学位論文要旨



No 121112
著者(漢字) 涂,玉峰
著者(英字)
著者(カナ) トウ,ギョクホウ
標題(和) 台湾における住宅の通風利用に関する研究 : 密集市街地における連棟式町屋を中心として
標題(洋)
報告番号 121112
報告番号 甲21112
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6202号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 客員助教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

地球環境問題への取り組みが進む現在において、高温多湿気候に属する地域での通風利用がクローズアップされてきている。そのような背景のもと、本研究は、人口集中化が顕著な高温多湿気候下の台湾における通風利用に関し、気象データの解析、アンケート調査および実測による通風利用状況の調査を行うとともに、特に密集市街地における連棟式町屋を中心とし、風洞実験、数値シミュレーションから通風利用向上手法の提案を目的としたものである。

近年、人口密度が世界第2位である台湾の人口は少子化の影響で安定していく傾向があるものの、都市への人口集中は続いている。2003年において、全国でのエアコンの所有率が85%であるのに対し、都市においては90%以上と高いことからもわかるように、過密化に伴うエネルギー消費量の増大や土地被覆状況の変化などから、ヒートアイランド現象を始めとした温熱環境問題が生じている。台湾では、近年「緑建築」(Green building)に関する様々な動きがあり、日本の建築基準法施行令に相当する「建築技術規則」に、「緑建築専章」が2004年に定められ、2005年元旦から施行されているが、その中でも、省エネルギーの観点から通風利用向上技術が期待されている。

台湾においても住宅の通風に関する研究は行われているが、その多くが中高層住宅を対象としたものであり、密集市街地の低層住宅に関するものは皆無である。また、気象データの解析、アンケート調査および実測に基づく通風利用実態に対する検討、さらに、風洞実験による系統的な風圧係数データに基づく検討というように、系統的な研究がなされていないという問題があることから、本研究を行うこととした。

本論文の構成は、以上のような研究の背景・目的などを記した「第1章 序論」に続き、「第2章 台湾の気象条件に基づく通風利用の可能性に関する検討」「第3章 密集市街地における通風利用の実態調査」「第4章 密集市街地における住宅の現状の通風性能に関する検討」「第5章 屋根面の工夫による通風性能向上の効果に関する検討」「第6章 通風性能向上による快適性と住宅の省エネルギーの効果に関する検討」および「第7章 総括」からなる。

以下に、第2章から第7章の概要を示す。

第2章では、まず、1992年から2001年までの10年間の気象データに基づく外気温湿度、風速風向および風速累積頻度分布を示し、さらに、台湾における14箇所のクリモグラフ等のマップを作成した。また、風圧力計算用の風速累積頻度分布の検討を行った結果、台湾の全風向の風速頻度分布はGumbel分布で近似できることが既往研究により報告されているが、3パラメータのWeibull分布は風向によらず、台湾の気象データによる風速観測値を最も近似できることが分かった。また、簡便性を考慮した場合には、2パラメータのWeibull分布とGumbel分布とも風速累積頻度分布に適するという知見も得られた。

次に気象データに基づきDI(不快指数)によるパッシブ手法導入および新有効温度ET*による通風利用時数について検討した。DIによる1,2月の夜間台北、台中等の少数都市においてパッシブヒーティングの検討期間がある一方で、西南の都市ほどクーリングの必要な期間は長くなるが、全体としてクーリングを検討しなければいけない期間が長いといえる。風速が0.13m/sの一般的に室内で用いるET*の快適範囲に基づく通風利用時数は都市ごとに年間1200〜2400時間である。既往研究により風速が1.0m/s高くなると温度を3.3℃上げなければ同様なET*にならないということでET*の快適範囲を修正した場合には、1500〜3900時間と長くなる。これより、ET*の快適範囲内の通風利用可能時期(多くの官署で晩秋から早春)の風速を調べたところ、年間平均風速より高いことがわかった。つまり、台湾での通風利用の可能性は高いと期待されるが、実際には、いかに通風利用するかについての調査が必要である。

第3章では、2章の結果を踏まえ、アンケート調査により、台湾における住宅の開口部特性・通風利用状況及び夏季におけるクーラーの使用実態等の現状を把握した結果について述べている。台湾の住宅においては、開口部に防犯用面格子を設置する割合が4割に近く、また、9割の開口部に網戸が設置されているため、風洞実験や数値流体解析を行う際には、面格子・網戸の存在を考慮する必要があることがわかった。

さらに、通風可能時期を予測する際、気象データばかりでなく、居住者の空調機使用習慣や建物の熱容量に配慮しなければいけないことが分かった。気象データ解析から通風可能時期と判断される期間ばかりでなく、夏季にも窓を開放する生活習慣が台湾では定着しているものの、5階以下を居住スペースとする住戸では、十分な室内風速が得られないという不満が多いことを示した。さらに、夏季のクーラー使用期間には、住宅形態より地域要素の及ぼす影響が大きいが、設定温度は地域によらずほぼ25℃であるという結果が得られた。

2004年1月30日から2004年10月17日まで、高雄にある連棟式町屋で、外気を含めて温度・湿度を実測した結果から以下の知見が得られた。(1)室内温度は気象データより高く、湿度は低い傾向がある。(2)6,7月を除くと、夜間の外気温度が室内の3,4階より2℃以上低いため、夜間換気による室内熱環境改善効果が期待される。(3)季節を問わず、昼間の室内温度は上が高く下が低く、換気駆動力に悪影響に与えるので、より大きい風力換気が必要である。

第4章では、3章のアンケート調査から得られた。台湾では窓を開けて生活する習慣が定着しているものの、5階以下を居住スペースとする住戸では、十分な室内風速が得られないという不満が多いという知見を踏まえ、連棟式町屋いわゆる透天住宅(一般に3〜4階建て)の通風性能について、風洞模型実験および換気回路網計算で検討することとした。

まず、風圧模型は、縮尺率1/80として測定対象の建物模型が周辺模型の中心に位置するように作成した。再現範囲は、測定対象を中心として建物高さの2.5倍とした。流入風は地表面粗度区分IV地域にあたるべき指数0.27の境界層とした。風圧係数を16方位の風向について測定し、密集市街地のみならず、郊外でも応用できるよう、単体、連棟、街区、エリア計4つの配置で透天住宅の外皮の風圧係数を求め、データベースを作成した。また、他の配置と異なり、密集市街地を模したエリア配置の風圧係数が風向によらず、外壁・屋根面はほとんど負圧になることを明らかにした。

次に、換気回路網計算で各配置における住宅の通風量を算出した。換気回路網計算はNewton-Raphson法により計算した。また、熱線風速計で測定した通風模型実験の結果と証照合した。この結果、エリア配置における通風量は他の配置と比べ大幅に低いことがわかった。

透天住宅の1階部分は、正面の壁面が上階に比べ柱1間分後退し、間口が狭く奥行きがあるのが特徴である。また側壁を隣の住戸と共有しているため、外気に接する開口部は前後の壁面あるいは屋根面にしか設置できない。したがって、何らかの工夫をしなければ十分な通風性能が得られないと考えられる。換気駆動力を上げることは、隣棟間隔を大きく広ければ可能であるが、密集市街地では公園や大通、空き地が隣接していない限り難しい。

さらに、3章にて述べた面格子および網戸の通風性能に与える影響を検討した。この結果、風洞実験により嵌め込み面格子を設置する開口部の流量係数平均値は、面格子の開口率に比例することが分った。また、網戸を設置した開口部の流量係数は、網戸の自由面積率と風向・風速にかかわるため、通風量はさらに低下することが考えられる。開口部を完全開放として、面格子・網戸なしでエリア配置の通風量を算出したところ、開口部の全風向の平均風速は0.1m/sと弱く、両者が設置された場合はより低下する。したがって、壁面を改善しても、開口部の工夫だけでは十分な通風は期待できず、より通風を促進するためには、大きい風圧力を有する屋根面を生かす必要があることが示唆された。

第5章では、4章の結果を踏まえ、屋根面の工夫による通風促進手法を検討した。検討した方策は、(1)天窓 陸屋根の階段直上に天窓を設置 (2)一層付加+天窓 建物の上に切妻屋根を加え、天窓を設置 (3)通風塔 階段を延長した通風塔を設置 の3つである。

まず、その結果、通風塔に関しては(2)、(3)の条件を検討するための風圧係数を求めた。側面の風圧は風向角により変化するため、卓越風を把握して利用しなければならないのに対し、上面は風向角によらず比較的安定した負圧を確保できることから、上面を通風開口として利用することにした。次に、全風向の平均通風量を検討した結果、面格子・網戸を設置した条件での現状の通風量を基準とすると、天窓では2.4倍、一層付加+天窓では3.9倍、通風塔では高さにより3.3〜7.6倍の通風促進効果が得られた。現在、連棟式町屋では、階段の真上に階高1層分の階段室の設置されることが多い。さらに、階高1層分を追加することは可能性が高いと考えられるが、その場合の通風量は現状の5.6倍である。通風塔を実用化するには雨除けが必要になると考え、雨除けが通風に及ぼす影響を検討したところ、高さ1/4層分の雨除けの場合、通風量の低下は1割以内に納まることを確認した。

第6章では、4章及び5章にて検討を行った屋根面の工夫が室内冷房負荷、ET*に基づく通風利用時数及び快適感に与える影響を評価し、これによるエネルギー消費量の削減効果の検討を行った。まず、3章にて実測された高雄における連棟式町屋を計算対象とし、熱・換気回路網数値シミュレーションソフトを用いて、熱換気回路網計算を行い、実測と比較することで、その有効性を検証した。

次にこのソフトを使い、パッシブ手法の導入効果をET*に基づく通風利用時数で検討した。2章において示したクーリングの必要な期間の一番長い高雄を計算対象として、通風塔を階高2層分とする屋根面の工夫を導入したケースでのET*に基づく通風利用時数の計算を行い、屋根面の工夫を未導入のままの現状と比較した結果、通風利用時数の増加量は5月〜10月には50時間未満と少なかったが、11月〜4月には約500時間伸びることが判明した。ただし、PMVによる快適感は現状よりわずかに向上するだけであった。

次に、通風および冷房を併用した住宅にて、屋根面の工夫を導入したことによるエネルギー消費量の削減効果の検討を行った。その結果、2層分通風塔の除去全熱量は現状より2割削減することが確認された。高温多湿気候下の密集市街地における連棟式町屋のエネルギー消費量を削減するためには、通風促進効果を生じる屋根面の工夫を導入することが重要であることが示唆された。

第7章では、本研究の総括的な結論及び今後の研究課題を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「台湾における住宅の通風利用に関する研究−密集市街地における連棟式町屋を中心として−」と題し、高温多湿気候に属し、人口密度が世界第2位であり、かつ都市への人口集中が止まない台湾における住宅の通風利用に関し、密集市街地に建つ伝統的な町屋、両側の住宅と壁を共有し、間口が狭く、かつ、2階以上の部分が歩行者への日除け、雨除けの目的から歩道に張り出している透天住宅を主対象とし、通風促進効果のある建築的手法を提案したものである。

台湾では、近年「緑建築」(Green Building)に関する様々な動きがあり、日本の建築基準法施行令に相当する「建築技術規則」に、「緑建築専章」が2004年に定められ、2005年元旦から施行されているが、その中でも、省エネルギーの観点から通風利用向上技術が期待されている。しかしながら、台湾においても住宅の通風に関する研究は行われているが、その多くが中高層住宅を対象としたものであり、密集市街地の低層住宅に関するものは皆無であること、また、気象データの解析、アンケート調査および実測に基づく通風利用実態に対する検討、さらには、風洞実験による系統的な風圧係数データに基づく検討というように、系統的な研究がなされていないということから、本研究のテーマを設定している。

論文提出者は、気象データの解析、アンケート調査および実測による通風利用状況の調査、それら結果を基にしての研究対象の絞り込みを行い、台湾における伝統的な町屋、透天住宅に関する詳細な風洞実験、換気回路網計算による通風量の計算、さらには、通風利用による省エネルギー量の計算を行い、以下に概要を示す7章からなる論文を提出している。

第1章では、研究の背景・目的および既往文献調査の結果などを記している。

第2章では、まず、1992年から2001年までの10年間の気象データに基づく外気の温度・湿度、風速・風向および風速累積頻度分布を示し、さらに、台湾における14箇所のクリモグラフなどのマップを作成している。また、風圧力計算用の風速累積頻度分布に関する検討から、3パラメータのWeibull分布が台湾の気象データによる風速観測値を最も精度よく表すこと、DI(不快指数)によるパッシブ手法導入の可能性および新有効温度ET*による通風利用時数について検討し、その結果を基に通風利用が可能と思われる期間の風速を調べ、年間平均風速より高くなることなどを示している。

第3章では、アンケートによる台湾における住宅の開口部特性・通風利用状況および夏季におけるクーラーの使用実態などの現状を調査した結果および高雄の透天住宅での実測結果について述べている。アンケート調査結果としては、台湾の住宅では、開口部に防犯用面格子・網戸を設置する割合が高く、通風量を検討する際には、これらの存在を無視することができないこと、気象データ解析から通風可能時期と判断される期間ばかりでなく、夏季にも窓を開放する生活習慣が定着しているが、5階以下を居住スペースとする住戸では十分な室内風速が得られないという不満が多いことなどを示している。

第4章では、第3章までの結果を踏まえ、密集市街地に建つ透天住宅に研究対象を絞った上で行った詳細な風洞模型実験および得られた風圧係数を基にした、換気回路網計算による通風量計算の結果について述べている。まず、風洞実験結果から透天住宅に関する詳細な風圧係数のデータベースを作成するとともに、風洞実験による通風量測定値と換気回路網による通風量計算値との照合を行い計算精度の検証を行っている。その上で多くの計算を行い、現状のままでは通風量が不足しており、安定した風圧力の得られる屋根面において、何らかの建築的工夫をしなければ満足のいく通風量が得られないことを示している。

第5章では、第4章の結果を踏まえ、屋根面の工夫による通風促進手法を検討した結果を示している。検討した方策は、(1)天窓:階段直上の陸屋根部分に天窓を設置、(2)一層付加+天窓:建物の上に切妻屋根を加え、天窓を設置、(3)通風塔:階段直上部分を陸屋根の上まで延長し通風塔を設置の3ケースである。まず、(2)、(3)のケースを検討するに必要な風洞実験を行い、風圧係数を求めた上で換気回路網計算を行い、現状を基準とすると、(1)天窓では2.4倍、(2)一層付加+天窓では3.9倍、(3)通風塔では高さにより3.3〜7.6倍の通風促進効果が得られることを示している。さらに、この通風塔での値は、上部開放時のものであり実用上問題があるため、雨除けがある場合の詳細な風洞実験を追加して検討し、高さ1/4層分の雨除けの場合、通風量の低下は1割以内に納まることを示している。

第6章では、まず、第3章に示されている高雄の透天住宅での実測結果と、熱・換気回路網数値シミュレーションソフトを用いた計算結果を照合し、その有効性を検証している。その上で、第5章で示された通風促進手法による省エネルギー効果などを試算している。

第7章では、研究成果総括するとともに、今後の課題を示している。

 以上のように、本論文は、台湾の気象データを通風利用の観点から再整理し、アンケート調査・実測から研究対象を絞り、台湾の伝統的町屋、透天住宅における通風促進効果とそれによる省エネルギー効果までを、系統的かつ定量的に示したものであり、建築内環境改善に寄与するところが極めて大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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