学位論文要旨



No 121083
著者(漢字) 髙山,浩司
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,コウジ
標題(和) 汎熱帯海流散布植物オオハマボウ(アオイ科)の分子系統地理
標題(洋) Phylogeography and genetic structure of Hibiscus tiliaceus L.(Malvaceae), a pantropical plant with sea-drifted seeds
報告番号 121083
報告番号 甲21083
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4883号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 助教授 舘野,正樹
 東京大学 助教授 川口,正代司
 東京大学 助教授 伊藤,元己
 千葉大学 助教授 梶田,忠
内容要旨 要旨を表示する

序論

成体自身が移動することができない陸上植物は、主に種子や胞子を散布することによって現在の分布域を獲得してきた。分布域の広さは種によって様々だが、分布域が広くなれば広くなるほど、遠く離れた集団間の遺伝子流動の頻度低下や、地域的な環境の違いが集団ごとに異なる選択圧をもたらすことで、集団間の遺伝的分化や種分化が起こる可能性が高まると考えられる。ところが、地球上には驚くほど広大な分布域を獲得した植物がある。汎熱帯海流散布植物はそのような植物の代表例であり、多くの植物にとって分布拡大の妨げとなる海を利用して種子を散布することで、広大な分布域を獲得してきた。しかし、実際に世界各地の集団間で分化が起こっているのかどうか、種子散布による遺伝子流動がどの程度おこなわれているかについては全く明らかになっていない。

汎熱帯海流散布植物のひとつであるアオイ科フヨウ属Azanza節のオオハマボウ(Hibiscus tiliaceus)は、西アフリカ(大西洋)からインド洋を越え南太平洋にまで広く分布している(図1)。これまでの研究で、同じAzanza節のH.hamabo(日本の太平洋岸および韓国済州島の海岸や河口に分布)やH.glaber(小笠原諸島の内陸部に分布)がオオハマボウから分化した可能性が示唆された(Takayama2003)。一方、新大陸の東西の海岸には、海流散布植物であるH.pernambucensisが広く分布し、西インド諸島の内陸部にはH.elatusが分布している。両種は形態的にオオハマボウによく似ていることから、東アジア産の2種と同じような過程を経て分化したのではないかという仮説を考えた。そこで本研究では、これらの植物に着目し、種間の系統関係、集団間の遺伝子流動について明らかにすることで、汎熱帯海流散布植物の分化過程を推定することを目的とする。

第一章:葉緑体DNAマーカーを用いた系統関係、および集団の遺伝的構造の推定

オオハマボウと近縁の4種の分布域を広くカバーするように世界各地で採集をおこなった。合計119個体について葉緑体DNAの合計約2,500塩基対の塩基配列を決定し、Genbankに登録されている近縁種の塩基配列データと合わせ系統解析を行った(図2)。得られた最節約系統樹からAzanza節は単系統群であることが100%のブートストラップ確率(BP)で支持された。また、オオハマボウと近縁の4種は単系統群にまとまり、同節で東南アジアの内陸部に分布するH.macrophyllusと姉妹関係にあることが明らかとなった。Azanza節と姉妹関係にあるFurcaria節には海流散布植物がないこと、H.macrophyllusの種子は海水に浮かないことから、オオハマボウと近縁の4種を含むクレードにおいて、種子の海流散布能力の獲得が起こったと推測された(図2中の☆印)。

次に、オオハマボウと近縁の4種について葉緑体DNA約7、500塩基対の塩基配列を決定し、H.macrophyllusを外群に用いて系統解析を行った。また、種子散布による遺伝子流動のパターンを明らかにするため、オオハマボウとH.pernambucensisの65集団、1129個体を対象にPCR-SSCP (Single Strand Conformation Polymorphism)とPCR-SSP (Sequence Specific Primer)を用いて、葉緑体DNAハプロタイプグループの区別をおこなった。

最節約系統樹はただ1つだけ得られ、クレードIのBPは低いものの、大きく3つのクレードに分かれた(図3)。オオハマボウの葉緑体DNAハプロタイプは全てのクレードに含まれたのに対し、他の近縁種はそれぞれのクレードに入れ子状に含まれたことから、近縁の4種はオオハマボウを母種として分化した可能性が高いことが示唆された。しかし、新大陸に広域分布するH.pernambucensisの4つのハプロタイプ(L・Y1・Y2・Y3)は単系統群にまとまらなかった。クレードIIのハプロタイプY2・Y3は最も近縁なオオハマボウのハプロタイプと比較しても多くの突然変異を蓄積していた。ハプロタイプLに至ってはオオハマボウのハプロタイプと全く同じ塩基配列であった。このことから、H. pernambucensisのハプロタイプY1やLはオオハマボウとの間での遺伝子浸透に由来するハプロタイプであると推測した。

葉緑体DNAハプロタイプの地理的分布に注目すると、オオハマボウのハプロタイプK、L、Uは複数の集団に見られ、非常に広い範囲にわたり分布していることが明らかとなった。PCR-SSCPとPCR-SSPにより認識されたハプロタイプグループの組成も、太平洋地域とインド洋地域で非常によく似ていることから、両地域間では種子による頻繁な遺伝子流動が行われている可能性が示唆された(図3 ・4、表1)。フヨウ属の植物では葉緑体DNAは母性遺伝することが知られていることから、広範囲に見られる葉緑体DNAハブロタイプの存在は、オオハマボウの種子が高い海流散布能力を持っていること(Kudoh、Takayama and Kachi submitted)と一致する結果である。

一方、H.pernambucensisでは新大陸の太平洋側と大西洋側でハプロタイプグループの組成が大きく異なっていた。このことは、新大陸の太平洋側と大西洋側の集団間では、現在、種子による遺伝子流動がほとんど行われていないことを示唆している。また、太平洋側のハプロタイプグループはH.pernambucensisに固有であるのに対し、大西洋側のハプロタイプグループは、ブラジル南部の集団を除き、オオハマボウにも共通して見られたことから、新大陸の大西洋側で大規模な遺伝子浸透が起こったと推測された。

第二章:マイクロサテライトマーカーを用いた集団間の遺伝的分化の解析

マイクロサテライト(SSR)マーカーは多型性に富み、共優性であるため、集団間の遺伝的分化をより詳細に調べることができる。そこでオオハマボウと近縁の4種を対象に12遺伝子座のSSRマーカーを開発した。そのうち対立遺伝子の数が多く、5種全てに共通して利用することができた6遺伝子座について、合計78集団、1,633個体を対象に解析をおこなった(表2)。

種間での遺伝的分化の程度はFST(RhoST)の値で、0.123から0.679(0.114から0.740)を示した(表3)。次に、オオハマボウとH.pernambucensisの集団をそれぞれ、太平洋・大西洋・インド洋の地域毎に分けて、遺伝的分化の程度を比較した(表4)。オオハマボウでは太平洋地域とインド洋地域間の遺伝的分化の値は非常に小さく、このことは葉緑体DNAのハプロタイプグループの解析結果ともよく一致していた(図5)。さらに、両地域の個体を対象にAMOVA解析をした結果、集団間の分散よりも集団内の個体間の分散が大きいことが明らかとなった(表5)。つまり、両地域内の集団間では頻繁な遺伝子流動が行われている可能性が高いことが示唆された。ところが、オオハマボウの大西洋地域の集団は、太平洋地域あるいはインド洋地域の集団とは、種間の遺伝的分化の大きさに匹敵するほど高いFST・RhoSTの値を示した(表3・4)。アフリカ大陸が遺伝子流動の妨げとなることで、種内においても大きな遺伝的分化が生じていることが明らかとなった。

また、オオハマボウとHibiscus pernambucensisの間には明瞭な遺伝的分化が見られることから、葉緑体DNAの共有はオオハマボウからH.pernambucensisへの遺伝子浸透によって生じたものであると推測した。

まとめ

系統解析の結果、近縁の4種はいずれもオオハマボウを母種として分化してきた可能性が高いことが示された。また、集団遺伝学的解析の結果、オオハマボウは太平洋・インド洋地域では集団間で頻繁な遺伝子流動をおこなっているが、アフリカ大陸を挟む大西洋地域の集団とはあまり遺伝子流動が行われていないことが示された。以上のことから、オオハマボウは長距離種子散布によって集団間の遺伝子流動を保つ一方で、分布の端にある集団では遺伝子流動の低下により集団の分化が生じていることが示唆された。このような集団の分化は種分化の前段階として捉えることができる。さらに、オオハマボウとH.pernambucensisの分布拡大の障壁となっていた大西洋をオオハマボウの種子が越えたことで、オオハマボウからH.pernambucensisへの葉緑体DNAの遺伝子浸透が生じた可能性が示唆された。

図1.オオハマボウと近縁種の分布と種子の散布様式

オオハマボウ(Hibiscus tihaceus)、H.pernambucensi、H.hamaboは線で囲んだ地域の海岸や河口部に分布し、H.glaber、H.elatusは線で囲んだ地域の内陸部に分布する。

図2.フヨウ属(Hibiscus)の系統関係

葉緑体DNAの約2、500塩基対(ndhF exon・rpl16 intron)の塩基配列に基づき、最節約法により得られた700本の最節約系統樹の1つ(Length=453steps、CI=0.852、RI=0.911、RC=0.776)。枝の上の値は1,000回試行のブーツ・ストラップ確率を示す。OTUの黄色の網掛けは海流散布植物であることを示す。Pfeil et al.(2002)とTakayama et al.(2005)にデータを加え解析した。

図3.オオハマボウと近縁種(Azanza節)の系統関係

葉緑体DNAの約7、500塩基対(ndhF exon・rp116 intron・atpB-rbcLIGS・ matK gene・tmK intron・psaI-psbA IGS)の塩基配列に基づき、最節約法により得られた唯一の最節約系統樹(Length=73steps、CI=0.932、RI=0.925、RC=0.862)。枝の上の値は1,000回試行のブーツ・ストラップ確率を示す.各OTUにはハプロタイプ名(A-W、X1-X6、Y1-Y3、Z) ・採集地・個体数を示し、括弧の中のアルファベットはそれぞれの地域を示す(p=太平洋、I=インド洋、A=大西洋)。枝の上の三角形はPCR-SSCP又はPCR-SSPによって区別した突然変異を表す。オオハマボウとH.pernambucensisについてPCR-SSCP又はPCR-SSPによって区別することができたハプロタイプグループを四角あるいは括弧で囲み、その横にハプロタイプグループ名(I-IX)とシンボルを示す。シンボルは図4のものと一致している。

図4.PCR-SSCPとPCR-SSPによって区別されたオオハマボウとHibiscus pernambucensisの葉緑体DNAハプロタイプグループの分布

各集団の円グラフの大きさは個体数を表す。円グラフ中の色とパターンは図3と一致している。地図の下には各地域毎にまとめたハプロタイプグループの頻度個体数を示す。Nはそれぞれの地域の個体数を示す。

表1.葉緑体DNAハプロタイプグループに基づいて算出したオオハマポウとHibiscus pernambucensisの集団間の遺伝的分化

それぞれの種を地域毎に分け、FSTを算出した。

表2.解析に用いたマイクロサテライトマーカーの特徴

オオハマボウ33集団776個体について解析した結果を示す。NAは対立遺伝子数、Aveは1集団あたりの平均対立遺伝子数、HEは八一ディー・ワインベルグ平衡から期待されるヘテロ接合度、Hoは実際に観察されたヘテロ接合度を示す。

表3.マイクロサテライトマーカーに基づいて算出したオオハマボウと近縁種間の遺伝的分化

FSTの値を下段に、RhoSTの値を上段に示す。

表4.マイクロサテライトマーカーに基づいて算出したオオハマポウとHibiscus pernambucensisの集団間の遺伝的分化

それぞれの種を地域毎に分けFST・RhoSTを算出した。FSTの値を下段に、RhoSTの値を上段に示す。

図5.オオハマボウとHibiscus pernambucensisの集団間の遺伝的分化のまとめ

表1・3・4から隣接する地域間の遺伝的分化の程度を抜粋した。

表5.太平洋・インド洋地域におけるオオハマボウの集団間のAMOVA解析

地域間・地域内の集団間・集団内の個体間の3つの階層に分け遺伝的分化の程度(FST・RST)に基づく分散を比較した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は概括的な序論、2つの章、総合考察及びまとめからなる。

概括的な序論では、陸上植物の種分化と遺伝子流動との関連について、これまでの理論的な研究を概説し、その上で汎熱帯海流散布植物の種の維持と分化における疑問点について述べている。陸上植物の分布域の広さは種によって様々だが、分布域が広くなれば広くなるほど、遠く離れた集団間の遺伝子流動の頻度低下や、地域的な環境の違いが集団ごとに異なる選択圧をもたらすことで、集団間の遺伝的分化や種分化が起こる可能性が高まることが理論的な研究から示唆されている。汎熱帯海流散布植物は広大な分布域を持つ植物の代表例であり、多くの植物にとって分布拡大の妨げとなる海を利用して種子を散布することで、広大な分布域を獲得してきたと考えられる。しかし、実際に世界各地の集団間で分化が起こっているのかどうか、種子散布による遺伝子流動がどの程度おこなわれているかについては全く明らかになっていなかった。このような背景のもと、本論文では汎熱帯海流散布植物のひとつであるアオイ科フヨウ属Azanza節のオオハマボウ(Hibiscus tiliaceus)と、近縁と思われる4種(H. pernambucensis, H. elatus, H. hamabo, H. glaber)に着目し、種間の系統関係、集団間の遺伝子流動について明らかにすることで、広域分布植物の種の維持と分化の理解に貢献することを目的としている。

第1章では、葉緑体遺伝子の多型解析によって、Hibiscus属全体におけるAzanza節植物の系統的位置、Azanza節内の詳細な系統関係、および汎熱帯域における遺伝的分化のパターンを明らかにしている。まず、注目しているH. tiliaceusと4種の単系統性について明らかにし、H. tiliaceusと近縁の4種を含むクレードにおいて、種子の海流散布能力の獲得が起こったことを突き止めている。次に、7,500塩基対におよぶ塩基配列を解析することで、H. tiliaceusを母種として近縁の4種が分化してきた可能性が高いことを明らかにしている。最後に、H. tiliaceusとH. pernambucensisを対象にPCR-SSCP(Single Strand Conformation Polymorphism)とPCR-SSP(Sequence Specific Primer)を用いた集団解析を行い、H. tiliaceusは太平洋・インド洋地域では遺伝的にほとんど分化が見られないことを明らかにしている。一方、新大陸に広く分布するH. pernambucensisでは太平洋側と大西洋側の集団で遺伝的組成が大きく異なっているということを明らかにしている。葉緑体遺伝子の系統推定および地理的構造から、H. pernambucensisに見られた集団分化には、H. tiliaceusの二次的な接触による遺伝子浸透が深く関与しているという仮説を立てている。

第2章では、マイクロサテライト遺伝子座の多型解析によって、汎熱帯域における遺伝子流動のパターンの把握、遺伝子浸透の可能性の検証を行っている。12のマイクロサテライト遺伝子座をH. tiliaceusから単離し、そのうちの6つ遺伝子座を用いて、H. tiliaceus及び近縁4種の遺伝的分化を明らかにしている。F-statics、AMOVA、Mantel検定等に基づいて、H. tiliaceusの太平洋地域とインド洋地域では両地域内の集団間で頻繁な遺伝子流動が行われている可能性が高いことを明らかにしている。一方、H. tiliaceusの大西洋地域の集団は、他地域の集団から種間の遺伝的分化の大きさに匹敵するほど高い分化を示していることから、H. tiliaceusでは種内においても大きな遺伝的分化が生じているという事実を突き止めている。また、H. tiliaceusとH. pernambucensisの間には明瞭な遺伝的分化が見られることを示し、第1章で述べたH. tiliaceusからH. pernambucensisへの遺伝子浸透の仮説が支持されることを明らかにしている。

総合考察およびまとめでは、H. tiliaceusおよび近縁4種の系統関係および地理的な遺伝的分化のパターンからH. tiliaceusの分化過程について議論し、種子の海流散布によって集団間の遺伝子流動が保たれ、近縁種の分化、異種間での遺伝子流動が引き起こされたと考察している。

本論文はこれまでほとんど知見の無かった汎熱帯海流散布植物の遺伝子流動と分化過程ついて、大量の分子データに基づいて明らかにした点で、広域分布植物の種の維持と分化についての数少ない実例であり、多様性生物学の進展に貢献する意義の大きな論文と言える。

なお、本論文第1章の一部は、東馬哲雄・工藤洋・加藤英寿との共同研究、第1章及び第2章は梶田忠・邑田仁・立石庸一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって試料の収集から分析及び検証までを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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