学位論文要旨



No 121108
著者(漢字) 姜,景霞
著者(英字)
著者(カナ) キョウ,ケイカ
標題(和) 大規模無柱オフィス空間の認知に関する研究
標題(洋)
報告番号 121108
報告番号 甲21108
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6198号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

近年の日本では、工業生産を中心とする高度成長をしているなか、海外から住環境に対する「うさぎ小屋」のような批判もあった。批判に対して、政府は国民が心の豊かさやゆとりを感じられるような環境や生活の質的向上を目指し、「ゆとりと豊かさ」を政策の最大のテーマのひとつとして取り上げた。これを背景に、1988年ニューオフィス推進協会による「ニューオフィス化」を提唱し、「人間の生活の場」としての「快適性」のあるオフィスが求められるようになってきた。

近年、大規模無柱オフィスが増えつつあり、オフィスの形式では、オープンプランと対向式デスクレイアウトが多く使われていた結果、物理環境において、均質的に広がる大規模無柱オフィス空間の中で、同じ家具が均質に配置されているため、席が間違いやすいなど空間が把握しにくい事や、対人環境において、大勢の人々が居合わせることにより、互いに視線、声、動き、存在に影響される事など、大空間、大人数を特徴とする大規模オフィスの物理・対人環境において、快適性に大きいな影響を与える問題が存在する。

本研究は、大規模無柱オフィス空間の認知に関する研究を行い、ワーカーが均質な大規模オフィス空間をどのように把握するか、対人環境をどのようにとらえるかなどを解明し、オフィスの空間計画に有益な知見を提供する事が目的である。

本論文は、第1章,第2章,第3章,第4章,第5章,第6章および資料編により構成される。

「第1章」では、まず、日本と海外におけるオフィスの歴史を振り返え、日本オフィスの現状、現代オフィスに導入された新しい概念、新しいオフィス形態など本研究の研究背景について述べる。それから、今の日本におけるオフィスの現状から、本研究の研究対象、研究目的について述べ、最後に、オフィスと空間認知に関する既往研究を整理する上で、本研究の位置付け、論文の構成を述べた。

「第2章」では、実測およびアンケートを用いて予備調査を行い、無柱大規模オフィスにおける物理環境、空間認知、対人関係、行動、印象などについて考察し、実態を明らかにした。物理環境において、均質に広がる無柱大空間では、席が見つかりにくい、対人環境において、ワーカーが互いに視線、動き、声、存在に影響される問題が見られた。予備調査の結果を踏まえ、本調査では、アンケートを用いて、空間の認知および対人環境における認知について考察する。

「第3章」では、空間認知の考察を通して、大規模空間を把握する場合の手かがリとする情報および空間認知の特徴を明らかにした。

大規模オフィスにおいて、他人の席(以下、他席とする)へ行く場合の間違いが多いだけではなく、自分の席(以下、自席とする)へいく場合の間違いも半数以上にのぼることから、空間が把握しにくいことが見られた。ワーカーが自席の位置を説明する場合、カーペット、窓、部屋など様々な情報が使われた。これらの情報を分類すると、「分節要素」、「参照物要素」、「ルート要素」、「空間位置を表す言葉要素」に分けられ、ワーカーがカーペットの色、部署と島によって空間を分節し、窓、部屋、人、家具、目印、外の情報など、参照物との位置関係によって空間を把握するなど、空間把握の手かがリとする情報および空間認知の特徴を明らかにした。

自席位置の説明方法に関して、「フロア→執務室→島→席タイプ」、「島→席タイプ」、「席タイプ」「座席表タイプ」、「説明できないタイプ」などのタイプが見られ、これらの説明方法から、「分節式認知」「場所式認知」「位置式認知」の三つの認知方式があることを明らかにした。

他席へ行く場合の参照物では、座席表、人、部署、カーペットの色、島が高い割合を占めることから、空間を把握するには分節が必要であることを示した。また、自席と他席へ行く場合の手かがりとする情報を比較すると、自席では、窓、外の情報など物理環境からの情報がよく使われたのに対して、他席の場合では、部署、人が一番多く使われる情報であることから、慣れない環境において、物理環境からの有力な情報が必要であることを示唆した。

「第4章」では、大規模オフィス空間における対人コミュニケーション・影響などの対人関係およびこれらによる構成された対人環境における認知に関する考察を行い、オフィスの対人環境を解明する上、物理環境として均質な空間は対人環境においては不均質な空間として認知されることを明らかにした。

仕事上のコミュニケーション場所では、会議室、席、打ち合わせコーナーがよく使われるに対して、仕事以外のコミュニケーションでは、トイレ、席、通路、エレベーターホールがよく利用される。席が仕事上、仕事以外のコミュニケーションの重要な場所であるほか、リフレッシュコーナー、カフェテリアなどの休憩・コミュニケーションを機能とする場所より、トイレ、エレベーターホールなど日常的によく使われる場所がよりコミュニケーションが発生しやすい。コミュニケーションによる構成された対人認知領域について考察した結果、ワーカーが「近領域」「中領域」「遠領域」、それぞれ大きさの認知領域を持つことを明らかにする上、領域の拡大過程を推測し、コミュニケーションが円滑に進むことがより広い対人関係を築くことを示唆した。

対人影響では、視線、動き、声、存在から影響を受け、視線の影響では前方向から強く影響されることを明らかにした。視線の影響について、「被注目度」を用いてレイアウトを数値で記述した結果、均質な物理環境として、各席が同じ環境に置かれているのに対して、対人環境においては、レイアウトの中央の席になるほど視線の影響が大きい、各席が同じではない差のある環境に置かれ、空間が不均質であることが推測できる。

上記の空間・対人環境における認知の考察の結果から、空間を把握する場合、物理環境からの情報をパブレックエレメント(公的要素)、個人の対人関係により構成された心理的空間要素をプライバシーエレメント(私的要素)と定義し、物理・心理的要素を含んだ、大規模オフィス空間における空間把握の特性を明らかにした。

「第5章」では、調査の結果により、大規模無柱オフィス空間における適切な分節を提案し、オフィスでよく使われる通路、間仕切り分節により、「標準型」「通路型」「横間仕切り型」「縦間仕切り型」「クローズ型」の5つのパターンを設定し、実験を用いて各分節方法の特徴、効果を明らかにした。

実験1では、他席から受ける視線の影響について、視線の影響領域を明らかにし、比較を行うことにより、それぞれ分節方法の特性、効果を明らかにした。視線の気になる度合いについて、標準型と比較する場合それぞれ分節パターンの影響度合いが低くなり、効果を表した。通路型と縦間仕切り型を比較する場合、通路と間仕切りの外側では、効果の差が見られなかったに対して、内側には、縦間仕切りの方が度合いが低く、より効果的である。また、横間仕切り型は全席に渡り効果が表したのに対して、縦間仕切り型は間仕切りの外側の席に対してのみ効果がある。

実験2では、3つの席から好む席を選択することを通して、各分節方法が席の選択へおよばす影響を比較した。結果として、標準型と横間仕切り型では奥の席になるほど、好まない席になるのに対して、通路型、縦間仕切り型とクローズ間仕切り型では、一番奥の席を好む人が増え、好まない席が分節することにより好む席に変えられる効果を表した。また、通路型は縦間仕切り型より奥の席を好む人が増える、クローズ型は通路型、縦間仕切り型より一番奥の席が好む人が多いなど、各分節パターンがそれぞれの特徴・効果を示した。好む席の理由として、「端が好き」を理由とする人が一番多く、「奥が好き」の人より大幅に上回っても、それぞれ存在した。

実験後各分節パターンの評価に関するアンケートを行い、パターンの特徴をさらに考察した。一番好むパターンとして通路型が一番多く選ばれ、次はクローズ型。一番好まないパターンでは標準型を選ぶ人がもっとも多かった。各パターンの評価に関して、通路型では「圧迫感がない、開放感がある、通路が多いので角が多い、席の移動がし易い、デスク以外の作業がしやすい」、クローズ型では「人の視線が一番感じない、落ち着く、集中できる、プライバシーが守られる」、標準型では「周りの視線と存在を一番感じる、落ち着かない、集中できない」などの回答が見られ、それぞれ分節パターンの特徴を明らかにした。

「第6章」では、各章の結果をまとめ、大規模無柱オフィス空間の計画について提言をし、今後の課題を述べた。

大空間が把握しにくい、居合わせる大勢の人々が互いに視線による影響されるなどの考察結果から、大規模無柱オフィス空間において適切な分節が必要である。分節方法に関しては、色による分節、適切なスケールで分節、第五章で考察した通路、間仕切りによる分節以外、席の位置によって机の長さ、間仕切りの高さを変えるなどほかの分節手段も考えられる。また、仕事の内容、会社の好ましい雰囲気などにあわせた、それぞれの分節方法の特徴を活かした適切なレイアウトを選ぶ必要がある。

これからの研究課題では、本研究は均質、一望できる空間、対向式デスクレイアウトなど物理環境が限られていたため、環境条件の異なる大規模オフィス空間を対象とする研究は今後の新しい課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ワーカーが均質な大規模無柱オフィス空間をどのように認知するか、対人環境をどのようにとらえるかなどを解明し、オフィスの空間計画に有益な知見を提供する事が目的としている。

近年、大規模無柱オフィスが増えつつあり、均質に広がるオフィス空間の中で、対向式デスクレイアウトが多く使われ、同じ家具が均質に配置されているため、席を間違えやすいなど空間が把握しにくい事や、大勢の人々が居合わせることにより、互いに視線、声、動き、存在に影響される事などの問題が生じていることが背景にある。

第1章では、研究背景、対象、目的、位置付け、論文の構成を述べた。

第2章では、予備調査により、大規模無柱オフィスにおける物理環境、空間認知、対人関係、行動、印象などの実態を明らかにした。物理環境において、均質に広がる無柱大空間では、席が見つかりにくい、対人環境において、ワーカーが互いに視線、動き、声、存在に影響される問題が見られた。

第3章では、ワーカーがどのように大規模オフィス空間を認知・把握するかを明らかにすることを目的とし、アンケート調査により、空間を把握する場合の手かがリとする情報、空間の構成要素、空間の把握・定位方法などを明らかにした。

大規模オフィスにおいて、他人の席(以下、他席と略す)、自分の席(以下、自席と略す)へ行く場合の間違いが多く、空間を把握しにくいことが見られた。ワーカーが自席の位置を説明する場合、カーペット、窓、部屋など様々な情報が使われた。これらは「分節要素」、「参照物要素」、「ルート要素」、「空間位置を表す言葉要素」に分けられ、空間把握の手かがリとする情報および空間構成要素が明らかになった。自席位置の説明方法は、「フロア→執務室→島→席タイプ」、「島→席タイプ」、「席タイプ」「座席表タイプ」、「説明できないタイプ」の五つのタイプに分けられ、「分節式」「場所式」、「位置式」の三つの空間把握方式が見られた。

空間の定位方法は、「座標式」「参照物式」「座標+参照物式」の三つあり、大規模オフィスにおける空間定位では、空間の方向を明確に示す情報、参照物とする情報が必要である。

他席へ行く場合の参照物では、座席表、人、部署、カーペットの色、島が高い割合を占め、空間を把握するには分節が必要であることを示した。また、自席では、窓、外の情報など物理環境からの情報がよく使われたに対して、他席の場合では、部署、人が一番多く使われる情報であった。

第4章では、ワーカーが大規模オフィス空間における対人環境をどのように捉えるかを明らかにするため、アンケート調査を用いて、対人コミュニケーション・影響などの対人関係、対人環境における認知に関する考察を行い、対人認知領域、視線の影響による心理的な空間の構成を明らかにした。

ワーカーはそれぞれの大きさの対人認知領域を持ち、その形は「クラスター領域」「点領域」、「通路領域」に分類される。また、形成原因によって「直接領域」、「間接領域」に分類できる。オフィスは物理環境として均質な空間でも、対人環境においては意味の異なる空間により分節した不均質な空間である。

対人影響では、視線、動き、声、存在から影響を受け、視線の影響では前方向から強く影響され、レイアウトの中央の席になるほど視線の影響が大きい。

第5章では、大規模無柱オフィス空間における分節方法を検証することを目的とし、通路、間仕切り分節より設定される「標準型」「通路型」「横間仕切り型」「縦間仕切り型」「クローズ型」の五つの分節方法について、実験を通して特徴、効果を明らかにした。

第6章では、本論をまとめ、大規模無柱オフィス空間の計画について提言をし、今後の課題について述べた。大空間が把握しにくく、居合わせる大勢の人々の視線に影響されるので、大規模無柱オフィス空間において適切な分節が必要である。分節方法に関しては、色による分節、間仕切りなど家具による分節、通路分節、部署による分節以外、机の長さを変える等の分節も提案できる。また、方向、位置を示す参照物が必要であることも示した。

本論文は、空間認知の観点から大規模無柱オフィス空間に注目し、人々がどのように大空間を認知しているかを明らかにし、物理的空間は広く均質でも人々が捉える空間は均質でないことを明らかにした。そして広く均質な空間は適切な方法で分節されるべきであることを提言した。

以上のように本論文は、経済的効率などの観点から大規模空間に高密度な対向式デスクレイアウトが拡がって行くのに対し、環境心理・行動学的視点から一石を投じたものであり、オフィス空間のあり方を考える上で建築計画学的な知見を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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