学位論文要旨



No 121133
著者(漢字) 菊川,豪太
著者(英字)
著者(カナ) キクガワ,ゴウタ
標題(和) 不純物による気液界面の微視的構造への影響
標題(洋)
報告番号 121133
報告番号 甲21133
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6223号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 高木,周
 東京大学 助教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

緒言

気液界面における物理現象は,我々の身の回りにありふれた存在であるが,理学的,工学的見地から極めて重要な研究対象である.例えば,気泡現象や界面における物質交換過程などはその1例である.気泡現象に関しては,様々なスケールにおいて研究がなされているが,ミクロスケールでの物理が関連すると考えられる興味深い現象がいくつか報告されている.特に最近,水中の超撥水性固体表面や液中にナノオーダーの気泡(ナノバブル)が存在していることが示唆されており(1,2),その真偽やメカニズムが議論されている(3).

以上のような現象は,界面での不純物分子(特に界面活性剤,電解質)の挙動が深く関与しており,考察するべき対象は必然的にミクロレベルとなる.そこで,本研究では,マクロな立場では通常考察の対象外とされる気液界面の微視的な構造やダイナミクスを解明することを目的として研究を行った.これまで気液界面の微視的な構造は,実験的な測定が困難であったため,主に分子シミュレーションや理論的な立場から研究が多く行われてきた(4).しかし,これまでの研究では,分子的に熱揺らぎをもった界面に対して,熱力学的な(静的な)界面の捉え方で界面付近の分子構造や分子の挙動が解析されてきた.界面揺らぎそのものを理論的に捉える枠組みも発展してきている(5)が,いまだ分子オーダーの揺らぎの記述に関しては,多くの議論がなされている.これに対し,本研究では,まず,分子レベルの揺らぎを捉えられる瞬時・局所的な界面の定義方法を提案し(6),分子動力学(MD)計算によって得られた結果に適用することで,気液界面の微視的な構造とそれに対する不純物の影響について議論した.

気液界面の微視的定義とその考察

本研究では,従来の時間・空間的に平均化された粒子密度分布からの界面の定義(ギブス分割面)とは異なり,分子的な情報を維持しながら,局所・瞬時的な界面を定義する方法を提案する(6).この定義では,本来瞬時的にデルタ関数の和で定義される(離散的な)1体密度を,平滑化デルタ関数で代替することによって空間的に粗視化し,密度を場の量として表現する.これによって,瞬時・局所的な界面の位置を,ある等密度面として定義することができる.MD領域内の空間点における界面からの距離は,レベルセット法の最初期化手続きを用いて算出した.

MD計算の結果に対し,瞬時・局所界面を適用した結果,分子レベルで揺らぎを持った界面をうまく捉えていることがわかった.また,界面活性剤の系では,親水基(OH基)が界面の揺らぎに沿って吸着していることがわかった.次に,定義した瞬時・局所界面が従来のギブス分割面(equimolar surface)と,どのような関係にあるか検討するため,瞬時・局所界面を時間平均した位置を算出した.ギブス分割面の算出には,z方向(界面垂直方向)に1次元的に統計平均した数密度分布を算出し,これにtanh型関数(7)でフィッティングする方法を用いた.結果から,equimolar surfaceと瞬時・局所界面の位置を時間平均化した界面位置は統計誤差の範囲内でよく一致していることがわかった.

次に,従来の一次元的な界面構造の解析手法ではなく,瞬時・局所界面を基準とした界面構造の解析結果として,分子の存在確率を解析した.すなわち,従来の解析方法と同様に,界面垂直方向(z方向)に統計平均した水分子の存在確率と,瞬時・局所界面を基準として,そこからの距離の関数として,統計平均した水分子の存在確率を算出,比較した.結果から,なだらかに変化するz方向平均の結果と異なり,瞬時・局所的界面を基準とした存在確率の分布には,明確な振動的特性が現れていることがわかった.これは,以前より議論のあった,気液界面における分子の層状化を明確に示した結果であるといえる.この層状化の分子論的描像についてもう少し詳細に議論すると,気液界面においては,ある揺らぎ面に沿って水分子が集積して“壁面”を構成する傾向があり,この“壁面”と水分子の液体内部構造に起因して,界面付近において振動特性があらわれているものと考えられる.同様に,界面活性剤(1-heptanol)を導入した系について,瞬時・局所界面を基準にした水分子の存在確率の結果から,界面活性剤については,界面濃度が上昇するに従い,振動的特性が緩和していることがわかる.これは,界面活性剤の吸着特性と親水基の構成する水和構造が強く影響していると考えられる.これに対し,界面負吸着(界面から遠ざかる)する電解質(NaCl)については,界面の局所構造にほとんど影響がないことがわかった.

ミクロスケールの界面分子挙動

電解質・界面活性剤を含む気液界面系の分子挙動について,さらに静的構造と動的構造の両面から解析した.まず,界面を介しての静電ポテンシャルの分布について算出した.静電ポテンシャルの分布は,界面での不純物の密度分布や,水分子そのものの配向構造が強く影響する.本研究では,水分子のポテンシャルモデルにSPC/Eモデル(8)を用いたが,このモデルでは,界面気相側で,水分子の双極子モーメントが気相側を向き,界面液相側で双極子モーメントが若干液相側に向いて配向しているので,静電ポテンシャルは,気相側から液相側にむかって減少する特性を示している.界面活性剤が界面に吸着すると,このポテンシャル差を助長する方向にはたらくことがわかった.これは,界面活性剤が水分子の配向構造を強調する方向にはたらくわけではなく,界面活性剤自身の親水基(OH基)が形成する電場が支配的であることが明らかになった.電解質が溶解した系については,静電ポテンシャルにはほとんど影響がないことが明らかになった.これは,本研究で用いた電解質のポテンシャルモデル(9)に依存するところが大きく,モデルパラメータの微妙な変化で,界面における電解質の吸着構造(電気二重層)が敏感に影響を受けることを確かめた.

界面付近の分子の動的挙動の解析として,分子の拡散係数を算出した.水分子などの分子性液体においては,並進拡散と回転拡散に分解して考えることができるが,両者の解析結果から,互いに強い相関関係があることがわかった.界面活性剤が吸着した系については,界面活性剤の親水基との相互作用によって,界面付近で水分子の拡散が抑えられることがわかった.逆に電解質は,界面負吸着しているため,バルク領域で強く影響を及ぼし,拡散を抑制することがわかった.

表面張力と表面揺らぎの関係

界面では,表面張力を復元力として,熱揺らぎによる表面波が誘起される(表面張力波)が,マクロな領域では表面張力波理論で記述されることがわかっている(10).ここでは,局所・瞬時的界面を用いて,分子レベルの表面揺らぎを解析し,マクロな物性量である表面張力との関係について議論した.まず,MD計算においては,相互作用力を用いたビリアル計算から,統計力学的に表面張力を計算できる.純水界面について計算した結果,γ=62.8[mN/m] であることがわかった.実験値との差異は,ポテンシャルモデルによるところが大きいと考えられる.次に,様々な計算領域の系について,表面揺らぎを周波数解析し,パワースペクトル密度を算出した.結果から,計算領域の小さな系(30x30 〓)においても,低波数域において,表面張力波理論から予測される逆2乗の領域が現れており,表面張力波理論はこの領域においても十分適用できることがわかる.また,揺らぎ強度の値も理論とよく一致しており,MD計算から表面揺らぎと表面張力の関係を対応づけることができた.

Ishida, N., Sakamoto, M., Miyahara, M., and Higashitani, K., Langmuir, 16(2000), 5681-5687.Vallee, P., Lafait, J., Legrand, L., Mentre, P., Monod, M. O., and Thomas, Y., Langmuir, 21(2005), 2293-2299. Attard, P., Adv. Colloid Interface Sci., 104(2003), 75-91.Richmond, G.L., Chem. Rev., 102 (2002), 2693-2724.Mecke, K.R. and Dietrich, S., Phys. Rev. E, 59(1999), 6766-6784.Kikugawa, G., Takagi, S., and Matsumoto, Y., Computers Fluids, in press.Rowlinson, J.S. and Widom, B., “Molecular Theory of Capillarity”, Clarendon Press, (1982).Berendsen, H.J.C., Grigera, J.R., and Straatsma, T.P., J. Phys. Chem., 91(1987), 6269-6271.Koneshan, S., Rasaiah, J.C., Lynden-Bell, R.M.,Lee, S.H., J. Phys. Chem. B, 102(1998), 4193-4204.Safran, S.A., “Statistical Thermodynamics of Surfaces, Interfaces, and Membranes”, Perseus, (1994).
審査要旨 要旨を表示する

本論文では,分子シミュレーションを用いて,気液界面における物理化学的な微視的構造を明らかすることを目的にしている.特に,分子レベルの揺らぎを持った界面の定義方法を提案し,それをもとにした界面構造の解析を行い,また不純物分子(界面活性剤や電解質)の界面に対する作用を議論した.

気液界面における物理現象は,我々の身の回りにありふれた存在であるが,理学的,工学的見地から極めて重要な研究対象である.例えば,気泡現象や界面における物質交換過程などはその1例である.気泡現象に関しては,様々なスケールにおいて研究がなされているが,ミクロスケールでの物理が関連すると考えられる興味深い現象がいくつか報告されている.特に最近,水中の超撥水性固体表面や液中にナノオーダーの気泡(ナノバブル)が存在していることが示唆されており,その真偽やメカニズムが議論されている.

以上のような現象は,界面での不純物分子(特に界面活性剤,電解質)の挙動が深く関与しており,考察するべき対象は必然的にミクロレベルとなる.そこで,本研究では,マクロな立場では通常考察の対象外とされる気液界面の微視的な構造やダイナミクスを解明することを目的として研究を行った.これまで気液界面の微視的な構造は,実験的な測定が困難であったため,主に分子シミュレーションや理論的な立場から研究が多く行われてきた.しかし,これまでの研究では,分子的に熱揺らぎをもった界面に対して,熱力学的な(静的な)界面の捉え方で界面付近の分子構造や分子の挙動が解析されてきた.界面揺らぎそのものを理論的に捉える枠組みも発展してきているが,いまだ分子オーダーの揺らぎの記述に関しては,多くの議論がなされている.これに対し,本研究では,まず,分子レベルの揺らぎを捉えられる局所・瞬時的な界面の定義方法を提案し,分子動力学(MD)計算によって得られた結果に適用することで,気液界面の微視的な構造とそれに対する不純物の影響について議論した.本論文は,以下に記すように全5章によって構成される.

第1章は「序論」であり,研究背景や過去の気液界面に関する分子論的な議論を行った研究例,それらを踏まえた上での本論文の研究目的について述べている.

第2章は「計算手法及び基礎理論」であり,本研究で用いた計算手法である分子動力学法の詳細やその背景にある基礎理論を述べている.

第3章は「気液界面の微視的定義とその考察」であり,気液界面の微視的定義とそれに対する考察について述べている.本研究では,従来の時間・空間的に平均化された粒子密度分布からの界面の定義(ギブス分割面)とは異なり,分子的な情報を維持しながら,局所・瞬時的な界面を定義する方法を提案した.これは,瞬時的には離散的に表現される分子密度を,平滑化することによって空間的に粗視化し,場の量として密度を表現しなおす方法である.これによって,界面が密度場に対する等密度面として,局所・瞬時的に表現される.水分子によって構成される気液界面をMD法によって計算し,局所・瞬時的界面の定義を適用した結果,分子レベルで揺らぎを持った界面をうまく捉えていることがわかった.また,時間平均化した極限において,定義された局所・瞬時的界面の位置が従来のギブス分割面(equimolar surface)と統計誤差の範囲内でよく一致していることを確認した.さらに,従来の一次元的な界面構造の解析手法ではなく,局所・瞬時的界面を基準とした分子の存在確率を解析した結果,存在確率の分布には,明確な振動的特性が現れていることがわかった.これによって,以前より議論のあった,気液界面における分子の層状化を明らかにした.

第4章は「ミクロスケールの界面分子挙動とマクロな物理量の関係」であり,ミクロスケールの界面分子挙動や微視的な界面揺らぎ,およびそこから予測されるマクロな物理量である表面張力との関係について述べている.本章では主に界面における物理化学的な特性を分子スケールから論じている.特に,不純物の界面に対する影響について,静的構造と動的構造(分子ダイナミクス)の両面から解析した.また,界面の微視的な揺らぎに関して,第3章で提案した局所・瞬時的界面を用いて解析し,マクロな界面揺らぎの理論である表面張力波理論と比較検討した.その結果,分子レベルにおいても表面張力波理論と整合する領域を確認し,その揺らぎ強度が,界面物理量である表面張力によって予測される揺らぎ強度とよく一致することがわかった.

第5章は「結論」である.本研究では,気液界面の微視的構造とそれに対する不純物の影響を議論し,上記のような結果を得た.

微視的な界面の揺らぎを捉える方法論を提案し,これをもとにした界面の分子構造・分子挙動を解析した内容は独創的あり,これまで明らかでなかった物理化学的な特性を明確にしたという点において非常に優れた論文である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク