学位論文要旨



No 121126
著者(漢字) 村上,道夫
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ミチオ
標題(和) 都市ノンポイント汚染源由来の重金属類の雨水浸透施設における吸脱着
標題(洋)
報告番号 121126
報告番号 甲21126
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6216号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

都市化によるコンクリート及びアスファルト舗装などの不浸透面の増加は、雨水の地下への浸透の減少をもたらしてきた。都市域の浸水制御は、下水道の整備によって、雨水を効率的に流域外へ排除することで成功してきたが、都市域の健全な水循環の観点からは未だ大きな課題が残されている。東京では、利用する水の多くを流域外からの取水によって賄われており、水資源の観点からは全く自立できていない。流域外からの水の導入によって支えられる現行のフロー型水利用システムには限界があり、持続可能な水資源の確保を行うために、多様な水資源として都市域の地下水が再評価されつつある。その地下水涵養の手法として、都市域における雨天時流出水の浸透が期待されている。

東京の石神井川と白子川の流域では、1982~83年に様々な雨水浸透施設が組み込まれた雨水流出抑制型下水道(experimental sewer system; ESS)が実験的に整備され、以来20年以上、雨天時流出水を地下へと涵養させている。雨水浸透施設は、大降雨時の雨水流出抑制を主たる目的として導入されたものであった。従って、既存研究では、大降雨時におけるピーク流量の削減を中心に、雨水浸透施設の貯留及び浸透機能を評価してきた。しかしながら、雨水浸透施設の流出抑制の機能よりも地下水涵養の機能に注目すると、小中降雨を含んだ様々な降雨を対象に、降雨特性ごとに雨水浸透施設からの浸透量を定量的に評価することが望まれている。また、雨水浸透施設には、雨水流出抑制と地下水涵養効果に加え、ノンポイント汚染物質の保持という機能が見込まれる。そのため、都市交通由来の重金属類などによる地下水汚染の懸念がある一方で、雨水浸透施設内の土砂や堆積物の重金属蓄積による除去機能への期待がある。都市交通由来の微量汚染物質の起源と運命を明らかにすることが重要であるにも関わらず、雨水浸透施設におけるノンポイント汚染物質の存在状態や挙動に関する報告例は限られており、特に日本における研究例は極めて少ない。雨水浸透施設には、下水道への雨天時流出水及び汚濁物質負荷量を削減し、地下水涵養を果たし、汚染物質を浸透施設内での蓄積除去に機能するという可能性が秘められている。透水性舗装・浸透桝・浸透トレンチなどの雨水浸透施設は、限られた空間的スペースに導入できるという利点がある。今後の雨水利用を推進した水管理を社会により根づかせるためには、量的・質的の両観点からその利用を検討することが非常に重要であると考えられる。

そこで、本研究では、雨水流出抑制型下水道における各種浸透施設からの浸透水量を定量化すること、また、重金属類の蓄積状態と吸脱着の機構を明らかにすることで、雨水浸透施設内の桝堆積物による重金属類の吸着による除去能を評価することを目的とした。

まず、第一に、雨水浸透施設が導入された地域での雨天時流出挙動を、浸透施設の貯留能と浸透能を計算するサブモデルが組み込まれた分布型モデルを用いることで表現し、降雨特性ごとに各浸透施設からの浸透量を類型化した。その結果、浸透施設の機能を考慮しなかった場合と比較して、浸透施設の機能を考慮した場合の下水管への越流量は1/3まで削減されるという顕著な流出抑制効果があること、さらに、浸透施設の浸透能が流出抑制効果の支配因子であることが明らかとなった。浸透施設からの地下水涵養量は総降雨量の36%に相当し、浸透施設の中でも特に、浸透LU側溝による寄与が大きく、降雨特性に依存せずに機能していたことが明らかとなった。設置19年経過後においても、雨水浸透施設は地下水涵養及び大降雨時の流出抑制の観点から極めて有効に機能していることが確かめられ、ノンポイント汚染物質の捕捉機能の観点からも重要な機能を果たす可能性が示唆された。

第二に、桝堆積物への都市交通由来の重金属類の蓄積状態を現場調査から明らかにした。まず、雨水浸透桝内の堆積物の堆積状況の調査によって、浸透施設導入20年経過後において、浸透桝の大半が堆積厚2 cm未満の良好な状況を維持していた一方で、浸透トレンチ連結部の高さ付近まで堆積している浸透桝(堆積厚8 cm以上)や底部浸透面が目詰まりしたために滞水している浸透桝もあったことが観察された。次に、幹線道路塵埃、住宅地道路塵埃、桝堆積物及び浸透域土壌中重金属類含有率を調査することで、都市交通活動により汚染が広まる重金属類として、Pb、Zn、Cu、Cd、Cr、Niが挙げられた。次に、主成分分析を行った結果、主成分1を都市交通汚染、主成分2をそれ以外の非人為汚染の指標と見なすことができた。堆積厚8 cm以上の桝堆積物における主成分1の主成分得点は、堆積厚8 cm未満の桝堆積物、住宅地道路塵埃及び浸透域土壌における主成分1の主成分得点よりも有意に高かった。特に、堆積厚8 cm以上と8 cm未満の浸透桝とで桝堆積物中のCr、Cd、Pb含有率の差異が明らかとなった。その理由として、桝堆積物の蓄積などによる浸透能の低下によってCr、Cd、Pbの吸着が促進されたと考えられた。桝堆積物が重金属類の吸着除去に機能していることが示された。

第三に、人体への毒性が強く、桝堆積物による吸着が示唆されたCr及びPbに特に注目し、電子線マイクロアナライザー(electron probe micro analyzer; EPMA)を用いて、道路塵埃及び桝堆積物中のCr及びPb含有粒子を特定し、粒子別にその主成分を明らかにすることで起源推定と存在状態の調査を行った。その結果、道路塵埃及び桝堆積物は、土壌鉱物粒子、非土壌鉱物粒子、土壌鉱物粒子と非土壌鉱物粒子の複合体といった様々な組成を持つ粒子の集合体であることが確認され、その中で、特異的に高濃度(〓 2,000 mg/kg)でCr又はPbを含有する粒子が存在することが明らかとなった。幹線道路塵埃のCr及びPbの両方を高濃度で含有する粒子は、標示用黄色塗料を含む粒子だと考えられ、また、道路塵埃及び桝堆積物における、Crを含み、かつPbを含まない粒子はステンレス材のようなFeを主成分とする起源由来であると考えられた。さらに、それらの起源粒子が土壌鉱物粒子に付着した状態で存在していることが明らかとなった。桝堆積物中のPb含有粒子のほとんどは、幹線道路塵埃におけるPb含有粒子とは異なって、土壌鉱物粒子の組成以外の特異的な成分を持つことはなかったことから、吸着による桝堆積物のPb含有率の増加を支持する結果となった。

第四に、桝堆積物による重金属の吸着除去機構の上で非常に重要であると考えられた、道路流出水中での化学形態(speciation)、特に有機錯体のようなアニオン態に着目し、道路塵埃溶出液の特性と桝堆積物への吸着能を評価した。まず、幹線道路塵埃及び住宅地道路塵埃溶出液を比較することで、都市交通活動に関連してCrやCuなどの溶出濃度が高く、特にCrの溶出には標示用黄色塗料が起因すると考えられた。さらに、道路流出水を模擬するために、純水、硝酸及び水酸化ナトリウムを溶媒とした溶出試験を行い、振とう後に中性から弱アルカリ性となる溶出を、桝堆積物の重金属類吸脱着評価のための実験条件として設定した。その上で道路塵埃溶出液と桝堆積物の混合による吸脱着試験を行い、樹脂を用いた実験手法とモデルを用いたコンピュータ計算とを組み合わせることで、溶出液の化学形態の観点から道路塵埃由来の重金属類の桝堆積物による吸着除去能を議論した。その結果、道路塵埃溶出液中の溶存態有機物が桝堆積物と混合前後で変化しない一方で、有機錯体のCuやアニオン態のCrは桝堆積物によって吸着されること、また、桝堆積物の種類によっては、道路塵埃溶出液と桝堆積物との混合により、桝堆積物からMn、Zn、Cdの溶出が促進される場合があることが明らかとなった。

最後に、雨天時流出モデルによる水収支と道路塵埃溶出液と桝堆積物の混合による吸脱着試験で得られた吸着能に基づき、雨水浸透施設内堆積物による都市ノンポイント汚染源由来の溶存態Cr及びCuの除去率を試算した。吸着能に基づいた評価は、実現場での吸着量評価を反映していない可能性もあるが、その吸着除去率はCrにおいて52%、Cuにおいて57%と試算され、合流式下水道への越流負荷量と地下への浸透負荷量の削減の両面において大きく貢献する可能性が示唆された。

以上を総括すると、雨水浸透施設が、降雨特性に関わらず地下水涵養の観点から大きく機能していること、及び、効果的な重金属類の吸着除去機能があることが示され、地下水涵養と下水道への越流負荷量の削減に機能しうると考えられた。地下水涵養及び重金属類の蓄積の両観点から、雨水浸透施設の浸透能が重要な因子となっていると考えられ、雨水浸透施設の維持管理の上で重要な知見が得られた。都市交通活動に関連した溶出濃度及び毒性の高い重金属類としてCrが挙げられ、かつ、標示用黄色塗料がその溶出に寄与することが推測されたが、桝堆積物はそれらの除去にも効果があった。しかし、一方で、桝堆積物によっては、道路流出水と混合されることで、逆に桝堆積物に蓄積されたZnやCdなどの溶出が促進される場合もありうることが明らかとなり、今後、溶出液及び桝堆積物の特性の両観点から、吸脱着の機構を解明することが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、「都市ノンポイント汚染源由来の重金属類の雨水浸透施設における吸脱着」と題して、8つの章から論文を構成している。

第1章では、研究の背景と目的、および論文の構成を述べている。

第2章では、都市域における道路交通由来の汚染物質の挙動や雨水浸透施設に関する既存の研究をとりまとめて示している。特に、雨天時における汚染物質の流出挙動や土壌などの固形物からの重金属類の溶出実験、さらに重金属類の化学形態測定や評価方法などに関する文献について詳細に整理されている。

第3章では、道路塵埃や雨水浸透施設内の堆積物を対象とした、化学分析方法や電子線マクロアナライザーによる粒子中の元素組成測定方法が説明されている。

第4章では、約20年前に雨水浸透施設が導入された下水道排水区における雨天時観測データを活用して、浸透施設の貯留能と浸透能を考慮できるサブモデルを組み込んだ分布型モデルを用いて雨水の流出挙動を詳細に解析することに成功している。降雨特性により類型化した降雨群ごとに各浸透施設からの浸透量を評価するとともに、浸透施設の導入によって顕著な流出量削減効果があり、浸透施設からの地下水涵養量が総降雨量の36%に相当したこと、浸透施設の中でも浸透LU側溝による寄与が大きく、降雨特性に依存せずに機能していたことなどを明らかにしている。

第5章では、雨水浸透桝堆積物による都市交通由来の重金属類の蓄積状態を現場調査に基づき評価している。まず、浸透桝の大半が堆積厚2 cm未満の良好な状況を維持していた一方で、浸透トレンチ連結部の高さ付近まで堆積している浸透桝(堆積厚8 cm以上)や底部浸透面が目詰まりしたために滞水している浸透桝もあることを示した。幹線道路塵埃、住宅地道路塵埃、桝堆積物、浸透域土壌中重金属類含有率を比較することで、都市交通活動による重金属類汚染指標として、Pb、Zn、Cu、Cd、Cr、Niが有効であること、堆積厚の違いによりCr、Cd、Pb含有率に差異があることを統計的に明らかにしている。堆積厚8 cm以上の桝堆積物における人為汚染の高さの理由として、桝堆積物の蓄積に伴う浸透能の低下によってCr、Cd、Pbの吸着が促進されている可能性を示した。

第6章では、人体への毒性が強く、桝堆積物による吸着が示唆されたCr及びPbに特に注目し、電子プローブマイクロアナライザー(electron probe micro analyser; EPMA)を用いて、道路塵埃及び桝堆積物中のCr及びPb含有粒子を特定し、粒子の起源推定と存在状態の把握を試みた成果をまとめている。道路塵埃及び桝堆積物は、土壌鉱物粒子、非土壌鉱物粒子、土壌鉱物粒子と非土壌鉱物粒子の複合体といった様々な組成を持つ粒子の集合体であることや、特異的に高濃度(〓 2、000 mg/kg)でCr又はPbを含有する粒子が存在することを明らかにした。そして、その粒子の重金属元素組成から幹線道路塵埃のCr及びPbの両方を高濃度で含有する粒子は、標示用黄色塗料を含む粒子であること、道路塵埃及び桝堆積物の粒子でCrを含み、かつPbを含まない粒子はステンレス材のようなFeを主成分とする起源由来であると推定している。さらに、桝堆積物でPbを高濃度に含有する粒子は、そのほとんどが土壌鉱物粒子の組成を持ち、幹線道路塵埃におけるPb含有粒子とは異なっていることから、道路排水由来のPbを吸着している可能性を示唆している。

第7章では、道路流出水の溶存重金属類の化学形態(speciation)、特に有機錯体のようなアニオン態に着目し、道路塵埃溶出液の特性と浸透桝堆積物への吸着能を評価している。道路流出水を模擬するために道路塵埃溶出液と桝堆積物の混合による溶出実験を行い、化学形態を考慮可能な水質組成モデル計算とを組み合わせることで、道路塵埃由来の重金属類の桝堆積物による吸着除去能を議論している。その結果、道路塵埃溶出液中の溶存態有機物が桝堆積物に吸着されない一方で、有機錯体と考えられるCuやアニオン形態のCrは吸着可能であること、また、桝堆積物の種類によっては、道路塵埃溶出液と桝堆積物との混合により、桝堆積物からMn、Zn、Cdの溶出が促進される場合があることを明らかにしている。また、前述の雨天時流出モデルによる水収支計算結果に、道路塵埃溶出液と桝堆積物の混合による溶出試験で得られた溶存態Cr及びCuの吸着能を与えて、雨水浸透施設内堆積物による都市ノンポイント由来の溶存態Cr及びCuの除去率を試算した結果、下水道への汚濁越流や地下への浸透の負荷量削減の両面において貢献する可能性を示している。

第8章では、上記の研究成果から導かれる結論と今後の課題や展望が述べられている。

以上の成果では、雨水浸透施設が、降雨特性に関わらず流出抑制と地下水涵養の面で大きく機能していること、及び、効果的な重金属類の吸着除去機能があることを明らかにしている。地下水涵養及び重金属類の蓄積の両観点から、雨水浸透施設の浸透能が重要な因子となっていると考えられ、長期間設置された雨水浸透施設の実態把握だけでなく、今後の管理の上で有用な知見を提供している。都市交通活動に関連した溶出濃度及び毒性の高い重金属類としてCrを挙げ、かつ、その起源が標示用黄色塗料であることを推測したが、同時に桝堆積物はそれらの除去にも効果があることも示した。しかし、一方で、道路流出水と桝堆積物の種類によっては、逆に桝堆積物に蓄積されたZnやCdなどの溶出が促進される場合もありうることを明らかにするなど、雨水浸透施設内の堆積物における重金属の吸脱着機構について詳細に解析して有用な知見を与えている。これらの知見は、都市ノンポイント汚染現象を把握するのに役立つだけでなく、都市の健全化水循環系を構築する際にも非常に有用なデータや知見を提供しており、都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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