学位論文要旨



No 121093
著者(漢字) 黛,新造
著者(英字)
著者(カナ) マユズミ,シンゾウ
標題(和) ベンケイソウ科植物のDNA塩基配列を用いた分子系統解析、およびHylotelephium属とその近縁属の分類学的再検討
標題(洋) Phylogenetic analyses of Crassulaceae based on DNA sequences and the systematic status of Hylotelephium and allied genera
報告番号 121093
報告番号 甲21093
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4893号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大場,秀章
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 助教授 野,久義
 東京大学 助教授 伊藤,元己
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

ベンケイソウ科(Crassulaceae)は、約1500種からなり(Berger、1930)、被子植物の中では中位の大きさの科である。オーストラリアとポリネシアを除くほぼ全世界に分布しているが、温帯または亜熱帯の乾燥した地域で著しい多様性を示す。この科の最大の特徴として、乾生的な形態(葉の多肉化、発達したクチクラなど)をもつことがあげられる。代表的なCAM植物としても知られ、生理学的な見地から多くの研究がなされている。

ベンケイソウ科は、多くの特徴的な形態をもち、科としてのまとまりはよく、分子系統学的研究からもその単系統性は支持されている(Van Ham 1994.Mort et al. 2001)。しかし、科内の分類体系については、亜科、属などの分類階級の設定およびそれらが含む範囲について様々な見解が提唱されているが、いずれも定説とはいいがたい状況にある。最も広く使われてきたのは、ベンケイソウ科を6亜科に分け、33属を認めるBerger(1930)の体系であるが、これが採用される理由はその包括性と実用性によるもので、人為的であることは多くの研究者が指摘されており、大幅な見直しが迫られている(Van Ham 1994)。

Bergerが設けた6亜科のなかで、特にマンネングサ亜科(Sedoideae)は分類体系について見解が最も大きく分かれており、多くの研究者により様々な分類体系が提案され、議論がなされてきた。マンネングサ亜科で提唱された様々な分類体系は大きく2つに集約される。一方はBerger (1930)のようにマンネングサ亜科の中に多数の属(Sedum、Orostachys、Rosularia Pseudosedumなど)を区別する見解であり、他方はFroderstrom (1930-35)に代表されるようにマンネングサ亜科の大多数の種をSedum-属に包含する見方である(Table1)、こうした分類学体系の妥当性の検証には、マンネングサ亜科に属する種の系統上の位置付けが明らかにされる必要がある。

Van Ham(1994)は、Bergerによる全6亜科にわたる19属44種について葉緑体DNAの制限酵素サイトの多型を用いた系統解析をおこなった。この結果、Rhodiala(イワベンケイ属)やHylotelephium (ベンケイソウ属)に分類される種が狭義のSecdum(マンネングサ属)と系統を異にし、ひとつのクレード(Telephium clade)を形成する結果が得られ、マンネングサ亜科の多系統性、すなわちFroderstromのいう広義のSedumの多系統性が示唆された。この結果は、葉緑体trnL-F遺伝子間領域の解析('tHart、1994)、および、より多数の分類群を用いた葉緑体matK領域に基づく系統解析(Mort et al,.2001)によっても、ほぼ同様の結果を得ている。

マンネングサ亜科に分類される種群は世界中に広く分布し、科の分布範囲とほぼ重なるが、特に東アジア地域で多様な種分化が見られ、東アジア地域が分化・分散の中心であるといえる。広義のSedumから分離された分類群のほとんどがアジアに分布している。アジア産マンネングサ亜科の分類学的位置付けはマンネングサ亜科、ひいてはベンケイソウ科全体の分類学的再検討に欠かせない。しかしながら、これまでの分子系統解析では、アジア産の種は少数しか取り扱われておらず、そのためもありマンネングサ亜科の系統関係は未だほとんど不明な状態にあった。

よって本研究では、分子系統解析を用いてアジア産マンネングサ亜科の科内での系統学的位置を明らかにし、これまでの分類体系で重要視されてきた形態学的形質の系統発生について考察をおこなったうえで、属レベルでの分類体系の構築の基礎を築くことを目的とした。

<結果と考察>

マンネングサ亜科の系統学的位置付け

アジア産マンネングサ亜科のベンケイソウ科内での系統学的位置を明らかにするために、アジア産種を中心に26属163分類群(種・亜種・変種を含む)をサンプリングし、葉緑体trnL-F遺伝子間領域および核5.8S rRNA遺伝子領域を含むITS領域を用いて系統解析を行った(Fig.1)。trnL-F領域をもちいて科内でのおよその系統学的位置付けをしたうえで、ITS領域を加えてさらに詳細な系統解析を行った(Fig.2,3)。その結果、以下のことが新たに明らかになった。

・アジア産マンネングサ亜科は、(1)Hylotelephium(ベンケイソウ属)、Orostachys (イワレンゲ属)、Meterostachys(チャボツメレンゲ属)、Sinocrassula(テンジクイワレンゲ属)からなる系統(Hylotelephium clade)、(2)Phedimus(キリンソウ属)-属のみを含む系統(Phedimus clade)、(3)Rhodiola(イワベンケイ属)、Pseudosedum(マンネングサモドキ属)からなる系統(Rhodiolaclade)、(4)Rosularia(トキワイワレンゲ属)、Prometheum(ヒイロイワベンケイ属)と少数のSedum subg. Sedum(マンネングサ亜属)からなる系統(Leucosedum clade)、および(5)エケベリア亜科を含む多数のSedum subg. Sedumからなる系統(Acreclade)の、5つの大きな系統に位置付けられた。

・Telephium cladeに相当する(1)、(2)、および(3)の系統は、狭義のSedumから遠い系統であることが示され、これらに含まれる分類群をSedumから独立した分類群として扱うことが支持された。

・アジア産種の網羅的な解析にもかかわらず、Telephium cladeの単系統性は確認できなかった。

Hylotelephiumとその近縁属間の系統解析

Hylotelephium cladeにはSedumから分離された4属が含まれたが、このうちOrostachysが3つの系統に分かれ、それぞれが他の3属と単系統群をなし、既存のどの分類体系にも大きく反することが新たに明らかとなった。新たな分類体系を構築する必要性が示されたが、そのためには系統情報に不明瞭な部分があったので、これを補うために葉緑体DNAの解析領域を広げ(trnT-trnL5'exon-trnL3'exon-trnF領域)、核ITS領域とあわせてHylotelephium clade内のさららに詳細な系統解析を行った(Fig.4)。サンプリングについては、Eggli(2003)の体系にもとづき、属内分類群を可能な限り網羅した(Table3)。

この解析の結果、Hylotelephium cladeは次の3つのクレードに大別された。すなわちA)SinocrassulaとOrostachys sect Schoenlandiaを含むクレード、B)MeterostachysとOrostachys subsect. Appendiculataeを含むクレード、C)HylotelephiumとOrostachys subsect. Orostachysを含むクレードである。A)およびB)のクレードは、既存の分類群がそれぞれ単系統群を形成し、その単系統性が強く支持された。しかしC)のクレードにおいては、Orostachys亜節の単系統性は強く支持されたものの、Hylotelphiumの単系統性については充分に確認できず、多系統群である可能性が残る。Hylotelphium内には、いくつかの強く支持される系統群が認められたが、これまでのところそれぞれのグループを支持する形態学的特徴は認められない。これまでの分類において重視されてきたロゼット葉、肉穂花序、子房の基部が離生するなどの形態はHylotelephium chide内で多数回、平行進化したことが推測され、これまでの分類体系のように、これらの形質のみでHylotelephium clade内に分類群を設けることは適切でないことが明らかになった。一方で、一輪生雄蕊はA)のクレードに限定的であり、このクレードを特徴づけている。また、B)とC)のクレードは葉の先の形態(軟骨質状の突起の有無)により互いに区別でき、分類形質として有効といえる。これらの分類形質の組み合わせにより各クレ-ドを互いに区別することができ、これらのクレードを分類群として新たな分類体系を構築することが可能である(Table 4)。

Hylotelephium clade内における種子の表面構造と新たな分類体系

これまで用いられてきた分類形質を組み合わせることによりHylotelephium clade内の各クレードが特徴付けられるが、一般的に葉の先の形態は属レベルの分類群の表徴形質としては微細な形態であるといえる。現にA)系統において多数回発生しており、分類形質として安定性にかける。新分類体系の構築にはより安定した形質による支持が必要である。

'tHart(1980)、Knapp(1994)、Gontcharova(1999)により、ベンケイソウ科内において種子の表面構造が属レベルでの指標形質としての有効であることが示唆されている。そこで、Hylotelephium cladeに含まれる種群について種子表面構造の観察をSEMによりおこない、新分類体系の分類形質としての妥当性を検証した。その結果、I-Hylotelephium clade内では縦構型、不明瞭型、網目型、格子型の4つの型が認められ(Fig.5)、それぞれA)、B)、およびC)内の2つの系統に特徴的であり、新分類体系の妥当性を支持する結果となった。

Table1. これまで提唱されてきた主なマンネングサ亜科内の分類体系

Table2. 本研究で採用したマンネングサ亜科の分類体系(Ohba1978,200)と各属の種類と主な分布域

Fig.1 本研究で解析した遺伝子領域

葉緑体DNAについては、マンネングサ亜科の科内での系統解析では、葉緑体trnL3'exonとtrnFの遺伝子間領域を、Hylotelephium clade内の系統解析にはtrnTからtrnFまでの全領域を用いた。核DNAついては、両解析においてITS1、ITS2および5.8SrRNA遺伝子領域をもちいて解析を行った。

Fig.2 ベンケイソウ科163分類群について葉緑体trnLF遺伝子間領域を用いた系統解析の結果の略図

右にVan Ham(1994)で認められたクレードとの対応を示す。Van Ham(1994)、t'Hart(1994)、Mort et al.(2001)とほぼ同様の樹形となったが、Telephium cladeは4つのsubuladeに分かれ、その単系統性は再現されなかった。

Fig.3 trnl.F遺伝子間領域とITS領域の塩基配列を結合し、Bayps法に基づくMCMC解析によってえられた15000樹の50% majority consensus樹

枝上の値の左はposterior probasilitiyを、右はMP法による1000回試行によるブートストラップ値を示す。Telephium cladeについてはHylotelephiumなどを含むクレード、RhodiolaとPhedimusを含むクレード、およびUnibilieusからなるクレードの3つの系統に細別され、その単系統性は再現されなかった。

Table3. Hylotelephiumとその近縁属のサンプリング数

Fig.4 Hylotelephium clade内の系統関係

葉緑体trnT-trnL5' exon-trnL3' exon-trnF領域遺伝子間領域とITS領域の塩基配列(計 約1900op)を結合しBayes法に基づくMCMC解析によって得られた15000樹の50% majority consensus樹。

枝上の値の左はposterior probasilitiyを、右はMP法による1000回試行によるブートストラップ値を示す。

Table4. これまで重要視されてきた分類形質と種子表面構造の派生状態、および提唱する新分類体系

Fig.5 Hylotelephium cladeに含まれる種群の種子の表面構造とそのタイプわけ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,General introduction, 第1章,第2章,第3章およびGeneral conclusionからなる。General introductionにおいて,ベンケイソウ科における既存の分類体系を概説している。科内に亜科,属などの分類群を設けることが困難であり,特にマンネングサ亜科内の分類体系については見解が大きく分かれ多くの研究者により様々な分類体系が提案されている。これらの分類体系を外部形態に依存しない系統解析に基づいて検証する必要性を示した。既存のDNA塩基配列情報に基づく分子系統学的研究では,解析した種数および遺伝情報の不足のため,属レベル分類群の境界線を引けないばかりでなく,亜科レベルの分類群の設定にも問題がある。最も分類が混乱しているマンネングサ亜科内の分類体系を検討する上で欠かせないアジア産の種群の系統情報が特に不足していることを指摘した。

第1章において,科全体にわたる種群について葉緑体DNA(trnL-F遺伝子間領域)および核DNA(5.8S rRNA遺伝子とITS領域)の塩基配列を用いて系統解析を行い,アジア産種の科内での系統学的位置を明らかにした。アジア産マンネングサ亜科は,1)Hylotelephiumクレード,2)Phedimusクレード,3)Rhodiolaクレード,4)Leucosedumクレード,および5)Acre クレードの,大きく5つ系統に含まれた。また,先行研究において重要視されていたTelephiumクレードは,1),2),3)およびUmbilicus属からなるクレードに細分され,その単系統性は否定された。幅広い分類群,特に多くのアジア産マンネングサ亜科について系統学的位置を明らかにしたことは,科全体の分類体系の再構築を進める上で大きな貢献があったと認められ,高く評価できる。特に外部形態から系統学的な位置が注目されていたMeterostachys属およびOrostachys属Schoenlandia節についての知見は,本研究が初の報告であること,また,核DNAを用いた科全体にわたる解析もこれまで報告がないことから,本研究は対象・方法ともにその新規性が十分に認められる。

第2章では,第1章で確認された単系統群の一つであるHylotelephiumクレード内の系統関係についてさらに詳細な解析を行っている。第1章での解析の結果,Hylotelephiumクレードに含まれたOrostachys属が多系統であることが明らかとなったためであり,属レベルの新分類体系の構築を目的とした。塩基配列情報を追加し解析を行った結果,Orostachys属が属内分類群であるOrostachys節Orostachys亜節,Appendiculatae亜節,およびSchoenlandia節を反映する3つの単系統群に分かれ,それぞれ,Hylotelephium属,Meterostachys属,Sinocrassula属からなるクレードと単系統となることが明らかとなった。Appendiculatae亜節,Schoenlandia節をOrostachys属から分離し,それぞれ独立の属として扱うべきであるとした。本研究で得られた系統関係は,外部形態からは予測が困難であり,Hylotelephium属とその近縁属における極めて重要な新知見である。

第3章では,Hylotelephiumクレードに含まれた種群について,種子表面構造の観察および記載を行っている。これは,第2章で提唱した新たな分類体系における分類形質としての有効性の検証を目的としている。先行研究では,これらの種群にはTenuicostate型およびReticulate型の2つが認められていたが,本研究ではReticulate型を細分し,Alveolate型を新たに認めた。さらに,先行研究では含まれていないSinocrassula属およびOrostachys属Schoenlandia節について観察を行った結果,先行研究においては近縁種では観察されなかったLaticostate型が認められた。計4タイプをHylotelephiumクレード内に認めたが,それぞれが各クレードを特徴付けており,新分類体系における分類形質として有効である可能性が示された。

General conclusionでは,本論文で得られたマンネングサ亜科に属する種群の系統学的位置付けについての新たな知見をまとめ,特にHylotelephium属とその近縁属については,新属Acanthorostachysを含む新分類体系を提示している。

なお,本論文第1章は,大場秀章との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が充分であると判断する。したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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