学位論文要旨



No 121113
著者(漢字) 赤嶺,嘉彦
著者(英字)
著者(カナ) アカミネ,ヨシヒコ
標題(和) 局所相似モデルに基づく通風量予測手法の実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 121113
報告番号 甲21113
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6203号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 客員助教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

室内環境の改善を目的とした通風の活用は、建物運用時の省エネルギー推進のための重要な技術として大きな関心を集めている。しかし、大気汚染や交通騒音、防犯・プライバシーなど自然通風の有効利用を妨げている社会的な問題は多く、建築環境工学においては、自然通風による室内環境の改善を定量的に予測・評価する技術の開発が求められている。そのためには精度の良い通風量予測手法の確立が不可欠であるが、風圧係数と通風量の関係を決める流量係数は風向角、開口位置、開口面積、流入・流出開口の位置関係などにより変化することが指摘されている。これに対して、昭和30〜40年代に、石原は流入・流出開口の相対位置によって流量係数を補正する干渉係数を提案し(1969)、勝田・関根は流量係数を外部風の関数として整理することを試みている(1961)。近年では、村上・加藤らは、漏気と通風を明確に分類し、通風性状のモデル化には、流入開口から流出開口に至るエネルギー損失量の評価が必要であるとして、パワーバランスモデルを提案している(1991)。この他にも通風モデルに関する研究は多くの機関で行われているものの、実務レベルで適用し得る合理的なモデルは確立されておらず、社会的要請に十分応えられていないのが現状である。

このような背景のもと、筆者らは開口部周辺の局所的な通風の力学的状況が相似であれば、風向角や開口位置によらず流量係数及び流入角が一意に決まるとする「局所相似モデル」を提案し、継続的に研究を行っている。このモデルに従えば流量係数の変化を把握することが可能となるので、精度の良い通風量予測が期待される。また、流入角も予測可能となるので、室内通気輪道の予測などへの応用も考えられる。本論文は、前者に主眼を置いた研究をまとめたものであり、局所相似モデルに基づく通風量予測手法の実用化を目的としている。局所相似モデルに関する検討結果は本論文以前にもまとめられており、以下の知見が得られている(遠藤、2003博士論文)。

開口部周辺での流れ場が力学的に相似であれば、開口位置・風向角によらず、通風現象も相似となる。即ち、力学的状況を示す無次元室内圧PR*により、流量係数・流入角は一意に決定される(局所相似モデルの提案)。

開口が無い状態で測定した壁面接線方向の風速から、通風時の壁面接線方向動圧を簡易に評価することが可能である。

開口部周辺を再現することにより、PR*と流量係数の関係を測定することが可能である(開口部通風性能評価法の提案)。

PR*の発生頻度を実測したところ、流入開口では、流量係数が減少する領域の発生頻度は約50%となり、流出開口では流量係数が減少することは稀であった。

上記の知見(4)から、本論文では、流入開口部のみに局所相似モデルを適用した場合について検討することとした。従来の通風量予測と比較すると、通風量予測式としてオリフィス流れ式を用いる点は同じであるが、開口部の力学的状況(PR*)を評価するために、壁面接線方向動圧が必要となり、流量係数をPR*の関数とする点に違いがある。即ち、局所相似モデルの実用化には、まずモデルの適用限界を把握した上で、壁面接線方向動圧の予測手法の確立と開口形状ごとの流量係数をPR*の関数として整備することが必要となる。

本論文は、第1編、第2編、第3編と結論から構成されている。

以下、編及びその章の順序に従い具体的な内容を示す。

第1編は総説として、通風換気理論及び通風量予測に関する問題を整理した上で、本研究全体の目的と概要を述べており、以下の3章から成る。

第1章では、序論として本編の概要を述べている。

第2章では、換気理論を示した上で、流量係数と通風量予測モデルに関する既往研究のレビューを行い、現状の通風量予測手法が抱える問題を整理している。

第3章では、通風の局所相似モデルの概要を示し、本論文の前提事項となる、これまでに得られている知見について述べている。

第4章では、第2章、第3章で示したことを背景として本研究の目的と位置付けを明確にし、本論文の全体の構成を示している。

第2編は、局所相似モデルの実用化へ向けたモデルの適用限界に関する検証と通風量予測精度について検証した結果を述べており、以下の6章から成る。

第1章では、序論として本編の概要を示している。

第2章では、開口率による流量係数の変化に関する既往研究報告には一貫性の無いことから、一様な接近流が開口と正対する条件で、開口率が流量係数及び通風気流性状に与える影響を検討している。風洞実験の結果、開口率の増加に伴って流量係数も増加する傾向を確認した。CFD解析の結果、開口率が大きくなると、気流が室内に流入する際に流管の縮流が起こりにくくなることが、流量係数増加の要因であることが判明した。

第3章では、開口率に関する局所相似モデルの適用限界について検討している。第2章で示した流量係数の変化するメカニズムによって、開口率が大きく、接近流が開口面に対して正対する風向角では、局所相似モデル適用に限界が生じる。それ以外の風向角では、開口率によらずモデルの適用は可能であり、本実験では、開口率16%までは、風向角によらず適用可能である結果が得られている。実在の住宅の開口率を調査したところ、概ね15%前後であったことから、開口率に関する適用限界についてはそれほど問題にならないと思われる。

第4章では、開口部周辺状況に関する局所相似モデルの適用限界について検討している。開口近くに障害物として袖壁や隣接建物を設置して検証したところ、開口部が気流のはく離域に位置する場合、開口における通風の力学的状況を評価することが難しくモデル適用が困難になる結果となっている。ただし、流入開口がはく離域にある場合、通風量の確保自体が困難となるので、モデルの実用化において、致命的な問題ではないと考えられる。

第5章では、局所相似モデルと従来法それぞれの方法で通風量予測を行い、実験で実際に測定した通風量と比較することで、局所相似モデルの予測精度の高さを実証している。

第6章では、実大建物における通風実験を行い、その結果が風洞模型実験と矛盾しないことを示している。

第3編は、局所相似モデルに基づく通風量予測を実施する場合に必要となる壁面接線方向動圧の簡易測定法とPR*からαを動的に導くための通風性能データベースの作成について述べており、以下の3章から成る。

第1章では、序論として、局所相似モデルに基づく通風量予測の計算フローを示し、どのようなパラメータが必要になるのかを整理して示している。

第2章では、風洞実験により壁面接線方向動圧を簡易に評価する手法を提案している。上記の知見(2)で示したとおり、壁面での接線方向風速を動圧換算することで、壁面接線方向動圧を評価することが可能である。ただし、壁面と平行な成分のみを熱線風速計などで測定する場合、多点・多風向の測定では時間や手間が必要であることから、実務での利用を考えると合理的ではない。そこで、本章では、Irwin(1981)により開発された無指向性のSurface Wind Sensorを壁面に設置して壁面風速をより簡易に評価する方法を検討している。このセンサーはピトー管タイプのskin-friction meterを応用したものであり、壁面上数mmにおける圧力と壁面の圧力の差圧から予め校正しておいた壁面接線方向の風速を評価している。このセンサーの測定結果と熱線風速計による結果は良好に一致しており、通風量予測に主眼を置いた場合、実用に耐えうる精度で壁面接線方向動圧を評価することが可能であることを実証している。また、このセンサーで測定される壁面の圧力は、風圧として用いることも可能であり、局所相似モデルに基づく通風量予測をする際に非常に効率の良い手法であることを示している。

第3章では、上記の知見(3)に示した開口部通風性能評価装置を使用して、各種流入開口部のPR*と流量係数の関係を測定し、通風性能データベースを提示している。測定対象開口部は、「換気設計/日本建築学会設計計画パンフレット18(1957)」を参考に選定している。形状は、開口面内に扉やルーバーの無い単純開口、ルーバー窓、一重回転窓、一重跳ね出し窓の4種類である。開口の長辺が風洞気流と平行になる場合を「横開口」、垂直になる場合を「縦開口」と分類して評価しており、ルーバー等の角度など全ての場合を合わせると61パターンとなる。それぞれの開口について、任意のPR*から動的に流量係数αを導くことができるように、測定結果から流量係数をPR*の関数とする回帰式を導いた。回帰式は回帰精度が最も高くなるべき関数を採用した。この回帰式は、3つの定数;αs、PRS*、nによって表される。αSは、PR*が-∞の場合の流量係数であり、従来の流量係数の値に相当する。PRS*はα=αSとなる最大のPR*を表している。この定数を開口ごとに整理して通風性能データベースを作成している。

結論では、本研究で得られた成果を総括するとともに、今後の課題について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「局所相似モデルに基づく通風量予測手法の実用化に関する研究」と題し、論文提出者も参加した研究において提案された、開口部周辺の局所的な通風の力学的状況が相似であれば、風向角や開口位置によらず流量係数および流入角が一意に決まるとする「局所相似モデル」を基に、比較的簡便な計算により、精度よい通風量予測が行える手法の実用化を目指したものである。

室内環境の改善を目的とした通風の活用は、建物運用時の省エネルギー推進のための重要な技術として大きな関心を集めており、建築環境工学においては、自然通風による室内環境の改善を定量的に予測・評価する技術の開発が求められている。そのためには精度の良い通風量予測手法の確立が不可欠であるが、従来用いられてきた風圧係数と、開口部種別毎に一定の流量係数を用いた手法では、問題が多いことが明らかとなってきている。これは、流量係数が風向角、開口位置、開口面積、流入・流出開口の位置関係などにより変化することが次第に明らかにされたことによる。この流量係数が変化する問題に対し、1960年頃から種々の定式化の試みがなされ、また、最近では、パワーバランスによる通風量予測手法など、新たな計算モデルも提案されてきているが、実務レベルで適用し得る合理的なモデルは確立されていないのが現状である。

論文提出者は、既往研究で明らかとなっている、力学的状況を示す無次元室内圧PR*により、流量係数・流入角は一意に決定されるという局所相似モデルの妥当性と、PR*の発生頻度の実測から、流入開口では、流量係数が減少する領域の発生頻度は約50%となり、流出開口では流量係数が減少することは稀であったことを踏まえ、流入開口部に局所相似モデルを適用した場合について検討し、実用的、かつ合理的で、精度のよい通風量予測モデルを提案するとして、以下に概要を示す、3編と結論から構成される論文を提出している。

第1編は総説として、通風換気理論および通風量予測に関する問題を整理した上で、本研究全体の目的と概要を述べており、本編の概要を述べた第1章、換気理論を示した上で、流量係数と通風量予測モデルに関する既往研究のレビューを行い、現状の通風量予測手法が抱える問題を整理した第2章、通風の局所相似モデルの概要を示し、本論文の前提事項となる、これまでに得られている知見について述べた第3章、本研究の目的と位置付けを明確にし、本論文の全体の構成を示した第4章から成る。

第2編では、局所相似モデルの実用化へ向けたモデルの適用限界に関する検証と通風量予測精度について検証した結果を述べており、本編の概要を示した第1章、風洞実験の結果から、開口率の増加に伴って流量係数も増加する傾向があることを示すとともに、CFD解析結果から、開口率が大きくなると、気流が室内に流入する際に流管の縮流が起こりにくくなることが、流量係数増加の要因であることを示した第2章、開口率に関する局所相似モデルの適用限界について検討した上で、実存する多くの戸建て住宅の開口率は15%程度であり、そのような場合には局所相似モデルの適用が可能であることを示した第3章、開口部周辺状況による局所相似モデルの適用限界について検討し、開口部が気流のはく離域に位置する場合にはモデルの適用が困難になるが、流入開口がはく離域にある場合、通風量の確保自体が困難となるので、モデルの実用化において致命的な問題ではないことを示した第4章、局所相似モデルと従来法それぞれの方法で通風量予測を行い、実験で実際に測定した通風量と比較し、局所相似モデルの予測精度の高さを実証した第5章、実大建物における通風実験の結果が風洞模型実験の結果と矛盾しないことを示した第6章からなる。

第3編では、局所相似モデルに基づく通風量予測を実施する場合に必要となる壁面接線方向動圧の簡易測定法とPR*から流量係数を求めるための通風性能データベースの作成について述べており、局所相似モデルに基づく通風量予測の計算で必要となるパラメータを整理して示している第1章、風洞実験により壁面接線方向動圧を簡易に評価する手法として、Irwin(1981)により開発された無指向性のSurface Wind Sensorを壁面に設置して壁面風速をより簡易に評価する方法を検討し、実用に耐えうる精度で壁面接線方向動圧を評価することが可能であることを実証している第2章、局所相似モデルの考え方に基づき作成した開口部通風性能評価装置を使用して、61パターンに及ぶ各種流入開口部のPR*と流量係数の関係を測定し、通風性能データベースを提示している第3章からなる。

結論では、本研究で得られた成果を総括するとともに、今後の課題について述べている。

以上示したように、本研究は、論文提出者も参加して行われた研究活動で提案された「局所相似モデル」に基づく、比較的簡易な計算で、精度よく通風量を予測する手法の実用化に向けた極めて詳細な検討結果を述べたものであり、開口率が流量係数に及ぼす影響のメカニズムの解明、局所相似モデルの適用限界の明確化、モデルを適用する上でネックとなっていた壁面接線動圧の簡易測定法の提案、各種流入開口のPR*と流量係数の関係のデータベース化を行っており、通風による室内環境改善の面から、建築環境工学に寄与するところが極めて大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク