学位論文要旨



No 121086
著者(漢字) 楢本,悟史
著者(英字)
著者(カナ) ナラモト,サトシ
標題(和) 維管束の連続性を制御する小胞輸送機構の研究
標題(洋) A study of vesicle transport system governing vascular continuity
報告番号 121086
報告番号 甲21086
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4886号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 杉山,宗隆
 東京大学 助教授 上田,貴志
内容要旨 要旨を表示する

維管束は適切な場所に連続的に配置されることで、細胞、組織間のネットワークを形成する。維管束パターン形成に

はオーキシンが中心的役割を果たすことが知られており、オーキシンの極性輸送の正のフィードバックを想定した運河モ

デルが広く支持されている。しかしシロイヌナズナvan変異体をはじめとして葉脈の不連続な突然変異体が近年多数報

告されているが、この様な葉脈の不連続性は運河モデルのみでは説明が困難なことが明らかになりつつある。そこで私は

維管束の連続性構築機構の解明を目指し、葉脈が不連続となるvan3(図1)、VAN4変異体を用いた解析を行った。

結果と考察

VAN3遺伝子の同定

染色体マッピング、及びシーケンス解析の結果van3変異体ではAt5g13300に一塩基置換が見いだされた。そこでこの変異がvan3変異の原因かどうかを明らかにするためにAt5g13300の上流1.1kbp及び下流1.1kbpを含むゲノム断片を用いて相補性検定を行った。その結果、相補が確認され、VAN3はAt5g13300であると結論づけたVAN3はBARドメイン、PHドメイン、ARF-GAPドメイン、ankyrin repeatからなるACAP-typeのARF-GAPをコードしていた。ホモロジー検索をしたところ、シロイヌナズナゲノム中には相同な配列を持つ遺伝子が他に3個存在することが予想された。そこでこれらをVALs (VAN3 like proteins)と名付けた(図2,3)。

VAN3及びVALsの遺伝子発現及び細胞内局在解析

まずVAN3が機能する組織を調べるために、VAN3の上流2kbpをGUSにつないだ遺伝子を導入した植物体を用いて発現解析を行った。その結果、VAN3は植物体で広く発現したものの維管束に強い発現が観察された。次にVAN3が制御する小胞輸送経路を明らかにするために、シロイヌナズナの培養細胞を用いて細胞内局在を解析したVAN3-VENUSはERマーカーのHDEL-GFP、ゴルジ体マーカーのGFP-SYP31、エンドソームマーカーのARA6-GFPとは共局在せず、TGNマーカーのGFP-SYP41と共局在した(図4)。またVAN3-VENUSの中にはTGNに局在しない集団も観察された(図5)。エンドソームは機能的に分化した集団からなることから、更に多様なエンドソームマーカーを用いてこの未同定の集団の解析を行った。しかしながらVAN3-VENUSとの共局在性は見いだされなかった(図5)。次にGNOMとVAN3が同一のオルガネラで機能するかどうかを明らかにするために、gn培養細胞におけるVAN3-VENUSの局在を解析した。VAN3-VENUSにより標識されるオルガネラは、gn培養細胞のエンドソームに特徴的なリング状の異常な形態をとらずに、野生型の形態をとった(図6)。以上の結果はVAN3はTGN及び未知のオルガネラで機能し、GNOMと独立に働くことを示している。

VAN3が真に機能している状態での細胞内局在を知るために、van3変異体にpVAN3::VAN3-3xmyc、pVAN3::VAN3-VENUSを導入し、van3変異を相補した植物体を用いて以下の解析を行った。まずpVAN3::VAN3-3xmyc形質転換体を用いて膜の可溶化を行い、VAN3の膜への局在様式を調べた。するとVAN3はP100(ミクロソーム画分)、S100(細胞質画分)に存在し、またP100の画分はSDS以外の試薬では可溶化しなかった。このことはVAN3は細胞質及びミクロソーム画分に存在するタンパク質であり、ミクロソーム膜でTritonX-100耐性な構造に存在することを示唆している(図7)。次にpVAN3::VAN3-VENUS形質転換体を用いてVAN3の細胞内局在を解析した。その結果、培養細胞と同様にVAN3は未知のオルガネラ及びTGNの一部の集団に局在することが確認された(図18.a)。このVAN3はTGNの一部の集団に局在するという結果は、TGNが機能的に分化していることを強く示唆している。従って、積み荷の選別は従来TGNにおいてなされると考えられてきたが、TGN以前の過程で積み荷の選別が行われる可能性があることが初めて示された(図9.a)。また興味深いことに、VAN3-VENUSとGFP-SYP41は一つのTGN上で部分的に別れて局在した(図8.D)。エンドソームにおけるドメイン構造の存在が動物において報告されているが、この結果は植物のTGNにおいてもドメイン構造が存在することを示唆している(図9.b)。TGNと未知のオルガネラに加え、VAN3は根において細胞膜の頂端部及び基部に極性をもって局在した(図8.b)。これらの局在解析の結果を総合して、VAN3は極性をもったエキソサイトーシスあるいはエンドサイトーシスを制御することが考えられた(図9.c)。オーキシン取り込み担体のAUXl及びオーキシン排出担体のPIN1の極性をもった局在はエンドサイトーシスにより制御されることが報告されている。そこでvan3変異体におけるAUX1、PIN1の局在解析を行った。BFA処理によるエキソサイトーシスの阻害、NAA処理によるエンドサイトーシスの阻害、無処理のいずれにおいてもvan3変異体ではAUXl1 PIN1が野生型と同様の局在を示した(図10)。この結果はPIN1、AUX1の局在にはVAN3は関与しないことを示しており、VAN3は運河モデルとは異なる機構で葉脈の連続性を制御すると考えられる。

動物におけるAZAP typeのARF-GAPはACAP、AGAP、ARAP、ASAPの4種から構成される。これらAZAPはそれぞれ異なる小胞輸送の制御に中心的役割を果たしている。一方、植物のAZAPはACAPのみである。そこで植物のACAPの機能分担を明らかにする第一歩として、遺伝子発現及び細胞内局在を解析した。VAL1は托葉、QC近傍に、VAL2は植物全体で前形成層に、VAL3は地上部でほぼ全域、地下部では根端及び維管束に発現が観察された。このことはACAPが組織レベルで機能分担することを示している。次にVALsの細胞内局在解析を行った。するとVAL1、VAL2はARA6と共局在した。一方VAL3は大部分が細胞質に存在した。このことからVAN3とVALsは異なるオルガネラで機能することが示唆された。以上の解析から、植物におけるACAPは組織レベル、細胞レベルで機能分担することが示唆された。

VAN4変異体の解析

van3、gn/van7変異体の原因遺伝子がともに小胞輸送の制御因子であることから、機能未知のタンパク質をコードするVAN4も小胞輸送に関与する可能性を考え、細胞生物学的解析を行った。まずVAN4 変異体にpVAN4::VAN4-3xmycを導入し、相補された植物体を用いて細胞内局在を解析した。VAN4-3xmycとST-GFP、GFP-SYP41、GN-GFPは共局在しなかったが、ARA6-GFPとは共局在が観察された。またARF-GEFの阻害剤であるBFAの処理を行うとVAN4-3xmycは細胞内に集合体を形成し、その周囲をST-GFPに標識されるゴルジ体が囲むことが明らかとなった。BFA処理によりエンドソームが集合体を形成し、周囲をゴルジ体が囲む現象がこれまでに報告されており、このことよりVAN4のエンドソームにおける局在が支持された。またエンドソームに局在するGN-GFPとVAN4-3xmycは通常は共局在を示さず、BFA処理した時のみ部分的に共局在した。このことはVAN4とGNOMは主に異なるエンドソームで機能することを示唆している(図11)= VAN4に対して膜の可溶化を行ったところ、P100画分のVAN4はUrea、Na2CO3により可溶化した(図12)。この結果からvan4は膜表在性タンパク質であると考えられた。次にVAN4、PIN1の遺伝学的解析及びAUX1、PIN1のvan4変異体における局在解析を行った。pinl変異体では子葉が融合するのに対し、van4変異体は葉脈が不連続となる表現型を示すvan4 pinl二重変異体では子葉が融合しながら葉脈が不連続となる相加的な表現型を示した。また、実際にvan4変異体におけるPIN1、AUX1の局在及びそれらのBFA及びNAAの応答を解析したところ、野生型と同様の応答が観察された(図10)。以上の結果はVAN4がPIN1、AUX1とは独立に機能することを示している。

まとめ

本研究により以下の結果が得られた。

VAN3はACAP-typeのARF-GAPをコードする。

VAN3はTGNの一部の集団、未知のオルガネラ、及び細胞の頂端部及び基部側の細胞膜に局在する。

VAN3はTGNでサブドメインを形成する。

VAN1、2はエンドソームに、VAL3も瀬田胞質に局在する。

VAN4はGNOMとは異なるエンドソームで機能する。

van3、van4変異体ではPIN1、AUX1正常な局在をする。

以上の結果から、葉脈形成にはGNOM ARF-GEFを介したPIN1の極性制御による維管束パターンの決定に加え、VAN3ARF-GAPを介した、極性を持った情報伝達による近距離の維管束連続性構築機構が存在すると考えられる(図13)。

図1.van3変異体の表現型

(A,B)播種後6日目の子葉における野生型(A)、及びvan3変異体(B)の葉脈を示す。van3変異体では、葉脈全体の形状は正常にも関わらず、二次脈の顕著な不連続性が観察される。

(C,D)播種後11日目の第一葉における野生型(C)、及びvan3変異体の葉脈を示す。van3変異体では、子葉と同様に本葉においても葉脈の不連続性が観察される。

図2.VAN3タンパク質、シロイヌナズナにおけるVAN3ホモログ(VALs)、及びヒトにおけるホモログタンパク質のドメイン構造

VAN3遺伝子はホモあるいはヘテロダイマーを形成し、membrane curvatureを認識するBARドメイン、脂質との結合能を有するPHドメイン、ARF-GTPaseを活性化するARF-GTPase activating protein(ARF-GAP)ドメイン、タンパク質間相互作用能を持つankyrin repeatドメインからなる827アミノ酸のタンパク質をコードする。ACAP1.2はエンドソーム上で、エンドサイトーシスを制御することが報告されている。

図3.低分子量GTPase ARFのGTPaseサイクル

ARF-GTPaseはARF-guanin nucleotide exchange factor(ARF-GEF)によりGDP結合型へ変換され、またARF-GAPによりGTP結合型からGDP結合型へ変換される。これらのARF-GEF及びARF-GAPの作用によるGTPaseサイクルにより供与膜からの輸送小胞の出芽が制御されている。

図4.シロイヌナズナの培養細胞におけるVAN3の細胞内局在(1)

ERマーカーであるHDEL-GEP(A)、ゴルジ体のシス側のマーカーであるSYP31-GFP(B)、エンドソームのマーカーであるARA6-GFP(C)とはVAN3-VENUSは共局在しなかった。しかしながら、TGN(trans Golgi network)のマーカーであるSYP41-GFPとは共局在した(D,E,F)。オルガネラマーカーGFPを緑色で、VAN3-VENUSを赤色でそれぞれ示している。

図5.シロイヌナズナの培養細胞におけるVAN3の細胞内局在(2)

VAN3-VENUSにはSYP41-GFPとは共局在しないpopulationも存在する(A)。VAN3-VENUSがエンドソームにおいて局在する可能性を様々なエンドソームマーカー(B,C,D,E,F)を用いて解析した。

VANP727-GFP(B)、GFP-ARA7(C)とVAN3-VENUSは共局在しなかった。また、VAN3-VENUSは(D)エンドサイトーシスにより取り込まれる蛍光色素FM4-64(E)とは共局在しなかった(F)。

図6.gn培養細胞におけるVAN3の細胞内局在

野生型の培養細胞(A)におけるGNOM-VENUS(B)、VAN3-VENUS(C)の三次元構築の結果、GNOM-VENUSとVAN3-VENUSでは局在様式が異なることが分かった。また、gn培養細胞(D)においては、GFP-ARA7がリング状の異常な膜構造を示す(E)のに対して、VAN3-VENUSは野生型と同様の局在様式を示している(F)。

図7.pVAN3::VAN3-3xmyc形質転換体を用いた膜の可溶化

(a)播種後14日目のpVAN3::VAN3-3xmyc形質転換体を破砕し、ミクロソーム画分を様々な溶液で可溶化させた実験の流れ

(b)VAN3-3xmycはP100、及びS100の画分に存在することから、細胞質及びミクロソーム画分の両方に存在することが分かる。また、VAN3-3xmycは、SDS以外の如何なる溶液も可溶化しなかった。

図8.(a)pVAN3::VAN3-VENUS形質転換体の幼葉における細胞内局在

ゴルジ体のトランス側のマーカーであるST-GFP(A)、エンドソームのマーカーであるGFP-ARA7(B)とはVAN3-VENUSは共局在しなかった。また、内膜系のマーカーであるARF1-GFP(C)ともVAN3-VENUSは共局在しなかった。しかしながら、TGNのマーカーであるGFP-SYP41(D,H)とは共局在性が観察された。培養細胞を用いた解析と同様にVAN3-VENUSはTGNの一部分の集団に局在していた。GFP-SYP41とVAN3-VENUSが共局在したものを矢頭、VAN3-VENUSが存在しないTGNを矢印で示している(E,F,G)。また、TGNに局在しないVAN3-VENUSも存在した(H,矢印)。TGNに存在するVAN3-VENUSはGFP-SYP41と完全には重なり合わず空間的にずれて存在するものが多く観察され(D)、このことはVAN3-VENUSはTGN上でドメイン構造を形成することを示唆している。オルガネラマーカーを緑色、VAN3-VENUSを赤色で示している。

(b)pVAN3::VAN3-VENUS形質転換体の根における細胞内局在

播種後4日目の植物体の根を観察した。根の分裂組織から伸長領域にかけてVAN3-VENUSが細胞膜に局在することが明らかとなった。表皮細胞付近でVAN3-VENUSは明確な極性をもって細胞膜に局在していた(A,矢印)。また、皮層細胞においてVAN3-VENUSの極性をもった細胞膜への局在以外に、dot状の構造が観察された(B,矢印)。維管束細胞においても極性を持った細胞膜への局在(C,矢印)、及びdot状の構造が確認された(C,矢頭)。pVAN3::VAN3-VENUS形質転換体を100mMマン二トール処理により原形質分離を誘導した。原形質分離した細胞の上部および下部の両方にVAN3-VENUSが局在する(D,矢印)ことからVAN3-VENUSは細胞の頂端部側及び基部側の両方に局在することが明らかとなった。

図9.TGNの機能分化及びVAN3の小胞輸送制御に関するモデル

(a):VAN3はTGNの一部の集団に局在する。このことはTGNの性質は均一ではなく、機能的に分化していることを示している。これまでに積み荷の選別はTGNにおいてなされると考えられてきたが、それ以前のオルガネラ(例えばゴルジ体等)で既に積み荷の選別が行われている可能性が考えられる。

(b):(a)の*の領域を拡大したイメージ図。GFP-SYP41により標識されるTGNの領域とVAN3-VENUSにより標識されるTGNの領域は部分的にしか重なり合わない。このことからTGNにおいてVAN3とSYP41がそれぞれドメイン状の構造をなしている可能性が考えられる。

(c):維管束細胞においてTGNに加え、VAN3-VENUSは細胞膜上で極性を持って存在する。従ってVAN3は細胞膜への極性を持ったエキソサイトーシス(左)あるいは細胞膜から細胞内部への極性をもったエンドサートーシス(右)を制御すると考えることができる。

図10.van3及びvan4突然変異体におけるAUX1,PIN1の細胞内局在

オーキシンフローを制御するAUX1,PIN1の細胞内局在を調べた。(A,E,I)はAUX1の局在、(B,F,J)はPIN1の局在、(C,G,K)は50μ MBF A90min処理した際のPIN1の局在、(D,H,L)は50μ MBF A + 10μM NAA 90min処理した際のPIN1の局在を示す。また、(A,B,C,D)はWT、(E,F,G,H)はvan3変異体、(I,J,K,L)はvan4変異体を示している。いずれも播種後4日目の植物体の根において観察した。van3及びvan4変異体においてAUX1,PIN1の局在位置に関する異常は検出されなかった。

図11.pVAN4::VAN4-3xmyc形質転換体を用いたVAN4の細胞内局在

播種後4日目の植物体の根における抗体染色を行った。ゴルジ体のマーカーであるST-GFP(A)、TGNのマーカーであるGFP-SYP41(B)とはVAN4-mycは共局在しなかった。しかしながら、エンドソームのマーカーであるARA6-GFPとは共局在が観察された(D,E,F)。またBFA処理により、より詳細な局在解析を行ったところ、ST-GFPとは共局在が観察されなかった(G,H,I)が、GN-GFPとは部分的な共局在性が観察された(C,J,K,L)。以上の結果からVAN4はエンドソームに局在すると考えられる。

図12.pVAN4::VAN4-3xmyc形質転換体を用いた膜の可溶化実験

図11と同様の実験を行った。Urea,Na2CO3によりVAN4-3xmycは可溶化したことから、VAN4は膜表在性のタンパク質であることが分かる。

図13.葉脈形成に関するモデル図

葉脈形成には(a)GNO MARF-GEFを介した、オーキシンの極性輸送という長距離シグナル伝達により、葉脈全体のパターンが決定される機構及び(b)VAN3ARF-GAPを介した、維管束分化誘導因子の局在化による近距離シグナル伝達により、維管束の連続性が構築される機構が存在すると考えられる。VAN4はオーキシンの極性輸送に関与しないことから、(b)の機構に関与する可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、維管束の連続的形成に関して、分子遺伝学的、細胞生物学的に解析したものであり、6章からなる。第1章では、Prefaceとして、この研究の背景と研究を始めるにあたっての動機を述べている。第2章では本研究で使われた材料と方法について記述されている。第3、4、5章は研究の結果とその考察であり、第3章では、維管束の連続性に関与する遺伝子VAN3のクローニングとその遺伝子産物の機能および細胞内局在の解析について、第4章では、VAN3と類似の遺伝子の同定とのその組織内、細胞内局在解析について、第5章では、維管束連続性に関与するVAN4の遺伝子産物の機能解析と細胞内局在について述べられている。第6章では得られた結果を受けて、総合的に維管束の連続性を決定する機構と細胞内小胞輸送の関係について考察している。

維管束は適切な場所に連続的な形で配置されてはじめて細胞、組織間におけるネットワークを形成する。論文提出者は、維管束の連続性決定機構の解明を目指し、野生型と同様の形状の葉脈を形成するにも関わらず、葉脈が不連続となる van3、van4 変異体を用いて、連続性に関与する因子の単離とその機能解析を行った。

これまでvan3 変異体ではAt5g13300 に一塩基置換が見いだされていた。そこで、論文提出者は、At5g13300 の8.6 kbp のゲノム断片を用いて相補性検定を行い、VAN3 は At5g13300 であると結論づけることに成功した。VAN3 は膜のカーブを認識する BAR ドメイン、脂質と結合する PH ドメイン、ARF-GTPase を活性化させる ARF-GAP ドメイン、タンパク質間相互作用をする ankyrin repeat からなるACAP-type の ARF-GAP であることが明らかとなった。この成果は、小胞輸送の鍵を握るARF-GAPが維管束の連続性に関与するという世界で始めての結果であり、高く評価された。続いて、論文提出者はVAN3の細胞内局在を知るために、一過的発現シロイヌナズナ培養細胞を用いた解析とvan3 変異体にpVAN3::VAN3-3xmyc、pVAN3::VAN3-VENUS を導入し、van3 変異を相補した植物体を用いた解析を行った。その結果、VAN3-VENUS はERマーカーの HDEL-GFP、ゴルジ体マーカーの GFP-SYP31、エンドソームマーカーの ARA6-GFP とは共局在せず、トランスゴルジネットワーク(TGN) マーカーの GFP-SYP41 と共局在することが明らかとなり、VAN3タンパク質はTGNに局在することが明らかとなった。しかし、TGNすべてに局在するわけではなく、一部の集団にのみ局在した。この結果は、積み荷の選別がTGN 以前の過程で行われる可能性があることをはじめて示したもので、高く評価された。これに加え、VAN3は根の表皮、皮層、及び維管束で細胞膜の頂端部及び基部に極性をもって局在していた。生化学的解析からVAN3は細胞質及びミクロソーム画分に存在するタンパク質であり、ミクロソーム膜で TritonX-100 耐性なraft 様構造に存在することが示唆された。また、TGN内において他のTGNマーカーと分離して存在することも明らかとなった。これらの局在解析の結果を総合して、VAN3 はraft様構造を介して、維管束形成に関する積み荷の極性をもったエキソサイトーシスあるいはエンドサイトーシスを制御することが考えられた。これらの知見は新規かつ先端的なもので、非常に高い評価を得た。この積み荷がオーキシン取り込み担体の AUX1 あるいはオーキシン排出担体の PIN1である可能性について検討したが、PIN1、AUX1の局在にVAN3 は直接的には関与しないことが明らかとなった。

次に、論文提出者は、VAN3と同じACAP ARF-GAPファミリーに属するARFの機能分担を明らかにする第一歩として、シロイヌナズナACAP ARF-GAP(VAL1、VAL2、VAL3)すべての発現及び細胞内局在を解析した。まず、各遺伝子の上流 2 kbp を GUS につないだ遺伝子を導入した植物体を用いて発現解析を行った。その結果、VAN3は植物全体で広く発現をするのに対して、VAL1は托葉、静止中心近傍に限定的な発現が観察された。またVAL2は植物全体で前形成層に、VAL3は地上部でほぼ全域、地下部では根端及び維管束に発現が観察された。このようにVAL1、VAL2、VAL3遺伝子は多少のオーバーラップを持ちながら、異なった組織に発現することが分かった。また、細胞内局在の解析から、VAL1、VAL2 はエンドソームに、VAL3は細胞質に存在することが明らかとなった。このことは ACAP-type の ARF-GAP が植物体において組織レベルだけでなく、細胞レベルで機能分担していることをはじめて示したものとして、高く評価された。

続いて、論文提出者はvan4 変異体の原因遺伝子の同定を行った。その結果、van4の原因遺伝子の同定に成功したが、VAN4は機能未知の遺伝子であった。これまで単離同定されてきた維管束の連続性に関わるvan3、van7 変異体がいずれも細胞内小胞輸送に関連する遺伝子の変異であったことから、VAN4タンパク質が小胞輸送に関連する可能性を考え、細胞内局在と小胞輸送に関連する機能解析を行った。まず、van4変異体に pVAN4::VAN4-3xmyc を導入し、相補された植物体を用いて細胞内局在を解析した。VAN4-3xmycはエンドソームマーカーの ARA6-GFP との共局在が観察された。また ARF-GEF の阻害剤である BFA の処理を行うと VAN4-3xmyc は細胞内に集合体を形成し、その周囲を ST-GFP に標識されるゴルジ体が囲むことが明らかとなった。このことより VAN4 のエンドソームにおける局在が支持された。また エンドソーム局在が知られている GN-GFP(VAN7)と VAN4-3xmyc は通常は顕著な共局在を示さず、BFA 処理した時のみ部分的に共局在した。このことは VAN4 と VAN7 は主に異なるエンドソームで機能することを示唆している。また、生化学的な解析から、VAN4 は膜表在性タンパク質であると考えられた。以上の結果から、VAN4は VAN7 と異なるエンドソームに局在し、維管束の連続性に関与する新たなタンパク質であることが分かり、新規の発見として高く評価された。

なお、本論文第1章は澤進一郎、小泉好司、杉山宗隆、福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、楢本悟史提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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