学位論文要旨



No 121120
著者(漢字) 朴,同天
著者(英字)
著者(カナ) パク,ドンチョン
標題(和) 劣化した鉄筋コンクリート造の補修に用いられる断面修復材の性能評価及び躯体との適合性に関する研究
標題(洋)
報告番号 121120
報告番号 甲21120
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6210号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨 要旨を表示する

半永久である認識された鉄筋コンクリート造の早期劣化現象に対し,適切な補修工法・補修材料の選択することと適期の補修実施することは,膨大な社会資本の維持保全及び環境問題において非常に重要である.劣化した鉄筋コンクリート造に対する補修方法としては,劣化状況によって,表面被覆工法,ひび割れ補修工法.断面修復工法などが採用されているが,その中で本研究では,最も劣化が激しい劣化部に適用する断面修復工法を対象として研究を行った.

断面修復工法に用いられる断面修復材に要求される性能としては,寸法安定性,劣化因子浸透抵抗性,電気化学的な適合性,化学的な適合性,付着性などが挙げられるが,断面修復材自体の種類が多すぎる状況の中で,その性能の特性を断定することは非常に難しい.また,断面修復材の性能が断定できたとして,優れた性能の補修材料を選択したとしても,様々な過酷な環境条件の中で望ましい効果が得られるとは言えない.つまり,今までの経験と勘に依存した材料選定方法を改善し,工学的な定量化の上で,補修材料選定を行った場合,今までの予想できなかった早期劣化,すなわち,補修失敗を予防することができるということを着目し,研究を開始した.

以上のような背景を踏まえ,本研究では,劣化した鉄筋コンクリート造建築物の劣化状況および環境条件に応じた最適な断面修復材料選定ができるようなガイドラインを提案することを目的として,断面修復材自体の物性の評価および劣化部位への適用後の性能変化を有限要素解析を通じて予測し,断面修復材の性能と様々な環境や劣化状況下の躯体コンクリートとの適合性に関して考察を行った.

第1章では,本研究の背景,目的,論文の位置づけ及び構成について述べた.

第2章では,「環境の影響による水分拡散と内部発生応力」について研究を行った.

断面修復材の体積変化に関する研究

様々な環境条件の変化に対する断面修復材の体積変化および外部拘束による内部発生応力が予測できるシステムを構築する研究の一環として,入力データとして必要な断面修復材(ポリマーセメントモルタル)の水分変化と体積変化の関係を実験的に求めた.実験のパラメーターは再乳化形粉末ポリマー樹脂の含有率と,補修後の養生期間に相当する乾燥開始材齢である.体積変化率の測定結果に基づき力学的な特性や細孔構造と関連付け考察を行った.

断面修復材の乾燥と応力発生に関する研究

劣化した鉄筋コンクリート造建築物の補修,その中,断面修復工法で発生する乾燥収縮ひび割れによる再劣化のメカニズムの究明を研究目的として,一連の実験および有限要素解析を行った.まず,補修材の水分拡散係数を求めるためにMatano法を用いて乾燥実験を行い,乾燥温度とポリマー樹脂含有率を実験パラメータとする水分拡散係数を求めた.その結果と補修材の水分体積変化率,力学的な性能に基づき,一定環境条件および実環境データ(東京,沖縄,北海道)を境界条件とする非定常・非線形有限要素解析を行った.断面修復内部の相対含水率の変化と応力分布の経時変化を解析的に求め,応力発生に関与する主な材料物性パラメータに関して考察を行った.

断面修復材の吸水と応力発生に関する研究

本研究では劣化した鉄筋コンクリート造の断面修復部に対し,降雨による水分拡散とそれによる応力発生を非線形・非定常有限要素解析法を用いて評価を行った.

第3章では,「環境の影響による熱伝達と応力発生」について研究を行った.

断面修復材の線膨張係数測定に関する研究

断面修復材(ポリマーセメントモルタル)の線膨張係数を測定する目的で,ポリマー樹脂の種類,ポリマー樹脂の含有率,相対含水率実験を試験変数として測定を行った.

断面修復材の熱伝導率に関する研究

劣化した鉄筋コンクリート造構造物に対し,ポリマーセメントモルタルを用いた補修を行った場合,寿命予測数値解析シミュレーションの境界条件として欠かせない物性値である補修材の熱伝導率を求めるため,非定常測定方法の一種類である熱線法に基づいた迅速熱伝導率測定器QTM-D3を用いて測定を行った.測定値から回帰分析を行い,ポリマーの種類及び含有率,材齢,養生条件及び含水率,細骨材率を変数とする予測式を求めた.

断面修復材の比熱測定に関する研究

外部環境温度の変化による補修部位の内部温度変化を非定常有限要素解析を通じて推定する際,入力データとして必要不可欠である比熱の測定を行った.測定対象の試料は細骨材率とポリマー樹脂含有率を試験変数として作製し,示差走査熱量計(DSC)方法を採用して測定を行った.

実際の熱環境下の発生する補修部位の内部応力推定の有限要素解析

断面修復材に対し実測した熱特性に基づき,躯体コンクリートとの複合構造での熱応力を算出するため,2次元有限要素解析を行った.断面修復材の物性は3.1〜3.3までの測定値を用いた.境界条件は東京地方の日較差のデータに基づき非定常有限要素解析を行った.

第4章では,「付着特性と補修部材の力学的な挙動」について研究を行った.

劣化した鉄筋コンクリート造建築物用断面修復材の付着性に関する研究

適切な断面修復材の選定のためのガイドラインを提案するため,補修材の物性試験及び様々な界面角度での圧縮-せん断付着試験と引張‐せん断付着試験を行い破壊包絡線を求め.

躯体コンクリートと断面修復材間の境界要素の特性を考慮した補修部材の挙動に関する解析的な研究

補修部材での力学的な特性を考慮した断面修復材への要求性能を評価するため,実験結果値に基づいた有限要素解析を行った.特に,付着界面の特性を定めるため,実験と同様な解析モデルを作製し逆解析を行った.界面付着要素の特性を考慮した補修部材の解析を行い,断面修復の位置や幅,深さの変化が補修部材の性能に及ぼす影響に関して考察を行った.

第5章では,「躯体保護性能及びLCC評価」について研究を行った.

温湿度の繰返し変化によるコンクリート用断面修復材の物質移動抵抗性の変化に関する研究

断面修復材の物質移動抵抗性の経時変化を把握する目的で,高低温繰返しおよび乾湿繰返しによる促進劣化試験を実施した.圧縮強度および物質移動抵抗性を測定し細孔空隙構造と比較することより断面修復材のマトリックスの変化及び劣化因子抵抗性の低下について考察を行った.

劣化した鉄筋コンクリート造建築物に対する補修設計および寿命予測

鉄筋コンクリート造建築物の寿命予測および適切なLCC評価のため,外部環境によって経時劣化しやすい建築仕上げ材(外装材,表面被覆材,断面修復材)の研究現状と解決すべき問題点についてまとめて記述した.また,再劣化予測解析の入力条件設定に関して問題点を指摘した上で,実現状に近い劣化予測が行われるためには経時変化する材料物性値を用いる必要性に関して述べた.

第6章では,結論として本論文で得られた成果を章毎に取り纏め後,失敗しない断面修復材の選択方法について論じた.

以上のように,本研究では,劣化の状況および環境条件を考慮した断面修復材への要求性能に関してガイドラインを提案することを目指し一連の実験及び解析を行った.まず,断面修復材の長さ変化率,水分拡散係数,熱伝達率,付着特性,劣化因子浸透抵抗性などの物性値を求め,そのデータを解析入力値とした補修部材の性能変化解析を行った.その結果に基づき,補修部材における様々な角度からの断面修復材のあり方および適合性の検討を行った.本研究の成果が目標とする補修後の耐用年数を満足させる最適補修設計の基礎資料として提供できれば幸いだと思う.

審査要旨 要旨を表示する

朴同天氏から提出された「劣化した鉄筋コンクリート造の補修に用いられる断面修復材の性能評価及び躯体との適合性に関する研究」は、劣化した鉄筋コンクリート造建築物の劣化状況および環境条件に応じた最適な断面修復材料選定ができるようなガイドラインを提案することを目的とした論文であり、今までの経験と勘に依存した材料選定方法を改善し、工学的な定量化に基づき補修材料の選定を行った場合には、早期劣化や補修失敗を予防することができるということに着目し、断面修復材自体の物性の評価および劣化部位への適用後の性能変化を有限要素解析を通じて予測し、断面修復材の性能と様々な環境や劣化状況下の躯体コンクリートとの適合性に関して考察を行っている。

本論文は6章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

第2章では、断面修復材の水分変化と体積変化の関係を実験的に求め、ポリマー樹脂含有セメントモルタルの力学的な特性や細孔構造と関連付け考察を行うとともに、断面修復材の乾燥実験を行い、乾燥温度とポリマー樹脂含有率をパラメータとする水分拡散係数を求めている。また、断面修復材の水分体積変化率・力学的性質に基づき、実環境データを境界条件とする非定常・非線形有限要素解析を行い、断面修復材内部の相対含水率の変化と応力分布の経時変化を求め、応力発生に関与する主要な材料物性パラメータに関しての考察が行われている。

第3章では、ポリマー樹脂の種類、ポリマー樹脂の含有率、相対含水率を要因として断面修復材の線膨張係数の測定を行うとともに、熱線法に基づいた迅速熱伝導率測定器を用いて断面修復材の熱伝導率を測定し、ポリマーの種類、含有率、材齢、養生条件、含水率および細骨材率を変数とする予測式を求めている。また、細骨材率とポリマー樹脂含有率を要因とした試験体を作製し、示差走査熱量計を用いて断面修復材の比熱を測定し、実測した熱特性値に基づき、躯体コンクリートと断面修復材とからなる複合構造の熱応力を算出するため、二次元非定常有限要素解析を行い、温度変化環境下で断面修復材に要求される性能に関して考察を行っている。

第4章では、断面補修材について、様々な物性試験ならびに様々な界面角度での圧縮−せん断付着試験および引張−せん断付着試験を行い、付着界面の特性を表す破壊包絡線を求めるとともに、外力が作用する部位における断面修復材の選定ガイドラインのあり方に関して考察を行っている。

第5章では、高低温繰返しおよび乾湿繰返しによる促進劣化試験を実施して、断面修復材の圧縮強度および物質移動抵抗性を測定し、細孔空隙構造と比較することより断面修復材のマトリックスの変化および物質移動抵抗性の経時変化を把握した上で、適切な断面修復材について考察を行っている。また、鉄筋コンクリート造建築物の寿命予測および適切なLCC評価のためには、実現象に近い状態で劣化予測が行われる必要性を指摘し、そのためには経時変化する材料物性値を用いることが重要であると指摘している。

第6章では、本論文の結論および今後の課題が要領よくまとめられており、失敗しない断面修復材の選択方法について的確に論じられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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