学位論文要旨



No 121115
著者(漢字) 田尻,清太郎
著者(英字)
著者(カナ) タジリ,セイタロウ
標題(和) 鉄筋コンクリート柱梁接合部の弾塑性マクロエレメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 121115
報告番号 甲21115
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6205号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,鉄筋コンクリート造建築物の構造設計において,柱梁接合部の弾塑性挙動を考慮した弾塑性骨組解析を可能とするために,柱梁接合部の弾塑性マクロエレメントを提案し,その検討を行った。以下に各章ごとのまとめを示す。

第1章では,鉄筋コンクリート柱梁接合部に関する研究の背景について述べ,それに対する本研究の目的および意義について述べた。

鉄筋コンクリート材料の高強度化,鉄筋コンクリート造建築物の高層化,柱・梁部材の断面の縮小化といった近年の傾向から,ラーメン骨組の中で柱梁接合部が構造的弱点となりつつある。そのため,柱梁接合部の弾塑性挙動を考慮できる部材モデルを用いた弾塑性骨組解析を行う必要性が高まってきている。しかし,現状では柱梁接合部の弾塑性挙動を理論的に追跡できる部材モデルは存在しない。そこで,本研究では鉄筋コンクリート造建築物の弾塑性解析に適用可能な柱梁接合部の弾塑性マクロエレメントの開発を行うことを主目的とした。

第2章では,鉄筋コンクリート造建築物の設計における柱梁接合部の設計法に関して述べるとともに,柱梁接合部の弾塑性挙動を追跡する解析モデルに関する既往の研究について述べた。

現在の鉄筋コンクリート造建築物の設計法では柱梁接合部の変形を考慮した弾塑性骨組解析を行うことを推奨しているが必須ではない。強度に対しては,接合部せん断力が接合部せん断強度を超えないように設計すること,付着に対しては,接合部内の付着応力度が付着強度を超えないように設計すること,接合部補強筋を規定量以上配筋すること,といった方針で設計が行われているのが現状である。

接合部の弾塑性挙動を考慮した解析モデルには,いくつかのアプローチがあり,柱部材や梁部材といった骨組要素に柱梁接合部の変形を組み込むことによってモデル化する方法,柱梁接合部の変形を回転ばねによってモデル化する方法,柱梁接合部の弾塑性変形は主筋の抜出し変形が卓越するとして,主筋の抜出し変形にのみ着目してモデル化する方法,接合部パネルの変形を表す要素と接合部パネルからの主筋の抜出し変形を表す要素を併用してモデル化する方法,有限要素法の考え方を導入して,平面応力要素などの有限要素とそれらの要素と骨組要素を接続する要素を併用してモデル化する方法があった。

第3章では,本論文で提案する鉄筋コンクリート柱梁接合部の弾塑性挙動を表す柱梁接合部マクロエレメントの構成について述べた。

本モデルは鉄筋コンクリート造建築物の弾塑性骨組解析において,柱梁接合部を表す部材モデルとして組み込むことのできる弾塑性要素であり,コンクリート断面の平面保持仮定を表す剛板とコンクリート,鉄筋,付着,せん断といった材料特性を有する一軸ばねのみから構成される簡便なモデルである。本章では,本モデルを構築するにあたっての基本仮定について述べるとともに,剛板と一軸ばねの配置,一軸ばねの荷重変形関係について詳述した。また,本モデルを骨組解析に適用する場合に,部材モデルとしていかに取り扱うかという考え方についても述べた。

第4章では,鉄筋コンクリート柱梁接合部マクロエレメントを用いた弾塑性解析法について述べた。

本モデルを弾塑性骨組解析に組み込むため,変位法の考え方を用いて,マクロエレメントの適合条件,釣合条件を定式化し,マクロエレメントの構成方程式を導いた。ここで,マクロエレメントの構成方程式は,釣合条件マトリクス及び各一軸ばねの瞬間剛性のみから簡潔に求まることを示した。また,マクロエレメントの弾塑性解析の手順について示した。なお,マクロエレメントの有する内部自由度を縮約せずに解析する手法を示すとともに,骨組のモデル化においてマクロエレメントを部材モデルとして組み込む場合の内部自由度を縮約する解析手法についても示した。さらに,変位制御で耐力低下の現象を追跡する解析を行うために,スケーリング係数を用いた弧長法を導入することとし,それを基として数値計算において不釣合い力を次ステップに持ち越すことができるように拡張したアルゴリズムについて示した。

第5章では,提案した柱梁接合部マクロエレメントを用いて,過去に実験された十字型柱梁接合部試験体の解析を行い,提案モデルの検討を行った。

接合部破壊した試験体,梁曲げ降伏後接合部破壊した試験体,梁曲げ降伏した試験体を中心に,具体的なモデル化の方法について示すとともに,実験を模擬した弾塑性解析例を示した。提案モデルを用いた解析により,各破壊モードに対応した復元力特性,各部変形割合の特徴を良好に追跡できることを示した。しかし,接合部破壊した試験体では耐力を過大に評価する傾向があること,全体の復元力ループの形状を大きく評価する傾向があることが確かめられた。また,提案モデルの改善,特徴の検討のために接合部パネルのコンクリート圧縮強度,接合部パネル内主筋の付着強度を低減した解析モデルを用いた解析例を示した。その結果,これらの強度低減を考慮した解析モデルでは,接合部破壊した試験体の耐力や全体の復元力ループの形状等に関して,提案モデルより実現象と近い挙動を示すことが確かめられた。

第6章では,提案した柱梁接合部マクロエレメントを用いて,過去に実験されたト型柱梁接合部試験体の解析を行い,提案モデルの検討を行った。

定着破壊が生じずに接合部破壊した試験体,梁曲げ降伏後接合部破壊した試験体を対象として,具体的なモデル化の方法について示すとともに,実験を模擬した弾塑性解析例を示した。提案モデルを用いた解析により,各破壊モードに対応した復元力特性,各部変形割合の特徴を良好に追跡できることを示した。しかし,第5章の十字型柱梁接合部の場合と同様に,接合部破壊した試験体では耐力を過大に評価する傾向があることが確かめられた。そこで,同様に,接合部パネルのコンクリート圧縮強度,接合部パネル内主筋の付着強度を低減した解析モデルを用いた検討を行った。その結果,十字型接合部の場合と同様に,接合部破壊した試験体の耐力や全体の復元力ループの形状等に関して,提案モデルより実現象と近い挙動を示すことが確かめられた。

第7章では,提案した柱梁接合部マクロエレメントを用いて,過去に実験されたL型柱梁接合部試験体の解析を行い,提案モデルの検討を行った。

定着破壊が生じずに梁曲げ降伏後接合部破壊した試験体,梁曲げ降伏した試験体を対象として,具体的なモデル化の方法について示すとともに,実験を模擬した弾塑性解析例を示した。提案モデルを用いた解析により,各試験体の耐力は良好な結果が得られたが,急激な耐力低下をはじめ,ループ形状については追跡できなかった。第5章と同様に,接合部パネルのコンクリート圧縮強度,接合部パネル内主筋の付着強度を低減した解析モデルを用いた検討も行ったが,これらの現象は追跡することができず,更なる検討が必要であると判断した。

第8章では本論のまとめを述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄筋コンクリート柱梁接合部に適用される新しいマクロエレメントを用いた鉄筋コンクリート弾塑性骨組解析法に関するものであり、次の8章から構成されている。

第1章「序論」では、鉄筋コンクリート材料の高強度、柱梁部材の断面の縮小化といった近年の傾向から、鉄筋コンクリート造建物においては、柱梁接合部が耐震安全性を確保する上で構造的弱点になりつつあること、弾塑性骨組解析に適用できる鉄筋コンクリート柱梁接合部の弾塑性挙動を考慮できる精度の高い理論的なモデルが存在しないことを指摘し、本研究のテーマである鉄筋コンクリート造建築物の弾塑性解析に適用可能な柱梁接合部の弾塑性マクロエレメントの開発を目的とした経緯について述べている。

第2章「既往の研究」では、鉄筋コンクリート造建築物の耐震設計における柱梁接合部の既存の設計法と、地震力を受ける柱梁接合部の弾塑性挙動を追跡する既往の解析モデルをレビューし、それらの分類を試み、骨組要素の交差部に柱梁接合部の変形を表すバネを組み込みモデル化する方法、接合部パネルのせん断変形と接合部パネルからの主筋の抜け出し変形を表す要素を組み合わせモデル化する方法、有限要素法の考え方を導入する方法等があるが、耐震設計にはまだ使われてはいないことを示した。

第3章「マクロエレメントの構成」では、鉄筋コンクリート平面柱梁接合部の弾塑性繰り返し挙動を表す柱梁接合部エレメントを、 4節点12自由度を有する弾塑性要素と定義し、それらを構成する要素として、コンクリートバネ、鉄筋バネ、付着バネの配置、およびそれらのバネの構成則の仮定について述べている。これにより、マクロエレメントを弾塑性平面骨組解析に組み込み、繰返し地震力を受けるモーメント抵抗骨組の応答解析において、柱梁接合部のせん断変形や主筋の抜け出し変形を精確に考慮することが可能となる。

第4章「マクロエレメントを用いた解析法」では、マクロエレメントを構成するばねの間の適合条件と釣り合い条件を用い、内部自由度を消去することによるマクロエレメントの12×12要素の瞬間剛性マトリクスを導出する具体的な方法を示し、さらに、柱梁接合部を含む、平面部分骨組の繰り返し弾塑性骨組解析を、変位制御により行うための非線形解法として、スケーリング係数を用いた弧長法を導入し、耐力低下時の数値計算上の問題を解決するためのアルゴリズムを示して、 提案するマクロエレメントを用いる弾塑性解析の解法のアルゴリズムについて明確にしている。

第5章「十字型柱梁接合部への適用」では、第3章において示された柱梁接合部のマクロエレメントと第4章において示された解析方法を適用して、既往の十字型柱梁接合部試験体5体の解析を行い提案モデルの妥当性の検討を行っている。接合部破壊、梁曲げ降伏後の接合部破壊、梁曲げ降伏破壊の各破壊モードを示した試験体の例について、具体的なモデルの適用方法を示すとともに、弾塑性解析の結果を示し、提案モデルを用いることにより、破壊モードに対応した復元力特性、各部変形割合の特徴を良好に追跡できることを示している。ただし、接合部破壊の耐力の絶対値を正確に評価するためには、コンクリートや主筋の付着の復元力特性の設定に関して検討の余地があることが示された。

第6章「 ト字型柱梁接合部への適用」では、 同じ柱梁接合部エレメントを用い既往のト字型柱梁接合部の試験体2体の解析を行い、第5章と同様に提案モデルの妥当性の検討を行っている。ト字型柱梁接合部においても十字型接合部と同様に、 破壊モードに対応した復元力特性、各部変形割合の特徴を良好に追跡できることを示した。

第7章「L字型柱梁接合部への適用」では、 提案した柱梁接合部エレメントを用いて既往のL字型柱梁接合部の試験体2体の解析を行い第5章と同様に、提案モデルの妥当性の検討を行っている。L字型柱梁接合部においては、耐力については良好な対応が得られるが、急激な耐力低下や復元力特性のループ形状については良い対応が得られず、モデルの修正など更なる検討の余地があることが示された。

第8章「まとめ」では、本研究で提案した柱梁接合部エレメントと解析結果と実験結果の比較について総括するとともに、今後の課題に関して取り纏めている。

このように、本研究は、新しいマクロエレメントとそれを用いた弾塑性骨組解析法を提案しており、構造工学に新たな知見を加えたことは明白である。また、 柱梁接合部の設計が鉄筋コンクリート造建物の弾塑性地震応答へ及ぼす影響を解析的に検討する道を開くなど、将来の発展性もあり、かつ、 建築物の耐震安全性能の確保が重要な我が国にとって極めて有用な研究であり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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