学位論文要旨



No 121122
著者(漢字) 北垣,亮馬
著者(英字)
著者(カナ) キタガキ,リョウマ
標題(和) 建築外装材の視覚印象評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 121122
報告番号 甲21122
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6212号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 内藤,廣
 東京大学 教授 武田,常広
 東京大学 教授 山本,義春
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨 要旨を表示する

1章では、本研究の背景と目的、印象評価のあり方と本研究での位置付け、本研究の構成について述べた。まず本研究の背景では、近年、建築物生産において新規生産市場が成熟し、社会的ストックである既存の建築物を利用しようとする状況、新規建設のみならず、維持や運営なども含めた建築活動全般における地球環境に対する配慮が強く要望されてきているという、技術的にも経済的にもブレイクスルーが望まれている現状があり、その点において、環境問題に対応した技術と人間の行動、風評に関わる技術が大きく意義を持つものとして注目されてきている背景を述べた。このような背景をうけて、建築物の長寿命化・長期利用を目指し、美観の観点から見たときの建築性能のひとつして、「美観性能」を定義し、美観性能を評価するための測定技術として印象評価技術の必要性を強調した。

2章では、材料表面の光学的属性について議論し、材質に依存しない材料表面が視覚に与える情報をモデル化した。この作業を可能なかぎり完璧に遂行するために、量子光学、電磁気学、古典幾何光学、その対立理論として現象学的に追求されたゲーテの色彩論、仮想現実技術各分野の既往の研究を参考にして、材料表面における光学的挙動をそれぞれの学問的立場から解釈を与えることで、それらを統合することを試みた。

3章では、2章でモデル化した光学的属性を受けて、光学的属性の計測理論について詳述した。一般に計測手法というのは、光学的技術的背景を多分にもっているため、光学的属性を計測することがもっとも繊細な考慮を要する。多くの工学分野・医学分野ではこれらのことはほとんど明確であり、これらの分野の既往の研究を紐解けば、光学的属性の繊細な計測手法についての重要性は容易に理解できる。しかしながら、視覚を扱う多くの既往の建築計画学の分野ではこれらのことがまったくおざなりにされており、計測の問題点が指摘されないまま研究がされてきた背景がある。このことを受けて、計測器としてのデジタルカメラ、測色計の測定機構について詳述し、これらの部品一つ一つの技術的背景にまで可能な限り還元することで、材料表面の光学的属性の測定について、測定機器を含めた「物理学的なモデル」と捉え、正確な測定のための理論の確立および測定手法の開発を行った。この結果として、既往のデジタルカメラを使用した研究についてはその結論についてかなり正当性に疑問を残すものも多いことを明らかになったことは残念であったが、測色計とデジタルカメラを併用することによって大面積の測色が保証できる精度で測定・補正することが可能になった。また、現状の測定・補正手法は、さらにより精度を上げることが可能であるので、精密な測色についての技術理論についても大きな道筋をつけることができた。

4章では、2章、3章によってモデル化された材料表面の光学的属性に対して、人間の感覚器官側の反応としての視覚認知モデルを構築した。まず構築に当たって、脳神経科学・心理物理学、心理哲学、仮想現実技術、人工知能、視覚情報処理学の既往の研究をベースに、人間が視覚認知から印象という感覚出力までのメカニズムについてそれぞれの学問的見地から解釈し、それを統合することを試みた。特に人間の印象評価にとって必要かつ十分な認知成分である奥行き、色、形の知覚に注目し、それぞれの知覚に内包されるさまざまな処理系の並列処理(複数の知覚が同時に起こっていて、それに対する感覚の出力が同時に行われていること)、両義性(出力される任意の感覚が複数の処理系によって由来していること)・不確定性(一つの刺激がどの処理系に依存しているか不確定であること)がすべての学問的立場においても共通していることを明らかにした。

この並列処理性、両義性、不確定性を認知の解明すべき領域としてではなく、認知活動における原則として考えると、既往の印象評価技術とは原則上、解明不可能な問題であることがわかる。すなわち、既往の研究における印象評価とは、まず対象を視覚認知することで、その刺激に対してどのような反応があったかに注目し、その反応のプロセスを探索することを最大の目的としてきたが、そのアプローチでは印象評価は理論的に成立しえない。そこで、きわめて現実問題に則して考えてみると、そもそも印象評価というものの本質が、人間がその視覚認知する目的になっている行為の動機・欲望について明らかにした上で、その行為について視覚認知した対象が適合しているか否か、によって評価される、ということに定義を捉えなおした。このように捉えることで、行動の動機を基点とした印象評価プロセスモデルを構築した。特に、建築材料は、かならず人間の行動に則した用途を持っていることから、このモデルを適用することで、建築材料の印象評価による最適化も可能であることを指摘しており、その一例として最適な建築材料検索のためのデータベースモデルを提案した。

5章では、材料表面の光学的属性の周波数的解釈が、適合度としての印象に大きな影響を与えているという既往の印象評価研究を踏まえ、その光学的属性の分布について評価するための手法として、二次元フーリエ変換を用いた外装材料の特徴抽出手法を開発した。代表的な周波数をもったスペクトルの強度だけを抽出することで、かなり汎用に、複雑、かつ不規則な模様であっても、その特徴を把握することができる。しかも、元の画像に比較して、その圧縮率が高く、代表的なスペクトルがそのまま保存されているので、特徴量をまた別のテクスチャの特徴評価指標として加工することも可能である。これらの利点は外装材のようなさまざまな模様が存在する建材において、汎用性の高い特徴抽出手法であるといえる。

6章では、5章の二次元フーリエ変換によるテクスチャ特徴の抽出手法をさらに拡張して、カラーに対応させた。これは、代表的なスペクトルの中から、色を発現するのに効いているスペクトルを発見する手法である。また、建材は画像と画像の差異、すなわち汚れをスペクトルで評価することが必要になってくることから、画像間のスペクトルの減算によって、画像の差異が抽出でき、これが汚れに相当するものであることを、実際の建材の画像を用いて示した。

画像一枚の色分布の特徴、画像の間のノイズ特徴の抽出を開発したことで、建材における汚れ、色特徴をこの手法によって評価できるものと考える。

7章では、前章までの研究を踏まえ、色や模様を視覚情報として与えることで、人間の生体反応にどのような影響を与えるのかを評価するための実験を行った。

この際、既往の文献から、まず、視覚情報が生体に与える影響をモデルとして構築し、視覚情報によってもたらされる生体反応のうち、快適性や精神的興奮・落ち着きにあたるものは、MayerWaveの変化として現れる、と推測した。

そこで、まず被験者のゆらぎ模様と普通の正弦波の濃淡模様を呈示したところ、RRIの周波数解析結果について、呈示期間を前後に二分割したデータを周波数解析したところ、一部の被験者のLFについては、ゆらぎ模様があるほうが、前半よりも後半のLFの値が小さくなった。そして、LFの値が小さくならなかったものについては、呼吸由来の周波数成分がLF帯域内に混在しており、これによる影響が大きいことが考えられた。

また色タイルについても、RRIの周波数結果について、呈示時間全期間におけるLFについては有意差が得られなかったものの、前後半区間ごとの周波数解析については、全色(赤、オレンジ、黄、青、緑)において、LFの値が被験者すべてで上昇した。

また、アンケートの結果、青の嗜好性が高いことがわかっている被験者Aについて、その瞳孔反応が、他の色の場合のデータにくらべて、時系列に小さくなっている傾向が確かめられた。

これは、神的安定に伴う、LFの減衰が瞳孔反応という形で現れているものと考えられ、また、瞬目もこの瞳孔反応に影響を与えているものと考えられることから、瞬目を考慮した瞳孔反応の測定にもとづく自律神経の制御バランスの評価がありえるのではないか、ということを示唆した。

モデルの有効性については、まだ十分明らかにされたとはいえないが、仮に人間の視覚情報に基づく生体反応が、モデルに基づくことを仮定すると、本実験で得られた結果は、視覚情報の変化によって、Mayer waveに変化が表れ、これの影響によるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

北垣亮馬氏から提出された「建築外装材の視覚印象評価に関する研究」は、建築物の美観・景観を決定する最大の要因の一つである外装材を対象に、外装材表面情報から特徴を正確に抽出する手法、建築外装材の色情報やテクスチュアを正確に測定する手法、その特徴に対して人間がどのような生体反応を生じるのかについて考察したものであり、人間の視覚情報に基づき導き出される印象を定量的に評価できる手法を提示している。建築設計時における最適な建築材料の選定、既存建築物の維持補修計画の最適化、建築空間の印象評価などにおいて役立つ非常に有益な情報を提供している。

本論文は8章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景と目的、印象評価のあり方と本研究での位置付け、本研究の構成などが的確に述べられている。

第2章では、材料表面の光学的属性に関して、量子光学、電磁気学、古典幾何光学、その対立理論としてのゲーテの色彩論、仮想現実技術など、各分野の既往研究が綿密に調査されるとともに、それぞれの学問的立場から解釈が与えられ、材料表面の視覚情報を材質に依存しない光学的属性という形でモデル化することに成功している。

第3章では、視覚問題を扱う建築計画学の分野においてはこれまで全く検討がなされてこなかった光学的属性の計測に関する問題点を指摘し、計測器としてのデジタルカメラおよび測色計の測定機構および部品個々の技術的問題点を検討した上で、材料表面の光学的属性の測定行為を測定機器までも含めた「物理学的なモデル」と捉え、正確な光学的属性の測定のための理論を確立するとともに、精度の高い測定手法・補正方法の構築が行われている。

第4章では、第2章および第3章でモデル化された材料表面の光学的属性に関して、脳神経科学、心理物理学、心理哲学、仮想現実技術、人工知能、視覚情報処理学などの既往の研究に基づき、人間の視覚認知から印象という感覚出力までのメカニズムについて検討がなされ、人間の感覚器官側の反応としての視覚認知モデルが構築されている。特に、人間の印象評価にとって不可欠な認知成分である奥行き・色・形の知覚に注目し、それぞれの知覚に内包される様々な処理系の並列処理・両義性・不確定性がすべての学問的立場においても共通していることを明らかにしており、印象評価は人間の行為の動機・欲望と視覚認知対象との適合性を評価することであると定義し、行動の動機を基点とした印象評価プロセスモデルが構築されている。

第5章では、材料表面の光学的属性の周波数的解釈が適合度としての印象評価に大きな影響を与えているという既往研究を踏まえ、その光学的属性の分布を評価するための手法として、2次元フーリエ変換を用いた外装材料の特徴抽出手法を開発し、代表的な周波数のスペクトル強度だけを抽出することで、建築材料が複雑かつ不規則な模様を有していてもその特徴を汎用的に把握することを可能としている。

第6章では、2次元フーリエ変換による特徴抽出手法をさらに拡張して、代表的なスペクトルの中から色効用スペクトルを発見する手法を開発するとともに、画像間のスペクトルの減算によって画像間のノイズの特徴を抽出する手法を開発し、建築外装材における汚れや色彩的な特徴を評価すること可能とした。

第7章では、前章までの研究を踏まえ、色や模様といった視覚情報が人間の生体反応に及ぼす影響を評価するための実験を行い、心拍変動は視覚刺激によって有意な誘発反応を生じさせないが、瞳孔面積については有意な変化を生じさせることを確認し、瞳孔面積変化は、建築材料のような複雑なテクスチャに対しても有効に利用できる評価指標であることを示すとともに、生体反応情報に基づく建築材料選定の将来像、維持補修段階における意志決定手段としての生体反応情報の活用などについても先鋭的な概念を提示している。

第8章では、本論文の結論および今後の課題が要領よくまとめられている。

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