学位論文要旨



No 121082
著者(漢字) 佐藤,礼子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,レイコ
標題(和) アフリカツメガエルの神経および前腎形成における新規遺伝子"Dullard"の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular Analysis of a Novel Gene "Dullard" in Neural and Pronephros Development of Xenopus laevis
報告番号 121082
報告番号 甲21082
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4882号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 浅島,誠
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 助教授 奥野,誠
内容要旨 要旨を表示する

私は主にアフリカツメガエルを用いて初期発生における新規遺伝子の機能解析を行った。神経及び前腎に発現する遺伝子として単離された新規遺伝子(Dullardと命名した)について主に研究を行い、この遺伝子の神経および前腎形成における役割を解明することを目的として研究を行った。

当研究室において、前腎領域に発現する遺伝子のスクリーニングがおこなわれ、いくつかの新規遺伝子が単離された。その内の一つであり、前腎領域および神経領域に発現が認められた新規遺伝子(Dullard)について解析を行うことにした。私はまずプラークハイブリダイゼーションスクリーニングによりDullardの全長配列を決定した。データベース検索を行ったところ、この遺伝子のC-末端側は保存されたホスファターゼドメイン及びホスファターゼの活性中心が存在することが明らかとなった。相同性検索の結果、機能の未知なホモログがヒト、マウス、ハエ、線虫において存在しており、ヒト、マウスのホモログとはアミノ酸レベルで92%と非常に高い相同性を示した。

RT-PCR法および全胚ハイブリダイゼーション(WISH)を行い、アフリカツメガエル初期胚におけるDullardの時間的、空間的発現パターンを詳細に調べたところ、Dullardの転写産物は未受精卵から恒常的に存在し、神経胚期までは胚全体に、神経胚期になると神経領域に、尾芽胚期になると神経領域、さい弓、前腎に局在していた。

発生過程においての役割を調べるために、アンチセンスモルフォリノオリゴ(Mo)による機能阻害実験を行った。アンチセンスモルフォリノオリゴ(Mo)はmRNAの翻訳開始点付近に結合することで、その翻訳を阻害する。Dullard特異的Moを設計し、微量注入したところ、神経分化マーカー遺伝子の発現が減少するなど、神経組織に異常が見られた。このことよりDullardは神経形成に関与することが示唆された。

次にDullardの作用機構についての解析を行った。予定外胚葉領域にDullard mRNAを微量注入し、その領域を切り出してRT-PCRを行った(アニマルキャップアッセイ)結果、Dullardの過剰発現により初期神経遺伝子の発現が上昇していることが分かった。アフリカツメガエルの正常胚では予定外胚葉領域においてBMPシグナルが阻害されることによって神経誘導が起こることが知られている。したがって私はBMPシグナルの抑制にDullardが関与しているのではないかと推測した。

アニマルキャップアッセイを行った結果、DullardはBMPシグナルを負に調節することが示された。BMP4を過剰発現させることで誘導されるBMPターゲット遺伝子の発現が、Dullardを過剰発現させることで抑制されたからである。さらにその活性にはDullardの持つホスファターゼモチーフが重要であることが分かった。ホスファターゼモチーフに変異を入れたコンストラクトではBMPシグナル抑制能力がなく、さらにDullardのドミナントネガティブ型として作用した。

BMPシグナルは、リガンドであるBMPが細胞膜に局在するBMP受容体(タイプIとタイプII)と結合するとキナーゼドメインをもつタイプII受容体がタイプI受容体をリン酸化し、その結果活性化されたタイプI受容体が細胞内に存在するSmad1/5/8をリン酸化し、このリン酸化Smad1/5/8が核内に移行してターゲット遺伝子の発現が誘導される。どの段階でDullardが作用しているのかを調べるためWestern解析を行い、BMPシグナルの細胞内メディエーターであるSmad1/5/8のリン酸化について調べた。その結果、DullardはSmad1/5/8のリン酸化を減少させていることが明らかとなった。Dullardのこの作用は哺乳類の培養細胞においても同様であることを免疫染色およびWestern解析を行い確認した。この活性にもDullardの持つホスファターゼモチーフが必須であった。対照として、アクチビンによって誘導されるSmad2のリン酸化についても検討したが、DullardはSmad2のリン酸化状態に対しては変化を及ぼさなかった。さらに解析を進めたところ、constitutive active型のBMPタイプI受容体の過剰発現によるSmad1/5/8のリン酸化はDullardの存在下においても減少しないことが分かった。これらのこととDullardが細胞質内に存在していることを加味するとDullardはレセプターレベルでBMPシグナル経路に関与していると推測できる。実際、これらの実験を行う中で私はDullardの過剰発現によりBMPレセプターの存在量が減少していることに気がついた。このことをさらに検証した結果、DullardはActivin typeII レセプターの存在量には変化を与えなかったがBMP typeI レセプターおよびBMP typeII レセプターの存在量を減少させた。このことからDullardはBMPレセプターの存在量を減少させることでBMPシグナルを負に調節していることが示唆された。

さらにDullardがホスファターゼであることを広範囲の基質であるp-nitorophenyl phosphateを用いてホスファターゼアッセイを行い確認した。これらのことからDullardはホスファターゼとして機能し、BMPシグナルの調節に関与しているということが示唆された。

次に、実際の胚発生においてもDullardがBMPシグナルの制御因子として働いているか確かめるためDullardの機能阻害後、BMPターゲット遺伝子の発現の変化を観察した。その結果、Dullardの機能阻害によりBMPターゲット遺伝子の発現が上昇していることが確認された。さらに初期神経遺伝子の発現についても検討したところ、これらの発現は減少していた。このことから、DullardはBMPシグナルを負に調節することで初期神経遺伝子の誘導に関与していると考えられる。

今回一連の実験において私はDullardと命名した新規遺伝子の単離と機能の解析を行った。哺乳動物にも高度に保存されているこの遺伝子がホスファターゼとして機能し、さらに初期発生を含め様々な生命現象に関与することが知られているBMPシグナルを負に調節することを明らかとした。

また、腎臓形成においても研究を行った。腎臓は発生過程において前腎、中腎、後腎と順に形成されていく。私はアフリカツメガエルにおいて前腎の形成について研究を行った。前腎は糸球体、細管、導管から成るが、導管は後期の腎臓の誘導に必須である。

私がDullardの解析を行う中で、DullardとWntシグナルとの関連を示唆する実験結果が得られた。しかしさらなる解析の結果、DullardとWntシグナルのin vivoにおける関連は明らかにできなかった。私はDullardとWntレセプターであるfrizzled8が前腎導管に強く発現していることに着目し、それらの機能解析を行った。Moによる機能阻害実験、WISH、抗体染色、切片観察などからDullardおよびfrizzled8が導管の分化、特に細胞の形態に影響を与えていることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなる。第1章では佐藤礼子氏がツメガエルから初めてクローニングし、自ら命名した遺伝子”Dullard”の性質と神経形成について述べ、第2章では腎臓形成におけるDullard遺伝子とfrizzled8遺伝子の役割について述べ、第3章ではDullard遺伝子がホスファターゼであって、BMPシグナルを負に制御していることについて述べられている。

私は主にアフリカツメガエルを用いて初期発生における新規遺伝子の機能解析を行った。神経及び前腎に発現する遺伝子として単離された新規遺伝子(Dullardと命名した)について主に研究を行い、この遺伝子の神経および前腎形成における役割を解明することを目的として研究を行った。

第1章では、前腎領域に発現する遺伝子のスクリーニングを行い、いくつかの新規遺伝子が単離された。その内の一つであり、前腎領域および神経領域に発現が認められた新規遺伝子(Dullard)をとり、Dullardと命名した。まず、Dullardの全長配列を決定した。この遺伝子のC-末端側は保存されたホスファターゼドメイン及びホスファターゼの活性中心が存在することが明らかとなった。相同性検索の結果、機能の未知なホモログがヒト、マウス、ハエ、線虫において存在しており、ヒト、マウスのホモログとはアミノ酸レベルで92%と非常に高い相同性を示した。

アフリカツメガエル初期胚におけるDullardの時間的、空間的発現パターンを詳細に調べたところ、Dullardの転写産物は未受精卵から恒常的に存在し、神経胚期までは胚全体に、神経胚期になると神経領域に、尾芽胚期になると神経領域、さい弓、前腎に局在していた。

Dullard特異的Moを設計し、微量注入したところ、神経分化マーカー遺伝子の発現が減少するなど、神経組織に異常が見られた。このことよりDullardは神経形成に関与することが示された。

次に予定外胚葉領域にDullard mRNAを微量注入し、その領域を切り出してRT-PCRを行った(アニマルキャップアッセイ)結果、Dullardの過剰発現により初期神経遺伝子の発現が上昇していることが分かった。アフリカツメガエルの正常胚では予定外胚葉領域においてBMPシグナルが阻害されることによって神経誘導が起こることが知られている。したがって私はBMPシグナルの抑制にDullardが関与しているのではないかと推測し、更に実験を進めた。これについては、第3章でふれる。

第2章ではDullard遺伝子の腎臓形成における研究を行った。腎臓は発生過程において前腎、中腎、後腎と順に形成されていく。アフリカツメガエルにおいて前腎の形成について研究を行った。前腎は糸球体、細管、導管から成るが、導管は後期の腎臓の誘導に必須である。

佐藤氏はDullardの解析を行う中で、DullardとWntシグナルとの関連を示唆する実験結果が得られた。そこで、DullardとWntレセプターであるfrizzled8が前腎導管に強く発現していることに着目し、それらの機能解析を行った。Moによる機能阻害実験、WISH、抗体染色、切片観察などからDullardおよびfrizzled8が導管の分化、特に細胞の形態に影響を与えていることを明らかにした。DullardとWnt系との関係も新しく見つけられたのである。

第3章では第1章の結果からの発展研究を行った。BMP4を過剰発現させることで誘導されるBMPターゲット遺伝子の発現が、Dullardを過剰発現させることで抑制されたからである。さらにその活性にはDullardの持つホスファターゼモチーフが重要であることが分かった。ホスファターゼモチーフに変異を入れたコンストラクトではBMPシグナル抑制能力がなく、さらにDullardのドミナントネガティブ型として作用した。

BMPシグナルの伝達の中で、どの段階でDullardが作用しているのかを調べるためWestern解析を行い、BMPシグナルの細胞内メディエーターであるSmad1/5/8のリン酸化について調べた。その結果、DullardはSmad1/5/8のリン酸化を減少させていることが明らかとなった。DullardはActivin typeII レセプターの存在量には変化を与えなかったがBMP typeI レセプターおよびBMP typeII レセプターの存在量を減少させた。このことからDullardはBMPレセプターの存在量を減少させることでBMPシグナルを負に調節していることが示された。

さらにDullardがホスファターゼであることを広範囲の基質であるp-nitorophenyl phosphateを用いてホスファターゼアッセイを行い確認した。これらのことからDullardはホスファターゼとして機能し、BMPシグナルの調節に関与しているということを示した。

このように、佐藤氏は自らDullardと命名した新規遺伝子の単離と機能の解析を行った。哺乳動物にも高度に保存されているこの遺伝子がホスファターゼとして機能し、さらに初期発生を含め様々な生命現象に関与することが知られているBMPシグナルを負に調節することを明らかとした。

なお、本論文の第1章はセン徳川、浅島誠、第2章はセン徳川、浅島誠、第3章は栗崎晃、浜崎辰夫、セン徳川、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク