学位論文要旨



No 121085
著者(漢字) 寺﨑,晴美
著者(英字)
著者(カナ) テラサキ,ハルミ
標題(和) トランスジェニック法によるメダカ mesp-b 遺伝子の体節形成における発現制御機構の解析
標題(洋) Transgenic analysis of medaka mesp-b enhancer in somitogenesis
報告番号 121085
報告番号 甲21085
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4885号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,洋幸
 国立遺伝学研究所 教授 相賀,裕美子
 東京大学 教授 赤坂,甲治
 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 講師 成瀬,清
内容要旨 要旨を表示する

脊椎動物において体節は、分節性構造のもととなる重要な構造体である。その形成過程はきわめてダイナミックであり、神経管の両脇にある傍軸中腰葉がからだの前側から順番にくびれ切れることで形成される。体節の規則的な分節パターンは「clock-and-wavefront」と呼ばれるメカニズムによって形成されると考えられている。これは、未分節中胚葉(PSM)において分子時計(clock)の振動がおこり、wavefrontが前方から一定の速度で後退しながらclockの振動を止め、分節ポイントを決める、というモデルである(図1)。その分子的な実態は、これまで主にマウス、ニワトリ、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエルなどを用いた発現パターンや変異体の解析などから明らかにされつつある。実際、Notch/Deltaシグナル因子は、PSM後方での振動を生み出すのに必要であり、Fgf、Wnt、レチノイン酸シグナルは前後軸に沿った濃度勾配を形成してwave丘ontの位置と後退を制御することが示されている。前方PSMでは特にbHLH型転写因子をコードするMesp2関連遺伝子が分節時計の停止と各体節の前後極性の確立に重要な役割を果たしている。Mesp2関連遺伝子の発現はPSMで予定体節1つ分に相当する領域に始まり、やがて予定体節の前方に限局する。その後この発現前方境界に沿って体節境界が形成される。さらに、振動する発現パターンを示すhairy関連遺伝子の発現はこのMesp2の発現部位と重なるように停止する。さらに近年、hairy関連遺伝子またはNotchシグナルがMesp2関連遺伝子と相互に制御しあって振動や分節パターン形成に寄与していることが明らかになっている。一方Mesp2遺伝子の発現には、PSMで広範囲に発現しているT-box遺伝子が必要であることも示されている。以上のことから体節境界形成の過程には、Mesp2関連遺伝子を中心として複数の遺伝子が関与する遺伝子ネットワークが機能していると考えられる。

このように発現パターンが厳密に制御され、体節形成に重要な役割をもつMesp2関連遺伝子の発現制御機構については、これまでマウスやアフリカツメガエルで解析が行われている。その結果、マウスMesp2のPSMでのエンハンサは転写開始点のすぐ上流300bpの領域に存在するのに対し、アフリカツメガエルのMesp2相同遺伝子であるThy1のPSMにおける発現は、その上流約3.5kbの領域により制御されていることが示唆されている。しかしながらいずれの場合においても、Mesp2関連遺伝子の発現を直接制御する上流因子については不明な点が多い。

そこで本研究では、モデル動物として多くの利点を持つメダカを用いて、Mesp2に相同なmesp-b遺伝子の発現制御機構を解析し、体節形成を制御する分子機構をより具体的に明らかにしようと試みた。メダカは世代期間が短く多産なため、トランスジェニックの作成に適している。また体外受精で卵が透明なため、初期発生の詳細な観察や胚操作などの実験にも適している。さらにメダカは、同様の特徴をもつゼブラフィッシュに比べてゲノムサイズが小さく構造も単純であると予想されることから、ゲノム領域の配列が比較的単純であることが期待される。実際、今回扱った領域については、ゼブラフィッシュの同様な解析に比べ、配列比較やトランスジェニック解析が比較的容易に行えた。

メダカmesp-a,bは、近年、当研究室の村上らにより単離され、さらに、これらを含むBAC領域の配列が解析された。そこで私はまず、この情報を用いて、mesp-a,b遺伝子配列の種間比較、及び両遺伝子の発現パターンの再解析を行った。その結果、メダカmesp-a,bとゼブラフィッシュ、マウス、ニワトリのmesp遺伝子のbHLH領域のアミノ酸配列はよく保存されており、これらがMesp遺伝子ファミリーを形成することが確認できた。さらにその発現パターンを調べると、原腸胚期にはmesp-aのみが予定中胚葉のmarginal zoneに発現し、その後、体節形成期にはmesp-a,bともに神経管両脇の前方PSMで1〜2本のストライプ状に発現した。このような発現パターンは他種のmesp遺伝子のものと極めて良く似ている。これらの結果から、メダカmesp-a,bがそれぞれマウスMesp-1,2の相同遺伝子であると結論された。

そこで次に、体節形成への関与がマウスやゼブラフィッシュでより強く示唆されているmesp-bに着目し、その発現制御領域を探索した。最初に、長いゲノム配列を比較することができるPipMakerやVISTAなどの解析ソフトを用いて、Mesp2あるいはmesp-b周辺のゲノム配列をマウスやゼブラフィッシュと比較したが、特に保存性の高い領域は見つからなかった。次に、メダカmesp-b周辺のゲノム配列をレポーターであるEGFPにつないで、メダカ胚に導入してトランスジェニックを作成し、発現制御領域を特定した。その結果、上流5kbの領域を用いることにより、mesp-b遺伝子に特徴的な体節前方領域に限局したストライプ状の発現を再現することができた。このことから、メダカmesp-b上流5kbの領域に、その発現の特徴を再現するのに必要な配列があることが判明した。次に、上流2.8kbまでは5kbの領域とほぼ同様の発現が見られたのに対し、1.4kbまで削るとその発現が低下し、発現パターンにも異常が見られた。このことから、mesp-b遺伝子の上流1.4kbから2.8kbの間にmesp遺伝子の体節前方での発現に重要な領域があることが示唆された。

mesp-b遺伝子の上流2.8kbの領域にはT-box、RBPJK(Notch/Deltaシグナル下流の転写因子)、Tef(Wntシグナル下流因子)、レチノイン酸などのmesp遺伝子の発現制御への関与が示唆されている因子に対する既知の結合配列が複数存在していた。そこで私は、これらの配列を削った各種の2.8kbエンハンサを作成して、その活性を調べた。その結果、レチノイン酸応答配列を削った場合はその影響が観察されなかったが、予想された2つのT-boxbinding site、2つのRBPJK binding site、およびいくつかのTcf binding siteを削ると、レポーターであるGFP遺伝子の発現が低下することが判明した。

さらに私は、これらの結果が実際に予想される上流因子の影響によるものかどうかを確認するため、トランスジェニック胚に対してTbx24、Notch、レチノイン酸の活性阻害実験を行い、2.8kbあるいは各種の結合配列を削った配列が応答するかどうか、すなわちそのエンハンサの活性が変化するかどうかを調べた。まず、Tbx24の翻訳を阻害すると、内在性mesp-b遺伝子の発現が著しく低下することを確認した。また、2.8kbエンハンサによるGFPの発現は、2つのTbx結合配列を削ったのみの場合と同様に著しく減少した。同様に、Notchシグナルの活性を薬剤DAPTによって阻害すると、内在性mesp-bの発現が低下し、2.8kbエンハンサによるGFPの発現も、2つのRBPJK結合配列を削ったのみの場合と同様に低下した。さらに、TbxやRBPJK結合配列を欠失させた2.8kbエンハンサは、上述の活性阻害に反応せず、低い活性のままであった。これらの結果から、Tbx24とNotch/Deltaシグナルがそれぞれ予想された結合配列を介してmesp-b遺伝子の発現制御に関与することが強く示唆された。

一方で、レチノイン酸の合成阻害剤Disulphiram処理では、2.8kbエンハンサによるGFPの発現は内在性mesp-bの発現同様著しく低下した。しかしながら、予想されたレチノイン酸応答配列を削ったエンハンサでもDisulphiram処理によりGFPの発現が著しく低下した。このことから、レチノイン酸シグナルは2.8kbエンハンサを通じてmesp-b遺伝子の発現を制御するが、その作用は予想された応答配列以外の領域を介することが示唆された。

以上の結果から、メダカmesp-bの未分節中胚葉での発現制御領域が上流2.8kbに存在すること、さらに、Tbx24、Notchシグナル、レチノイン酸がこのエンハンサ活性に必要であることが明らかになった(図2)。マウスMesp2の発現制御領域はそのすぐ上流300bpに存在するが、その中に今回解析したTbx、RBPJK結合配列が存在する。一方、メダカではmesp-bの発現に必要なこれらの配列が上流2.8kbの領域内に散在していた。これらの結果は、Mesp遺伝子の発現制御の機構は脊椎動物間で保存されている可能性が高いが、重要な因子の結合配列モチーフの存在様式が種間で異なっていることを示している。今後、Fgfシグナルなど、今回機能が示されたシグナル因子以外に対応する結合配列についても解析を進めることで、Mesp遺伝子の発現制御機構及びその進化的意義がより詳細に明らかになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、体節形成における主要な遺伝子であるメダカmesp-bの発現制御機構について、メダカトランスジェニック法によって解析したものである。

本研究ではまず、近年本研究室の村上らによって単離されたメダカmesp遺伝子の配列および発現パターンの再解析の結果を示し、異なる生物種間での配列比較や系統樹作成などの結果、これらがmesp遺伝子ファミリーに属することを報告している。次に、再解析したメダカmesp遺伝子のうち、体節形成への関与が他の種でより強く示唆されているmesp-bに着目し、その翻訳開始点から5kb上流に、未分節中胚葉でその発現の特徴を再現できるエンハンサー領域を特定したことを報告している。この上流5kbによって誘導されたEGFPトランスジーンは、内在性mesp-bの発現開始のタイミングと体節前方への局在を再現した。そこでこれらの発現に必要な領域をさらに絞り込んだ結果、特に上流1.4〜2.8kbの領域が重要であることを突き止めた。ここで特定した領域の中には、予想される制御因子に対する結合配列としてTbx、レチノイン酸、Notchシグナル、Wntシグナルに応答する保存配列が存在していた。そこで、これらの配列の機能解析を行うため、これらの配列を2.8kbエンハンサー内でそれぞれ削っエンハンサーの活性をトランスジーンの発現をもとに検証した。その結果、これらのうち、Tbx結合配列、RBPJ〓結合配列、およびTcf結合配列の一部が発現強度に必要であるが、レチノイン酸応答配列はエンハンサー活性には重要でないことが明らかになった。最後に、各結合配列のうち、Tbx、Notchシグナル、レチノイン酸シグナルに応答する配列について、予想された制御因子が実際に生体内で作用しているかどうかの確認を行った。具体的には、2.8kbトランスジーンおよび2.8kbから各結合配列を削ったトランスジーンを持つメダカ胚に対して、上流因子の抑制実験を行って反応性の違いをトランスジーンの発現強度やパターンの変化を指標にして検証した。その結果、Tbx24が予想される結合配列を介してmesp-bの発現を上昇させること、NotchシグナルはRBPJ〓結合配列を介してmesp-bの発現を上昇させるが2.8kb領域内の別の配列(未同定)を介してmesp-bの発現の局在を制御すること、レチノイン酸シグナルが2.8kb領域内の予想された配列以外の領域を介してmesp-bの発現を上昇させていることが明らかとなった。

本研究で得られた結果から、mesp-bの発現は、レチノイン酸シグナル、Tbx24、Notchシグナルによって未分節中胚葉前方で誘導され、さらにNotchシグナルによってその発現の局在が制御される、ことが示された。mesp-b相同遺伝子の発現制御機構の解析については、これまでマウスやアフリカツメガエルを用いた先行研究があるが、これら3つの制御因子による直接的な制御を、生体を用いて全て解析した例はなく、mesp-bの発現制御機構について新たな知見を与えるものとして評価できる。

さらに、本研究とマウスでの先行研究を比較すると、マウスで報告されているMesp2のエンハンサーはそのすぐ上流300bpにあり、メダカのmesp-b上流2.8kbのエンハンサーに比べ転写開始点に近く、さらに短い。マウスの300bp内にも、今回メダカで機能が明らかになったTbx結合配列やRBPJ〓結合配列が複数存在している。従って、メダカではこれらの配列が上流2.8kbという比較的広い領域内に散在しているのに対して、マウスでは狭い領域に密集している。このことは、mesp相同遺伝子の発現制御に必要な配列群の数や配置が種間で異なっていることを示唆している。しかしながら、mesp相同遺伝子の発現パターンは種間で極めて良く保存されている。一般に、生物種間で発現パターンが良く保存された相同遺伝子の発現制御領域は、機能配列の数や配置、および周辺配列がある程度まとまった長さで保存されていると考えられている。本研究で得られた結果は、このような従来考えられてきたエンハンサーのあり方に対し、配置の異なる配列群から共通の発現パターンを産み出すという、新しい姿を提唱する一例であると言える。

なお、本論文の主要部分は、村上良平、安彦行人、新井理、小原雄治、相賀裕美子、武田洋幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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