学位論文要旨



No 121134
著者(漢字) 千足,昇平
著者(英字)
著者(カナ) チアシ,ショウヘイ
標題(和) 環境AFM装置内での単層カーボンナノチューブ生成とその場ラマン測定
標題(洋)
報告番号 121134
報告番号 甲21134
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6224号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 手崎,衆
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 大久保,達也
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

これまで炭素の同素体として,sp3結合によるダイアモンド及び,sp2結合によるグラファイト(黒鉛)が存在することは良く知られていた.そしてフラーレンC60の発見に続き,グラファイトの1枚のシートを筒状に丸めそれらが入れ子状に何重にも重なった構造を持つ多層カーボンナノチューブ,更に一重のみの筒状構造を持つ単層カーボンナノチューブ(single-walled carbon nanotube, SWNT)が発見された.SWNTsはその構造(直径や巻き方)により電気的,光学的特性などの物性を制御でき,多くの分野で研究が進められている.しかし通常のSWNTs合成法では,様々な直径,巻き方の分布を持つSWNTsが混在して生成されてしまい,更に生成後これらを分離精製することも非常に困難な状況である.今後,SWNTsを用いた応用の実現には,SWNTsの高度な構造制御が必要不可欠であり,特にその構造を制御した生成技術が期待される.その為にはSWNTsの生成メカニズムを理解し,それに基づく生成法の確立がなくてはならない.そこで本研究では,SWNTsの成長メカニズムの解明を目的とし,その為に環境制御型AFM・ラマン測定装置を設計開発する.そしてこの装置内においてSWNTsをCVD合成し,AFM及びその場ラマン測定にてSWNTsの成長に関する知見を得る.また,CVD中におけるその場ラマンスペクトルの理解に非常に重要なSWNTsラマンスペクトルの温度依存性についても明らかにする.

環境制御型AFM・ラマン散乱測定装置の開発

SWNTsサンプル評価には,様々な分析手法が用いられる.その中でSWNTsサンプルに対し特別な前処理を必要としない測定分析手法としてAFM測定及びラマン散乱分光法が挙げられる.AFM測定は,サンプルのマイクロ−ナノレベルの構造を3次元観察することができ,しかも測定時にサンプルへ与えるダメージは殆どない.そこで,環境制御型AFMであるSPI3800N(SII)の改造を行い,より高度なサンプル環境が制御でき,且つAFM及びラマン散乱スペクトルの同時計測可能な実験装置を開発した.

Fig. 1に(A)装置全体の概念図及び(B)ラマン散乱測定用に組み込んだ光学系を示す.AFMプローブ先端にラマン励起レーザーを近づけることでAFM像と同じ領域を同時にラマンスペクトル測定することが可能である.更に,自作したシリコンヒーター(交流電圧による通電加熱法)やレーザー照射法を利用することで室温から1000 Kまでの温度範囲でサンプル温度を制御し,またその時熱電対やラマン散乱スペクトルの温度依存性を利用した温度計測を行うことが出来る.更に,装置内を真空ポンプにより真空にすることや,ガス(アルゴン,水素,エタノールなど)を導入することでサンプル雰囲気環境の制御も可能である.このようなサンプル環境制御によってAFM測定システムやラマン散乱測定システムへ損傷を与えることはなく,これらの技術はこのAFMサンプル台上でのSWNTsのCVD合成を可能するものである.

AFM像からだけではその物質の特定や物性計測が難しいサンプルに対してもAFM・ラマン散乱同時計測により多くの情報を得ることが出来る上,以上のようなサンプル環境制御が可能な本実験装置はSWNTsに限らず非常に強力な分析ツールであると言える.

SWNTsラマン散乱スペクトルの温度依存性

ラマンスペクトル測定はSWNTsの物性研究,サンプル評価などにおいて多くの情報を得ることができる非常に重要な分析手法であり,SWNTsのラマンスペクトル(G-band, D-band及びRBMピークなど)は,そのサンプル依存性(直径は構造など)や共鳴ラマン効果などについて多くの研究がなされている.更に,ラマン散乱スペクトルには温度依存性があることが知られており,SWNTsラマンスペクトルの温度依存性に関する研究も進められている状況である.ラマンスペクトルの温度依存性を明らかにすることはSWNTsの物性に関する知見を得られるだけでなく,本研究で行ったSWNTsのCVD合成時におけるその場ラマン散乱測定の測定結果を解釈する上で非常に重要になるものである.

Fig. 3に様々な手法で生成されたSWNTsサンプルのG-band(G+ピーク)のラマンシフトの温度依存性を示す.ここではサンプルの温度を4〜1000 Kの範囲で変化させ,また3種類の波長のラマン励起レーザーを用い測定を行った.その結果,G+ピークのラマンシフトはサンプルの種類(直径・カイラリティなどの構造)や励起光波長に依らずほぼ同一の温度依存性を示していることが分かり,また同時にラマンシフトだけでなくそのピークの幅や強度についての温度依存性も明らかにすることが出来た.更にSWNTsのラマンスペクトルに特徴的なD-band及びRBMピークについてのラマンシフト,ピーク幅及びその散乱強度についての温度依存性に関する知見を得ることが出来た.特にRBMピークの強度に関しては,室温では殆ど現れてこないがサンプル温度が上昇することにより急激に強度を増していくピークが存在することが分かった.

以上のようにSWNTsのラマンスペクトルに関してその温度依存性を明らかにすることに成功し,これらの結果を用いることによってラマン測定によるSWNTsの温度計測が可能となった.

SWNTs生成プロセスにおけるAFM・ラマン観察

本研究で設計開発した環境制御型AFM-ラマン散乱測定装置内において,AFMサンプル台上でACCVD法を用いSWNTsを生成し,CVDプロセス全体を通じたAFM及びその場ラマンスペクトル測定を行うことに成功した.Fig. 3にAFMサンプル台上にてレーザー加熱法を用いシリコン表面に生成したSWNTsのAFM像を示す.シリコン表面の一面にSWNTsが生成されている様子が分かり,同時にラマンスペクトルからもこのSWNTsが高品質なものであることが確認できた.Fig. 4に2種類の触媒を用いてSWNTsのCVD合成を行いながら測定したその場ラマンスペクトルにおけるG-bandやその温度の時間変化を示す.その場ラマンスペクトル測定では,SWNTsが成長していく様子をそのG-bandの強度変化から観察できる.結果,SWNTsはCVD合成開始(エタノールガス導入)後,成長し始めるまでに待機時間があり,その後急激に成長していく様子が明らかとなった.AFM観察においても,待機時間内には殆どSWNTsが生成されておらず,待機時間後表面に多数のSWNTsが生成される様子を確認できた.この待機時間は,CVD温度に関わらずほぼ一定で,圧力が高い程短くなる.このことから,金属触媒はある一定量のエタノール分子と反応を経た後SWNTsの生成を開始すると言える.また,金属触媒の種類によってもSWNTsの成長の様子が異なることが分かった.ゼオライトに担持したFe/Co金属触媒の場合は,待機時間を経て急激な成長をした後,成長の速度は減少するが停止することはなく時間と伴に生成が進む.一方,シリコンに担持したCo/Mo金属触媒の場合は急激な成長後その成長が停止してしまう.この時のSWNTsの成長停止までの時間(〓)はCVD温度にはあまり依らず,エタノール圧力及びエタノール流速に強く依存することが分かった.

Fig. 1 (A) Environmental AFM-Raman measurement system, and (B) its Raman measurement optical system and the AFM probe displacement detector units (AFM head units).

Fig. 2 Temperature dependence of Raman shift of G+ peak. 4 kinds of SWNTs samples were measured with 3 laser wavelengths (488.0, 514.5 and 632.8 nm).

Fig. 3 AFM image of the sample surface after laser-heated CVD (ethanol gas: 0.1 Torr, 6 cm/s. CVD time was 1.0 min).

Fig. 4 (A) G-band intensity measured during the ACCVD process with using Fe/Co metal catalyst particles supported by zeolites. Ethanol gas (1.0 Torr) was supplied at 0 min. (B) Intensity of (a) the G-band and (b) silicon Raman peaks during the CVD process with using Mo/Co metal catalyst directly loaded on silicon substrates. (c) The temperature was calculated from Raman shift of the silicon peak. Ethanol gas (0.1 Torr) was supplied at 1 min.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「環境AFM装置内での単層カーボンナノチューブ生成とその場ラマン測定」と題し,ナノテクノロジーの中心的素材として注目を集めている単層カーボンナノチューブ(single-walled carbon nanotube, SWNT)の生成メカニズムに関して,原子間力顕微鏡(atomic force microscope, AFM)測定及びCVD合成中のその場ラマン散乱分光測定を用いて実験的に解明を試みたものであり,論文は全5章よりなっている.

第1章は,「序論」であり本研究と関連して,SWNTの物性・合成法について述べるとともに,SWNTsの構造及び電子構造について概観している.また,本研究で中心的に用いたラマン散乱分光法及びAFM測定についての詳細について述べ,更に従来研究の未解決問題について検討して,本論文の研究目的を述べている.

第2章は,「環境制御型AFM・ラマン散乱測定装置」であり,本研究で設計・開発した本実験装置の機能及びその測定結果について述べている.この環境制御型AFM・ラマン散乱測定装置は,AFM試料台上のサンプルの温度(300〜1000 K)や,サンプル雰囲気ガスの種類,圧力,流速などの制御が可能なうえ,AFMとラマン散乱スペクトルの同時計測も可能であり,SWNTs研究に限らず非常に応用範囲の広い実験システムであることを示している.また,加熱法や温度測定法について比較・検討している.

第3章は,「ラマン散乱スペクトルの温度依存性」であり,第2章にて開発した環境制御型AFM・ラマン散乱測定装置内を用いて,SWNTsサンプルを真空中で温度を変化させてラマン散乱スペクトルを測定している.その結果,SWNTsのラマン散乱スペクトルに現れるG-band,D-band及びRBMピークについてのラマンシフト,ピーク幅,ピーク強度などの温度依存性について明らかにし,更にそれらをSWNTsの電子構造や共鳴ラマン効果の温度変化に基づいて考察している.また,シリコン及びSWNTsのラマン散乱スペクトルの温度依存性を用いた非接触非破壊温度計測法を提案している.

第4章は,「SWNTs生成プロセスにおけるAFM・ラマン観察」であり,第2章で述べられた環境制御型AFM・ラマン散乱測定装置内においてアルコールCCVD法(ACCVD法)を用いてSWNTsを合成し,更にCVDプロセス全体を通じたAFM及びラマン散乱分光法によるサンプルの測定・観察を行うことに成功している.SWNTs生成に必要不可欠な触媒金属微粒子を詳細にAFM観察し,更にその場ラマン散乱測定を行うことによってこれまで明らかにされることのなかったSWNTs成長の様子を測定することに成功している.この時,第3章で得られたSWNTsのラマン散乱スペクトルの温度依存性を用い,その場ラマン散乱スペクトルの分析を行うことで,SWNTsの成長開始前に待機時間が存在することを見出し,更に触媒の活性寿命の測定に成功すると伴に,待機時間・触媒活性寿命のCVD条件(CVD温度,エタノールガス圧力及びガス流速など)依存性などについて検討している.

第5章は「結論」であり,上記の研究結果をまとめたものである.

以上を要するに,本論文はSWNTsの生成メカニズム解明に向け,環境制御型AFM・ラマン散乱測定装置を設計・開発し,これを利用することでSWNTsのCVD生成プロセス全体を通じたAFM及びその場ラマン散乱スペクトル観察に成功している.またSWNTsのラマン散乱スペクトルの温度依存性を明らかにし,ラマン散乱スペクトル測定によるSWNTsの温度計測を可能にしている.これらの結果からSWNTsの生成に関する知見を与えており分子熱工学の発展に寄与するものであると考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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