学位論文要旨



No 121091
著者(漢字) 八木澤,芙美
著者(英字)
著者(カナ) ヤギサワ,フミ
標題(和) 単細胞紅藻 Cyanidioschyzon merolae におけるリソソームの同定とバイオジェネシスに関する分子細胞生物学的研究
標題(洋) Identification and molecular and cellular biological studies on biogenesis of lysosomes in unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae
報告番号 121091
報告番号 甲21091
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4891号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 助教授 上田,貴志
 東京大学 助教授 野,久義
内容要旨 要旨を表示する

動物細胞のリソソームは細胞内における分解を行い、細胞の機能維持には不可欠なオルガネラである(Holtzman、1984)。また植物、藻類、菌類にみられる液胞は、基本的には機能や関連遺伝子など動物におけるリソソームと相同性が認められる。リソソームの増殖、維持、それらの細胞周期との関係といったリソソームのバイオジェネシスに関わる研究はこれまで哺乳類、高等植物、酵母における研究が主体であったが、哺乳類ではリソソームの細胞当たりの数が多く、個々のリソソームの挙動を観察することが難しい。また、リソソームは生物、組織、細胞によって多様に分化している。そのため、それらの個々の解析よりも、より原始的な生物の解析により、付加的な現象によって隠れているような根源的なバイオジェネシスの機構が明らかになると考えられた。単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolae(略称シゾン)は進化上の分岐が早く、複膜系の細胞核、ミトコンドリア、色素体、及び単膜系のゴルジ体、マイクロボディなど1個であるという単純な形態をしている。また、シゾンはゲノムの完全解読が進んでおり(現在は完了)、これらの情報を有効に活用できる可能性があった。

そこで、本研究では、シゾンにおける1)リソソームの同定、2)リソソームの細胞周期における増殖、分配過程の解析を蛍光顕微鏡、電子顕微鏡を用いて行い、さらにこれらを分子レベルでの解析するために、ゲノム情報を利用し、3)リソソームに関わる遺伝子の探索、リソソーム形成と関わると考えられる4)リソソーム内ポリン酸代謝経路の解析を行った。

リソソームの同定

シゾンの細胞は細胞核、ミトコンドリア、葉緑体を1つずつ含み、ミトコンドリアは葉緑体に近接し、その分裂過程も容易に観察できる(図1)。リソソームを可視化するために、従来知られている組織化学的方法を使って検討した。アミノペプチダーゼの基質であるCMAC-Arg、酸性小器官を染色するキナクリン、ポリリン酸を染色するメチレンプルー・クリスタルバイオレット法、高濃度のDAPIで染色した。ポリリン酸は藻類等の液胞に蓄積することが知られている。これらの結果、間期の細胞では細胞質、分裂期にミトコンドリア近くにある直径約500nm、細胞あたり平均的4個の構造が選択的に染色された。(図2)。さらにリソソームのプローブであるLyso TrackerとDAPIによる2重染色ではそれらのシグナルが一致し、これらがリソソームであると考えられた。電子顕微鏡観察では、既知の構造以外の単膜系の構造として不均一な若干電子密度の高い物質を含む構造、電子密度の非常に高い物質を含む構造、ほとんど内容物がみられず、膜の外側に厚い層のある構造が観察され(図3)、これらの中間的な構造もしばしば観察された。超薄連続切片より計算されたそれらの直径は平均300nm、細胞あたり平均4個存在し、光学・蛍光顕微鏡の観察結果とほぼ一致した。植物の液胞膜に局在する液胞型H+-PPaseの免疫電子顕微鏡観察を行った結果、これまで観察されリソソーム様構造の上に反応が確認され、これらの構造がリソソームであると同定した(図4)。

細胞周期におけるリソソームの増殖、分配過程の解析

フラスコで旋回培養しているシゾンの細胞を希釈、通気し、12時間明期、12時間暗期で培養すると、細胞分裂が同調化し、60時間の培養で3回の同調分裂が起こる。この系を用いて、まず、リソソームの細胞分裂に依存した数の変化を調べた(図5)。リソソームは、同調培養開始直後に増殖し、栄養条件等の環境の変化に応答してその数が増えたと考えられた。第二分裂以後は、細胞分裂開始直前に同調してその細胞あたりの数を増加させ、リソソームの数は細胞分裂と環境要因の二つによって制御されると考えられた。

次に増加したリソソームがどのように娘細胞に分配されるかということを明らかにするために、細胞分裂過程におけるそのダイナミクスを高濃度DAPI法で調べた(図6)。リソソームは、間期には多くが細胞質中の上部に観察され、分裂期に入り、葉緑体が伸長し始めると、細胞核と葉緑体の間、つまりミトコンドリアの上に移動した。さらに葉緑体の中央が収縮し、分断するまでミトコンドリア接しているようにみえ、細胞質分裂時には分裂面近くに局在し、細胞分裂と同時にそのまま娘細胞に分配された。細胞質分裂後には細胞質中に戻った。電子顕微鏡観察によっては、分裂期にリソソームはしばしばミトコンドリアに食い込むようにして存在することが明らかとなり、その間に繊維状の構造が発見され一方、ミトコンドリア膜の一部が引き延ばされてリソソームと接着している様子も観察された(図7)。リソソームとミトコンドリアはこれらの構造により、強固に結合していることが示唆された。二つの娘細胞での数の差を調べた結果、ほぼ均等に分配されることが明らかとなった。これらの結果により、リソソームがミトコンドリアの分裂を利用し娘細胞に等しく分配される機構を持ことが示唆された。以上のリソソームの細胞周期における挙動を図8にまとめる。

このリソソームの細胞質からミトコンドリアへの移動について、細胞周期の進行をとめ、ダイナミン顆粒の細胞質内での移動を阻害する5-Fluorodeoxiuridinc(5FdU)と微小管重合阻害剤であるオリザリンの処理を行った。どちらの処理においてもリソソームは細胞質からミトコンドリア上部に移動した。ゲノム解析の結果から、シゾンにおいてアクトミオシン系は欠如しているとされており、リソソームがダイナミン顆粒の移動とは異なる、微小管やアクチン繊維を介さない移動機構を使っていることが示唆された。

リソソームに関わる遺伝子の探索

リソソームの増加・動態を分子レベルで解明するためには、リソソームを構築するタンパク質や、輸送に関わる遺伝子等を明らかにする必要がある。シゾンのデータベースからリソソームの膜タンパク質、酵素、形成、輸送過程に関わる遺伝子、オートファジーに関わる遺伝子をホモロジー検索により抽出した。シゾンにはβ-ガラクトシダーゼ等の糖分解酵素、カテプシンDを始めとするプロテアーゼ、酸性ホスファターゼ等の酵素、液胞型H+-PPase H+-ATPaseの各サブユニット等の膜タンパク質のホモログ等が存在した。リソソームへのタンパク質の輸送では、ゴルジ体から液胞前区画(PVC)を経由する経路が知られており、酵母において関連遺伝子が多く同定されている。一部について述べると、ゴルジ体からの小胞形成に必要なVps1、Vps34、PVCにおける小胞の融合に必要なVps45、Vtil、PVCからゴルジ体への逆行輸送に必要なVps26、Vps29、Vps35はホモログが確認できた。一方、PVCからの小胞と液胞、液胞同士の融合に重要とされているVpsll、Vps16、Vps18、Vps33のホモログはシゾンでは確認されず、さらに細胞質タンパク質の分解に関わるオートファジーに関する遺伝子のホモログは全く確認できなかった。以上のことから、シゾンにはリソソームが存在し、既知のリソソーム関連遺伝子を持つ一方、複数の重要な遺伝子が欠如しており、他生物の研究により提唱されたリソソームの形成、機能モデルをシゾンに単純に当てはめることができない、このことは、未知の因子、機構が存在する可能性を示唆している。これらを明らかにするために、まずリソソームの単離、TOF-MS解析によるリソソームタンパク質の網羅的同定を試みた。予備実験段階ではあるが、シゾンでは遺伝子重複やイントロンが少ないことから得られた分画の一次元電気泳動像からでも、容易に遺伝子の同定が可能になってきている。

リソソーム内のポリリン酸代謝経路の解析

ポリリン酸は多くの下等な真核生物のリソソームに蓄積しており、リン酸の蓄積以外に、pH、浸透圧、イオン濃度の調節等の機能が示唆されている。初期のリソソーム進化形成に関わっていた可能性も考えられるが、真核生物のその代謝系は殆ど明らかではない。培地のリン酸量の変化に応じてその合成、分解がダイナミックにおこる系について、マイクロアレイを用いて解析を行ったところ、条件特異的な遺伝子の発現がみられた。

まとめ

本研究ではシゾンにおけるリソソームを同定した。その細胞周期における増殖、分配過程を解析し、リソソームが細胞周期依存、非依存的に増殖し、分裂期には細胞質中からミトコンドリア上部に移動し、ミトコンドリアに接着、分配されることが明らかとなった。また、ホモロジー検索により、リソソームに関連する遺伝子の保存性をシゾンで解析し、いくつかの重要とされてきたホモログが確認できないことから、その形成過程、機能にはこれまで知られていない因子、機構の関与がある可能性が示唆された。また、リソソームのポリリン酸の代謝に関わる遺伝子をマイクロアレイにより解析し、解析の候補となる遺伝子のリストを得た。今後のこれらの遺伝子の解析や、リソソームタンパク質の網羅的解析により、新たなバイオジェネシスの機構が明らかになると考えられる。

図1 シゾンの細胞のDAPI染色像。間期(左)、分裂期(右)。シゾンは細胞核(nu)、ミトコンドリア(mt)、葉緑体(cp)を1つづつ含む。バー2μm。

図2 光化学顕微鏡下でのリソソーム様構造の可視化。リソソームのプロープ(a,CMAC-Arg、b,キナクリン、c,メチレンブルーとクリスタルバイオレット、d,DAPI、e,LysotrackerとDAPI)によって細胞を染色したところ、リソソーム様の構造が特異的に染色された。A,Bの赤い蛍光は葉緑体の自家蛍光。PC,位相差像。バーは2μm(a-d)

図3 電子顕微鏡下でのリソソーム様構造の観察。a,b,典型的なシゾンの間期の細胞像。細胞内にはデンプン粒(st)、細胞核(nu)、マイクロボディ(mb)、ミトコンドリア(mt)、葉緑体(cp)、リソソーム様構造(矢頭、c,d,拡大像)、が確認された。e,電子密度の高い物質を含む構造、f,膜の周囲に層状の構造がみられる構造。バーは500nm(b)、200nm(f)。

図4 抗液胞型H+-PPase抗体による免疫電子顕微鏡。リソソーム様構造(矢頭)に対して抗体反応がみられ、これらの構造がリソソームであることが示された。右上、拡大像。st,デンプン粒;nu,細胞核;mt,ミトコンドリア:mb,マイクロボディ;cp,葉緑体。バーは500nm、100nm(右上)。

図5 細胞周期におけるリソソームの数の変動。細胞分裂を明暗周期によって同調し、DAPIによって可視化したリソソームの細胞あたりの数をカウントした。68時間の培養では3回の同調分裂が観察された。a,経時的な変化。b,分裂のステージ(同調分裂開始直前の間期の細胞(A)、葉緑体の伸長した(B)、くびれた(C)、分裂した(D)細胞、細胞分裂中の細胞(E)同調分裂終了直後の間期の細胞(F))ごとにカウントし

図6 DAPI染色によるリソソームの細胞周期における挙動。間期の間はリソソームは細胞の上側に観察される(a)。葉緑体の横方向への伸長が始まると、葉緑体上部つまりミトコンドリア上部に移動し(b,c)、葉緑体のくびれ込み、分断までその位置に留まる(d,e)。細胞質分裂時には細胞分裂面側に局在することが多く(f)、細胞分裂後に分裂面側を通って上側に戻っていく。PC,位相差像、CP,葉緑体の自家蛍光像。バーは2μ

図7 電子顕微鏡による分裂期(ミトコンドリア分裂終了後)の細胞像。リソソーム(矢頭)はミトコンドリア上に存在する。ミトコンドリアに食い込んでいるものも観察され(矢印)、その間には繊維状の構造が観察される(拡大像、矢印)。st,デンプン粒;nu,細胞核;mt,ミトコンドリア;cp,葉緑体。バーは1μm、400nm(拡大像)

図8 リソソーム分配機構の模式図。リソソームの増殖は栄養等の環境要因と細胞周期によって制御される。葉緑体の伸長が開始されると、核の上の方に局在するリソソームはミトコンドリア上に移動し、ミトコンドリアに結合し、ミトコンドリア分裂により、娘細胞に分配される。細胞核分裂後、ミトコンドリアからの解離が開始され、細胞質分裂終了後は分裂面側を通って核の上側に戻る。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、序論、主要成果を述べた四つの章、それに総合考察からなる。

まず、序論においてリソゾームを単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolae(以下シゾンと略す)において研究する意義について論じられている。即ち、この生物にはこれまでリソゾームが同定されていなかったが、見つかれば動物細胞ではリソゾームといわれ、植物細胞では液胞といわれ、それぞれの機能に関しては共通する点があるものの、異なった点もあるこの細胞小器官の生成と分配に関する機構が、この始原的と考えられる生物シゾンにおいて解明されることが期待されるからである。

第一章では、シゾンでリソゾーム様の構造を種々の組織化学的手法で追跡した。その結果、分裂期ではミトコンドリアの近傍に見られ、それ以外の時期では細胞質に見られる直径約500nmの構造体がリソゾームであろうと推定された。より特異性の高い同定法として電子顕微鏡による観察からそれは裏付けられた。特に、植物液胞膜に局在するH+−PPaseによる免疫電子顕微鏡観察はそう判断して良い主要な根拠とした。

第二章では、リソゾームの分配機構に関して、シゾンの細胞周期との関わりにおいて追跡した。この際、シゾンが光の明暗周期で細胞周期を同調できることを利用した。その結果、リソゾームの複製は、細胞周期により制御を受けると共に環境因子の影響も受けることが明らかとなった。また、細胞核の分裂初期にはミトコンドリアの近傍にあることが、電子顕微鏡を用いた微細構造の観察により示された。最終的には、娘細胞にほぼ均等に分配される制御機構があることが示された。

第三章では、これまでリソゾームあるいは液胞に関して、全ゲノムが決定された生物、すなわちヒト、出芽コウボ、シロイヌナズナ、シゾンのデータベース上で、幾つかの主要な酵素(グリコシダーゼ、カテプシンD、酸性ホスファターゼ等)がそれぞれの生物において保存されていることを確認した。更にシゾンのリソゾームを単離し、その構成する酵素、タンパク質の同定から、シゾンのリソゾームの始原的機能を探った。

第四章では、第一章においてリソゾームを同定する際に、この構造はDNAを特異的に染色する色素DAPIにより、DNAとは異なった染色像を与える構造がリソゾームにあり、それがポリ燐酸であることが示されていることを更に深く解析した。ポリリン酸は、リン酸欠乏培地で培養することにより消失し、リン酸の添加によりにより再度形成されることを見出した。この条件で、シゾンでのDNAマイクロアレイを適用し、リン酸を加えることにより発現が上昇する遺伝子群と低下する遺伝子群とを同定した。更に、シゾンでの形質転換系の開発を目指して、シゾンでのシクロヘキシミド抵抗性株の単離を行った。以上のような新知見を踏まえて、単細胞紅藻シゾンでのリソゾーム研究の意義と今後の展開の可能性を論じた。

なお、本論文第一章、第二章は、西田敬二、長田敏行、黒岩晴子、黒岩常祥等との共同研究であり、また、第四章の一部は、西田敬二、岡野幸雄、蓑田歩、田中寛、黒岩常祥との共同研究であるが、研究の主要部分は、論文提出者の独自のアイデアで展開され、遂行されたものであるので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

これらの情報の下、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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