No | 121092 | |
著者(漢字) | 吉田,彩子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,サイコ | |
標題(和) | オーキシンによる管状要素分化転換初期過程の制御に関する研究 | |
標題(洋) | A study on regulatory roles of auxin in early process of transdifferentiation into tracheary elements | |
報告番号 | 121092 | |
報告番号 | 甲21092 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4892号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 オーキシンは維管束の形成過程で重要な役割を果たすと考えられている。例えば傷口にIAAを塗布することで傷口に向かうような連続的な維管束が異所的に形成され、極性輸送阻害剤の処理により葉縁部の維管束形成が促進される。しかし維管束形成に関するオーキシンの分子機構はほとんど明らかになっていない。その大きな原因として維管束系を植物体から取り出して生理学的、分子生物学的な解析を行うことが困難である上に、近年活発に行われている遺伝学的解析も、維管束形成関連突然変異体が示す致死性の影響によりその詳細な分子機構の解析が難しいことが挙げられる。そこで、ヒャクニチソウの葉肉細胞を用いた管状要素分化誘導系(図1)では維管束系の細胞のみをin vitroで培養できるため生理学的、分子生物学的な解析が容易であるという利点を生かし、この系を用いた解析を開始した。修士課程では極性輸送阻害剤により管状要素分化が阻害されること、この分化阻害が過剰量のオーキシンにより回復することを示した。博士課程では極性輸送阻害剤による分化阻害機構について調べるとともに、極性輸送阻害剤による分化抑制とオーキシン添加による分化回復の系を利用したマイクロアレイ解析を行うことで、管状要素分化過程におけるオーキシン制御の分子機構の解明を試みた。 結果と考察 管状要素分化系へのオーキシン極性輸送阻害剤の影響 オーキシン極性輸送阻害剤のNPA、TIBA、HFCAを管状要素の分化誘導培地に投与して培養すると、管状要素分化と細胞分裂が阻害された(表1)。NPA、TIBA、HFCAは、ほぼ同じ阻害の様式を示した。このNPAによる分化阻害効果は過剰量のNAA、IAA、2,4-Dにより回復した(図2,3)。これまで極性輸送阻害剤は細胞からのオーキシン排出を阻害して、オーキシン蓄積を引き起こすと考えられてきたが、私の結果からはむしろ、管状要素分化系では極性輸送阻害剤の投与で細胞がオーキシン欠乏状態になることを示唆した。 そこで細胞内のNAAを定量するために、培養開始時に[3H]-NAAを添加して48時間培養後の細胞内NAA量を測定した。その結果、NPA処理で細胞内の遊離型NAAが減少し、代謝型NAAが増加していた(図4B,C,D)。また代謝型NAAの増加により細胞内の総NAA量は通常より増加していた(図4A)。よってNPAによる分化阻害の一因として、NPAが細胞からのNAA排出を阻害して細胞内にNAAを蓄積させる一方で、NAAの代謝経路の活性化によりNAA代謝産物の生成が促進され、分化に必要な遊離型NAA量が減少して分化が阻害された可能性が考えられた。 これを更に確かめるために、DR5(オーキシン誘導性プロモーター)::YFP(核移行型)をヒャクニチソウに導入し、個々の細胞のオーキシン応答性を調べた。その結果、NPA処理細胞ではYFP蛍光が顕著に減少していることが明らかになった(図5)。一方、分化誘導培地の細胞は二次壁肥厚が開始した成熟過程にある管状要素を含めて強い蛍光が観察された(図6)。この結果は、NPAが細胞内活性化型オーキシン量を減少させ、それに伴いオーキシンシグナル伝達活性が低下する可能性を強く示唆した。 NPAの作用時期を調べたNPAのパルス処理実験では、培養36時間目までのNPA添加で管状要素分化が阻害された(図7A、B)。培養開始時にNPA添加した細胞にNAAを経時的に添加して分化回復のタイムコースを調べた実験から、NPAによる分化阻害はNAA添加後、同じタイムコースで回復することが分かった(図7C)。よってNPAは少なくとも分化初期に阻害作用を示すことがわかった。 マイクロアレイによる管状要素分化転換過程のオーキシン作用の解析 NPAとNAAのパルス処理実験により、管状要素分化を自在に停止・再開できるようになった。そこでこれを利用して、NPAで分化阻害した際と、NAAで分化回復した際のマイクロアレイを行い、オーキシンにより制御される分化ステージとその分子機構の解析を試みた。 まずNPAで阻害される分化ステージを調べるために、培養開始時にNPA添加して24、36、48、60、72時間培養した細胞での遺伝子発現プロファイルを、約9000個の遺伝子に対応できるマイクロアレイシステムで解析した。これまでに出村ら(2002)により、分化進行に伴って様々な発現パターンを示す24グループ、523遺伝子が知られており(図8A,B)A、Bグループにはステージ1(脱分化過程)で発現抑制される遺伝子、Cグループにはステージ1で発現誘導される遺伝子、D、E、Fグループにはステージ2(分化能制限過程)及びステージ3(管状要素特異的分化過程)で発現誘導される遺伝子が含まれる(図8A、B)。これらの遺伝子発現パターンを分化進行の指標として、NPA処理細胞でのステージの進行を調べた。するとA、B、Cグループに属するステージ1で発現が変動する遺伝子は、NPA投与により発現レベルが高いままに保たれる傾向があった(図8B)。一方、D、E、Fグループのような分化誘導条件においてステージ2及び3で発現誘導される遺伝子は発現抑制された(図8B)。よってNPAはステージ1から2への移行を阻害すると考えられた。 次にNPAによる阻害をNAAで打ち消した際の遺伝子の発現を調べることにより、オーキシンの分化誘導の分子機構を調べるとともに、オーキシンで制御される維管束細胞への分化転換のキー遺伝子の同定を試みた。NPA処理して60時間培養した細胞にNAAを添加して、0.7、4、12、24時間後の細胞における遺伝子発現パターンを調べた。すると、ステージ1で発現抑制されるA1グループの遺伝子群はNAA添加4時間後から発現抑制された(図9)。これに対してステージ2で発現誘導されるD3グループの遺伝子群はNAA添加40分後もしくは4時間後から発現誘導された(図10)。一方、最終的な管状要素分化過程ステージ3で発現誘導されるE4グループに属する遺伝子群の一部は、24時間目から発現上昇がみられた(図11)。 個々の遺伝子機能に注目すると、AUX/IAAファミリーの遺伝子ホモログは、NAA添加後0.7時間から迅速に発現誘導された。さらに4時間後にはオーキシン取り込みキャリアーのAUX1ホモログが発現誘導された(図12、13)。よって管状要素分化過程におけるオーキシン作用として、オーキシン取り込みキャリアーの生産を誘導し、細胞内へのオーキシンの取り込みを促進して分化促進する、というポジティブフィードバック作用が示唆された。AUX1ホモログの遺伝子発現誘導に伴ってARFファミリーの遺伝子ホモログも発現誘導され、オーキシンシグナルが増強されていることが裏付けられた。 さらにステージ3への移行に必要なブラシノステロイドの生合成遺伝子DWF4や、維管束細胞への分化転換のキー遺伝子であるNACドメイン転写因子でシロイヌナズナのVNDファミリーの遺伝子ホモログ、また前形成層及び未成熟な木部で発現するZeHB13もNAA添加4時間後から発現誘導された(図12,13)。ZeHB13がオーキシンの下流で比較的初期に発現誘導されたことから、NAAで分化回復した際に発現誘導される遺伝子は、維管束分化の初期過程で機能することが示唆された。興味深いことに、サイトカイニンの分解に関与するサイトカイニンオキシダーゼ遺伝子ホモログの発現がNAA添加により上昇したことから、管状要素分化過程でオーキシンの下流でサイトカイニンの分解が起きる可能性が示唆された。 まとめと展望 これらの結果から管状要素分化過程でのオーキシンの作用機構は以下のように考察される(図14A,B)。管状要素分化過程では分化に必要な量の遊離型オーキシンが受容されて、オーキシンシグナリングが活性化され、その下流でステージ2の進行に必要な遺伝子群が発現誘導される。極性輸送阻害剤は細胞内にオーキシンを蓄積させることにより、遊離型オーキシンの減少を引き起こし分化を阻害するが、過剰量オーキシンの投与により、減少したオーキシンが補われて分化が回復する(図14A)。オーキシンの下流ではステージ1の完了とステージ2の進行が起きる。ステージ2におけるオーキシン誘導性のイベントとしては、AUX/IAA遺伝子発現による初期のオーキシン応答、次いでオーキシン取り込みキャリアーの生産によるオーキシンシグナルのポジティブフィードバックと、ARF遺伝子による更なるオーキシンシグナルの増強が起きる。さらにステージ3への移行に必要なブラシノステロイド生合成、サイトカイニン分解も遺伝子発現プロファイルにより示唆された。また前形成層で発現するホメオボックス遺伝子や維管束細胞への分化転換のキー遺伝子であるNACドメイン転写因子などの、維管束特異的な運命決定に関与する遺伝子が比較的早い時期にオーキシンに誘導され維管束分化が進行する(図14B)。 今後はオーキシンで発現誘導される遺伝子の機能解析を進めることにより、維管束への分化転換初期過程でオーキシンで制御されるキーイベントの分子機構が明らかになると考えられる。 図1 ヒャクニチソウ葉肉細胞からの管状要素細胞の分化誘導系 機械的に単離した葉肉細胞を、オーキシンとしてNAA、サイトカイニンとしてBAを加えた培地中で培養すると、単細胞のままで高頻度かつ同調的に、道管の構成要素である管状要素細胞への分化が起こる(A)。この培養過程は、葉肉細胞の脱分化過程であるステージ1、維管束細胞への分化能制限過程であるステージ2、管状要素分化特異的なイベントが行われるステージ3に分けられる。(B)単離直後の葉肉細胞、(C)未成熟な管状要素、(D)成熟した管状要素 表1 オーキシン極性輸送阻害剤の管状要素分化への影響 図2 NPA処理細胞 分化誘導培地(A)、もしくは分化誘導培地に20μM NPAを添加した培地(B)で96時間培養したヒャクニチソウの細胞。20μM NPAによる管状要素分化阻害効果は最終濃度10.7μM NAAにより打ち消された(C)。 Bars=100μm 図3 様々な濃度のオーキシン添加によるNPAの管状要素分化阻害効果の打ち消し作用 20μM NPAを含む分化誘導培地に、様々な濃度のNAA(A)、IAA(B)、2、4-D(C)を添加し、96時間後に分化率が回復するかを調べた。このときグラフには示さなかったが、分化誘導培地では36.1%(A)または47.4%(B、C)の細胞が管状要素に分化した。一方、20μM NPAの添加によって分化は完全に抑制された。 図4 細胞内総NAA量の測定と、遊離型および代謝型NAAの分離 ヒャクニチソウ細胞を標識/非標識NAAを含む分化誘導培地、または標識/非標識NAAと20μM NPAを含む培地で48時間培養した。培養後、細胞を培地から分離して、メタノールでNAAとその代謝産物を抽出した。このメタノール抽出液のRIカウントを液体シンチレーションカウンターで測定した後、スタンダードの標識1-NAAと共に、薄層クロマトグラフィーで分離して、オートラジオグラフィーで検出した。(A)推定総NAA濃度、(B)推定遊離型NAA濃度、(C)Dの各々のスポットの放射活性、(D)薄層クロマトグラフィーのオートラジオグラフィー。測定値は3もしくは4サンプルの平均±標準偏を示す。この実験は2回繰り返され、再現性のある結果が得られた。 図5 NPA処理細胞でのDR5プロモーター活性 核移行シグナルを持つ35S::CFPとDR5::YFPをパーティクルボンバードメント法で、分化誘導条件または20μM NPA添加して48時間培養した細胞に導入し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。分化誘導培地(A,B,C)またはNPA添加培地(D,E,F)の培養細胞におけるCFP蛍光像(A,D)、YFP蛍光像(B,E)、明視野像(C,F)。Bar=30μm 図6 未成熟な管状要素でのDR5プロモーター活性DR5::YFPをパーティクルボンバードメント法で分化誘導培地で48時間培養した細胞に導入したところ、二次壁肥厚が始まっている未成熟な管状要素でYFP蛍光が観察された。Bar=30μm 図7 NPAパルス処理による分化への影響とNPA処理細胞へのNAAパルス処理による分化回復のタイムコース (A、B)培養開始時から20μM NPAを12時間毎にパルス処理し、96時間目に管状要素分化率(A)と分裂率(B)を計測した。(C)培養開始時に20μM NPA処理した細胞に、最終濃度10.7μMになるようにNAAをパルス処理し、240時間目まで分化回復のタイムコースを調べた。 図8 分化に伴って様々な発現パターンを示す遺伝子群と、それらの発現にNPAが及ぼす影響 (A)出村ら(2002)により、分化誘導条件で8倍以上発現変動する523遺伝子について、発現パターンの違いに基づいたクラスタリングにより、AからFまでの24種類の遺伝子群へのグループ分けが行われた。(B)分化誘導条件(Control)の523遺伝子に対応する20μM NPAで分化を阻害した際のAからFグループの遺伝子のジーンツリー。カラースケールは発現量が何倍変化したかの度合いを示す。 図9 ステージ1で発現抑制されるA1グループの遺伝子群の挙動 (A)分化誘導条件でステージ1で発現抑制されるA1グループの遺伝子群、(B)NPAで分化阻害した際(NPA+DMSO)とNAAで分化回復させた際(NPA+NAA)のA1遺伝子群のジーンツリー。カラースケールは発現量を示す。A1グループの遺伝子群はNPAで分化を阻害したときは発現量は変化しないが、NAAで分化を回復させると発現抑制される。 図10 ステージ2から発現誘導されるD3グループの遺伝子 (A)分化誘導条件でステージ2から発現誘導されるD3グループの遺伝子群、(B)NPAで分化阻害した際(NPA+DMSO)とNAAで分化回復させた際(NPA+NAA)のD3遺伝子群のジーンツリー。カラースケールは発現量を示す。D3グループの遺伝子群はNPAで分化阻害したときは発現量は変化しないが、NAAで分化を回復させると発現誘導される。 図11 ステージ3に一過的に発現誘導されるE4グループの遺伝子群 (A)分化誘導条件でステージ3に一過的に発現誘導されるE4グループの遺伝子群、(B)NPAで分化阻害した際(NPA+DMSO)とNAAで分化回復させた際(NPA+NAA)のE4遺伝子群のジーンツリー。カラースケールは発現量を示す。NAAで分化を回復させると、E4グループに属する遺伝子群の一部では、24時間目から発現上昇がみられた。 図12 植物ホルモンと維管束分化関連遺伝子ホモログ 分化誘導条件(Control)とNPAによる分化阻害時(NPA+DMSO)およびNAAによる分化回復時(NPA+NAA)のオーキシン取り込みキャリアー遺伝子ホモログ(AUX1)、オーキシンシグナル伝達遺伝子ホモログ(AUX/IAA,ARF)、ブラシノステロイド生合成遺伝子ホモログ(DWF4)、NACドメイン転写因子でシロイヌナズナのVNDファミリー遺伝子ホモログ(VND)、クラスIIホメオボックス遺伝子(ZeHB13)、サイトカイニンオキシダーゼ遺伝子ホモログ(Cytokininoxidase;CKX)の発現パターン。オーキシンシグナル伝達遺伝子ホモログの中には維管束分化との関連が示唆されているIAA8またはIAA9ホモログが含まれていた。カラースケールは発現量を示す。 図13 NAAで分化を回復させた際に2倍以上発現誘導される遺伝子群 (A)NAA添加0.7または4時間後に一過的に発現上昇するパターンを示すもの、(B)NAA添加0.7または4時間から発現が上昇し、それが維持されるパターンを示すもの。縦軸はシグナル量を示す。表には各グループに含まれる遺伝子の予想される機能を示す。 図14 オーキシンによる管状要素分化初期過程の制御機構 (A)分化転換過程に対する細胞内遊離型/代謝型NAAと極性輸送阻害剤の作用機作(B)オーキシンで制御される分化初期過程の諸イベント | |
審査要旨 | 本論文は、維管束細胞の分化転換初期過程におけるオーキシン作用を、オーキシン極性輸送阻害剤を用いて分子生物学的、細胞生物学的に解析したものである。本論文の構成は5章からなる。第1章では、Prefaceとして、この研究の背景と研究を始めるにあたっての動機を述べている。第2章では本研究で使われた材料と方法について記述されている。第3、4章は研究の結果とその考察であり、第3章では、オーキシン極性輸送阻害剤の分化転換初期プロセスに対する作用機構の解析について、第4章では、マイクロアレイを用いた分化転換過程のオーキシン作用解析について、第5章では得られた結果を受けて、総合的に、オーキシンによる維管束細胞分化転換の制御機構について考察している。 オーキシンは茎頂から根端に向けて極性輸送され、これに沿って維管束が連続的に形成されると考えられている。しかしながら、細胞レベルでは、維管束細胞分化におけるオーキシンの作用機構はほとんど明らかになっていない。そこで、論文提出者は、ヒャクニチソウ単細胞管状要素分化誘導系を用いて、管状要素分化転換におけるオーキシン制御機構の解明を試みた。 論文提出者は、管状要素がNAA(オーキシン)存在下で分化することから、まず、様々なオーキシン排出キャリア阻害剤NPA、TIBA、HFCAを用いて、管状要素分化に対する影響を調べた。その結果、これらはいずれも管状要素分化を生理的な濃度で阻害することが分かった。そのため、阻害剤によりNAAが細胞内に蓄積し、高濃度の細胞内NAAが分化を阻害すると予想された。しかし、予想外なことに外から大過剰のオーキシン(NAA、IAA、2,4-D)を与えることでその阻害が回復することが明らかになった。この結果は、阻害剤投与でむしろ細胞がオーキシン欠乏状態になることを示唆した。そこで、細胞内のNAA代謝を解析したところ、NPA処理により、細胞内の総NAA量は増加するのだが、その多くは代謝型 NAAであり、遊離型NAAはむしろ減少していることが明らかとなった。オーキシン排出キャリア阻害剤による細胞内活性型オーキシンの減少を個々の細胞レベルで調べるために、[オーキシン誘導性プロモーター:: YFP蛍光タンパク質]キメラ遺伝子をヒャクニチソウ細胞に導入した。その結果、NPA処理細胞ではYFP蛍光が顕著に減少していることが明らかになった。この結果は、NPAが細胞内活性化型オーキシン量を減少させていることを強く支持した。以上の結果は、オーキシン排出キャリア阻害剤は、これまで考えられていた阻害作用とは異なり、細胞内の活性型オーキシン濃度をむしろ下げることを示しており、頻用される阻害剤の新規作用を証明した、初めての報告となった。 続いて、論文申請者はNPAが細胞内オーキシン量を減少させるという結果を利用して、NPAとNAAのパルス処理により、管状要素分化を自在に停止・再開できる実験系を開発した。さらに、この実験系と約9000個の遺伝子のマイクロアレイを組み合わせて、オーキシンの分化誘導初期過程の解析を行った。その結果、管状要素分化転換過程は、ステージ1(傷害応答・脱分化過程)、ステージ2 (分化能制限過程) 及びステージ3 (管状要素特異的分化過程)にわけられるが、NPAはステージ1の進行を延長させ、ステージ2への移行を阻害することが明らかとなった。一方、オーキシンはステージ1を停止させ、ステージ2への移行を促進することが明らかとなった。この結果は、オーキシンが管状要素分化の初期過程の鍵因子となることを証明した初めての報告として、高く評価された。さらに、遺伝子発現の詳細な解析から、オーキシンはステージ2移行誘導時に、まずAUX/IAA 遺伝子発現による初期のオーキシン応答を引き起こし、次いでオーキシン取り込みキャリア遺伝子、オーキシン制御転写因子の生産というようにオーキシンシグナルのポジティブフィードバックを駆動することが示唆された。これらの反応はオーキシン添加後4時間という極めて短期間に起こることが明らかとなった。この時期には、維管束幹細胞である前形成層の特異的遺伝子が発現することが分かり、オーキシンは極めて速やかに維管束の分化を進行させることがはじめて示された。この結果は新規かつ独創的なものと評価された。これらの結果と同時に、オーキシンと他の植物ホルモンとのクロストークも遺伝子解析から示された。特に、オーキシンによるサイトカイニンオキシダーゼ遺伝子発現の促進は興味深い。これはヒャクニチソウ分化誘導系で申請者が発見したものであるが、シロイヌナズナの植物体においても、前形成層特異的にオーキシンがこの遺伝子の発現を促進することが明らかとなった。この結果は、オーキシンがサイトカイニンオキシダーゼ量を増加させることで、サイトカイニン量を減少させ、その結果、さらなる分化の進行を促進させることを示唆した。この結果も新規かつ重要であり、高く評価された。 なお、本論文第1章は栗山英夫、福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上、ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、吉田彩子提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。 | |
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