学位論文要旨



No 121118
著者(漢字) 吉岡,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオカ,ヒデキ
標題(和) 火の粉の発生・飛散による市街地火災の拡大現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 121118
報告番号 甲21118
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6208号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、市街地火災時の飛び火による延焼拡大を、火の粉の発生、飛散、着火という3つのフェーズに分類した。発生に関しては実規模火災風洞実験、飛散に関してはコーンカロリーメータ試験などの手法を駆使して火の粉の性状を解明した。火の粉の発生と飛散に関して得られた実験的知見を融合することにより、CFD(計算流体力学)を用いた火の粉の飛散予測モデルを構築し、飛び火が卓越した実際の市街地火災である1998年和歌山県白浜温泉ホテル天山閣火災を再現することでモデルの検証を試みた。火の粉の着火に関しては,地震後の屋根瓦脱落予測手法の提案と適用を試みると共に、ISO屋根飛び火試験、実規模火災風洞実験を実施することにより、屋根に落下した火の粉の延焼加害性を明らかにした。火の粉による跳躍延焼メカニズムの解明をフェーズ毎に取り組み、結果を融合することにより、実市街地における総合的な跳躍延焼予測手法構築の一助となることを目的とした。

以下、本論文の内容の要旨として各章毎にまとめる。

第1章では、日本の都市部における市街地火災の歴史と対策を俯瞰すると共に、市街地火災時の火の粉による飛び火現象に関する研究の背景、現状の対策を整理し、本研究の目的、具体的な課題を明らかにした。本章で設定した課題は以下の6点である。

市街地火災の延焼拡大に対する火の粉の影響の定量的評価

有風下における火災家屋からの火の粉の発生性状の把握

火の粉飛散時の燃焼性状及び密度変化の分析

実験結果を組み込んだ火の粉飛散モデルの構築とその検証

地震後の屋根瓦脱落状況の予測手法の提案

屋根に落下した火の粉の延焼加害性の把握

また、国内の市街地火災研究、海外の林野火災時の火の粉に関する研究、国内の火の粉飛散の数値的検討などの取り組みの中における本研究の占める位置付けを示し、本論文の流れと全体構成を明らかにした。

第2章では、先ず、過去の市街地火災の中で特に跳躍延焼が卓越したものに関して、実地調査結果等を基に作成された文献を参考にして、跳躍延焼の実態を整理した。次に、延焼要因としての火の粉を考慮していない既往の市街地火災延焼シミュレーションモデルの代表的なものを紹介すると共に、国内外の火の粉の飛散モデルに関しても取り上げた。そして、飛び火の卓越した大火の一例である1976年酒田市大火を取り上げ、火の粉を考慮しない市街地火災延焼シミュレーションモデル(建築研究所)を利用することにより、火の粉以外の延焼拡大要因(接炎,放射熱,熱気流)のみで1棟毎に延焼拡大したという仮定で延焼動態を算出した。結果として、実火災よりも延焼速度が遅くなる傾向が定量的に明らかになり、市街地火災の延焼拡大要因としての火の粉の重要性を確認した。

第3章では、火災家屋からの火の粉の発生性状の分析を行った。建築研究所火災風洞において、風速,家屋仕上げ材をパラメータとして、実スケールの防火木造家屋を有風下で燃やす実験を複数回行うことにより、火の粉発生と火災進展の時系列的な関係を明らかにすることができた。火の粉の発生を促進する火災の進展現象としては、フラッシュオーバーの発生、部材(屋根、壁、垂木など)の崩壊、開口噴出火炎や煙の発生であることが実験から判明した。また、実験ケース毎の火の粉発生量の比較から、風速は大きい場合の方が、また仕上げ材は洋風より和風の場合の方が、より多くの火の粉が発生することが定量的に把握された。実験後収集した火の粉の形状と質量を計測すると共に、密度及び終末速度の測定によりストークス径相当直径比の分布を求めることが出来た。火の粉の飛散シミュレーションに使用するために、実験的知見と過去の実際の市街地火災における調査結果を融合させ、形状,寸法,相当直径,ストークス径等を指定することにより火災家屋から発生する火の粉のモデル化を行った。

第4章では、火の粉の飛散時における燃焼性状と密度変化のモデル化を行った。火の粉飛散時の燃焼性状、質量変化および落下時の熱的加害性を明らかにするために、火の粉に見立てた木材試験体を用いて、寸法、加熱強度、加熱方法をパラメータとしてコーンカロリーメータ試験を行った。コーン試験により得られた着火時間、表面炭化時間、消炎時間、無炎燃焼終了時間、発熱速度変化、合計発熱量、質量変化などの実験結果を実火災と対応させることにより、火の粉が飛散を開始してからの発熱状況、落下後に燃え尽きるまでの加害性を明らかにした。また、実験結果を基に、火の粉の形状や寸法毎に、初期密度、飛散開始後の密度変化率のモデル化を試みた。

第5章では、火の粉飛散シミュレーションの構築とその検証を行った。市街地火災時の火の粉の飛散範囲の予測を可能にするために、火の粉飛散モデルを作成し、米国NISTの公開ソフトウェアFDSに組み込んだ。火災風洞実験やコーンカロリーメータ試験等を行って得られた、火の粉の発生性状や飛散性状に関する知見を盛り込むことにより、精度の向上を図った。適用対象として1998(平成10)年11月17日に発生した和歌山県白浜温泉ホテル天山閣火災時の飛び火を取り上げ、計算結果と実態調査結果の比較を行った。

検討の結果、ストークス径を用いた球状火の粉を本モデルで飛散させた場合、粒子径の小さい火の粉では自由落下速度が小さく、気流に乗って風下側に流されるが、粒子径の大きい火の粉では自由落下速度が大きく、飛散開始後すぐに落下する傾向が見られた。

直方体形状の火の粉を本モデルで飛散させた結果、ストークス径を用いた火の粉よりも飛散距離が長くなる傾向が見られた。直方体形状の火の粉を飛散させる際に、揚力、モーメントを試験的に考慮した結果、火の粉の飛散角度に大きな変化は見られず、抗力のみを考慮した場合よりも飛散距離は短くなった。

最大飛散距離に関して、ストークス径を用いた球状火の粉の計算結果は概ね実態調査結果と類似しているが、直方体形状の火の粉の計算結果は全体的に実態調査結果を上回る傾向が見られた。

第6章では、地震後の屋根瓦脱落状況の予測手法の構築と適用を行った。過去の大火事例によると飛び火被害を受けるのは、屋根が最も多い。これは、特に大地震直後には屋根瓦が脱落して、屋根を構成する木材が露出するためと考えられる。そこで先ず、阪神淡路大震災後の屋根瓦の脱落状況を航空写真を用いて1棟毎に判断し、震災後に現地で実施した構造被害調査の結果と1棟毎に対応させ、木造建物の構造被害程度別に、屋根瓦脱落程度の割合を明らかにした。各都道府県毎に行われている地震時の構造被害想定手法による木造建物の構造被害棟数に対して、既述の提案割合を乗じることにより、何らかの屋根瓦脱落被害を受け、火の粉による跳躍延焼の潜在的危険性を有する木造建物棟数が明らかになる。

現在の地震調査研究では、日本各地の大地震の発生確率を発表しており、特に、大地震が起こる可能性が高い地域の例として、仙台市、東京都、静岡県を取り上げて、構造被害想定結果から屋根瓦脱落状況を予測する一連の手法を実際に適用してみた。東京都と静岡県に関しては、構造被害想定が3段階で与えられており、予測手法の定義と一致し、結果を確定させることができた。一方、仙台市の構造被害想定は2段階であったため、結果にばらつきが見られた。今後は、構造被害想定を3段階で与えていない自治体の結果に対しても、ある程度正確な予測を可能にさせる必要がある。また、予測手法により汎用性を持たせるために、阪神淡路大震災以外の地震の結果も組み込むなどの工夫をする必要もある。

第7章では、屋根に落下した火の粉の延焼加害性の評価を行った。ISO屋根飛び火試験によって野地板燃焼性状の基礎的検討を行った結果、火炎の最大到達距離および試験体裏面への燃え抜け状況に関して、屋根の傾斜が水平よりも15度や30度の場合の方が大きくなることが確認された。折板屋根燃焼性状の基礎的検討を行った結果、化粧鋼板のように不燃材料の表面を有機質材料で仕上げた屋根材においては、表面形状によって飛び火に対する燃焼拡大性の異なることが確認された。波形状の場合、波の間隔が狭いほど、波の高さが高いほど、屋根表面の着炎や燃焼範囲が拡大する状況が認められた。

瓦が脱落した状態の屋根の飛び火被害を明らかにするために、実規模火災風洞実験を行った。瓦葺屋根では瓦が不燃材料であることから、健全な状態においては火の粉が飛来しても大きな危険が生じるとは考えにくい。しかしながら、瓦が全面欠損や一部欠損した箇所に火の粉が飛来すると、瓦の損傷程度にかかわらず、野地板に燃え抜けを生じる可能性が高い。野地板に燃え抜けが生じるか否かは風速に依存し、6m/s程度までは風速が大きいほど焼損も拡大することが、実験結果から明らかになった。

第8章では、各章で得られた知見を要約し、今後の研究課題の展望を行った。

以上示したように、本研究では、火の粉の発生と飛散に関して行った実験的知見を融合させた火の粉飛散シミュレーションを構築し、実市街地火災の再現計算を行ってモデルの検証を行うと共に、地震後の屋根瓦脱落予測手法を提案し、屋根に落下した火の粉の延焼加害性を把握するための実験を行い、着火に関する知見を集積した。

審査要旨 要旨を表示する

吉岡英樹氏から提出された「火の粉の発生・飛散による市街地火災の拡大現象に関する研究」は、市街地火災時の飛び火による延焼拡大を、火の粉の「発生」「飛散」「着火」という三段階フェーズに分類し、「発生」に関しては実規模火災風洞実験、「飛散」に関してはコーンカロリーメータ試験などの手法を駆使して火の粉の性状を解明するとともに、火の粉の発生と飛散に関して得られた実験的知見を融合することにより、火の粉の飛散予測モデルを構築し、CFD(計算流体力学)を用いて実際の市街地火災を再現することでモデルの検証を試みている。また、火の粉の「着火」に関しては、地震後の屋根瓦脱落予測手法の提案と適用を試みるとともに、ISO屋根飛び火試験および実規模火災風洞実験を実施することにより、屋根に落下した火の粉の延焼加害性を明らかにしている。このように、本論文は、火の粉による跳躍延焼メカニズムの解明をフェーズ毎に行い、それらの結果を融合することにより、実市街地における総合的な跳躍延焼予測手法の構築を試みたものとなっている。

本論文は8章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

第2章では、跳躍延焼が卓越した過去の市街地火災に関する実地調査結果等を基に作成された文献を参考に跳躍延焼の実態を整理した上で、火の粉を考慮しない市街地火災延焼シミュレーションモデルを用いてケーススタディを行っており、その場合、実火災よりも延焼速度が遅くなる傾向を明かにし、市街地火災の延焼拡大要因としての火の粉の重要性を指摘している。

第3章では、火災風洞を用いて、風速・家屋仕上材を要因とした実大規模防火木造家屋の有風下での火災燃焼実験を行うことにより、火の粉発生と火災進展の時系列的な関係、火の粉の発生に及ぼす風速および仕上材の影響を明らかにするとともに、実験的知見と過去の実際の市街地火災における調査結果を融合させ、形状、寸法、相当直径、ストークス径等を指定することにより、火災家屋から発生する火の粉のモデル化を行っている。

第4章では、火の粉に見立てた木材試験体を用いて、寸法、加熱強度、加熱方法をパラメータとした材料燃焼実験を行い、着火時間、表面炭化時間、消炎時間、無炎燃焼終了時間、発熱速度変化、合計発熱量、質量変化などを求め、実験結果を実火災と対応させることにより、火の粉が飛散を開始してからの発熱状況および落下後に燃え尽きるまでの加害性を明らかにするとともに、火の粉の形状や寸法毎に初期密度および飛散開始後の密度変化率のモデル化を試みている。

第5章では、火の粉飛散モデルを作成して、実験で得られた火の粉の発生性状や飛散性状に関する知見を米国NIST公開ソフトウェアに組み込み、実際の飛び火火災についてシミュレーションを実施し、計算結果と実態調査結果との比較を行っている。その結果、火の粉の粒子径の大小および火の粉の幾何学的形状に応じて、火の粉の自由落下速度・落下位置が変わること、ストークス径を用いた球状火の粉では概ね実態調査結果と類似した結果が得られることを明らかにしている。

第6章では、阪神淡路大震災後の航空写真を利用し、震災後に現地で実施した構造被害調査の結果と対応させることにより、木造建物の構造被害程度別に屋根瓦脱落程度の割合を明らかにし、地震後の屋根瓦脱落状況の予測手法を構築している。また、大地震が起こる可能性が高い地域を取り上げて、構造被害想定結果から屋根瓦脱落状況を予測する一連の手法を実際に適用し、予測手法により汎用性を持たせるための提案を行っている。

第7章では、ISO 屋根飛び火試験によって野地板の燃焼性状に関する検討を行っており、屋根が傾斜している場合には、火炎の最大到達距離が大きくなり試験体裏面への燃え抜けが生じやすいこと、折板屋根の場合には、波の間隔が狭いほど、波の高さが高いほど屋根表面への着炎が生じやすく燃焼範囲が拡大することを明らかにしている。また、実大規模火災風洞実験を行い、野地板に燃え抜けが生じるか否かは風速に依存し、6m/s程度までの風速の範囲では、風速が大きいほど焼損が拡大することを明らかにしている。

第8章では、本論文の結論および今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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