学位論文要旨



No 121087
著者(漢字) 新田,和広
著者(英字)
著者(カナ) ニッタ,カズヒロ
標題(和) ツメガエルの初期発生における初期神経遺伝子 XSIPI 及び Soxl の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of early neural genes, XSIPI and Soxl, in Xenopus development
報告番号 121087
報告番号 甲21087
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4887号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 教授 野中,勝
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序論

脊椎動物の体細胞は外胚葉、中胚葉、内胚葉の三つの胚葉のいずれかに由来する。両生類では、外胚葉の細胞は表皮細胞へと自立分化するが中胚葉の原口上唇部(オーガナイザー)からのシグナルにより神経組織へと分化誘導される。両生類の一種アフリカツメガエルの外胚葉では骨形成因子 (Bone morphogenetic protein; BMP) のシグナルが細胞に伝えられており、このシグナルを阻害することで神経への分化誘導が始まる事が知られる。このBMPシグナルを阻害する分子はChordin, Noggin, Follistatin等の分泌因子であり、これらはBMPに直接結合し、その受容体との会合を阻害する。BMPシグナルの入らなかった外胚葉細胞では初期神経遺伝子が発現し神経分化を引き起こすと考えられている。しかしその過程には不明な点が多く、現在報告されている遺伝子の相互関係もその多くが明らかになっていない。私は第1章で、今まで未解明であった初期神経遺伝子のうちの1つであるXSIP1の機能解析を行った。第2章ではツメガエルで報告の無かったSox1を単離し、その発現パターンの解析を通して神経誘導との関係を考察した。

第1章 XSIP1の機能解析

XSIP1 (Xenopus Smad-interacting protein-1)はδEF1/ZFHファミリーに属する転写抑制因子であり、原腸胚期から予定神経領域に発現が始まり、過剰発現すると神経を過形成することが表現型及び分子マーカーによって示された。またXSIP1がBMPのシグナル伝達物質であるXSmad1に結合することや中胚葉遺伝子であるXbrachyuryプロモーターの上流に結合して転写抑制することが知られている。しかしXSIP1の神経形成機構に対する役割については不明な点が多い。

私はまずXSIP1が欠損した時に胚がどのような影響を受けるのかを検討するため、XSIP1に対するアンチセンスモルフォリノオリゴ (XSIP1 MO) を作製した。MOは標的mRNAに相補的に結合し翻訳を阻害する。XSIP1 MOを顕微注入されたツメガエル胚は神経が正常に形成されないことが外形及び組織切片から示された。次にこの胚は神経細胞が形成されていないのか、あるいは神経細胞は誘導されているがパターン形成に異常が起きているのかを検討するために神経全体の分子マーカーであるN-CAMとニューロンの分化マーカーであるN-tubulinの発現をin situハイブリダイゼーション法で確認したところ、XSIP1欠損領域でこれらの神経分化マーカーの発現が消失していることが確認された。このことから、XSIP1は過剰発現することによって神経組織を過剰に誘導するだけでなく、神経組織を誘導するために必須の分子であることが示された。XSIP1は初期原腸胚期から発現する遺伝子である。この時期は神経誘導が始まる頃と考えられており、XSIP1は神経誘導の初期から関与すると考えられる。そこでXSIP1が神経誘導の初期過程において必須なのかを調べるため、既に知られている初期の神経遺伝子をマーカーとして用いて神経誘導に対するXSIP1欠損の影響を調べた。その結果、初期神経遺伝子であるSoxD、Zic3の発現がXSIP1欠損領域において消失していることが示された。この結果はXSIP1がこれらの遺伝子の発現を誘導・維持している可能性を示している。次に、XSIP1の過剰発現がどのような遺伝子発現の変化を経て神経誘導を引き起こすのかを調べるために、XSIP1を過剰発現したアニマルキャップを経時的にサンプリングし、遺伝子発現をRT-PCR法により調査した。その結果、XSIP1の過剰発現はBMPシグナルの下流遺伝子であるMsx1、Vent1、Vent2といった遺伝子の発現を抑制し、初期神経遺伝子と呼ばれるSox2、SoxD、Zic3の発現を維持した。このことから、XSIP1の過剰発現によるアニマルキャップの神経誘導はBMPシグナルを阻害し、初期神経遺伝子の発現を維持させることにより達成されていると考えられる。

XSIP1はアニマルキャップにおいてアクチビンによって誘導される事が分かっているが、実際に生体内ではどのようにしてその転写が制御されているのであろうか。神経誘導遺伝子であるChordinまたは初期神経遺伝子であるSoxD、Zic3をアニマルキャップに過剰発現させると、同調胚が初期原腸胚期達するまでにはXSIP1の誘導が起きることが明らかになった。その中で私はSoxDに注目した。なぜなら、SoxDは原腸胚期における発現領域はXSIP1と比べると遙かに広範だが、発生が進むに従ってXSIP1の発現パターンに重なるようになってくる。このことからChordinやZic3よりも両者には深い関係があるのではないかと考えられた。そこでSoxDに対するMOを作製し、SoxD欠損時のXSIP1の発現への影響を調べた。その結果、SoxDが欠損した領域でXSIP1の発現が低下することが分かった。次にSoxD による神経誘導にXSIP1が必須の因子であるかを確認するため、SoxDを過剰発現させた部位に同時にXSIP1 MOを導入した。その結果、SoxD単独では起こる神経誘導がXSIP1の欠損によって阻害されることが示された。このことからXSIP1はSoxDの神経誘導に必須の因子であることが分かった。

これらの結果から次のように考えることができる。XSIP1は原腸胚期に背側の予定神経領域に発現してBMPのシグナル伝達を阻害する。SoxDは始め広範に存在するが、発生が進むにつれてXSIP1によるBMPシグナル抑制下以外での発現が減少し、神経領域で発現が限局するようになる。実際、BMPの下流遺伝子であるMsx1はSoxDの発現を抑制することが知られており、XSIP1がMsx1の転写を抑制することはSoxDの転写抑制の回避につながると考えることができる。これらのことからXSIP1はBMPシグナルを阻害することにより、SoxDなどの初期神経遺伝子の発現を維持し、SoxDはXSIP1を発現誘導してBMPシグナルを遮断していると考えられる(図1)。

第2章 Sox1の発現解析

ニワトリやマウスにおいて、Soxファミリーは神経誘導に深く関わることが知られている。SoxファミリーはHMG-boxをコードする転写因子であり、生物界においてショウジョウバエからヒトまで広く保存されている。その中で神経誘導に関与するSox1, Sox2, Sox3はB1サブグループと総称される。その中で、Sox1の報告は未だなされていなかった。私は、初期の神経誘導のメカニズムを考察する上でSox B1グループの働きを確認する必要があると考えた。そこで本研究ではツメガエルSox1を単離し、初期の神経誘導に関与するかという観点から発現パターンの解析を行った。

クローニングの結果から得られたツメガエルSox1はアミノ酸レベルでイモリのSox1と71%、ニワトリと69%、マウスと68%、ヒトと69%の相同性を示した。次に時間的な発現をRT-PCR法により解析した結果、Sox1の発現は原腸胚期から始まり、その後の発生を通して少なくとも幼生期までは発現があることを確認した。次に空間的発現パターンをin situハイブリダイゼーション法により解析した。その結果、原腸胚期では発現が確認できなかったが(検出感度以下の発現量であると考えられる)、初期神経胚において前方神経板での発現が認められ、神経胚後期以降では脳構造及び眼の領域で発現が確認された。より詳細な発現パターンの解析を行うため尾芽胚期及び幼生期の胚を頭部領域で切断した上でin situハイブリダイゼーションを行った。その結果、Sox1は尾芽胚期では前脳領域及び眼胞で発現が確認され、幼生期では前脳領域において強い発現が認められた。一方眼の領域での発現は減少していた。他のSoxも前脳領域での発現が確認された。眼での発現にはそれぞれ違いが見られ、Sox2は幼生期においてもレンズ及び神経網膜層での発現が確認された。一方、Sox3は神経胚後期では発現が確認できず、発生が進むにつれて眼の表面で発現が開始し、幼生期においてはレンズで強い発現が起きることが明らかになった。次に、Sox1が他の初期神経遺伝子と同様にBMPシグナルの阻害によって発現が誘導されるかを調べるため、BMP阻害因子であるChordinをアニマルキャップに発現させて培養し、Semi-quantitative RT-PCR法及びQPCR法によってSoxの発現を確認した。その結果、Sox1も他の初期神経遺伝子と同様BMPシグナルの阻害により発現が上昇することが確認された。これはXSIP1をアニマルキャップに過剰発現させても同様の結果が得られた。これらの結果から、Sox1は原腸胚期の発現レベルは低く、主に発生の後期で機能していることが予想された。

私は本研究において、今まで中期胞胚遷移以降に発現すると考えられていたSoxDが未受精卵から存在すること、かつ初期神経遺伝子であるXSIP1を誘導することを報告した。SoxD及び今回は調べていないSox3は神経誘導が起きる以前から発現している。神経誘導にはBMPシグナルが抑制されることが必要だと考えられてきた。このBMPシグナルの抑制下では、何らかの因子が神経分化を促進していると考えられる。これらの遺伝子はそのBMPシグナルの抑制下での最初の神経遺伝子誘導に関わっている可能性を示唆していると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。第1章で、今まで未解明であった初期神経遺伝子のうちの1つであるXSIP1の機能解析を行った。第2章ではツメガエルで報告の無かったSox1を単離し、その発現パターンの解析を通して神経誘導との関係について述べられている。

まず、第1章ではXSIP1 (Xenopus Smad-interacting protein-1)の機能解析であるが、これは転写抑制因子であり、原腸胚期から予定神経領域に発現が始まり、過剰発現すると神経を過形成することが表現型及び分子マーカーによって明らかにした。

次に、XSIP1が欠損した時に胚がどのような影響を受けるのかを検討するため、XSIP1に対するアンチセンスモルフォリノオリゴ (XSIP1 MO) を作製した。MOは標的mRNAに相補的に結合し翻訳を阻害する。XSIP1 MOを顕微注入されたツメガエル胚は神経が正常に形成されないことが外形及び組織切片から示された。これを神経全体の分子マーカーであるN-CAMとニューロンの分化マーカーであるN-tubulinの発現をin situハイブリダイゼーション法で確認したところ、XSIP1欠損領域でこれらの神経分化マーカーの発現が消失していることが確認された。このことから、XSIP1は過剰発現することによって神経組織を過剰に誘導するだけでなく、神経組織を誘導するために必須の分子であることが示された。更により詳しく初期の神経遺伝子をマーカーとして用いて神経誘導に対するXSIP1欠損の影響を調べた。その結果、初期神経遺伝子であるSoxD、Zic3の発現がXSIP1欠損領域において消失していることが示された。この他に、神経誘導遺伝子であるChordinまたは初期神経遺伝子であるSoxD、Zic3をアニマルキャップに過剰発現させると、同調胚が初期原腸胚期達するまでにはXSIP1の誘導が起きることを明らかにした。その中で新田氏はSoxDに注目した。なぜなら、SoxDは原腸胚期における発現領域はXSIP1と比べると遙かに広範だが、発生が進むに従ってXSIP1の発現パターンに重なるようになってくる。これらをもとに、SoxD による神経誘導にXSIP1が必須の因子であるかを確認するため、SoxDを過剰発現させた部位に同時にXSIP1 MOを導入した。その結果、SoxD単独では起こる神経誘導がXSIP1の欠損によって阻害されることを示した。このことからXSIP1はSoxDの神経誘導に必須の因子であることが分かった。

新田氏は第2章ではSox1の発現解析を行っている。Soxファミリーは神経誘導に深く関わることが知られている。SoxファミリーはHMG-boxをコードする転写因子であり、生物界においてショウジョウバエからヒトまで広く保存されている。その中で神経誘導に関与するSox1, Sox2, Sox3はB1サブグループと総称される。その中で、Sox1の報告は未だなされていなかった。そこで新田氏は、ツメガエルにおいて初めて、Sox1のクローニングを行った。

クローニングの結果から得られたツメガエルSox1はアミノ酸レベルでイモリのSox1と71%、ニワトリと69%、マウスと68%、ヒトと69%の相同性を示した。次に時間的な発現をRT-PCR法により解析した結果、Sox1の発現は原腸胚期から始まり、その後の発生を通して少なくとも幼生期までは発現があることを確認した。更に詳細に検討して、Sox1は尾芽胚期では前脳領域及び眼胞で発現が確認され、幼生期では前脳領域において強い発現が認められた。一方眼の領域での発現は減少していた。Sox1が他の初期神経遺伝子と同様にBMPシグナルの阻害によって発現が誘導されるかを調べるため、BMP阻害因子であるChordinをアニマルキャップに発現させて培養し、RT-PCR法及びQPCR法によってSoxの発現を確認した。その結果、Sox1も他の初期神経遺伝子と同様BMPシグナルの阻害により発現が上昇することが確認された。これはXSIP1をアニマルキャップに過剰発現させても同様の結果が得られた。

このようにして新田氏、今まで中期胞胚遷移以降に発現すると考えられていたSoxDが未受精卵から存在すること、かつ初期神経遺伝子であるXSIP1を誘導することを初めて明らかにした。

なお、本論文の第1章は、種子島幸祐、高橋秀治、浅島誠、第2章においては、高橋秀治、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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