学位論文要旨



No 121123
著者(漢字) 久貝,壽之
著者(英字)
著者(カナ) クガイ,トシユキ
標題(和) 防災性能評価に基づく市街地整備計画に資する地区レベル道路網の防災性能評価手法の構築
標題(洋)
報告番号 121123
報告番号 甲21123
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6213号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 講師 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

1995年兵庫県南部地震は、大都市の抱える問題を改めて我々に認識させた。その中で地区レベルの新たな問題として道路閉塞の問題が顕在化した。建物倒壊などによって多数の道路が閉塞し、車両の通行や歩行が困難になり、災害対応活動の支障となった。特に、消防車両が到達できないような孤立した地区や迂回を繰り返さないと到着できない区域が生じ問題となった。このことは、道路閉塞が地区全体の道路網の機能に深刻な影響を与えたことを意味しており、道路網の防災性能が地区レベルの防災計画を考えるとき非常に重要なことを示している。

消防行政の観点からは、地震発生時に消防車両が進入できなくなる孤立地区や活動が困難となる地区を予め把握し、対策を立てておくことは重要であるし、都市計画の観点からは、このような問題となる地区を早期解消するために道路整備等によって災害に強いまちづくりを進めることが求められている。

このような対策を考える上で必要となるのが地区レベルの道路網の防災性能評価手法である。ここでいう防災性能は、道路閉塞に対し地区全体の道路網が機能する度合を意味しており、個々の道路の閉塞のしやすさ及び道路の不足率が説明変数となるものである。

道路網の定量的な防災性能評価手法が確立されれば、危険な区域を客観的に把a握することができるようになる他、市街地整備においては性能評価に基づく整備a基準など地域特性を踏まえた防災まちづくり計画方針を導くことが可能となり、aより効率的な消防行政及び都市計画行政に資することができる。

本研究の目的は、市街地の防災性能評価に基づいた市街地整備計画づくりを実現すべきであるという問題意識に立脚し、それに必要な道路網の防災性能の評価手法を構築することにある。

市街地の防災性能評価に基づいた市街地整備計画づくりとは、まず都府県レベaルの地域から防災性能が低い地区を理論的根拠に基づき客観性のある評価を行うaことによって抽出し、次に、抽出された地区の整備方針を各々の地区の防災性能aから見た特性に応じて検討するというものである。これにより、最も効率的な市a街地整備方針を導くものであり、地震時の消防活動対策や都市防災対策の支援にa資するものである。

本研究では、防災性能として災害対応活動ができる範囲に着目する。特に消防活動に焦点をあてて記述するが、提示する評価方法が適用できるのは消防活動に限ったものではない。本研究では、基礎理論としてパーコレーション(浸透)理論を採用し、これに基づいて評価方法を構築している。パーコレーション理論の応用研究としては、市街地延焼危険に関する研究はあるが、本研究のように道路網の防災性能評価に応用したものはない。本研究は、パーコレーション理論の防災性評価への応用研究とも位置付けられるものである。

2章では、パーコレーションモデルについて述べている。パーコレーションモデルとは、空間上に分布する点を「ランダム」に「つなぐ」という幾何学的な確率モデルであり、点のことを「サイト」、点をつなぐ線のことを「ボンド」、生成されるつながりのことを「クラスター」と呼ぶ。パーコレーション理論はクラスターの挙動に着目した理論である。

有限サイズスケーリング仮説とは、クラスターの挙動を表す関数を、領域の大きさLによってスケーリングすることによって一つの関数fscで表すことができるものである。すなわち、

R(L,p)=fsc{(p-pc)L^(1/ν)} [1]

θ(L,p)=L^(-β/ν)fsc{(p-pc)L^(1/ν)} [2]

χ(L,p)=L^(-γ/ν)fsc{(p-pc)L^(1/ν)} [3]

ただし、γ=4/3、β=5/36、γ=43/18、閾値pcは、正方格子パーコレーションモデルボンド過程の場合、1/2である。

3章では、地区レベルの道路網における活動障害の発生と、ボンド過程のパーコレーションモデルとの類似性に着目し、地区レベル道路網の防災性能の評価方法をパーコレーション理論に基づいて構築した。

構築した評価理論では、「つながり」の挙動を表す3つの関数R(L,p)、θ(L,p)、aχ(L,p)に着目し、これを用いて震災時の道路網の防災性能を評価している。各関a数は、順に、「消防車両が対象地域内を通過できる確率」、「最大活動可能区域率」、a「活動可能区域の平均の大きさ」という防災性能として具体的な意味のある絶対a的な評価値となっていることが特徴である。また、各関数について「有限サイズaスケーリング仮説」が実用範囲で成立することを示し、任意の大きさの領域に対aして統一的に評価できる方法を提示した。

得られた評価理論の意義は、(1)パーコレーション理論に基づいた普遍性の高い評価理論である、(2)防災性能が具体的な意味のある絶対値で評価される、(3)任意の大きさの領域に対して統一的に適用できる、ことにある。

4章では、構築した評価理論を実際の市街地に適用する際に障害となっていた「道路リンクの通行可能確率を一律とする」という仮定を実際の市街地に適用し得るものに変えて、評価理論を再構築した。

実際の市街地に即して市街地及び道路閉塞をモデル化してシミュレーションし、交差点間の道路リンクの通行可能確率の分布の特性を分析した結果、分布形状が概ね三角形となることが得られた。

通行可能確率が三角形分布に従う場合について、通行可能確率の平均値を制御変数としてシミュレーションを行い、評価理論を再構築した。結果として、有限サイズスケーリング仮説が成り立ち、これまで構築した評価理論と同じ枠組みで評価が可能であることが得られた。すなわち、防災性能として意味のある絶対値である、3つの関数R(L,p)、θ(L,p)、χ(L,p)、で評価が可能で、かつ、任意の大きさの対象に統一的に適用できることを明らかにした。

さらに通行可能確率を一律とした場合と、三角形分布とした場合とで、導かれたスケーリング関数の形状を比較した結果、すべての評価関数についてスケーリング関数が一致することが明らかになった。このことにより、これまで構築した評価理論は、道路リンクの通行可能確率が一律でなく、三角形分布である場合にも、適用できることを意味しており、本評価理論の普遍性の高さが明らかになった。

5章では、都府県レベルの地域から道路網の防災性能が低いとされる町丁目レベルの地区を抽出できる評価手法を確立した。ここでは、東京都特別区を対象として、本研究でこれまで構築してきた評価手法(以下、マクロな手法という。)により得られる結果と、即地的な詳細データに基づく評価手法(以下、ミクロな手法という。)により得られる結果を比較することによって評価精度と評価結果を検証し、マクロな手法が防災性能上脆弱である地区を抽出できる手法として妥当であるかどうかを考察した。

まず、ミクロな手法による道路網の防災性能評価では、即地的な詳細データを用いるとともに、実際の市街地道路網形状をモデル化して手法を構築し、東京都特別区を町丁目単位にシミュレーションを実施した。

次にマクロな手法による道路網の防災性能評価は、道路数や交差点数、平均道路通行可能確率と有限サイズスケーリング関数から導かれ、同じく東京都特別区を町丁目単位にシミュレーションを実施した。

これらマクロな手法による評価値とミクロな手法による評価値の集計値とを比較すると、1次関数で示される対応関係が得られ、異なる大きさの地表最大速度(PGV)であっても同様の結果であった。したがって、これまで構築してきたマクロな手法は、平均値という前提ではあるが高い評価精度を確保できたといえ、防災性能上脆弱である地区を抽出できる評価手法として妥当であることを導いた。

6章では、道路閉塞に関する道路網防災性能と市街地パラメータとの関係構造を解明し、防災性能上脆弱な地区の地域特性に応じた効率的な市街地整備方針を導出する手法について考察した。

まず、前章で得られた東京都特別区の評価結果に基づき、都府県レベルの地域から道路網の防災性能上脆弱な町丁目レベルの地区を抽出するとき基準となる防災性能指標について考察した結果、道路リンク数割合で示す防災性能指標と、道路リンク長さで示す防災性能指標を併用して防災性能上脆弱な地区を抽出する必要があることが得られた。次に、ミクロ及びマクロな手法それぞれにより得られた防災性能指標χ(L,p)の評価値の関係を把握するため、地表面最大速度(PGV)別に回帰分析を行ったところ、平均値という前提条件はあるが高い相関関係が得られ、マクロな手法の精度の高さが導かれた。

さらに、道路網防災性能の構造解明のため、道路網の防災性能とそれに寄与する市街地パラメータ群(例えば老朽木造建物棟数など)との関係を考察した。構造化できれば、市街地整備計画における道路閉塞に関する防災性能の観点から評価することが可能となるとともに、より地域に適した整備方針を導出することが可能となる。そこで、道路通行可能確率を導く道路閉塞確率及び道路リンク不足率に着目して、前章の東京都の評価結果に基づき、市街地パラメータとの関係を重回帰分析により回帰式をそれぞれ導いた。その結果、高い相関関係が得られたことにより、道路網防災性能と市街地パラメータとの関係を構造化して示すことができた。このように、防災性能とそれに寄与する市街地パラメータとの関係構造を明らかにできたことにより、定量的な防災性能評価に基づきどのパラメータをどれくらい改善すべきかということを導く手法を確立することができた。

したがって、消防行政及び都市計画行政に資する防災性能評価手法として、防災性能が脆弱な地区を客観的に把握することができ、さらに市街地整備計画においても道路閉塞に関する防災性能という観点から評価することが可能になり、より地域に適した整備方針の導出が可能となる一連の防災性能評価手法を構築することができた。

審査要旨 要旨を表示する

1995年兵庫県南部地震は,大都市の抱える問題を改めて我々に認識させ,その中で地区レベルの新たな問題として道路閉塞の問題が顕在化した.建物倒壊などによって多数の道路が閉塞し,車両の通行や歩行が困難になり,災害対応活動の支障となった.このことは,道路閉塞が地区全体の道路網の機能に深刻な影響を与えたことを意味しており,道路網の防災性能は地区レベルの防災計画を考える上で非常に重要なことである.

消防行政の観点からは,地震発生時に消防車両が進入できなくなる孤立地区や活動が困難となる地区を予め把握し,対策を立てておくことは重要であるし,都市計画の観点からは,このような問題となる地区を早期解消するために道路整備等によって災害に強いまちづくりを進めることが求められている.このような対策を考える上で必要となるのが地区レベルの道路網の防災性能評価手法である.

そこで,本研究では市街地の防災性能評価に基づいた市街地整備計画づくりを実現すべきであるという問題意識に立脚し,それに必要な道路網の防災性能の評価手法を構築している.本研究でいう防災性能とは,道路閉塞に対し地区全体の道路網が機能する度合を意味している.また,市街地の防災性能評価に基づいた市街地整備計画づくりとは,まず都府県レベルの地域から防災性能が低い地区を理論的根拠に基づき客観性のある評価を行うことによって抽出し,次に,抽出された地区の整備方針を各々の地区の防災性能から見た特性に応じて検討することとしている.

本研究では,基礎理論としてパーコレーション(浸透)理論を採用し,これに基づいて評価方法を構築している.パーコレーション理論の応用研究としては,市街地延焼危険に関する研究はあるが,本研究のように道路網の防災性能評価に応用したものはない.本研究は,パーコレーション理論の防災性評価への応用研究とも位置付けられるものである.

本研究の成果として,2章ではパーコレーションボンド過程モデルについて有限サイズスケーリング仮説が成り立つかどうかをシミュレーションにより検証し,仮説の成立を導いている.これにより任意の領域の大きさに対して評価が可能としている.

3章では,地区レベルの道路網における活動障害の発生と,ボンド過程のパーコレーションモデルとの類似性に着目し,地区レベル道路網の防災性能の評価方法をパーコレーション理論に基づいて構築している.

構築した評価理論では,パーコレーションボンド過程モデルの3つの関数,R(L,p),θ(L,p),χ(L,p)に着目し,これを用いて震災時の道路網の防災性能を評価している.各関数は,順に,「消防車両が対象地域内を通過できる確率」,「最大活動可能区域率」,「活動可能区域の平均の大きさ」という防災性能として具体的な意味のある絶対的な評価値となっている.

4章では,構築した評価理論を実際の市街地に適用する際に障害となっていた「道路リンクの通行可能確率を一律とする」という仮定を実際の市街地に適用し得るものに変えて,評価理論を再構築している.

実際の市街地に即して市街地及び道路閉塞をモデル化してシミュレーションし,交差点間の道路リンクの通行可能確率分布形状が概ね三角形となることを導いた.さらに通行可能確率を一律とした場合と三角形分布とした場合において導かれたスケーリング関数の形状を比較した結果,これまで構築した評価理論は,道路リンクの通行可能確率が三角形分布である場合にも適用でき,本評価理論の普遍性の高さを明らかにしている.

5章では,都府県レベルの地域から道路網の防災性能が低いとされる町丁目レベルの地区を抽出できる評価手法を確立した.ここでは,東京都特別区を対象として,本研究でこれまで構築してきた評価手法(以下,マクロな手法という.)により得られる結果と,即地的な詳細データに基づく評価手法(以下,ミクロな手法という.)により得られる結果を比較することによって評価精度と評価結果を検証している.

その結果,これまで構築してきたマクロな手法は,平均値という前提ではあるが高い評価精度を確保できたといえ,防災性能上脆弱である地区を抽出できる評価手法として妥当であることを導いている.

6章では,道路網防災性能の構造解明のため,道路網の防災性能とそれに寄与する市街地パラメータとの関係を考察している.

ここでは「道路通行可能確率」を導く「道路閉塞確率」及び「道路リンク不足率」に関して,市街地パラメータとの関係を5章の評価結果に基づき重回帰分析を行っている.導かれた回帰式によって,道路網防災性能と市街地パラメータとの関係を構造化して示している.これにより,市街地整備計画における道路閉塞に関する防災性能の観点から評価することができ,より地域に適した整備方針を導出する手法を確立できたと結論づけている.

本研究は,消防行政及び都市計画行政に資する防災性能評価手法として,道路閉塞に関する防災性能が脆弱な地区を客観的に把握することから,市街地整備方針を定量的な評価結果に基づき導出するまでを一連の評価手法として構築している.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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