学位論文要旨



No 121100
著者(漢字) 高,裕善
著者(英字)
著者(カナ) コウ,ユウソン
標題(和) 都市空間における「個人の場所」に関する研究
標題(洋)
報告番号 121100
報告番号 甲21100
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6190号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

都市で生活する人々にとって『ひとり』で過ごす時間は長さに関係なく必ず存在する。また現代化が進むにつれ、様々なライフスタイルが出現し、共存し、個々人の必要に応じた様々な都市施設が出現しつつある。人が生活をしていくには人とのコミュニケーションが大変重要であることは言うまでもない。それと同時に「ひとりの時間」も大変重要であり、その「ひとりの時間」を支えている都市空間は大きな役割を担っていると言える。都市空間に住む人々にとって、住み手として、環境を使いこなす術を身につけていくことが必要であり、また実際、人々はそのような術を日々の生活の中で実践している。人間に働きかける環境の価値を明らかにするには都市の実際の使われ方をとらえていく必要があるのではないだろうか。

本研究はこれからも都市人口が増えて行くと予想される中、個人の時間の質を高めようとする最近の傾向から、都市を積極的に利用している人々の、都市の中での「個人の場所」に焦点を当てた。本研究では都市で生活をしている人々の個人の過ごし方を調べる事により現在の都市施設、街並、外部空間と人々との関わりを明らかにするとともに、「個人の場所」に関する様々な要素に対して年代別の比較考察も行った。

この研究は自ら「ひとり」の状況を作り、「個人の場所」を利用している人々を対象としているため、研究方法として、20−60代の東京都、神奈川県、埼玉県で生活をしている男女に対し、個人レベルの意見を聞くことができる「アンケート」による調査を行ない、さらに被験者の内、協力を得られた方々に対し、ヒアリング調査、観察調査を行った。

本論文は第6章で構成されている。

第1章では研究の背景、目的、方法を述べ、既往研究の傾向を考察し、本研究の位置づけをした。

第2章ではアンケート調査結果の概要を述べた。アンケート調査の結果、全体被験者の80%以上の人が少なくとも1ヶ所は「個人の場所」を持っていることが分かった。また、個人の空間を確保している場所は大きく「居住施設」、「商業施設」、「自然」、「交通機関」、「文化施設」、「街並」に分類できた。その内訳は「居住施設」、『自然、街並』といった「屋外空間」がそれぞれ約1/4を示していた。それ以外では「商業施設」が約半分を示しており、「居住施設」で自分の空間を確保しているのはもちろんのこと、多くの人が「屋外空間」、「商業施設」を自分の場所として利用している事が分かった。また「商業施設」の中ではすべての年代においてカフェが大変多くみられた。

次に、人々が個人空間を確保したいときは「休」、「知」、「遊」の場合に大きく分かれ、全ての年代で「休」の場合が最も多かった。さらに、近年「携帯電話」機能の多様性に伴い、人々の「ひとり」という認識が変化している可能性が考えられたため、携帯電話を利用する人々の意識を調べ、調査結果について述べた。その結果、「ひとりでいる」という定義は人により様々であり、特に若い年代ほど「携帯電話」を使用している時はメール機能を利用している場合が多く、「ひとり」でいると感じる傾向がある事が分かった。

第3章では「アンケート」調査の結果を通して、人々の実際の過ごし方に関してその行動を中心に3部門に分けて考察した。まず、「自分の場所−都市空間で人々が個人の好みにより、よく利用する場所」を確保する際の場所の「占め方」を分類し、次にその場所での行動に関して考察した。各場所の「占め方」は、大きく分けて、滞在が基本となる『点型』と、移動が基本となる『線型』に分類できた。これらはさらに場所の数と行動パターンにより、点型は一点型(同一性格の空間に対して「自分の場所」が1ヶ所)とドット型(「自分の場所」として複数)に、線型は単線型(同一性格の空間に対して「自分の場所」が1ヶ所)と複線型(「自分の場所」が複数)に分類できた。各年代において『点型』が最も多く見られたが、必ずしもひとりに対して一つのパターンだけが成立するのではなく、複数のパターンが混在している場合もみられた。

次に「自分の場所」での行動について考察した。その結果、積極的に都市に参加していると考えられる「参加型」、積極的に都市に混ざる事をさけていると考えられる「観察型」、自分の事に集中している「没頭型」の3つのタイプに分類できた。このうち、各年代で最も多く見られた型は「没頭型」であった。「観察型」の場合は観察の対象として、人を見る場合と、風景・景色を見る場合が見られた。中でも人を見る場合は、都市の中で大勢の人の中にまぎれることにより、自分は都市の環境要素の一部と化して「観察」しやすくなるといった、都市の特徴の一つである「匿名性」が多く関係していると考えられる。「参加型」の場合、年代別には30代で最も多く、買い物・ショッピングなどの消費行為が目立っていた。この場合、個人は都市空間の中を直接歩く事で「ひとりの空間」を認識していることも分かった。ここでは「個人の場所」が滞在の状態だけでなく、移動する事によっても成立している事を示すことができた。

次に前の2部門は場所を選択し、「ひとり」の空間を確保している場合を考察したのに対し、主に「没頭型」に関連づけ、人々が場所を変えず、「ひとり」の状況を構築している場合を考察した。特にここでは対人関係に焦点を当てた。その結果、人々が自らの意図を表現する為に行なっている様々な表現の表出は、常に周りの諸々の物や状況を使い分ける事によって行なわれていること、そうすることでそれぞれの「ひとり」を組織し、同時に他者の「ひとり」を読み取っているということが分かった。

第4章では「アンケート」であげられた各場所を、物理的な遮断度と移動可能程度により9つに分類し、それぞれの場所に関して、調査結果から見られた、特徴・理由・行動と席について考察した。ここでは特に行動と席との関係に注目し、第3章で扱った「観察型」の場合には窓際を好む傾向が、「没頭型」の場合には人の気配、視線があまり気にならない席・場所を好んでいる傾向が見られた。また、「ひとり」を楽しんでいる人達にとっては、利用している各都市施設は、本来持っている機能面よりもむしろ自分が関わりたい型の媒体となることで選ばれている場合が多いことも分かった。中には特定な年代、層に多く利用されている場所もあり、特にスーパーマーケットは品物を選ぶ楽しさ+実用性があり、主婦層で多く利用されている事が見られた。 また、ごく少ない場合ではあったが、「自分の場所」にいるが、誰かとの会話を求めたり、他人を意識し、目立つ事を望み、場所を確保している場合も見られた。この場合、いま「ひとり」でいることは確かであるが「ひとり」を維持したいか否かは、席を含めた自分の周りの環境の決め方で異なってくることも考えられた。

第5章では第3章、第4章で抽出できた型をもとに、都市の中で「自分の場所」を持ち続けている場合を「ケーススタディー」を通して考察した。「自分の場所」を利用している人々には「自分の場所」の「占め方」と「場所のタイプ」により、より見えやすい「行動」があるという現状を、ケーススタディーを行う事により、現状を調べることができた。たとえ同じ性格の場所であっても、利用する人によってその場所の利用の仕方は実に多様であることも分かった。ケーススタディーで見られたすべての人に共通していたことは、自分の生活の中で常に自分の場所を探し求めており、自分の場所は自分の状況に応じて絶えず変化していることであった。

第6章では各章のまとめを通して、都市における人々の「自分の場所」を確保するための一連の流れをまとめるとともに、これからの可能性について述べた。本論での様々な考察結果をふまえると、都市で生活をしている人々は「ひとり」の空間を確保したい場合、物理的に遮断され、人の気配を感じられない空間を選択するよりは、様々な人・場所・情報がある場所を選択し、利用している現状があった。またその際に、人々が利用する場所には「ひとり」になりやすい場所があり、そうした場所に「ひとり」を楽しむための人々が集まってきている構造も明確になった。そこには、人々が「ひとり」になりたいと思う多くの場合、ある程度の安全が確保され、親しみがあり、アクセスしやすい場所 −家、他人が居る場所など− に居る事で、「ひとり」を楽しむことができる構造が重要とされていた。つまり、既存の「孤独」の意味とは異なる「コドク」を楽しんでいるようにも思われる。 またそうした役割を持った空間が都市の様々な場所で存在していることも分かった。その中では停滞の状態だけでなく、移動の状態のように刻々と変化する空間の中でも「ひとり」の認識が成り立っていたことを考えると、目に見えるあらゆる被写体は環境として人との関わりを持っていると思われる。また、居住空間が常に自分の場所である単身居住者か否かは関係なく、多数の人がむしろ都市に出る事により、安らぎ、癒し、落ちつきを覚え、自分を定位し、「自分の場所」を確保していることも分かった。人々は日常生活のなかで「ひとり」で気楽になれる空間を探し求め続けており、その空間は人それぞれの好み、気分により絶えず変化し、その要求に応じてくれる都市空間が存在している。

今回の調査で実に多くに人々が「個人の場所」を持って利用していることが分かったが、都市の中で「個人の場所」の需要がある以上、当然ながら新しい「個人の場所」の出現の可能性、もしくは、既存の「個人の場所」に対して新しい価値が生じる可能性があると考えられる。これからはこういった可能性をふまえた建築や都市を計画していく必要があるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、都市を積極的に利用している人々の都市の中での「個人の場所」に焦点を当て、人々の個人の過ごし方から現在の都市施設、街並、外部空間と人々との関わりを明らかにすることを目的としている。

人の生活において人とのコミュニケーションが大変重要であると同時に「ひとりの時間」も大変重要であり、それを支えている都市空間は大きな役割を担っている。人々にとって環境を使いこなすことが必要である。このような背景から、人間に働きかける環境の価値を明らかにするには都市の実際の使われ方をとらえていく必要があると考えた。

第1章では研究の背景、目的、方法、既往研究の考察、研究の位置づけをした。

第2章では、アンケート調査により、人々が少なくとも1ヶ所は「個人の場所」を持ち、それは「居住施設」、「商業施設」、「自然」、「交通機関」、「文化施設」、「街並」に分類でき、多くの人が「屋外空間」、「商業施設」を自分の場所として利用し、人々が個人空間を確保したいときは「休」、「知」、「遊」の場合に大きく分かれ、全ての年代で「休」の場合が最も多いことを明らかにした。

第3章ではアンケート調査により人々の実際の過ごし方を考察した。「自分の場所−都市空間で人々が個人の好みにより、よく利用する場所」を確保する際の場所の「占め方」は、滞在が基本となる『点型』と、移動が基本となる『線型』に分類できた。点型は一点型(同一性格の空間に対して「自分の場所」が1ヶ所)とドット型(「自分の場所」として複数)に、線型は単線型(同一性格の空間に対して「自分の場所」が1ヶ所)と複線型(「自分の場所」が複数)に分類できた。各年代において『点型』が最も多く見られたが、必ずしもひとりに対して一つだけではなく、複数のパターンが混在している場合もみられた。

「自分の場所」での行動は、積極的に都市に参加している「参加型」、積極的に都市に混ざる事をさけている「観察型」、自分の事に集中している「没頭型」の3タイプに分類できた。このうち、各年代で「没頭型」が最も多く見られた。「観察型」の場合は、人を見る場合と、風景・景色を見る場合が見られた。中でも人を見る場合は、都市の中で大勢の人の中にまぎれ、自分は都市の一部として「観察」しやすくなる、都市の特徴の一つである「匿名性」が多く関係していると考えられる。「参加型」の場合、年代別には30代で最も多く、買い物・ショッピングなどの消費行為が目立った。この場合、都市空間の中を直接歩く事で「ひとりの空間」を認識している。ここでは「個人の場所」が滞在だけでなく、移動する事によっても成立している。「没頭型」では、人々が自らの意図を表現する為に行なう様々な表出は、常に周りの物や状況を使い分け、それぞれの「ひとり」を組織し、同時に他者の「ひとり」を読み取っているということを明らかにした。

第4章では、各場所を物理的な遮断度と移動可能程度により9つに分類し、それぞれの場所に関して、特徴・理由・行動と席について考察した。「観察型」の場合には窓際を好む傾向が、「没頭型」の場合には人の気配、視線があまり気にならない席・場所を好む傾向が見られた。また、「ひとり」を楽しんでいる人達にとっては、利用している各都市施設は、本来持っている機能面よりもむしろ自分が関わりたい型の媒体となることで選ばれている場合が多いことも分かった。特にスーパーマーケットは品物を選ぶ楽しさ+実用性があり、主婦層で多く利用されている。 また、ごく少ない場合ではあったが、「自分の場所」にいるが、誰かとの会話を求めたり、他人を意識し、目立つ事を望み、場所を確保している場合も見られた。この場合「ひとり」を維持したいか否かは、席を含めた自分の周りの環境の決め方で異なってくることも考えられた。

第5章では、都市の中で「自分の場所」を持ち続けている場合をケーススタディーを通して考察した。

第6章では、都市における人々の「自分の場所」を確保するための一連の流れをまとめるとともに、これからの可能性について述べた。人々は「ひとり」の空間を確保したい場合、物理的に遮断され、人の気配を感じられない空間よりは、様々な人・場所・情報がある場所を選択している。その際に、人々が利用する場所には「ひとり」になりやすい場所があり、そうした場所に「ひとり」を楽しむための人々が集まってきている構造も明確になった。そこには、人々が「ひとり」になりたいと思う多くの場合、ある程度の安全が確保され、親しみがあり、アクセスしやすい場所に居る事で、「ひとり」を楽しむことができる構造が重要とされていた。またそうした役割を持った空間が都市の様々な場所で存在していることも分かった。その中では停滞だけでなく、移動の状態のように刻々と変化する空間の中でも「ひとり」の認識が成り立ち、目に見えるあらゆる被写体は環境として人との関わりを持っている。また、多数の人が都市に出る事により、安らぎ、癒し、落ちつきを覚え、自分を定位し、「自分の場所」を確保していることも分かった。人々は日常生活のなかで「ひとり」で気楽になれる空間を探し求め続けており、その空間は人それぞれの好み、気分により絶えず変化し、その要求に応じてくれる都市空間が存在している。都市の中で「個人の場所」の需要がある以上、当然ながら新しい「個人の場所」の出現の可能性、もしくは、既存の「個人の場所」に対して新しい価値が生じる可能性があると考えられることが示された。

本論文は、都市を積極的に利用している人々の、都市の中での「個人の場所」に注目し、都市施設、街並、外部空間と人々との多様な関わりを明らかにした。

以上のように本論文は、人々の個人の場所という人間の本音の環境行動に基づいて建築・都市空間をとらえる建築計画学的な人間-環境系の解釈の一つの方法を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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