学位論文要旨



No 121131
著者(漢字) 池田,貞一郎
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,テイイチロウ
標題(和) 超音波キャビテーションの崩壊現象を利用した結石破砕法に関する研究
標題(洋)
報告番号 121131
報告番号 甲21131
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6221号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 大島,まり
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

キャビテーション気泡の崩壊現象は,結石破砕治療 (SWL; Shock Wave Lithotripsy)の研究において早い段階においてその影響が報告され(1),長年にわたって多くの研究者が研究を行ってきた.この分野においては,キャビテーション現象は,体組織損傷因子としての解析(2)のみならず,同時にその大きな崩壊圧が,結石破砕片微細化に役立つとの観点からも研究(3)が続けられている.また,衝撃波,超音波など破砕をもたらし得る圧力波を効果的に組み合わせることにより,体内におけるキャビテーション崩壊現象を能動的にコントロールしようとする幾つかの手法も近年提案されている.たとえば,二組の衝撃波発生装置を用いて微細化を促進する手法(4)や,圧電方式の衝撃波発生装置で生じたキャビテーション気泡を,スパークギャップ方式の衝撃波によって強制振動させることにより結石破砕片の微細効果を高める手法(5)などが試みられている.上記の技術は双方において,キャビテーションの崩壊現象を利用することが,結石破砕片の微細化に効果的であることが示されているものの,破砕をもたらす圧力波として,未だ焦点領域の大きい(10〜60 mm)の衝撃波が用いられている.すなわち,その広い範囲に発生するキャビテーションが体組織の損傷をもたらし得る,という点においては依然問題が残っている.

第二章 キャビテーションによる結石破砕の効果

キャビテーション気泡の崩壊圧は,特にその形状がクラウド状態を形成した時にはO (109 ) Paに達することが実験(6)および,計算(7)の両面から示唆されている.また,近年超音波音場における気泡群の挙動が解析され(8),その周波数応答などが詳しく検討され,その挙動が明らかになってきている.文献(8)によれば,気泡クラウドを,クラウドとしての共振周波数を持つ超音波で強制振動させることによって,その崩壊を引き起こせること,また,気泡流中を伝播する衝撃波によって個々の気泡を高い圧力で崩壊させ,固体壁面上に高い圧力,エネルギを集束させる可能性が,気泡クラウドの数値計算により示唆されている.

第二章においては,上記に代表される既存の解析的・数値的な知見をもとに,“超音波キャビテーションの崩壊現象によるエロージョンを利用して,結石のみを破砕する手法”を開発することを目的としている.超音波音場の中に,局在的にクラウドキャビテーションを生成させ,また,その崩壊現象を制御して導くことを目的として,キャビテーションの制御手法としては二種類の周波数をもつ超音波パルスを用いた.超音波の周波数は,SWLの衝撃波の周波数である,100 ~ 250 kHzより高い周波数を用いる.

まず,1~4 MHzの高周波の超音波によって,固体壁面上にクラウドキャビテーションを発生,および成長させる.次にクラウドキャビテーションの共振周波数近辺の周波数をもつ,低周波の超音波(400 ~ 1 MHz) によってクラウドを強制振動させ,気泡群の崩壊を導く.以上の手法におけるクラウドキャビテーションの挙動を調べ,以下の結言を得た.

固体壁面上において,集束超音波の焦点付近に発達するキャビテーション気泡は,安定したクラウドキャビテーションを形成し,そのサイズは周波数に強く依存する.すなわち,周波数を変化させることによって,クラウド生成領域をコントロールすることができる.

実験により,高周波で形成する安定なクラウドキャビテーションを,クラウドの共振周波数近辺の超音波によって崩壊させることに成功した.また,本手法によれば,±100 nsの時間分解能で再現性よくクラウドキャビテーションの崩壊現象を引き起こすことができる.その崩壊に起因する衝撃圧は,単一の周波数の超音波で生成するキャビテーション気泡が,それぞれ独立して崩壊するときに発生する崩壊圧よりも,はるかに大きい.

また,モデル結石及び, 腎結石の破砕試験を行い,次の結論を得た.

本手法によって,モデル結石を,クラウドキャビテーションの崩壊が引き起こされたと考えられる領域のみ,局在的に削り取ることができ,その有効性を示した.また気泡群の強制崩壊を行わないときと比べて,強制崩壊を行ったときは,2倍以上の破砕効率を得ることができる.

腎結石の破砕は,表面から削り取られるように行われ,ほとんどの破砕片の大きさは1 mm以下の径に細かく破砕され,最大破砕片も高々1.6 mmであった.(図1参照)

すなわち,本手法によれば,固体壁面上に効果的に高い圧力および大きなエネルギを集束させることができ,現存SWL機器の2つの問題である,広範囲のキャビテーション発生による体組織の損傷と,大きな破砕片による排出時の痛みの発生という2つの問題を解決しうる結石破砕技術の構築可能性が示された.

第三章 超音波キャビテーションを支配するパラメータ

次に,第三章においては,本研究において検討されている,高周波の超音波によってクラウドキャビテーションを結石表面近傍に発生させ,低周波の超音波によって強制振動させ崩壊を引き起こすという手法における,超音波キャビテーションの発生・成長・崩壊といった素過程を支配する種種のパラメータについて検討を行い,以下の結論を得た.

キャビテーションの制御パラメータとしては,高周波の圧力振幅と低周波の圧力振幅を用いれば,現象をわかりやすく描くことができる.

キャビテーションの発生から崩壊までに至る現象は,キャビテーションが発生させられる媒質の特性に大きく依存する.

同様に,現象は固体壁の表面粗さ,音響インピーダンスによって大きく影響を受ける.

第四章 現象の最適化とキャビテーションモニタリング

第四章においては,第二章で示されたように,高周波の圧力振幅,低周波の圧力振幅をパラメータの軸にとった,破砕力の最適化と,外部から焦点領域でのキャビテーション挙動を把握する為の実験システムの構築および,その実験結果について検討された.

2種類の圧力センサを用いて,手法におけるキャビテーション崩壊現象における気泡に存在下での透過音圧,反射音圧に起因する信号の取得を行った.くわしくは,固体壁面上に配された平面型PVDF圧力センサにより,気泡群が存在したときに,気泡群を透過し,時に増強され固体壁面に気泡の崩壊圧として伝わる圧力振幅を取得し,また,遠方におかれた球面型の圧力センサによって,気泡群から反射もしくは放出される圧力振幅の取得をおこなった.得られた結論は以下の通りである.

気泡群の存在によって,固体壁面に大きな圧力振幅を及ぼす条件と,大きな反射音圧が得られる条件は異なり,気泡群から大きな反射音圧が返ってくる領域においては,大きな崩壊圧はもはや得られない領域になっている.

気泡群が固体壁に圧力波の透過による大きな崩壊圧を及ぼすのは,低周波の高々最初の2波のである.それ以上の波数の増加による圧力波の増強はほとんど見られない.

大きな透過が得られる領域(最大効率領域)は遠方のセンサにおいて大きな反射が得られる領域(最大エコー領域)の内部に含まれており,遠方のセンサに大きな反射音圧が返ってくるという条件を,気泡群の崩壊の最適化における,上方閾値として使うことができ得る.

また,気泡群の崩壊による最大効率領域は比較的,気泡群のサイズが小さいときにその極大を示し,不規則な気泡群が生成するほど大きな圧力振幅を加えなくてもよい.すなわち,高周波の超音波によってキャビテーションが生成したか生成していないか(Cavitation threshold)を遠方において把握することで,下方閾値を定めることが出来る.

以上,治療用超音波波形の最適化の為の指針と,治療効果の外部からのモニタリングに関する,知見が得られ,実験システムの有用性を示すとともに,今後の技術開発の指針が得られた.

第五章 結言

集束超音波によるキャビテーション気泡群の発生,成長,崩壊,消滅といった素過程の実験的な理解のもと超音波キャビテーションの崩壊現象を利用した結石破砕法に関する研究を行い,以下の3つの結論を得た.

キャビテーション領域の局在化と、気泡群の強制崩壊が可能なキャビテーション制御手法を開発し,またその手法がSWL機器の2つの問題点を解決しうることを示した.

手法における支配的なパラメータの提示を行い、気泡群崩壊挙動の特性を明らかにした.

“気泡群を透過し結石破砕作用を与える音圧”と“気泡群挙動検出の為の反射音圧”の間の関係を明らかにし今後の最適化、モニタリング技術開発のための指針を得た.

Fig.1 Eroded kidney stones and their fragments.

Crum LA, J Urol, 140, 1587-1590, 1988.Evan PA et al., J. Urol., 168, 1556-1562, 2002.Sokolov DL et al. J Acoust. Soc. Am., 110, 3, 1685-1695, 2001.Zhu S et al., Ultrasound Med. Biol., 28, 5, pp. 661-671, 2002.Xi X, Ultrasound Med. Biol., 26, 3, 457-467, 2000. Kato et al., Trans ASME J. Fluids Eng., 118, pp.582-588, 1996.島田ら,機論B 編, 65, 634, 1934−1941, 1999. 吉澤ら,機論B編,掲載予定.
審査要旨 要旨を表示する

本研究は,腎臓結石の破砕術(Lithotripsy)に,音響キャビテーションの崩壊現象を効果的に利用せんとするものである.現在,衝撃波結石破砕術 (Shock Wave Lithotripsy)においては,(1) キャビテーションによる体組織損傷,(2) 破砕片の微細化が困難,という2点の問題が現在においても未解決であり,解決を目指したさまざまな研究が行われている.結石破砕の研究開発におけるキャビテーションの研究は,流体機械における研究と同様,いかにして,その発生を抑え,また,大きな崩壊が引き起こされない状態を作り出すか,という観点からの研究が行われている.一方で,キャビテーションの崩壊現象を,有効に結石破砕に結びつけるという観点からの研究も同時に行われている.本論文は,後者の立場をとるものである.結石破砕のメカニズムそのものにもキャビテーション崩壊が関わっていることは,衝撃波結石破砕の研究の初期から示唆されており,この効果をいかに効率よく引き出し,かつ不必要なキャビテーションの発生や崩壊を抑えるか,ということが研究の大きな目的となる.ここで,キャビテーション気泡が,音場中でいかなる挙動を示しているかと言うことを理解した上で,そのコントロールを行うことが不可欠となってくる.

本研究は,以上の背景に鑑み,超音波によって発生するキャビテーション気泡の発生 → 成長 → 共振 → 崩壊 → 消滅,からなる一連のサイクルにおける物理現象の理解のもと,その領域の局在化と強制崩壊のコントロールを可能とし,その上で,結石破砕における2つの問題点:キャビテーションによる体組織損傷,および破砕片の微細化,という2つの問題を解決する,非常に侵襲性の低い結石破砕法の可能性を示している.

本論文は五章からなっている.第一章において,SWL機器開発の経過とその問題点が述べられている.また,キャビテーションの領域・強制崩壊をコントロールする技術の必要性,及び本研究における,キャビテーション制御手法の概念が説明されている.ここでは,流体機械の研究において,長年にわたって研究対象となっている,クラウドキャビテーションの崩壊現象を,局在的な強制崩壊を引き起こすことにより,結石破砕手法という医療機器への有効利用へ転化するという,本研究の基本的な概念が呈示されている.

第二章は「キャビテーションによる結石破砕作用の増強」であり,キャビテーションの発生領域とその強制崩壊をコントロールすることで,結石表面の局在領域に高圧力集中ができることが実験的に確認され,また,実際の結石破砕試験で,SWL機器の2点の問題を解決しうることが示されている.ここでは,高周波の超音波パルスで局在的に生成されたクラウドキャビテーションを,続いて照射される低周波パルスの超音波で強制崩壊させることが試みられている.モデル結石,腎臓結石の破砕試験においては,上記の超音波波形を利用することによる,結石破砕作用の著しい上昇と,結石を表面から削り取るようにキャビテーションエロージョンで削り取ることができること,の二点が示されている.また本手法によって得られた2 mm以下の破砕片はキャビテーションを効果的に利用することによって得られた結果であり,本研究における大きな成果と考えられる.

第三章は「手法における現象を支配する因子」であり,気泡群の挙動を支配すると考えられるパラメータに関して検討が行われ,その影響と特性が確かめられている.特に高周波パルス波による半楕円球状の気泡クラウドの発生・成長過程と,低周波パルス波による,気泡群の応答が,さまざまな超音波パラメータと異なる周囲媒質の状態において調べられ,本手法における気泡群挙動のパラメータへの依存性および特徴が明らかにされている.

第四章は第三章での検討をうけた,「破砕力の最適化と気泡群挙動の検出」である.最大効率で破砕を行いつつ,その効果を外部からモニタリングするための検討が行われている.ここでは,気泡崩壊による固体壁面への高圧力集中と,遠方で検出される音圧の相互関係が実験的に明らかにされている.第四章で検討された実験手法および実験結果は,様々なパラメータ間の依存関係を定量的に明らかにし,手法の最適化プロセスを容易にするのみならず,実際の治療機器に応用した際に患部での治療効果判定として利用することが可能である.第四章で得られた結果において,特筆すべきは,音響キャビテーションが固体壁面近傍に存在するときに,壁面に対して圧力の増強作用が起きる,ということが実験的に明らかにされている点である.現在,超音波治療開発の基礎研究において,音響キャビテーションは,基本的に強い散乱体として作用するというのが基本的な見解である.しかしながら,ある超音波およびキャビテーション気泡群の条件が満たされると,強い音波の透過作用,増強作用が引き起こせるとする結果は,現在の超音波治療における音響キャビテーションの認識に新たな学術的な知見を付与し,かつ応用への転化が強く期待される.

第五章は結言であり,第二章から第四章の内容がまとめられている.ここにおいて,論文を通して,超音波キャビテーション気泡の,領域の局在化・強制崩壊・外部からのモニタリング,という,治療応用を考えたキャビテーション制御のうち最も大切な3つの要件が実験的に明らかにされ,応用への提案が行われていることは極めて独創的であり,非常に優れた論文である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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