学位論文要旨



No 121116
著者(漢字) 藤本,郷史
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,サトシ
標題(和) 時間・社会・地理因子を考慮した資源循環シミュレーション手法の開発とそのコンクリート材料分野への適用
標題(洋)
報告番号 121116
報告番号 甲21116
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6206号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

建設分野は多様な環境問題を抱えている。温暖化ガスの削減は業界全体の問題である。個別の構造物の環境性能向上は勿論重要だが、既存のストックの運用こそが今後の動向を左右する。業界全体としてどう取り組むべきか、という社会的考察が求められている。廃棄物問題は、日本国内における深刻な課題である。なかでも高度成長期に建設されたRC 構造物の解体は近く大きな問題となると予測されている。一方で高品質再生骨材をはじめとする技術的取り組みも進んでいる。新技術の普及速度と需要バランス、経済性、工場立地性という複合的な評価が求められている。

一方で、既存のLCA ツール・環境評価指標は、建設分野の抱える社会的・都市的な視点による環境評価を実行できない。本来、単体の工業製品、単体の製造プロセスを評価対象としていたからである。評価対象となる資源循環のモデル化の時点で、社会因子、時間因子、地理因子といった重要な環境要因を排除してしまったものが大半である。以上のような背景を踏まえて、本研究では、政府や自治体、企業といったマテリアルフローに影響を与えることのできる意思決定主体が、複雑な社会的制約の範囲内で環境負荷最小化のために最適な行動を判断するための意思決定支援システムを作成した。より具体的には、「社会的な因子」「時間的な因子」「地理的な因子」を考慮した資源循環シミュレーションシステムEcoMAの開発を行った。この開発を通じて、従来は考慮できなかった資源循環の社会経済的な挙動・変動を明らかにし、都市・社会レベルでの環境評価の枠組みを構築した。第6章では構築したモデルを用いて建設分野の環境問題への対応について例を挙げてシミュレーションを行い、EcoMAの有用性を実証すると共に、問題点を解決するための提言を行った。開発したシステムによって、新たに以下のような評価が可能となった。以下に提案したシステムの特徴と対応する章を述べる。

第3章では、企業や政府の経済性や環境経営的な意思決定を考慮するために、マルチエージェントシステムを用いたモデル化を行った。第2章で指摘したように、一般的な環境評価ツールにおいては、意思決定に伴うマテリアルフローの動的な分岐を考慮できない。本研究で開発した資源循環シミュレーションシステムEcoMAにおいては、意思決定によって動的に変化するマテリアルフローとその生産・廃棄活動によって生じる環境負荷を、個別の企業、産業団体に対する統計的集合として評価することを可能にした。

第4章では、グラフ理論を用いてサプライチェーンの数学的取り扱い方を定めた上で、イベント駆動モデルを用いて、マテリアルフローの時間的な変動を取り扱う枠組みを構築した。このモデル化によって第3章で提案したマルチエージェントシステムで生成される資源循環の時間的変動を考慮することが可能となる。第2章で指摘したように、一般的な環境評価ツールでは、価格、エネルギー効率、製品の寿命などの時間的変動は考慮されない。しかしイベント駆動モデルの導入によって、現実社会に即した形で時間的変動を考慮することが可能となった。第6章では、建設分野で重要となる長期スパンでの廃棄物需給バランス評価の例として、再生骨材と長寿命化テーマを取り上げ、提言を行った。

第3章、第4章で構築した資源循環モデルは、各エージェントの集合によって生成されるボトムアップな系である。従って、マクロ経済モデルによる時間因子のモデル化に比べて以下の利点がある。まず、個別のエージェントごとに離散化された経済モデルや意思決定戦略が定義可能なため、生コン協同組合(ex. 6-4)による地域分割型の不連続な経済的集合のモデル化に適している点、次に、それら個別の不連続な集合によって生成される不均衡な系を表現可能な点である。

第2章では、建設分野で利用される材料の質量が高く輸送環境負荷が都市レベルでも無視できないことを指摘した。にも関わらず、既存の環境評価ツールではこれらを適切に評価できていない点を指摘した。第5章では、この問題点を解決し、輸送に関わる工場の立地、需要発生の地理的分布を適切に評価するための基盤として、空間のグリッド分割によるモデル化を提案した。

Appendixでは、各検討に用いられた聞き取り調査、文献調査の結果を示した。建設分野、道路分野、コンクリート材料分野におけるインベントリを構築し、工場・企業スケールでの分析として整理した。これらの調査成果は、現時点のコンクリート材料分野においては先駆的なデータベースである。

第7章では結論として本システムの今後の可能性を提示した。廃棄物のリサイクル・リユースにおける需給バランス、特にリサイクル材料同士の需給バランスは、本システムの有用性を発揮できる分野である。商習慣を契機として材料の調達経路が変わる、あるいは調達材料が変わるといった状況であれば、EcoMAは有効な評価ツールとなり得る。新材料が地域社会に与える環境・経済インパクト評価においては、マルチエージェントシステムによる個別の工場についても需給バランス分析が重要となる。EcoMAでは任意の地理的分布を持つ需要発生モデルを導入可能でありサプライチェーンのアンバランスさや建設ストックの分布を評価できる。コンパクトシティーや職住分離といったコンセプトの政策的試行の観点からも本システムは有用である。

審査要旨 要旨を表示する

藤本郷史氏から提出された「時間・社会・地理因子を考慮した資源循環シミュレーション手法の開発とそのコンクリート材料分野への適用」は、政府や自治体、企業といった建設材料のマテリアルフローに影響を与える意思決定主体が、複雑な社会的制約の範囲内で環境負荷を最小化するための最適な行動を決定するための意思決定支援システムEcoMAの開発を行っている。EcoMAは、「社会的な因子」「時間的な因子」「地理的な因子」が考慮されたモデルとなっており、従来のモデルでは考慮できなかった資源循環の社会経済的な挙動・変動を明らかにし、都市・社会レベルでの環境評価の枠組みを構築している。また、構築したモデルを用いて建設分野の環境問題への対応について例を挙げてシミュレーションを行い、EcoMAの有用性を実証するとともに、問題点を解決するための提言を行っている。

本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

第2章では、既存の環境評価ツールに関するレビューがなされており、一般的な環境評価ツールにおいては、意思決定に伴うマテリアルフローの動的な分岐が考慮できていないこと、価格、エネルギー効率、製品の寿命などの時間的変動が考慮されていないこと、建設分野で利用される材料は質量が大きいため、輸送環境負荷は都市レベルでも無視できないが、既存の環境評価ツールではこれらを適切に評価できていないことなどが指摘されている。

第3章では、企業や政府の経済性や環境経営的な意思決定を考慮するために、マルチエージェントシステムを用いたモデル化が行われており、そのモデルを組み込んだ資源循環シミュレーションシステムEcoMAにおいては、意思決定によって動的に変化するマテリアルフローとその生産・廃棄活動によって生じる環境負荷を、個別の企業、産業団体に対する統計的集合として評価することが可能となっている。

第4章では、グラフ理論を用いてサプライチェーンの数学的取り扱い方を定めた上で、イベント駆動モデルを用いて、マテリアルフローの時間的な変動を取り扱う枠組みを構築しており、イベント駆動モデルによって第3章で提案したマルチエージェントシステムで生成される資源循環の時間的変動を現実に即した形で考慮することが可能となっている。

第3章および第4章で構築された資源循環モデルは、個別の意志決定主体ごとに離散化された経済モデルや意思決定戦略が定義可能なものとなっており、販売協同組合のような地域分割型の不連続な経済的集合のモデル化にも適しており、それら個別の意志決定主体の不連続な集合によって生成される不均衡な系も表現可能なものとなっている。

第5章では、第2章で指摘した建設材料の質量の大きさに関わる輸送環境負荷の問題点を解決するために、輸送に関わる工場の立地、需要発生の地理的分布を適切に評価するための基盤として、空間のグリッド分割によるモデル化が提案されている。

第6章では、第5章までにおいて構築したモデルを用いて、建設分野の環境問題への対応の中で重要となる長期スパンでの廃棄物需給バランスの評価を行うために、再生骨材と長寿命化問題をテーマとして取り上げ、EcoMAによるシミュレーションが行われており、EcoMAの有用性を実証するとともに、環境問題を解決するための提言が行われている。

第7章では、本論文の結論、EcoMAの将来展望および今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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