学位論文要旨



No 121114
著者(漢字) 荒木,康弘
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,ヤスヒロ
標題(和) 木造住宅の倒壊を考慮した大変形時の動的挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 121114
報告番号 甲21114
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6204号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

1995年兵庫県南部地震以後、木造住宅の耐震性に関する規定は整備され、適切に建てられた新築住宅であれば、兵庫県南部地震クラスの大地震にあっても倒壊することはほとんどないと考えられる。しかし、現行の耐震基準を満足しない、いわゆる既存不適格の木造住宅が、依然木造住宅総数の半数近くを占めるという現状を考えると、既存木造住宅の耐震性向上が緊急の課題であるといえる。特に兵庫県南部地震では、死者数6433人のうち87.8%が建物の倒壊による圧死、窒息死によるものであったことを考慮すると、兵庫県南部地震のような大地震に対する木造住宅の倒壊可能性を精度よく予測することができるならば、既存木造住宅の耐震性評価のための手法として非常に有用であるが、そのような倒壊を考慮した解析手法は依然確立されていないのが現状である。

そこで本論文では、兵庫県南部地震のような大地震に対する木造住宅の倒壊可能性を精度よく予測するために、木造住宅の倒壊を考慮可能な解析手法を構築し、静的解析、動的解析、静的実験、振動台実験を通して、構築した解析手法の妥当性の検証を行った。

本論文は8章から構成されている。以下に各章にそってその要旨を示し、本研究で得られた知見を記す。

第1章「序論」では、兵庫県南部地震以前および以後の木造住宅の耐震規定の変遷を考慮し、既存木造住宅の耐震性を確保すべき理由、さらには倒壊を考慮可能な解析手法の構築が重要である理由について述べた後に本論文の目的を示した。また倒壊を考慮した既往研究を説明した後、本論文で構築する解析手法についての提案を行った。

第2章「部材・接合部の破壊を再現可能な手法の構築」では、本研究において木造住宅の倒壊に至る大変形時の動的挙動について検討を行うことから、倒壊を考慮可能な解析手法について説明する。第1章の既往研究での検討を踏まえ、解析手法として拡張個別要素法を採用した。また、従来の拡張個別要素法では骨組解析に用いるにはやや複雑であることから、骨組解析に適するように改良を行った。次に各部材の応力-変形特性を再現するための復元力特性について説明し、最後に構築した解析モデルの解析例を示し、解析モデルの挙動を確認した。

第3章「接合部実験」では、第5章および第7章で扱う実大木造軸組構法2階建住宅と同一の仕様を持つ柱-横架材接合部および筋かい端部接合部について、静的加力実験を行った。仕様の別としては、柱に加力する試験体では、接合部にT型金物を用いたものと用いないもの、柱が桁と土台に取り付く場合、管柱と通し柱の場合のパラメタを設けた。また横架材に加力する試験体では、羽子板ボルトが取り付くもの、ホゾ差しでくさびがあり、直交する桁を持つ場合のパラメタを設けた。

実験結果から、軸方向載荷、面内曲げ載荷、面外曲げ載荷ともに、金物の有無以外の仕様の違いは、荷重変形関係にあまり影響しないことが確認できた。また金物無しの仕様について、軸方向載荷では金物有りの仕様の10%程度、面内曲げ載荷では金物有りの仕様の30%程度、面外曲げ載荷では金物有りの仕様の金物が取り付く方向に向かって加力する場合と同程度の値であることが確認できた。また、実験結果より、各接合部仕様に応じた復元力モデルを決定した。

第4章、「木造軸組構法2階建住宅の壁構面を用いた静的解析」では、実大木造軸組構法2階建住宅の耐力要素となる壁構面について静的解析を行い、提案した解析手法の静的モデルでの挙動の確認を行った。対象となる建物は、幅3640mm×5460mm、階高1階2940mm、2階2880mm、高さ5820mmの2階建て木造軸組構法建物であり、軸組に筋かいを有し、柱-横架材接合部に金物を用いたNo.1試験体を基本仕様とし、筋かいの座屈防止のための木ずりを張った仕様のNo.6、No.1試験体の柱-横架材接合部に金物を用いない仕様のNo.7、No.7試験体に室内側から石膏ボードを張った仕様のNo.8を設けた。

静的解析および第5章の静的実験における解析・実験モデルは、この2階建て住宅の両端の壁構面および中通りの管柱と梁によるラーメンフレームを抽出したものである。静的モデルの各接合部の応力変形特性は、第3章の接合部実験結果から決定したパラメタを用いた。また、筋かい、通し柱、各種面材などの耐力要素については既往の研究結果に基づきモデル化を行った。特に筋かいについては、座屈現象を的確に予測することが困難であることから、筋かいの座屈荷重をパラメタとして解析を行った。解析結果からは、柱脚に金物を用いた仕様では、筋かいの性能により荷重変形関係が大きく変化すること、柱脚に金物を用いた場合と用いない場合に予想される柱脚部の浮き上がりやそれに伴う耐力低下、筋かいの座屈などが再現されていることが確認できた。

第5章「木造軸組構法2階建住宅の壁構面を用いた静的実験」では、第4章で静的解析を行った木造軸組構法2階建住宅の耐力要素となる壁構面について静加力実験を行い、提案した解析手法の静的モデルでの挙動との比較を行い、その妥当性の確認を行った。評価項目としては、解析および実験結果の荷重変形関係、筋かいの軸力、柱頭・柱脚の軸力および曲げモーメント、柱頭・柱脚の引き抜け量について分析を行った。解析結果と実験結果に関する考察より、解析結果は実験結果をよく予測できていることが確認できた。特に荷重変形関係について、筋かいの破壊モードの違い、木ずりの座屈拘束効果、石膏ボードの効果等により、詳細な動きは異なるものの、接合部実験結果および仮定した各耐力要素の既往研究結果から作成した解析モデルにより、2層壁構面の荷重変形関係を予測することは可能であることが確認できた。

第6章「木造軸組構法2階建住宅の倒壊を考慮した動的解析」では、実大振動台実験を行う木造軸組構法2階建住宅について動的解析を行い、提案した解析手法の動的モデルでの挙動を確認した。解析モデル各部の応力-変形特性は、第4章と同様に接合部実験結果および既往の研究結果を参考にして作成した。第4章では筋かいの応力-変形特性を数種類仮定してケーススタディを行ったが、本章では第5章で考察した静加力実験結果に最も近い筋かいの応力-変形特性を用いて3次元モデルを作成した。入力地震動は、平成7年兵庫県南部地震においてJR鷹取駅で記録された波形(JR鷹取波)を採用し、解析モデルの各節点に慣性力として入力するのではなく、振動台上の入力変位を、地上レベルの節点に強制変位として入力した。倒壊を考慮した解析結果より、No.6、No.7、No.8では倒壊する可能性があること、また倒壊する場合はすべて1層のみが倒壊する形式である、という結果になった。

第7章「木造軸組構法2階建住宅の実大振動台実験」では、第6章で動的解析を行った木造軸組構法2階建住宅と同様の仕様をもつ建物4棟について実大振動台実験を行い、提案した解析手法による動的解析結果と比較から、提案する解析手法の動的レベルでの妥当性の検証を行った。評価項目として、応答変位、応答加速度、荷重変形関係について比較を行った。

建物の応答性状については、No.6では、解析結果は実験結果の応答変位、倒壊のタイミングを比較的よく予測できており、またNo.7では、解析結果の方が倒壊に至るタイミングが早いものの、ともに1方向に変形が偏った後、倒壊に至る点は予測できていたことから、本解析手法により、木造住宅の倒壊予測することが可能であることが確認できた。

また、第5章で扱った静加力実験の層せん断力の加算則と、本章で扱った振動台実験結果との比較を行い、構面の静的な荷重変形関係の加算則からどの程度予測可能であるかの検証を行った。

その結果、振動台実験と振動台実験試験体の構面となる静加力実験の加算則による荷重変形関係について、金物を用いた仕様(No.1、No.6)では、±50mm程度までは両者は概ね一致し、また最大耐力についても両者は概ね一致するが、±50mmから最大耐力までの変形領域では、動的と静的で破壊の機構が異なるために、荷重変形関係が一致しないこと、金物を用いない仕様(No.7、No.8)では、30〜40mm程度までの両者の荷重変形関係は概ね一致するが、±40mm以降の荷重変形関係は一致しないこと、また最大耐力も構面の加算則の方が振動台実験結果にくらべ低い値となることが確認できた。これらの要因としては、建物の押さえ込み等の立体的な効果が考えられる。

第8章「結論」では、本論文で構築した解析手法、接合部実験、2層壁構面の静的解析および静的実験結果、実大2階建住宅の動的解析および振動台実験結果について、本研究で得られた結果を総括し、さらに本研究から導き出された今後の検討課題を述べた。

図1 実大振動台実験試験体(例:No.1)

図2 No.1試験体-平面図(1F)

図3 No.6試験体

図4 No.7試験体

図5 No.8試験体

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1995年兵庫県南部地震における死者数6433人のうち87.8%が建物の倒壊による圧死、窒息死によるものであったことに鑑み、そのような大地震に対する木造住宅の倒壊可能性を精度よく予測することを目的として、倒壊を考慮可能な解析手法を構築し、静的解析、動的解析、静的実験、振動台実験を通して、その解析手法の妥当性の検証を行ったものであり、8章からなっている。

第1章「序論」では、兵庫県南部地震以前および以後の木造住宅の耐震規定の変遷を概観するとともに、既存木造住宅の耐震性の現状を検討した上で、本論文の目的が倒壊を考慮可能な解析手法の構築を行うことであることを述べている。また、倒壊を考慮した既往研究を説明した後、本論文で構築する解析手法についての提案を行っている。

第2章「部材・接合部の破壊を再現可能な手法の構築」では、本研究において木造住宅の倒壊に至る大変形時の動的挙動について検討を行うことから、倒壊を考慮可能な解析手法について説明している。解析手法としては、拡張個別要素法を採用しているが、従来の拡張個別要素法では骨組解析に用いるにはやや複雑であることから、骨組解析に適するように改良を行っている。次に各部材の応力-変形特性を再現するための復元力特性について説明し、最後に構築した解析モデルによる解析例を示している。

第3章「接合部実験」では、第5章および第7章で扱う実大木造軸組構法2階建住宅と同一の仕様を持つ柱-横架材接合部および筋かい端部接合部について、静的加力実験を行っている。実験結果より、軸方向載荷、面内曲げ載荷、面外曲げ載荷における、金物の有無や樹種の組み合わせといった仕様の違いと荷重変形関係の関係について考察を行っている。また、実験結果から各接合部仕様に応じた復元力モデルを決定している。

 第4章、「木造軸組構法2階建住宅の壁構面を用いた静的解析」では、実大木造軸組構法2階建住宅の耐力要素となる壁構面について静的解析を行い、提案した解析手法の静的モデルでの挙動を確認している。解析結果より、柱脚に金物を用いた仕様では、筋かいの性能により荷重変形関係が大きく変化すること、柱脚に金物を用いた場合と用いない場合に予想される柱脚部の浮き上がりやそれに伴う耐力低下、筋かいの座屈などが再現されていることを確認している。

第5章「木造軸組構法2階建住宅の壁構面を用いた静的実験」では、第4章で静的解析を行った木造軸組構法2階建住宅の耐力要素となる壁構面について静加力実験を行い、提案した解析手法による解析結果とこの実験結果の比較検討を行い、解析結果が実験結果を精度よく予測していることを確認している。

第6章「木造軸組構法2階建住宅の倒壊を考慮した動的解析」では、実大振動台実験を行う木造軸組構法2階建住宅について、提案した動的モデルを用いて動的解析を行っている。入力地震動は、平成7年兵庫県南部地震においてJR鷹取駅で記録された波形(JR鷹取波)を採用している。倒壊を考慮した解析結果より、No.6、No.7、No.8では倒壊する可能性があること、また倒壊する場合はすべて1層のみが倒壊する形式である、という結果となっている。

第7章「木造軸組構法2階建住宅の実大振動台実験」では、第6章で動的解析を行った木造軸組構法2階建住宅と同様の仕様をもつ建物4棟について実大振動台実験を行い、提案した解析手法による動的解析結果と実験結果の比較検討により、この解析手法が木造住宅の倒壊現象をおおむね予測できることを示している。

第8章「結論」では、本研究で得られた結果を総括し、さらに本研究から導き出された今後の検討課題を述べている。

以上本論文は、木造住宅の倒壊を精度良く予測するために、倒壊を考慮可能な解析手法を構築し、その妥当性について静的解析・静的実験・動的解析・振動台実験による多面的な検討を行い、構築した解析手法の妥当性を検証することにより、木造住宅の耐震性を向上させるための貴重な知見を得たものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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