学位論文要旨



No 121130
著者(漢字) 木下,晴之
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ハルユキ
標題(和) 共焦点マイクロPIVを用いた微小液滴内部流動に関する研究
標題(洋)
報告番号 121130
報告番号 甲21130
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6220号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,まり
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 藤井,輝二
内容要旨 要旨を表示する

近年,μTASに代表されるようなマイクロ流体システムやデバイスの研究や開発,およびその応用がさかんに行われている.マイクロ流体システムとは,数mmから数cm四方のチップ筐体の中に,マイクロスケールの流体素子や制御装置を集積化して作られたデバイスのことであり,μLからpLオーダーの微小流体を,そのデバイス内で操作・処理し,マクロスケールでは実現が困難な物理現象を効果的に利用することで,より高性能,より高効率の生化学分析などを実現しようとする試みである.マイクロ流体システムでは,ほとんどの操作・処理を,流体を媒介して行うため,デバイス内部での流体の挙動がその性能や効率を左右する重要な要因となる.そのため最近のデバイス開発の現場では,マイクロ環境下での流動現象を知ることへの要求が高まっている.そこで本研究では,マイクロ流れを直接計測できるツールを新たに開発することを一つめの目的とする.また本研究は,マイクロ流体システム内の流動として,とくに微小液滴内部の流動に注目した.微小液滴を流体輸送に利用する手法は,連続流を利用する場合に比べて,さらに試料や試薬の低減が図れるという特徴をもつため,高精度・高効率分析を目指すシステムで最近とくに多用されている方法である.その液滴の内部流動は,混合や化学反応といった処理と密接に関わる現象であるため,その流れを理解することは液滴デバイスの設計開発には必要不可欠である.そこで,マイクロ流路内を流れる微小液滴内部の流動構造を明らかにし,その流れと液滴デバイスにおける流体操作との関連について調べることを本研究の二つめの目的とする.

はじめに,マイクロ流れの計測ツールとしてマイクロPIVシステムの開発を行った.マクロスケールPIV技術を効果的に転用することで,マイクロPIVシステムの構築に成功した.最大の特徴は,高出力パルスレーザによる落射照明である.これにより,マイクロスケールPIV同様のフレームストラドリング法を利用した粒子画像の撮影ができるシステムとなっている.測定可能流速も幅広く,作動距離も20 mmと十分に長いため,さまざまなマイクロ流体デバイスに適用できる汎用性の高いマイクロPIVシステムとなった.この計測システムの計測領域は510 x 410 μm,計測解像度は12.8 x 12.8 μmとなっている.ただし,被写界深度が17.8 μmと比較的大きいため,2次元的な速度分布をもつマイクロ流れの計測に適したシステムとなっている.このマイクロPIVシステムをマイクロチャネル内流れに適用したところ,Re=0.57〜11.4の層流の2次元速度分布を得ることに成功した.

次に,このマイクロPIVの被写界深度の問題を解決するために,本研究では,マイクロPIVをさらに発展させた新しい計測手法として,共焦点マイクロPIVを開発・構築した.共焦点マイクロPIVは,被写界深度の問題を光学的に解決することのできる手法である.一般のマイクロPIVでは,落射または透過照明により流れ場全体をボリューム照明し,顕微鏡光学系のもつ被写界深度内に含まれるトレーサ粒子のみを断面像として記録し,PIV解析を行う.一方,共焦点マイクロPIVでは,共焦点顕微鏡法を導入することで,計測体積の任意の深さ位置における2次元断面撮影を可能とし,ボリューム照明の場合に比べて,より小さい被写界深度で,より鮮明な2次元断面内トレーサ粒子像を取得できるという長所をもっている.共焦点顕微鏡法をPIVに応用する場合,最大の障害となるのはその時間分解能の低さであったが,本研究では,毎秒2000コマで撮影できる高速共焦点スキャナを導入することでこの問題を解決した.高速共焦点スキャナを用いると,ある任意の一断面内をわずか0.5 msという短時間で走査できるため,PIV解析に十分な時間分解能と撮影速度で断面粒子分布画像を取得することができる.構築した共焦点マイクロPIVシステムを図1に示す.このシステムを用いることで,約240 x 180 μmの2次元断面領域を計測解像度9.6 x 9.6 μmで面内速度2成分分布を測定することができる.用いたトレーサ粒子直径は500 nmである.そのときの被写界深度は1.88 μmとなり,通常のマイクロPIVにおける被写界深度の約半分である.これより深さ方向に非常に高い解像度で計測可能であることがわかる.また,本計測システムを用いることで,3次元マイクロPIVを行うこともできる.ピエゾ素子を利用した対物レンズ微動装置と高速共焦点スキャナを組み合わせることで,3次元空間を高速で共焦点走査することができるシステムになっている.マイクロ流れの連続立体撮影が可能であり,得られた粒子分布の立体像に対して3次元相互相関法を適用することで,マイクロ流れの速度3成分を検出することができる.本システムでは,77 x 77 x 19 μmの空間を約10.6 Hzで連続的に立体撮影することができ,その撮影領域の中央断面77 x 77 μmの2次元平面内の速度3成分を計測解像度9.6 x 9.6 μmで計測できる.

開発した共焦点マイクロPIVと3次元マイクロPIVの性能を調べるため,単純な流れ場の計測を行った.まず,内径100 μmのキャピラリー内を流れるポアズイユ流れの共焦点マイクロPIV計測を行った.流量は2.0 μL/hで,平均流速は約70μm/sである.流体と流路の屈折率を一致させるため,作動流体には屈折率をキャピラリーと同じ1.458に調整したグリセリン水溶液を用いている.深さ方向に2 μm間隔で断面計測を繰り返して取得した3次元的な空間速度分布を,ポアズイユ流れの解析解と比較した結果,解析解とよい一致を示すことが確認された.次に,バックステップ流れに対して3次元マイクロPIVを行った.計測位置は,流路の高さが36 μmから84 μmに切り替わるちょうどステップ面の位置である.その結果,バックステップ流れの面外方向速度を捉えることができた.計測で得られた結果を数値シミュレーション結果と比較したところ,3次元マイクロPIVでは定性的な現象を捉えることはできているが,定量的には面外方向速度を小さく見積もる傾向があることがわかった.以上の結果より,共焦点マイクロPIVは,非常に小さい被写界深度で流速分布を精度よく計測することのできる有効なツールであることがわかった.しかし,3次元マイクロPIVについては,現時点での方法では定量的な計測は困難であり,実用的な手法とはいえない.

共焦点マイクロPIVシステムを用いて,マイクロチャネル内を移動する微小液滴の内部流動について調べた.用いた流路は,PDMSによるソフトリソグラフィー法で製作した幅100 μm,深さ58 μmのT字型マイクロチャネルである.メインチャネルには連続相として流量一定(10 μL/h)でシリコーンオイルが流れており,T字路部分で同じく流量一定(6 μL/h)のグリセリン水溶液と合流する.合流部分では,グリセリン水溶液が周期的に液滴を形成し,分散相となる.液滴は周期0.36 Hzで連続的に生成され,その移動速度は0.25 mm/secである.連続相と分散相の液液界面での光の屈折の影響を無視できるように,両相ともに屈折率を流路のPDMSと同一の1.412に調整している.粒径500 nmのPIV用のトレーサ粒子は体積濃度0.4 %で分散相にのみ分散させている.計測はT字分岐部からメインチャネルに沿って約2 mm下流へ下った位置で行った.

共焦点マイクロPIV計測の結果より,まず,通常の蛍光顕微鏡で得られる粒子画像に比べて,より鮮明で良好なS/N比の粒子画像を得られることがわかった.液滴内部の速度分布を図2に示す.液滴内部の空間的な流動構造を調べるために,深さ方向に2 μm間隔,合計49断面の計測を行った.液滴内部の相対的な挙動を見るために,液滴と同じ速度で移動する座標系から見た相対速度を算出して示している.この結果より,流路壁面近くの流体が壁面に引きずられ,相対的には下流方向へ移動する.一方,液滴が曲面形状であるため,チャネル四隅にはオイル相がある.その隙間を連続相の流体が液滴を追い越すように流れるため,その液液自由界面では液滴流体が高速で液滴の進行方向へ流れる.液滴中央部分では速度は非常に小さく,液滴進行方向にわずかに流れている.さらに各断面における流速分布を詳細に調べた結果,液滴内部には複雑な3次元的循環流が発生していることがわかった.次に,この内部流れが液滴操作に与える影響を調べるため,液滴内部における蛍光染料の混合実験を行った.T字路で液滴が生成される直前に蛍光染料と合流させて,液滴内部の3次元的な蛍光染料分布を高速共焦点顕微鏡で可視化した.その結果,液滴の場合,内部に発生する複雑な循環流によって液滴内部の流体が攪拌され,チャネル流による2液の混合の場合に比べて,混合が促進されていることがわかった.

マイクロチャネル内を液滴が移動するだけで,液滴内部には複雑な流れが発生し,また,液滴表面が連続相の流体に面している液液自由界面であれば,高速でその界面が移動して液滴内部の流れをさらに複雑にしていることが明らかになった.この結果より,流路形状や液滴ハンドリング,液滴周囲の流体のコントロールによって,液滴内部に積極的に流れを発生させて混合や反応を効果的に行うことが可能であることが示された.

図1. 共焦点マイクロPIVシステム

図2. マイクロチャネル内を移動する微小液滴内部の流速分布(a)主流方向速度(b)流路幅方向速度

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「共焦点マイクロPIVを用いた微小液滴内部流動に関する研究」と題して,6章から構成されている.

近年,さまざまな科学分野においてマイクロ流体デバイスの研究や開発およびその応用が活発であり,とくに生物学,生化学の分野における活躍がめざましい.マイクロTAS(Micro-Total Analysis Systems)等の小型分析デバイスではそのほとんどの操作・処理を,流体を媒介して行うため,デバイス内部での流体の挙動がその性能や効率を左右する重要な要因となる.そのため,最近のデバイス開発の現場ではマイクロ環境下での流動現象を知ることへの要求が高まっている.また,製作加工技術の発展にともなって流路構造はますます複雑に,そして立体的になる傾向にあり,その内部の流動もより複雑かつ3次元的になってきていることからも,流れの理解や予測はさらに重要性を増しているといえる.本論文ではとくに,流体輸送に微小液滴を利用したデバイスに注目している.液滴を使った流体輸送システムではサンプルのデッドボリュームを大幅に低減できるため,マイクロ生化学分析デバイスでは多用される一方,その流動現象は未知の部分が多い.とくに液滴内部の流れは,混合や反応といった重要な分析プロセスと密接に関わる現象であり,より効率的な流体システム設計に向けてその現象解明が望まれている.

そこで本論文では,マイクロ流体デバイス内で起きる3次元的な流動現象を捉えることができる速度計測手法の開発を行っている.マイクロPIVの発展型として,高速共焦点スキャナを用いた共焦点マイクロPIVシステムを新たに構築し,その性能や計測精度の評価を行っている.さらに,3次元的なマイクロ流れに対応できるように,3次元空間における速度3成分(3D3C)計測手法も同時に提案している.つぎに,微小液滴内部の流動構造を明らかにするために,開発した共焦点マイクロPIVシステムを用いて微小液滴内部流動の詳細な3D3C計測を行っている.そしてマイクロチャネル内を移動する微小液滴内部の複雑な流動構造について議論している.

第1章の序論では,はじめに背景となるマイクロ流体デバイスの現状や液滴を利用したシステムの特徴について述べている.その後,マイクロ流体デバイスと流れの関係について解説し,デバイス開発において液滴内部流動を理解することの重要性について論じている.そのためのアプローチとしてマイクロ流れの3次元計測手法の開発が必要不可欠であると述べている.

第2章では従来の研究の紹介として,まずこれまでに提案されているマイクロPIVについて解説している.マイクロPIVの現状と特徴,限界を整理し,解決すべき課題を明らかにしている.つづいて,流れを利用したマイクロ流体デバイスや液滴システムの例を挙げて現在のデバイス開発において流れがどの程度生かされているかを示している.

第3章では具体的なマイクロPIVシステムの開発過程を詳しく述べている.従来のPIV技術を応用することで汎用的なマイクロPIVシステムを実際に構築し,さらにその性能の評価を行っている.その結果,このマイクロPIVシステムは汎用性は高いものの,ボリューム照明と被写界深度の影響により任意断面計測が困難であるという弱点を有していることが明らかとなり,とくに3次元的な流れへの適用は不可能であることを示している.

第4章では,第3章で明らかとなったマイクロPIVの問題点を解決すべく,新たに共焦点光学系を組み込んだ共焦点マイクロPIVシステムの開発について述べている.高速共焦点スキャナを導入することでボリューム照明と被写界深度の問題を解決し,任意断面の詳細なPIV計測が可能なシステムの構築に成功している.共焦点マイクロPIVの最大の特徴である極めて小さい被写界深度についても詳細に評価し,その効果を実験的に確認している.実際に円管内ポアズイユ流れを計測し理論解と比較することで,計測ツールとしての性能や計測精度を確認している.その結果,共焦点マイクロPIVは非常に強力で有効なマイクロ流れ計測ツールであることが示されている.またここでは,共焦点マイクロPIVを使用した3次元計測手法として,(i) 3D2C計測データから残りの垂直方向速度を解析的に計算する方法と,(ii)3次元立体撮影法を用いた3次元PIV法という2つの方法が提案されている.それぞれの方法を用いて実際にバックステップ流れの計測を行うことで,マイクロ流れの3D3C計測が可能であることを実証している.

第5章では,第4章で開発・構築した共焦点マイクロPIVシステムを利用して,微小液滴内部流れの可視化計測を行っている.幅100ミクロン,深さ58ミクロンのマイクロチャネル内を移動する長さ200ミクロンの微小液滴内部の流動を3D3C計測することで,液滴内部の流動構造を明らかにしている.その結果,表面張力による液滴自身の曲面構造と流路壁面による摩擦の影響によって,液滴内部には複雑で3次元的な循環流が発生していることが示されている.

第6章は結論であり,共焦点マイクロPIVシステムと液滴内部流動に関して本論文で得られた成果がまとめられている.

本論文では,一つめの成果として,新たなマイクロ流れ計測ツールとして共焦点マイクロPIVシステムを開発・構築し,その仕様や計測精度について評価を行っている.共焦点マイクロPIVシステムは,従来のマイクロPIVの抱える問題点の一つであったボリューム照明と被写界深度の問題を光学的に解決し,さらに従来の手法では困難であったマイクロ流れの3D3C計測も可能にしているため,非常に有効なマイクロ流れ計測ツールとなっている.今後,共焦点マイクロPIVはさまざまなマイクロ流体デバイスの流体力学的な評価に利用できると期待され,その開発の意義は大きい.

さらに二つめの成果として,共焦点マイクロPIVを活用してマイクロチャネル内を移動する微小液滴の内部流れを計測し,その流れが複雑で3次元的な循環流になっていることを突き止めている.微小液滴については,流体計測によってその内部に発生している流れの様子を明らかにした例は過去になく,興味深い発見となっている.この知見は液滴デバイスにおける効率的な混合や化学反応といった流体操作に応用できる可能性が高く,新しいデバイス開発に向けて有意義な流体力学的な知見が得られたといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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