学位論文要旨



No 121111
著者(漢字) 金,善泰
著者(英字)
著者(カナ) キム,ソンテ
標題(和) 行動場面から見た特定施設型ケアハウスの建築計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 121111
報告番号 甲21111
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6201号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 永澤,泰
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

日本は人口の急速な高齢化と少子化が進み、高齢者福祉政策も時代の要請に応じながら発展してきた。2000年度介護保険制度が実施され、措置から契約への移行、選択と権利の保障、介護サービスの新しい財源の確保など、高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。そのうち、ケアハウスも「特定施設入所者生活介護(以下、特定施設)」の在宅サービスを提供することができ、要介護状態になっても住み続けられることになった。ほとんどの施設において後期高齢者が多く、加齢と共に高い要介護者が増えるので、今後特定施設の需要は増加すると予想できる。しかし、実際特定施設の指定を受けたケアハウス(以下、特定施設型)は、その占める割合が10%にも至っていないのが現状である。多くの特定施設型がもともと自立可能者向けであったため、入居者と介護職員にとって、使いづらい環境である。また、施設での生活する時間の増加により、特定施設のサービスを受ける人(以下、特定者)と受けない人(以下、非特定者)の間に生じる人間関係のトラブルを解決することは最も重要な課題である。

このような背景から、本研究は、主に行動場面の観察から、入居者と介護職員の行動を把握することで、ケアハウスが既存の物的環境の中で、特定施設型へ移行する際、有効な建築計画の指針を提示することを目的とする。その具体的課題と取り扱う章を下記に示す。

課題(1)、特定施設型への移行が遅れている原因を把握すること。(第2,3章)

課題(2)、リビングでの行動場面から交流を促す環境要素を探ること。(第4章)

課題(3)、空間の使われ方から入居者同士の接触機会を提供する空間を見出すこと。(第5章)

課題(4)、介護動線から介護しやすい空間同士の関係を把握すること。(第6章)

第1章では、研究の背景、目的、方法、位置づけなどを整理した。ケアハウスが特定施設の指定を受けると、入居者には住み続けられる安心感を与え、施設側には入居者の身体状況が24時間把握できるので、特定施設型の役割は重要であると考えられる。ケアハウスは整備手法による通常型ケアハウスと新型ケアハウスに、また、介護保険の指定の有無による自立支援型と特定施設型に分類した。さらに特定施設型は、特定者と非特定者が一つの建物に住んでいる場合を一部特定型と、特定者のみが住んでいる場合を専用特定型とした。

第2章では、ケアハウスが有料老人ホームより特定施設型への移行がかなり遅れている原因として、物的環境にも問題があると考えられる。全国の特定施設型を対象に、移行時空間的に対処した点と、移行後生じた空間の問題を中心にアンケート調査を行い、特定施設型への移行におけるハードの制約を論じた。

特定施設型への移行時、空間的に如何に対処したか、という問いに「もともと特定施設型として開設した」と「特定施設型の指定以前のまま使っている」の答えが多かった。対処した内容においては、床材などの内装変更、部屋の用途変更、共用空間や洗濯室や倉庫などの増改築、手すりやナースコールなどの介護設備の強化、段差の解消、夫婦部屋の個室化などが挙げられた。生じた問題については、多くの施設が自立可能者向けであったため、物的環境により介護の取組みや長い介護動線などで職員の負担が大きい、高い要介護者にとっても暮らしづらい環境であることを指摘した。

第3章では、特定施設型への移行が遅れているもう一つの原因として、介護保険制度の法的制限や入居者の生活変化などのソフト面にもあると着目し、施設関係者とのインタビューを通して、移行における諸問題を論じた。

運営者側では、特定施設型においては、介護に要する空間の設置規定のみで、入居者の生活を考慮した具体的な整備指針がない現状があり、また、施設整備費の補助が出ないことにより、環境整備が進まないことが分かった。さらに、他高齢者福祉施設と比べ低い介護報酬単価により、高い要介護者が増えると施設運営が厳しくなるため、ほとんどの施設が介護職員の増員を主に運営していることが分かった。これらにより、介護職員と要介護者が増えることにより施設化されてしまう不安を指摘した。

入居者側では、特定者になると、外出の制限におり施設外での人間関係の断絶が起こることが分かった。また、自立可能者が要介護者と一緒に暮らすことで不満を持つ可能性があることも分かった。要介護状態になると施設内での生活が増えるので、入居者同士の人間関係、職員と入居者の信頼関係を考慮した空間計画は重要となることを指摘した。

第4章では、自立可能者向けの施設から特定施設型へ移行したケアハウスでの入居者の行動と居室の設えを調査し、空間改善の手掛かりを考察した。

調査対象として、廊下沿いの居室配置や、食堂や浴室が施設のある1箇所に設けているなどの一般的に見られる特徴を持つ施設から、デイ併設型と単独型を選び、行動観察とモノの配置の記録を行った。

行動観察の結果、廊下での交流やくつろぎの頻度に顕著な差が見られた。両施設を比較すると、入居者の視線においては、立っても座っても開放されたViewの確保ができるように、また、イスの配置は、視線の方向を考慮し、何も無い居室側の壁より景色や動的活動を見られることが交流及びくつろぎの場として望ましいことが分かった。また、たまり場は、外部と接し、動的な活動がよく見られるところに設けることが、入居者の居場所となり他人との接触機会を提供することに繋がることが分かった。これらにより、既存施設において廊下の果たす役割が重要であることを指摘した。

居室と廊下の繋がり方も入居者の接触機会に影響を与えることが分かった。一方の施設では、モノが廊下に表出し、生活感のある空間を生み、入居者も外に出る機会が比較的多かった。また、モノの配置から居室の利用状態を見ると、居室を二分した場合、廊下側は居間として、奥側は寝室として使う場合が多いことも分かった。これらにより、居間空間と廊下の間に壁ではなく、窓などの開口部を設置することにより、プライバシーを守りながら開放的な性格を持つ居室ができると示した。

第5章では、4章で得られた知見の要因を考察するため、ユニットケアを対象に行動場面から交流形成を促す環境要素について論じた。

まず、リビングの滞在時間と交流との関係においては、身体状況とはあまり関係ないことが分かった。自立可能者であっても、リビングより自分の部屋で多くの時間を過ごしている人もいる反面、性格上世話好きでリビングを色々な人と交流する人もいた。

リビングでの入居者の行為は、交流、無為、手伝い、摂取、視聴、介助受け、身の回り、興味、観察、移動行為に分類できた。さらに交流行為は、入居者との交流、職員との行為、訪問者との行為、会話を聴く・笑う、会話場面を見るの五つの行為として細分化した。交流行為を促す行為としては、手伝い・摂取・興味・視聴行為のように、他入居者と一緒にできる行為と興味を与えられる行為と密接な関係があることを示した。交流発生には、職員や入居者以外にも、モノという環境要素が重要な役割を果たしていた。職員や入居者との交流は、交流の連続性が弱いのに対し、モノによる交流はその連続性が強い。モノは、TV視聴・景色を眺めるなどの「静的モノ」と、手伝う・作る・料理するなどの「動的モノ」に分けることができ、「動的モノ」による交流の方が、その連続性があり、交流が発生しやすいことを示した。

第6章では、一日の職員の介護動線と介護様子を観察し、空間配置による問題点と介護しやすい空間同士の関係について論じた。途中特定施設型への移行を行った施設においては、要介護状態の入居者が多い施設が、居室と寮母室の往復頻度が高く、異なる階の移動による職員の負担が大きいことが分かった。入居者の要介護度が上がるほど、居室と介護に要する空間との有機的関連性が重要であった。また、食堂や大浴室も建物の特定の一ヶ所にある場合、移動誘導の介助をするため、高い要介護者が多くなると、介護に限界が生じることが分かった。

新型の三つのユニットにおいては、すべてが厨房とテーブルとの頻度が高かった。ユニットの特徴による介護動線の差があり、要介護度が低い人が多いユニットでは寮母室が、認知症が多いユニットではソファが、要介護度が高い人が多いユニットでは居室の頻度が高かった。特に、厨房が作業空間と収納空間が分けているとその職員の負担が大きくなること、居室にトイレが設けてあると共用トイレはあまり使われないことが分かった。

第7章では、本論文の結論として、今後増えていく特定施設型において、入居者の人間関係と職員の介護を考慮した建築計画について提言した。その総括を下記に示す。

特定施設型への移行が遅れている原因として、ハードとソフトの制約がある。ハードの制約としては、要介護者の居住を予想しなかった空間構成により、入居者と職員にとって使いづらい物的環境であり、また、ソフトの制約としては、他施設より低い介護報酬と施設整備費の不在と、入居者の生活に大きな変化が生じている。

入居者の交流を促すためには、人との単純なかかわりより、興味を共有できる行動を誘発するモノを生かした方が、交流の連続性がある。

居室前には、自分のモノの表出や外部への視線を確保し、廊下で他人との接触機会を増やせることが望ましい。

ユニットケアではない施設においては、入居者の要介護度が高くなるほど、介護に要する空間の有機的関連性が重要になる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、主に行動場面の観察から、入居者と介護職員の行動を把握することで、特定施設型ケアハウスに求められる建築計画の方向性を提示することを目的としている。

急速な少子高齢化により、高齢者福祉政策、高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。そのうち、ケアハウスも「特定施設入所者生活介護(以下、特定施設)」の在宅サービスを提供することができ、要介護状態になっても住み続けられることになった。しかし、実際特定施設の指定を受けたケアハウス(以下、特定施設型)は、その占める割合が10%にも至っていない。多くの施設がもともと自立可能者向けのため使いにくく、特定施設のサービスを受ける人(以下、特定者)と受けない人(以下、非特定者)の間に生じる人間関係のトラブルの解決等の問題点が多いことが背景である。

第1章では、研究の背景、目的、方法、位置づけなどを整理し、ケアハウスの分類を行った。

第2章では、全国の特定施設型を対象にアンケート調査を行い、特定施設型への移行におけるハードの制約を論じた。多くの施設が自立可能者向けであったため、職員の負担が大きく、要介護者にとっても使いにくい環境であることを指摘した。

第3章では、施設関係者へのインタビューにより、移行における介護保険制度の法的制限や入居者の生活変化などのソフト面の諸問題を論じた。

運営者側では、具体的な整備指針がなく、施設整備費の補助が出ないことにより、環境整備が進まないこと、さらに要介護者が増えるとほとんどの施設が介護職員の増員をしていることが分かった。

入居者側では、特定施設型への移行が納得しがたいこと、また、特定者になると外出の制限により、外部との人間関係の断絶が起こることが分かった。さらに、特定者と非特定者との間に見えないトラブルがあることも挙げられた。

介護職員と要介護者の人数が増えることにより、施設化されてしまう不安があるので、入居者同士の人間関係、職員と入居者の信頼関係を考慮した空間計画の改善が重要となることを指摘した。

第4章では、共用空間での入居者の行動と居室の設えを調査し、人との接触機会を増やせる空間改善の手掛かりを考察した。

行動観察の結果、廊下での入居者の視線は、立っても座っても開放された眺望の確保ができるように、さらに居室側の壁より景色や動的活動に視線が向くように椅子を配置することが、交流及びくつろぎの場として望ましいことが分かった。また、たまり場は、外部と接し、動的な活動がよく見られるところに設けることが、入居者の居場所となり自然な人との接触を発生することに繋がることが分かった。居室前のモノの表出も、人の接触機会に影響を与え、プライバシーの確保や自分の領域形成をしやすくする役割を持ち、くつろげたり、通る人と挨拶したり、座って一緒に話したりするなどの、多様な場面を発生させることが分かった。表出しやすい物的環境を持つ施設の方が、生活感のある空間を生み、入居者も外に出る機会が比較的多かった。これらにより、廊下は、入居者にとって多様な場面を提供し、入居者同士の接触機会を増やせる重要な空間であることを指摘した。

第5章では、ユニットケアを対象にリビングでの行動場面からどのような環境要素が交流形成にかかわり、どのような仕組みを持っているかについて論じた。

空間構成は交流行為、頻度と交流場所にも影響を与えている。交流行為を促すのは、手伝い・興味・視聴行為のように、他入居者と一緒にできる行為と興味を与えられる行為である。また、交流発生にはモノという環境要素が重要な役割を果たしていた。モノはTV視聴・景色を眺めるなどの「静的モノ」と、手伝う・作る・料理するなどの「動的モノ」に分けられ、人に興味を誘発し、一緒にモノについて話したり、手伝ったり、参加したりするなど、積極的な交流として発展する。さらに、モノによる交流は職員や入居者により発生した交流よりも連続性が強かった。特に、「静的モノ」より「動的モノ」の方が連続性があり、交流が発生しやすいことを示した。

第6章では、一日の職員の介護動線と介護様子を観察し、空間配置の問題点と介護しやすい空間同士の関係について論じた。

要介護状態の入居者が多い施設は、居室と寮母室の往復頻度が高く、異なる階の移動による職員の負担が大きい。入居者の要介護度が上がるほど、居室と介護に要する空間との有機的関連性が重要であった。また、食堂や大浴室も建物の特定の一ヶ所にある場合、移動誘導の介助をするため、高い要介護者が多くなると、介護に限界が生じる。

ユニットケアを取り組んだ施設においては、低い要介護者が多いユニットでは寮母室が、高い要介護者が多いユニットでは居室の利用が高かった。しかし、すべてのユニットにおいて、台所の利用頻度が多かった。特に、台所が作業空間と収納空間に分けられていると職員の負担が大きくなること、居室にトイレが設けられている場合は共用トイレがあまり使われないことが分かった。

第7章では、本論文の結論として、その総括を次のようにまとめた。

廊下は人との接触機会を自然に増やせる場としての役割を持つので、入居者の視線を考慮し、居室前には入居者のモノが表出できる物的環境として改善することが望ましい。また、入居者の要介護度が高くなるほど、居室と介護に要する空間との有機的な関連性が重要になる。

ユニットケアでは、交流において人との単純なかかわりより、行動を誘発するモノを生かした方が、交流が発生しやすいし交流場面の連続性がある。また、行動からみると台所を中心にしたユニット計画が望ましい。

最後に、共同住居として位置づけられたケアハウスが、特定施設型への以降後、施設化されてしまう恐れを防ぐためには、制度の見直しと共に、人との人間関係と職員の介護動線を考慮した整備指針が必要である。

本論文は、特定施設型ケアハウスのハード面・ソフト面の諸問題点を指摘し、主に行動場面の観察から、入居者と介護職員の行動を把握することで、特定施設型に要求される有効な建築計画の方向性を提示した。

以上のように本論文は、急速に進む少子高齢化社会の中で、制度等が絶えず変容していく状況で規範が変わり行く施設の実態と問題点を明らかにし、特定施設型が持つべき規範の一つの方向を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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