学位論文要旨



No 121101
著者(漢字) 崔,琥
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ホ
標題(和) 無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造建物の残存耐震性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 121101
報告番号 甲21101
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6191号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,無補強コンクリートブロック(以下,ブロック)造壁を有する鉄筋コンクリート造建物における残存耐震性能の評価手法の提案を目的に,韓国の学校建物を対象とした正負交番繰り返し載荷実験を行い,柱およびブロック造壁の残留ひび割れ幅と残存耐震性能の関係,および残留ひび割れ幅と損傷度の関係について実験的かつ解析的な検討を行った。以下に,本論文における結論を章ごとにまとめて示す。

第1章「序論」では,構造設計時および性能評価時に組積造壁が無視されることで生み出された,1999年トルココジャエリ地震,台湾集集地震,2004年イランバム地震などの地震被害例について言及し,組積造壁を無視する技術慣行が招く大災害を防ぐために,組積造壁を含めたより正確な性能評価が必要であることを示した。また,1995年兵庫県南部地震,1999年台湾集集地震を始めとする近年の都市部近郊を襲った大地震の教訓から,建物の設計時はもとより被災後の耐震性能を評価する必要性が認識され,損傷を受けた建物の残存耐震性能に関する研究が進められているが,組積造壁を有する建物を対象とした被災度の定量的な判定手法や継続使用のための補修・補強の要否を判定するための基礎的データはほとんどないことを説明し,本研究の必要性を述べた。

第2章「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造架構の静的加力実験」では,1980年代における韓国の学校建物の標準設計に基づき1988年以前に建設された耐震設計がなされていない鉄筋コンクリート造学校建物を想定した,4体の1層1スパンの実大平面架構を製作し,正負交番繰り返し静的加力実験を行った結果について説明した。まず,本論文の実験計画として,試験体計画,加力計画および計測計画について詳細に述べた。次いで,コンクリート,鉄筋,ブロックおよびモルタルにおける材料試験結果について詳しく述べた。最後に,実験結果として,4体の試験体に関する破壊経過,荷重−変形関係から,無開口試験体であるIW1試験体およびIW2試験体では,ブロック造壁の圧縮ストラット作用により,耐力の増加と破壊メカニズムの変化が見られたが,有開口試験体であるWW試験体およびPW試験体ではブロック造壁が早い段階で応力を伝達する役割を失ったため,架構全体の耐力および破壊メカニズムにブロック造壁の影響はなかったことを示した。

第3章「柱およびコンクリートブロック造壁の残留ひび割れ幅と残留変形との関係」では,地震被害を受けた建物の残存耐震性能および損傷度を評価するため,被災後に比較的容易に計測できるひび割れ幅を用いて残留変形を推定する手法について検討した。柱の残留曲げひび割れ幅および残留せん断ひび割れ幅の合計値および最大値を用い,架構全体の残留変形の推定を試みた結果,本論文で用いたモデルで架構全体の残留変形が概ね評価できた。また,ブロック造壁のひび割れ発生は両柱の曲げ変形分布およびせん断変形分布の違いに依存するという本論文で提案したブロック造壁のひび割れ発生モデルを用いることによって,架構全体の残留変形(mm)に対してブロック造壁の残留ひび割れ幅(mm)が0.2〜0.3倍程度に留まった原因を説明し,ブロック造壁の残留ひび割れ幅の推定が概ね可能であることを示した。また,架構全体の残留変形(mm)に対してブロック造壁の残留ひび割れ幅(mm)が0.2〜0.3倍程度に留まった原因については,両柱の曲げ変形は残留変形に大きく寄与するが,両柱の曲げ変形分布の差は小さかったためであることが本論文で示された。

第4章「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造架構の履歴モデルの提案」では,ブロック造壁を有するRC造架構の復元力特性を明らかにするため,柱およびブロック造壁の強度算定式とブロック造壁の一般的な破壊メカニズムを整理し,ブロック造壁を有するRC造架構の復元力特性を,荷重−変形関係および破壊パターンの実験結果と比較しながら詳しく検討した。まず,組積造壁の主な破壊メカニズムは,すべりせん断破壊と対角ストラット圧縮破壊が挙げられるが,実際には2つの破壊メカニズムが同時に展開されるのが一般的であり,本試験体でもこのことが発生していることを確認した。また,スリップひび割れの発生に伴い,引張側柱の曲げひび割れが圧縮側柱の曲げひび割れに比べて高く分布していることと,階段状ひび割れに伴い引張側柱頭部と圧縮側柱脚部にせん断ひび割れが集中していることから,すべりせん断破壊が対角ストラット圧縮破壊と同時に起きる場合にはスリップひび割れだけではなく階段状ひび割れも発生するため,すべりせん断破壊による可撓長さはすべりせん断破壊がブロック造壁の中央部で起きた場合でも長くなる可能性が高いことを確認した。そこで,ブロック造壁によるすべりせん断破壊メカニズムと対角ストラット破壊メカニズムの組合せによる試験体の破壊状況を考慮し,すべりせん断破壊による引張側柱脚部および圧縮側柱頭部の降伏ヒンジ長さをD(柱せい),対角ストラット圧縮破壊による引張側柱頭部および圧縮側柱脚部の降伏ヒンジ長さを1.5Dとし,またブロック造壁のせん断強度を考慮すると,架構全体の耐力が概ね一致し,ブロック造壁を有するRC造架構の破壊メカニズムが説明できた。

第5章「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造架構の残存耐震性能の評価」では,履歴則にTakeda Modelを用いて,耐震性能低減係数〓〓と残留ひび割れ幅の関係について解析的に検討し,実験結果を用いてその妥当性を検証した。次に,実験時に観測した破壊状況に基づき,本試験体の実験結果から損傷度を区分し,さきに求めた耐震性能低減係数と残留ひび割れ幅の関係から,損傷度に応じた耐震性能低減係数および残留ひび割れ幅の検討を行った。まず,耐震性能低減係数と残留ひび割れ幅の関係について解析的結果と実験的結果の比較をしたところ,両者は概ね一致し,耐震性能低減係数と残留ひび割れ幅の関係が解析的に再現できたため,ブロック造壁を有するRC造架構について,柱およびブロック造壁の残留ひび割れ幅から架構の耐震性能低減係数を判断することが可能になったのを確認した。次に,ブロック造壁を有するRC造架構の損傷度レベルに応じた耐震性能低減係数および残留ひび割れ幅の検討を行った結果,被災度区分判定基準のせん断柱およびRC壁の耐震性能低減係数とほぼ同様の結果であることを示した。ブロック造壁を有するRC造架構は若干靭性能を持っているものの,最大耐力を長く維持できずせん断破壊するため,せん断柱およびRC壁の耐震性能低減係数と同様の値であることは予測可能な結果であることを述べた。最後に,損傷度レベルに応じた柱の残留ひび割れ幅について,本論文結果と被災度区分判定基準の内容を比較した結果,損傷度を厳しく設定したため,本試験体のひび割れ幅が被災度区分判定基準のひび割れ幅基準値に比べて約65%程度小さい結果となったことを述べ,部材あるいは架構の損傷度を判断する際,ひび割れ幅のみに依存することは危険性を有しているため,ひび割れ幅とそれ以外の損傷状況を必ず併せて検討する必要があることを提案した。

第6章「韓国の学校建物を対象とした残存耐震性能の評価」では,韓国の学校建物が韓国の耐震規定で定められている設計加速度レベルで,実際にどの程度の残存耐震性能あるいは損傷度を表すかを確認した。本論文では,日本で幅広く使われているEl Centro 1940(NS),神戸海洋気象台 1995(NS),八戸港湾 1968(EW)および東北大学 1978(NS)の地震波の位相特性,韓国の気象庁で提供している観測加速度データのうち最大加速度が最も大きかった韓国Uljin 2004(NS)の位相特性,位相をランダムに発生させた位相特性の計6つを用いて,減衰定数5%に対する弾性加速度応答スペクトルを設計用加速度スペクトルにフィッティングさせた模擬地震動を作成した。次いで,1980年代における韓国の学校建物の標準設計に基づいた建物を対象に,4層4質点系の応答解析を行った結果について説明した。模擬地震動の位相特性によって履歴特性および損傷度レベルにはばらつきが見られるが,1層の履歴特性および損傷度から,いずれも最大耐力を超えて,損傷度IIIまで達したことが判明した。特に,神戸海洋気象台1995(NS),八戸港湾1968(EW)およびランダムの位相特性をもつ模擬地震動に対しては終局部材角1.35%を超え,損傷度Vまで達したことから,韓国の耐震規定で定められている設計加速度レベルの地震が発生した場合,韓国の典型的な学校建物は中破以上の被害を免れることは難しく,さらに避難建物としての役割を果たすことは困難であることがわかった。また,本論文で検討した柱およびブロック造壁の損傷度例から,柱に少なくとも0.5〜1.0mm程度の比較的に大きなひび割れが発生し,ブロック造壁にブロック目地の階段状ひび割れが壁中央および隅角部の2,3箇所に分散して生じ,上部モルタルの剥落が見られる(最大ひび割れ幅1.0〜2.5mm程度)と予測された。

第7章「結論」は,本研究で提案したブロック造壁を有するRC造架構の残存耐震性能に関する検討で得られた知見について総括するとともに,今後の課題に関して取り纏めた。

以上により,本論文では,無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造建物における残留ひび割れ幅と耐震性能低減係数の関係ならびに損傷度レベルに応じた耐震性能低減係数および残留ひび割れ幅の関係が明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造建物の残存耐震性能に関する研究」と題し,ブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造(以下,RC造)架構の損傷度および残存耐震性能の評価手法を実験的・解析的検討に基づき提案したもので,本論7章と付録3章より構成される.

第1章「序論」では,近年の国内外の震災による教訓から設計時のみならず被災後の建物の耐震性能評価の重要性が認識されており,また無補強組積造壁を有するRC造建物については主として国外において地震被害が繰り返し発生しているにもかかわらず,その損傷度の定量的な評価手法や継続使用のための補修・補強の要否を判定するための技術的情報がほとんどないことを指摘し,無補強組積造壁を有するRC造建物の地震被災後の耐震性能,すなわち残存耐震性能の評価手法を開発するためにはこれらの基礎データの蓄積が必要であることを述べている.

第2章「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造架構の静的加力実験」では,ブロック造壁を有するRC造建物の残存耐震性能の評価に不可欠な構造性能の把握を主目的に,無補強ブロック造壁が用いられることの多い韓国の学校建物を対象にその1980年代の標準設計に基づいた実大1層1スパン平面架構4体の正負交番繰り返し静的加力実験を計画・実施し,その結果に基づき各試験体の破壊経過および荷重−変形関係などの基本的な構造性能を明らかにしている.

第3章「柱およびコンクリートブロック造壁の残留ひび割れ幅と残留変形の関係」では,まずRC造架構に拘束されたブロック造壁のひび割れ発生メカニズムを明らかにすべく,第2章の実験結果に基づき,架構に生じる変形の曲げおよびせん断成分とRC造柱の損傷部位に着目したモデルを新たに提案した.次に,損傷度の定量的評価ならびに残存耐震性能評価における重要なパラメータのひとつである架構の残留変形が,提案したモデルに基づきブロック造壁の残留ひび割れ幅から推定可能であることを示している.

第4章「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造架構の履歴モデルの提案」では,無補強組積造壁の主な破壊メカニズムであるすべりせん断破壊と対角ストラット圧縮破壊に基づく柱の降伏ヒンジ長さとブロック造壁のせん断強度を考慮することにより,架構全体の最大耐力および破壊メカニズムが評価できることを確認し,さらにこの結果を反映したブロック造壁を有するRC造架構の履歴モデルを提案している.

第5章「無補強コンクリートブロック造壁を有する鉄筋コンクリート造架構の残存耐震性能の評価」では,架構が経験した荷重−変形関係に基づき定義される損傷度と,被災前の架構が有する耐震性能に対する被災後の性能の比率で定義される耐震性能低減係数との関係を,(1)残留ひび割れ幅から推定される架構の残留変形(第3章),(2)架構の残留変形と履歴特性の関係(第4章),に基づき提案し,この耐震性能低減係数が本論文における実験結果や日本のRC造建物の被災度判定基準とも整合することを確認することにより,地震被災現場で計測されるRC造柱およびブロック造壁の残留ひび割れ幅から損傷度の定量的評価や継続使用のための補修・補強の要否を判定するための重要な判断材料になりうることを述べている.

第6章「将来の地震に対する損傷度推定の試みと適用手法の提案」では,前章まで検討した残存耐震性能の評価手法が,地震発生後の建物の損傷度を判定するのみならず地震を未だ経験していない既存建物が将来地震被害を受けた場合の損傷推定にも適用可能であることを第2章で想定した韓国の学校建物を例に議論している.すなわち,第4章で提案した履歴モデルを用いた地震応答解析結果に対して第5章で議論した損傷度ならびに耐震性能低減係数を考慮することにより,建物に生じる損傷度と残存耐震性能が推定可能となる具体的な手順を提案している.

第7章「結論」では,本研究で得られた結果を総括するとともに,今後も引き続き検討すべき課題について記述している.

以上のように,本論文は,ブロック造壁を有するRC造架構を対象に,被災現場で比較的容易にかつ確実に計測可能な架構やブロック造壁に生じたひび割れ幅を基本データとして,その損傷度を定量的に評価するとともに残存耐震性能を推定するための手法を実験的および解析的検討により明らかにしたものである.本論文の特徴は,国外では地震被害経験の多い構造形式であるもののその損傷度や残存耐震性能の定量的評価のための基礎データに乏しい無補強組積造壁を有するRC造架構の耐震性能評価に関して,単に地震時における性能評価のみならず,地震後の残存耐震性能の評価も視野に入れた研究計画ならびに検討がなされている点にあり,本研究の成果は無補強組積造壁を有するRC造建物の被災度判定手法の開発に直接的に貢献できると考えられる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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