学位論文要旨



No 121127
著者(漢字) 吉田,綾
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,アヤ
標題(和) 日中間の廃棄物リサイクルの実態分析に基づく国際資源循環の持続可能性
標題(洋)
報告番号 121127
報告番号 甲21127
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6217号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、日本と中国を中心としたアジア地域における国境を越えた廃棄物等(循環資源)の移動、すなわち国際資源循環の実態を明らかにし、このようなリサイクルの国際化が起こる背景にどのような社会的・経済的要因が関係しているかを明らかにすることを目的とした。これまで断片的な情報に止まっていた廃プラスチックや金属スクラップ、古紙といった日中間の循環資源の国際的なリサイクルについて、中国における廃棄物処理・リサイクルの現状を現地調査でつぶさに見るとともに、全体的な変化を貿易統計の解析、日本の循環資源輸出企業に対するアンケート調査により、その実態を把握した。そして、グローバル企業が直面する廃棄物処理・リサイクルにおける課題と取り組みの事例研究、およびEUとアジアにおける循環資源貿易の法制度の比較を行うことで、日中間にとどまらず、国際資源循環を一般的に解析することを試みた。その上で、国際資源循環システムの前提となる概念とその持続可能性を評価する枠組みを提示し、将来シナリオと戦略を考察したものである。

日本で発生した循環資源は、主に中国などアジア地域へ輸出され、高度成長を支える有用な資源として利用されている。また、雇用創出や税制面においても、地域経済の発展に大きく寄与していると考えられる。しかし、その一方で「環境規制が厳しいところからより緩い方へ」モノが移動するという越境移動の負の側面を考慮しなければならない。

日中間の循環資源貿易にはプラスの影響とマイナスの影響がある。中国では原材料不足の解決や雇用の創出といったプラスの影響があるが、有害廃棄物の不法輸入やリサイクル過程での環境汚染というマイナスの影響もある。日本では最終処分量の軽減といった廃棄物処理問題の解決や高いリサイクルコストの回避というプラスの影響がある一方、リサイクル名目での廃棄物の輸出(汚染輸出)、国内のリサイクル産業の衰退というマイナスの影響がある。

日中間の循環資源貿易における問題は、「もったいない系」の問題と「危ない系」の問題に分類できる。「もったいない系」の問題とは、本来リサイクル可能なものが、制度あるいはその他の阻害要因によって資源としてうまく循環利用されないことを意味し、「危ない系」の問題とは、有害性など廃棄物の物理的な特性や不適正な管理・短期的な利益追求リサイクルに起因する環境汚染リスクの増大を意味する。したがって、いかに資源の有効利用と環境汚染の防止の両立を図り、「もったいない系」「危ない系」の2つの問題を解決させるかが重要である。

中国では高度経済成長による物質消費量の急激な増加に伴い、廃棄物の発生量が増加し、国内の廃棄物処理およびリサイクルのシステムが大きく変容しようとしている。国内のリサイクルシステムは、従来の国営企業による回収ネットワークから私営企業による市場リサイクルに移行し、産業として活発になる一方、非効率な収集運搬や不適正リサイクル、価格の低い再生資源や廃棄物がリサイクルされないことによる環境汚染が問題となっている。医療廃棄物や有害廃棄物、廃家電のリサイクル処理施設の建設が進み、生活ごみについても、ごみ発電等の導入による処理能力の向上が図られている。しかし、適正な処理に伴う高額な処理負担および回収ルートの整備に課題があり、適正な処理施設に廃棄物が集まらないといった新たな問題も生じている。急速な経済発展とともに、中国も日本や欧米諸国同様、大量生産・大量消費・大量廃棄の時代に突入している可能性がある。したがって、海外からの輸入循環資源のリサイクルが国内のリサイクルシステムに与える影響を関連づけて評価することが必要であり、中国国内の廃棄物および循環資源に関する統計を整備することが今後の課題である。

日本から中国へ循環資源を輸出している主な主体は商社である。品目ごとに違いはあるが、中国の人件費・加工費が安いこと、購入価格が高いことが主な輸出のインセンティブとなっている。特にミックスメタル、廃プラスチックなど、解体・分別にかかるコストが大きいものは、日本から人件費の安い中国に流出しており、中国に解体・分別工場を設立している日本の企業もある。輸出企業の多くは、循環資源の品質低下、異物混入の防止、税関のチェック機能の向上、船積み前検査コストの引き下げを主な問題点・課題として挙げており、安定供給(輸出)と物流コストの削減を重視している。また、中国の需要がある限り半永久的に輸出を行い、中国だけでなく他のアジア諸国への輸出ルート拡大しようとする傾向が見られる。

グローバルに工場を展開している多国籍企業も、製造拠点の海外移転に伴い、製造過程で発生する廃棄物や使用済み製品等の処理・リサイクルの問題に直面している。現状では、現地にリサイクルのインフラ・技術がない、市場がないといった問題から、適正な処理・リサイクルを行うために、廃棄物等を越境移動させる必要も生じている。拡大生産者責任(EPR)の概念に基づき、一部複写機メーカーでは、人件費の安価な国にリサイクル拠点を設置し自社内循環モデルを実践している。しかし、アジア諸国では経済発展の状況がさまざまであり、廃棄物処理・リサイクルのレベルもまだ十分とはいえないため、企業主導で国際資源循環を促す取り組みには、まだ多くの制約がある。

アジアの循環資源の越境移動と比較して、「ヨーロッパでは、循環資源が国境を越えてうまく回っているのに、アジアではうまく回っていない」という意見がある。EUにおいて有害廃棄物の越境移動が円滑に行われている背景には、域内で統一した有害廃棄物の越境移動の規制があり、また、バーゼル条約の手続きも円滑に行われていることが挙げられる。一方、アジアでは、廃棄物の定義も統一されておらず、各国の独自の廃棄物や中古品の輸入規制があるため、バーゼル条約に基づく適正な越境移動の手続きが行われずに移動が行われている可能性がある。アジア地域においても、EUのように規制を共通化・基準化する仕組みや制度が必要であると考えられる。

国際資源循環システムは、資源を有効に循環利用し環境を保全する一つのシステムであり、資本形成(蓄積)の構造、産業構造、地域構造、交通体系、生活様式、廃棄と物質循環を内包した経済システムと、それを制御する政治システム(外交を含む)、科学技術、関連制度(環境政策、輸出入法規等)と深い関連を持つ。国際資源循環システムの前提となる概念としては、(1)リサイクル率(資源化率)が国内で行う場合と比較して、少なくとも低下しないこと、(2)関係国・関係者のすべてがメリットを得られること、(3)再生資源の国際商取引で発生するリスクを回避または予防するような方策がとられていること、の3点が考えられる。

国際資源循環システムを資源、資本、技術、制度の4つの観点から、評価する枠組みを提案した。国際資源循環の中期的な持続可能性を考える場合には、経済全体(総需要)は固定して考えるべきであろう。一方で技術や制度などは変化するものとして考えるべきである。

循環資源利用のダイナミズムには、経済の成長速度の速さとその成長量がその根本にある。資源価格の上昇とモノ不足に伴い、循環資源の利用が促進されているといえる。「持続可能な資源循環」の最終到達点とは、循環資源の利用の相乗効果により経済成長を実現していく姿であり、それに向けてグッドガバナンスを実現する国際協調のあり方を模索していく必要がある。4つの側面の中では、特に制度が直接的にガバナンスにコミットできる。他の3側面は直接、持続可能性が問題になるが、それらはむしろ制度変更や誘導の結果として出てくるといえる。

国際資源循環は、すべてを経済原理にゆだねることが出来ないと同時に、環境負荷の増減だけでもその是非を議論することはできない。それは、国際資源循環を単なる廃棄物の処理ととらえるなら、それがどの国で行われようとも、環境が悪化しなければ良いということになろうが、リサイクルによる資源の確保、産業保護あるいは技術の維持などの観点を考慮するなら、各国が独立で国内リサイクルを優先するか、それとも自由貿易の方向性をとるかは、その物質の特性(物性、希少性等)に応じて異なるはずである。したがって、物質・品目ごとに戦略(対策・措置)を検討すべきであると思われる。

今後の課題は、現在の国際資源循環の状況を踏まえた上で、将来起こりうる変化や事象を把握する上で重要な定性的・定量的な要素を抽出することと、それを定点的に観測する手法を開発することであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

今日、循環型社会の形成に向けて多くの努力が払われており、資源の循環を国内から国外に広げて考えていく動きも出ている。一方では有害廃棄物の越境移動の問題はとりわけ発展途上国の人々にリスクをもたらすおそれをはらんでいる。「日中間の廃棄物リサイクルの実態分析に基づく国際資源循環の持続可能性」と題する本研究は、近年とりわけ活発な日中間の物質循環を中心にし、国際的な資源循環の実態について解析したものであり、8章からなる。

第1章では背景とともに研究の目的を示している。

第2章は、廃棄物のリサイクルに関する社会経済的問題についての既存研究をまとめたものである。

第3章では、日中間の資源循環フローの実態を調査した結果を示している。貿易統計を中心にして、中国と日本および他国の間のプラスチック、古紙、金属の移動の全体量の経年変化をまず把握した。続いて、個別のリサイクル品目についてさらに詳細に実態を調査した。これらの調査は、それぞれの資源循環を行っている日本側および中国側の企業、行政などに対する詳細かつ広汎なものであり。そこで明らかにした実態は大きな意味を持つ。近年中国政府がとった日本からの廃プラスチック輸入禁止措置についてもその背景と影響を検討しており、禁止期間中は香港を経由地として日本から中国へプラスチックが移動していたであろうことを明らかにしている。また、非鉄金属、スクラップの場合には、日本側からは分別しない状態で輸出され、中国側では「第7類企業」が解体、分別を行い、一部は再び日本に輸出されていることなどを現地の調査で明らかにしている。

これらの国際的な資源循環は、中国側にとっては原材料不足の問題を解決するとともに、雇用を創出するメリットがある反面、リサイクル過程での環境汚染や有害物質の拡散のリスクがある。一方日本にとっては、廃棄物処理問題の解決が図れ、国内よりも安価なコストでリサイクルができる反面、リサイクル技術の空洞化が進む懸念を有している。日中間の循環資源の移動により、資源を有効に活用できるという利点と、汚染の原因になりうるという危険性の両面があることをまとめとして示している。

第4章では、中国の廃棄物リサイクルの実態を明らかにすべく行った数多くの詳細な現地調査の結果を示している。中国におけるリサイクルの実態は政府などの正式の統計には反映されておらず、中には不法なものも存在する。近年増加が著しいのが家電・電子部品のリサイクルである。これらのリサイクルは中国の低廉な労働力に支えられて比較的小さな都市で実施されている。物質循環の面では評価すべきである反面、不適正に行われるリサイクルによる環境汚染が生じている場合も少なくないことを実態調査により明らかにした。中国政府はこれらのリサイクルに対して、リサイクル工業団地を建設し集中的にリサイクルを進めようとしているが、未だ十分には機能していないことを示している。さらに、中国における廃棄物のリサイクルの課題を制度の面を中心にして指摘している。

第5章では、国際資源循環に従事する企業に対して行った実態調査の結果を示している。日本から中国に循環資源を輸出する企業に対して行ったアンケート調査に基づき、主たる品目ごとの循環の形態を明らかにするとともに、各企業が持っている資源循環戦略を調査した。さらにいくつかの企業に対してはインタビュー調査を行い詳細な内容を把握している。日中間の資源循環の現場に対するこのような調査は他に例がなく、きわめて貴重なものである。一方、中国およびアジアに生産拠点を有する日系グローバル企業が中国で行っているリサイクルへの取り組みについても訪問調査を行い、リサイクルを促進するための要件を明らかにしている。

第6章では、EUの廃棄物循環の実態と制度を調査した結果を示しており、これと日中の資源循環の比較を行うことによって、望ましい資源循環の形態を考察している。

第7章では、国際資源循環システムを評価するための枠組みを示している。その中で、プラスチックの場合には中国側の需要が日本からの廃プラスチックの中国への移動を促進している一方、紙の場合には日本の余剰の古紙が中国へ移動しているなど、品目による違いを明らかにしている。

第8章は結論である。

日本と中国の間の資源循環は近年の廃棄物の問題の中では注目されており、国際的な3Rイニシアティブとも関連を持つ。しかしながら、その実態については不明な部分がきわめて多く、その結果としてこのような循環の持続可能性を議論することができない実情にある。これに対して本研究は、現地および日本側における数多くの実地調査を基本とし、それに加えて貿易統計などを用いて全体像を把握して日中間の資源循環の実態を明らかにした研究であり、その成果は貴重である。

以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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