No | 121081 | |
著者(漢字) | 河野,淳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コウノ,アツシ | |
標題(和) | シロイヌナズナサイクリンD4の機能解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of cyclin D4 in Arabidopsis thaliana | |
報告番号 | 121081 | |
報告番号 | 甲21081 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4881号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> 真核生物では、サイクリンとサイクリン依存性キナーゼ(CDK)からなるキナーゼ複合体を中心とした制御機構が、秩序立った細胞分裂を可能にしている。多細胞生物においてはこうした細胞レベルの分裂制御が不可欠なだけでなく、組織内での分化状態に応じて細胞の分裂方向や分裂頻度を厳密に制御することが器官形成を継続していく上で重要である。特に高等植物は主だった形づくりが胚発生以降に行われることから、外部環境に適応した柔軟な細胞分裂の制御が要求される。こうしたことから、細胞が分裂周期に入るのか否かを決定するとされるG1/S期の進行に関与するサイクリンD(CYCD)は、植物個体発生において重要な役割を持つと考えられる。 全ゲノム配列が明らかになったシロイヌナズナには10個のCYCD遺伝子が存在し、動物と同様にRbタンパク質をリン酸化することでS期への進行を促すと考えられている。しかし、現在までの研究はCYCD2;1とCYCD3;1に関するものが主であり、その他多くのCYCDの分子機能については未知の部分が多い。そこで私は、植物の組織形成におけるCYCDの機能分化について明らかにする事を目的とし、サイクリンD4(CYCD4)の解析を行った。CYCD4はCYCD4;1とCYCD4;2の二つの遺伝子からなり、ゲノム上の存在位置からこの二つの遺伝子は重複によって生じたと考えられる。しかし、CYCD4;1にはCYCDに保存されているRb結合配列とPEST配列の両者が認められるのに対し、CYCD4;2にはそのいずれの配列も存在しない。そこで、本研究ではCYCD4;2を中心とした解析を行い、気孔形成における機能的役割について明らかにした。 <結果と考察> サイクリンD4;2の分子機能の解析 まずCYCD4がサイクリンとして機能しうるか明らかにする目的で、酵母G1サイクリン欠損株DL1の相補実験を行った(図1)。その結果、CYCD4;1、CYCD4;2共にG1サイクリン欠損変異の相補能を有することが明らかとなり、CYCD4が酵母細胞においてサイクリンとして機能しうることが示された。 次に昆虫細胞の発現系を用い、CYCD4がどのタイプのCDKを活性化するのか解析した。植物には細胞周期を直接制御するCDKとしてCDKA、CDKB1、CDKB2の三種類が存在する。CYCD4;1に関しては修士課程においてCDKA;1とCDKB2;1の活性化能を有することを明らかにしており、本研究においてはCYCD4;2に関して同様の解析を行った。その結果、CYCD4;2は3種類すべてのCDKと複合体を形成するものの、CDKA;1との複合体にのみヒストンH1に対する強い活性が検出されたことから、CYCD4;2はCDKA;1の活性化能を有していることが示された。続いて、HAまたはFLAGタグをそれぞれ付加したCYCD4;1、CYCD4;2をシロイヌナズナ植物体で過剰発現させ、特異的な抗体を用いて免疫沈降したところ、沈降した複合体はCDKA;1を含むと共に、ヒストンH1に対する活性が検出された(図2)。以上の解析から、CYCD4はin vivoでCDKAの活性化能を有することが示された。 続いて、組織レベルでのCYCD4;2の発現部位を明らかにする目的で、CYCD4;2のプロモーター領域(約2500bp)から第2エキソン途中までの領域をGUS(〓-glucuronidase)遺伝子と連結し、シロイヌナズナ植物体に導入した。その結果、茎頂、根端分裂組織ではプロモーター活性が検出されず、根の中心柱や暗所芽生えのフック、明所芽生えの胚軸で活性が検出された。これは、植物体において最も分裂が盛んであるメリステムではCYCD4;2は発現せず、ある程度分化した組織で発現することを示唆している。 気孔形成におけるサイクリンD4の機能解析 CYCD4;2をタバコBY-2細胞で過剰発現させたところ、細胞周期進行に全く影響を与えなかった。これは、CYCD4;2が活発に増殖している細胞において主要な役割を担っていないことを示唆している。そこで、シロイヌナズナの過剰発現体やT-DNA挿入変異体の解析を行った。いずれの過剰発現体、挿入変異体とも巨視的には目立った表現型は示さなかった。また、過剰発現体においてフローサイトメーターにより核相を調べたところ野生型との違いは検出されず、CYCD4はエンドリデュープリケーションには関与しないと考えられた。シロイヌナズナのCYCD2;1過剰発現タバコではG1/S期の短縮による細胞周期の加速化が観察され(Cockccroft et al, 2000)、CYCD3;1の過剰発現ではプロイディーの低下が観察されている(Dewitte et al, 2003)。こうした結果から、植物細胞においてCYCD4は他のCYCDとはかなり異なる機能を有している可能性が予想された。 このように巨視的な表現型は観察されない一方で、CYCD4;1およびCYCD4;2の過剰発現体では胚軸上部の気孔を形成する表皮細胞列で細胞分裂が亢進していることを見出した(図3)。この細胞分裂の亢進は成熟胚では観察されず、発芽後1日で顕著に観察された。またそれに伴って過剰発現体では胚軸の気孔数が増加し、逆にT-DNA挿入変異体において気孔数が減少することが明らかになった(図4)。プロモーター-GUSを用いた解析ではCYCD4;2 は確かに胚軸上部において発現していたが、細胞列特異的な発現は観察されなかった。一方、本葉においてもCYCD4;1過剰発現体では気孔数と表皮細胞数の増加、CYCD4;2過剰発現体では表皮細胞数の有意な増加が観察された。 気孔は二つの孔辺細胞からなり、原表皮細胞がメリステモイド母細胞、メリステモイドを経て孔辺細胞に分化することにより生み出される構造であり、細胞分裂がその形成に不可欠である。こうした気孔を生み出す細胞系譜(stomatal lineage)は原表皮細胞が一種の幹細胞としての性質を獲得するところから始まる。このstomatal lineageにある細胞のマーカー遺伝子としてTOO MANY MOUTHS (TMM)という遺伝子が知られている。先行する研究は主に本葉の気孔に関するものであったため、本研究においてまず胚軸の気孔形成におけるTMMの発現解析を行った。プロモーター-GFPを用いた経時的な観察により、メリステモイド母細胞はTMMを発現している細胞が分裂して生成されることが明らかになった。これは、胚軸のstomatal lineageにおいて幹細胞の段階からTMMが発現していることを意味している。続いてレポーター遺伝子GUSを用い、CYCD4;2 過剰発現植物体でのTMMの発現様式を観察した。野生型、過剰発現体ともに発芽前の成熟胚の胚軸において既にパッチ状にTMMが発現しているが、過剰発現体では発芽後の分裂亢進によりタンデムに並んだ小型の細胞において連続したTMMの発現が観察された(図5)。この結果はCYCD4の過剰発現により、幹細胞が幹細胞を作る、いわゆるself-renewalのプロセスが活性化されたことを示している。以上の結果から、CYCD4がstomatal lineageにおける細胞分裂の正の制御因子であり、特に胚軸の気孔を産み出す幹細胞の分裂に関与していることが明らかになった(図6)。 <まとめと展望> 本研究により、CYCD4はCDKAと結合し活性化するサイクリン本来の機能を有すること、分裂組織における細胞分裂やエンドリデュープリケーションには関与しないこと、胚軸の気孔を生み出す幹細胞の分裂を正に制御することを示した。 今後は、気孔形成を制御する上流のシグナル伝達を踏まえた上で、CYCD4-CDKA複合体の基質を探索し、その機能解析を通じて幹細胞の生成・維持機構について分子レベルで理解することが重要だと考えられる。 図1 出芽酵母DL1株(cln1 cln2 cln3 GAL1:: CLN2)の相補実験 シロイヌナズナCYCD1;1、CYCD4;2、CYCD4;2-FLAGを恒常的に発現させ、ガラクトースを含む培地と含まない培地で4日間それぞれ育成させた。 図2 CYCD4過剰発現シロイヌナズナを用いたCDK-CYCD4複合体の解析 HAタグを付加したCYCD4;1、FLAGタグを付加したCYCD4;2を35Sプロモーターにより植物体で過剰発現させ、タンパク質粗抽出液をそれぞれ抗HA抗体、抗FLAG抗体を用いて免疫沈降した。免疫沈降物に関してイムノブロット解析を行うと共に、ヒストンH1を用いたキナーゼアッセイを行った。*は抗FLAG抗体により認識された非特異的なシグナルを示す。 図3 CYCD4の過剰発現による胚軸表皮細胞の分裂亢進 CYCD4;2の過剰発現体(09)の発芽後4日目(A)、14日目(B)の走査型電子顕微鏡による胚軸表皮細胞像。下図は胚軸上部の拡大。スケールバー:50μm 図4 CYCD4の過剰発現体とT-DNA挿入変異体における胚軸気孔数を計測した。エラーバーは標準誤差(SE)を示す。**P<0.01,***P<0.001。 図5 CYCD4;2過剰発現体におけるTMMの発現 A、野生型(WT)とCYCD4;2過剰発現体(03,09)におけるTMMプロモーター-GUSの発現様式を、感想種子から単離した成熟胚、発芽後1日目、発芽後11日目の植物体の胚軸表皮について観察した。B、発芽後11日目の胚軸表皮の拡大図。 図6 胚軸における気孔形成のモデル図 TMM発現細胞を青色で示す。CYCD4はメリステモイド母細胞を作る幹細胞の分裂に関与していると考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は2章からなる。第1章ではサイクリンD4(CYCD4)の分子機能の解析について述べられている。まず、CYCD4がサイクリンとして機能しうるか明らかにする目的で、酵母G1サイクリン欠損株DL1の相補実験を行い、CYCD4;1、CYCD4;2共に相補能を有することを示している。次に昆虫細胞や植物細胞において、CYCD4はCDKAの活性化能を有することを明らかにした。続いて、組織レベルでのCYCD4の発現部位を明らかにする目的で、プロモーター-GUS(〓-glucuronidase)の解析を行っている。その結果、CYCD4遺伝子は子葉や根の中心柱をはじめ幅広い組織で発現することを示した。一方、CYCD4;2遺伝子に関しては、茎頂、根端分裂組織の活発に分裂する細胞においてCYCD4;2が発現しないという結果を示している。既知の植物CYCDにはこのような発現様式を示すものは知られておらず、本研究の新規性を示すものと言える。 第2章では、植物個体発生におけるCYCD4の機能について解析を行っている。まず、CYCD4をタバコBY-2細胞で過剰発現させたところ、細胞周期進行に全く影響を与えなかったことから、CYCD4;2が活発に増殖している細胞において主要な役割を担っていないことを示唆している。CYCD4過剰発現シロイヌナズナ植物体の核相を調べたところ、野生型との違いは検出されず、CYCD4はエンドリデュープリケーションには関与しないと考えられることを明らかにした。先行する研究により、植物サイクリンDの過剰発現が植物細胞の細胞周期進行やエンドリデュープリケーションに影響を与えることが明らかにされており、本研究の結果はCYCD4が他のサイクリンDとはかなり異なる機能を有している可能性を示唆した。その一方で、CYCD4のT-DNA挿入変異体や過剰発現体は巨視的な表現型を示さないものの、胚軸気孔数がT-DNA挿入変異体において減少し、過剰発現体では増加することを明らかにした。また、詳細な観察により過剰発現体において胚軸上部の気孔を形成する表皮細胞列で特異的に細胞分裂が亢進しており、CYCD4過剰発現による細胞分裂の亢進が胚軸気孔形成と相関していることを見出している。一方、本葉における気孔形成に関しては、T-DNA挿入変異体において気孔数の減少が見られないことから、内生のCYCD4の本葉気孔形成への関与は弱いことを示した。気孔を生み出す細胞系譜にある細胞のマーカー遺伝子としてTOO MANY MOUTHS (TMM)という遺伝子が知られているが、先行する研究は本葉の気孔形成に関するものであり、本論文において胚軸の気孔形成におけるTMMの発現についてプロモーター-GFPを用いた経時的な観察を行っている。その結果、本葉と同じく胚軸の気孔を形成する細胞系譜においてTMMが発現していることを明らかにする一方、本葉とは異なりメリステモイドが伸長成長したのち分裂し、再びメリステモイドを生み出すという現象は観察されず、胚軸気孔形成においてself-renewalという性質を持つ細胞はメリステモイド以前の細胞であることを提唱している。この結果を基にCYCD4;2 過剰発現植物体でのTMMの発現様式を観察し、発芽後の分裂亢進により生じたタンデムに並んだ小型の細胞においてTMMの発現が観察されることを示した。これはCYCD4過剰発現により、胚軸気孔形成における細胞系譜の中でself-renewalという性質を持つ細胞の分裂が顕著に活性化されたことを示している。また、胚軸気孔形成に関与するとされるジベレリンに関しては、CYCD4の過剰発現による分裂亢進がジベレリン非依存的であり、ジベレリン処理が胚軸気孔形成細胞系譜上の細胞の分化を促す作用があることを示唆する結果を示している。その上で、CYCD4 過剰発現体は胚軸気孔形成を促すジベレリンとエチレンの処理に高感受性であることを明らかにし、過剰発現体ではホルモン処理に感受性な幹細胞的な細胞が増加しているという解釈を示している。以上の結果から、CYCD4が胚軸気孔形成の細胞系譜において、self-renewalという性質を持つ幹細胞的な細胞の分裂を正に制御する因子であることを明らかにしたと言える。 本論文第1章は大野良子、原(梅田)千景、内宮博文、梅田正明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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