成体におけるAmi mRNAの発現にはこれら哺乳類ホモログの発現と異なる点が観察されたため、これらが相同遺伝子であるかを結論するには蛋白質機能の比較など更なる検証が必要である。発生過程のAmiのmRNAは神経胚の前方腹側及び沿軸領域、尾芽胚期の前方腹側領域に発現し、幼生期には形成過程の血管に沿った発現が観察された。この幼生期の血管に沿った発現はこれまでに知られているいずれのマーカー遺伝子よりも明瞭であり、この遺伝子の発現パターンから血管形成の前方から後方への経時的な進行や、腹側における左右非対称性を観察することができた。合成したAmiのmRNAを卵割期の胚に顕微注入し発生に対する影響を調べたところ、stage 45における外見、及び尾芽胚期における血管内皮マーカーTie2、心筋細胞マーカーcTnI、赤血球マーカー〓-globinの発現に影響は見られなかった。また、Morpholino Antisense Oligo Nucleotide (MO)を用いて、Amiの機能欠損が発生に与える影響を調べたところ、mRNAと同様に外見及びマーカー遺伝子の発現に明らかな影響を与えなかった。これらの結果から、初期発生におけるAmiの機能は重畳的であるか、何らかの基質やパートナーを必要とする可能性が示唆された。第一章において私は幼生期の血管形成を詳細に観察するための新しいマーカーとなりうる遺伝子を単離することができた。

第二章において私は、アフリカツメガエル胚において最も早期から発現する血管マーカーとして知られているにもかかわらずその機能が不明であったXenopus mesenchyme associated serpentine receptor (Xmsr)に着目し、そのリガンドであるXapelinとともに発生における役割を解析した。

Xmsrは7回膜貫通型受容体であり、哺乳類成体における先行研究からapelinというペプチドをリガンドとし、三量体G蛋白質を通じて循環器系のホメオスタシスに働いていることが知られている。まず私は未同定であったツメガエルのapelin(Xapelin)を単離し、そのmRNAの発現パターンをXmsrのものと比較した。Xmsr mRNAは胞胚期に発現が開始し、原腸胚期から神経胚期にかけて幅広い中胚葉領域に分布し、尾芽胚期以降は血管前駆細胞に発現が限局することが報告されている。今回単離したXapelinのmRNAは母性因子として存在し、胞胚期以降にその発現量が増加した。WISH法により空間的発現パターンを観察したところ、神経胚期以前の空間的発現パターンを特定することは困難であったが、尾芽胚期以降の発現領域はXmsr mRNAの発現領域と重なるあるいは隣り合うものであった。このことは今回単離したXapelinが発生過程においてXmsrとリガンド−受容体の関係にあることを支持する。

発生過程におけるXapelin、Xmsrの役割を観察するため、合成したXapelinのmRNAを卵割期の胚に顕微注入した。その結果、stage 45のオタマジャクシ胚において浮腫の表現型が見られ、またこれらの胚における心臓の構造はコントロール胚に比べて未発達であり、拍動の頻度、強度ともに減少していた。浮腫の表現型は水分排出の不全を示唆するため、これらの胚における循環器マーカー遺伝子の発現を観察した。その結果、神経胚期において血管前駆細胞マーカーであるXlFliや血球前駆細胞マーカーであるXSCLの発現領域の拡大が観察されたが、心筋前駆細胞マーカーであるNkx2.5の発現には変化が見られなかった。また、尾芽胚期において心筋マーカーCardiac Troponin I (cTnI)の発現を観察したところ、本来胚の中心線上で融合しているべき左右の心臓原基が左右に分かれており、融合の過程に遅延があることが示された。このことがオタマジャクシ期における心臓形成不全を導いているのではないかと考えられる。

次に、MOを用いて内在性のXapelin、Xmsrの機能を欠損させた胚を観察した。Xapelin MO (aMO)、Xmsr MO (mMO)を顕微注入した胚では過剰発現の際と同様オタマジャクシ期において浮腫及び心臓の形成不全の表現型が見られた。これらの表現型はaMOとmMOに共通しており、また二つのMOの顕微注入には相乗効果が見られたことから、XapelinとXmsrが同じ経路で機能していることが示唆された。また、これらの胚では神経胚期においてXlFliの発現が、尾芽胚期においてcTnIの発現が低下しているという過剰発現とは異なる結果が得られた。加えて尾芽胚期において血管内皮細胞マーカーTie2、赤血球マーカー〓-globin、白血球マーカーXPOX2の発現が低下しており、これらの結果からXapelinとXmsrが血管、血球、心筋の分化に関与していることが示された。

また、Xmsrの下流で働くG蛋白質を同定するため、mMOの顕微注入による浮腫の表現型をi/o, s, q/11, 12/13の4つのファミリーのG蛋白質〓サブユニット(G〓)の共注入によってレスキューすることを試みた。その結果、i/oタイプのG〓によってmMOの影響が高い確率でレスキューされたことから、Xmsrの下流ではi/oタイプのG〓がシグナルを伝えていることが示唆された。これは哺乳類成体における知見と一致する結果であり、また循環器形成へのG蛋白質シグナルの関与を示唆する。

さらに私は、aMO、mMOによって発現が減少し、発生の初期から発現が血管内皮前駆細胞に限局している転写因子XlFliについてMOを用いた機能欠損実験を行い、血管内皮細胞の形成不全が血球、心筋細胞の分化へ与える影響について検証した。XlFli MO (fMO)を顕微注入された胚では尾芽胚期においてTie2の発現が減少しており、血管内皮の形成が異常である事が確認された。また、これらの胚においても尾芽胚期においてcTnIや〓-globinの発現が減少していた。直接的には血管内皮細胞系列に影響を与えるXlFliの翻訳阻害によって血球や心筋細胞の分化が影響を受けたことは、これらの細胞の分化には血管内皮細胞からの作用が必要であることを示唆している。fMOとmMOの顕微注入が循環器形成に与える影響は類似しており、また二つのMOの顕微注入には相乗効果が観察されたことから、Xapelin、XmsrはXlFliと同じ経路で働いていることが示唆された。Xmsrは発生の初期、原腸胚期から神経胚期においては広範囲の中胚葉組織に発現するが、尾芽胚期以降その発現は血管内皮に限局する。そのため、血球や心筋の分化に対するXapelin、Xmsrの影響は「神経胚期以前における細胞自律的なもの」あるいは「血管内皮の形成を介した間接的なもの」が考えられる。上のXlFliの機能欠損実験の結果はXapelin、Xmsrによる血球や心筋細胞への細胞自律的な関与を否定する物ではないが、これらの因子が血管内皮細胞の形成を通じて血球や心筋細胞の分化に間接的な影響を与えている可能性を示唆している。

新規遺伝子Amiの同定や、血管、血球と心筋の分化にG蛋白質シグナルが関与すること、またそれらの分化が相互に関係していることの示唆、という私の研究結果は、ツメガエルにおける循環器形成に新しい知見を加える物である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。第1章では心循環器に発現する新規の遺伝子で自ら命名した”Ami”遺伝子のクローニングと発現を示した。第2章では、循環器形成に伴ってのXアペリン遺伝子とXmsr遺伝子の機能解析について述べられている。

第1章において、乾氏はDNAマイクロアレイの手法を用いてアフリカツメガエルの循環器系組織において発現する新規遺伝子を探索した。

Stage 12.5(後期原腸胚)、20(後期神経胚)、26(尾芽胚)のツメガエル胚を外科的に予定心臓血管領域とそれ以外に切り分け、それぞれからRNAを抽出してプローブを作成した。これらのプローブをXenopus 8kマイクロアレイにハイブリダイズさせて遺伝子の発現を比較した結果、予定心臓血管領域における発現量がそれ以外の領域よりも2倍以上高い遺伝子を172見出し、そのうち既知の配列との相同性の低い15遺伝子の部分配列を単離した。Whole-mount in situ hybridization (WISH)法によりそれらの遺伝子の発現領域を検討した結果、そのうち3遺伝子が発生過程の循環器系の組織で明らかな発現を示した。この3遺伝子の中で最も興味深い発現パターンを示した遺伝子について、論文提出者はその尾芽胚期における発現パターンからAmiと命名し、詳細な発現パターンと発生における役割について解析した。発生過程のAmiのmRNAは神経胚の前方腹側及び沿軸領域、尾芽胚期の前方腹側領域に発現し、幼生期には形成過程の血管に沿った発現が観察された。この幼生期の血管に沿った発現はこれまでに知られているいずれのマーカー遺伝子よりも明瞭であり、この遺伝子の発現パターンから血管形成の前方から後方への経時的な進行や、腹側における左右非対称性を観察することができた。

第2章においては、アフリカツメガエル胚において最も早期から発現する血管マーカーとして知られているにもかかわらずその機能が不明であったXenopus mesenchyme associated serpentine receptor (Xmsr)に着目し、そのリガンドであるXapelinとともに発生における役割を解析した。

今まで未同定であったツメガエルのapelin(Xapelin)を単離し、そのmRNAの発現パターンをXmsrのものと比較した。今回単離したXapelinのmRNAは母性因子として存在し、胞胚期以降にその発現量が増加した。WISH法により空間的発現パターンを観察したところ、神経胚期以前の空間的発現パターンを特定することは困難であったが、尾芽胚期以降の発現領域はXmsr mRNAの発現領域と重なるあるいは隣り合うものであった。このことは今回単離したXapelinが発生過程においてXmsrとリガンド−受容体の関係にあることを示している。

発生過程におけるXapelin、Xmsrの役割を観察するため、合成したXapelinのmRNAを卵割期の胚に顕微注入した。その結果、stage 45のオタマジャクシ胚において浮腫の表現型が見られ、またこれらの胚における心臓の構造はコントロール胚に比べて未発達であり、拍動の頻度、強度ともに減少していた。神経胚期において血管前駆細胞マーカーであるXlFliや血球前駆細胞マーカーであるXSCLの発現領域の拡大が観察されたが、心筋前駆細胞マーカーであるNkx2.5の発現には変化が見られなかった。また、尾芽胚期において心筋マーカーCardiac Troponin I (cTnI)の発現を観察したところ、本来胚の中心線上で融合しているべき左右の心臓原基が左右に分かれており、融合の過程に遅延があることが示された。このことがオタマジャクシ期における心臓形成不全を導いていることを示した。

MOを用いて内在性のXapelin、Xmsrの機能を欠損させた胚を観察した。Xapelin MO (aMO)、Xmsr MO (mMO)を顕微注入した胚では過剰発現の際と同様オタマジャクシ期において浮腫及び心臓の形成不全の表現型が見られた。これらの表現型はaMOとmMOに共通しており、また二つのMOの顕微注入には相乗効果が見られたことから、XapelinとXmsrが同じ経路で機能していることを示した。また、これらの胚では神経胚期においてXlFliの発現が、尾芽胚期においてcTnIの発現が低下しているという過剰発現とは異なる結果が得られた。

また、Xmsrの下流で働くG蛋白質を同定するため、mMOの顕微注入による浮腫の表現型をi/o, s, q/11, 12/13の4つのファミリーのG蛋白質〓サブユニット(G〓)の共注入によってレスキューすることを試みた。その結果、i/oタイプのG〓によってmMOの影響が高い確率でレスキューされたことから、Xmsrの下流ではi/oタイプのG〓がシグナルを伝えていることが示された。

新規遺伝子Amiの同定や、血管、血球と心筋の分化にG蛋白質シグナルが関与すること、またそれらの分化が相互に関係していることのデータおよび研究結果は、ツメガエルにおける循環器形成に新しい知見を加える物である。

尚、本論文の第1章は浅島誠、第2章については福井彰雅、伊藤弓弦、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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