学位論文要旨



No 121136
著者(漢字) 西原,崇
著者(英字)
著者(カナ) ニシハラ,タカシ
標題(和) 円柱状構造物に作用する抗力方向非定常流体励振力の特性解明
標題(洋)
報告番号 121136
報告番号 甲21136
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6226号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

序論

流れを受ける円柱状構造物に発生する振動は,工学上の様々な場面でみることができるが,プラント構造物では,高サイクル疲労防止の観点から設計段階でこのような振動を防止・抑制する必要がある.このような振動については,既往の自由振動実験から得られた振幅応答特性が換算流速および換算減衰率によって整理され,その結果に基づいて,振動に対する評価指針が策定されている.しかしながら,抗力方向振動の励振機構と後流の形態との関係については,系統的な説明が与えられておらず,ある特定の流速条件で振動が生じる理由や振動が発生する流速域が2つに分かれる理由について合理的な説明が得られていなかった.また,付加質量変化の影響が円柱の抗力方向振動におよぼす影響についても不明のままであった.

本研究では,強制加振実験によって抗力方向に振動する円柱の非定常抗力特性と円柱後流パターンを円柱の無次元振幅が0.1以下の条件で取得し,非定常抗力と円柱後流パターンとの関係に合理的な説明を与え,抗力方向振動の励振機構を解明した.また,非定常抗力特性に基づいて既往の評価指針の妥当性を検証した.

実験装置と実験方法

幅1m×奥行き0.5m のテストセクションをもつヘッドタンク式の水路内で,抗力方向に強制加振される円柱に作用する非定常流体力を測定するとともに,加振円柱周りの流れの可視化実験を行った.試験体円柱として,試験体No.1(直径50mm×長さ490mm)および試験体No.2(直径50mm×長さ390mm)のジュラルミン製の円筒を使用した.試験体円柱は,リン青銅製の試験体支持部を介してサーボモータと偏心カム,クランク,および直動ベアリングを利用した加振機構に連結され,抗力方向に正弦的に強制変位加振を受ける.試験体支持部に貼った歪みゲージ出力から,円柱に作用する抗力方向および揚力方向の力を求め,差動トランス式水中変位計によって円柱の加振振動変位を測定した.流れの可視化実験では,試験体No.1と外周形状・寸法が等しい試験体を用い,蛍光染料とレーザーライトシートを用いて可視化した加振円柱周りの流れを高速度カメラによって撮影した.

実験は,加振振幅と流速が一定の条件下で加振振動数を変化させて行った.流体力測定はレイノルズ数が1.7×104と3.4×104の2ケース.無次元加振振幅が0.01,0.025,0.05,0.10の4ケースで行った.可視化実験は,レイノルズ数が1.7×104,無次元加振振幅0.025,0.05,0.10の3ケースで行った.

抗力方向に振動する円柱に作用する非定常流体力特性と後流パターン

まず,本実験にて観測された後流パターンを分類し,変動揚力特性,平均抗力特性との比較を行った.その結果,以下のことが明らかになった.非対称なパターンが見られる条件では変動揚力が大きくなり,特に,変動揚力の卓越振動数が加振振動数の1/2または1/4にロックインして明瞭な交互渦が観察される条件では,変動揚力係数が大きく増大する.対称な渦放出パターンが支配的な高加振振動数側では,変動揚力が非常に小さくなる.また,ロックインが生じて明瞭な交互渦が生じる条件では,円柱背後で明瞭な渦が形成されることと後流幅が大きく広がることによって平均抗力係数が大きく増大する.一方,対称な渦放出パターンが支配的な条件では,後流幅が狭い状態が下流まで維持されるため,平均抗力係数も大きく低下することが明らかになった.

非定常抗力については,まず,円柱加速度比例成分を付加質量係数に換算した結果,以下のような新たな知見が得られた.円柱が定常流中で抗力方向に振動する場合,付加質量係数は,静止流体中で振動する際の値から大きく変化し,換算流速の増大につれて,徐々に低下する.本強制加振実験から得られたこのような付加質量係数の特性を用いると,既往の自由振動実験にて,抗力方向の実際に振れる振動数が換算流速の増大に連れて徐々に増大する現象を合理的に説明することができる.また,本実験のような小振幅の範囲内では,付加質量係数は無次元振幅にあまり依存せず,円柱アスペクト比や端部の流動条件にもあまり依存しないことが明らかになった.

一方,非定常抗力の円柱速度比例成分を付加減衰係数に換算した結果,既往の自由振動実験において,抗力方向流力振動が発生する第一励振域,第二励振域に対応する換算流速範囲では,非定常抗力が励振力として円柱に作用していることが示された.また,既往の自由振動実験において観測される最大応答振幅と換算減衰率の関係は,本測定から得た付加減衰係数と定量的にもよく一致すること,円柱先端から流れが回り込む流動条件となる試験体No.2の場合,第二励振域では励振力が弱まっており,既往の自由振動実験と整合することが確認された.さらに,付加減衰係数の強い非線形性に基づいて,抗力方向流力振動の応答特性について検討を行った.その結果,第一励振域の自由振動応答が軟発振系の特性を有すること,第二励振域内の高換算流速側では自由振動応答にヒステリシスが発生しうることを示した.

非定常抗力生成機構の解明

後流パターンと非定常抗力の特性との対応関係を実験結果に基づいて正確に明らかにし,両者の関係に系統的な説明を与えることを試みた.その結果,抗力方向に振動する円柱に作用する正味の非定常抗力は,以下の3つの生成機構によって生じる力が重畳して現れているものと考えられ,一見複雑な挙動を示す後流パターンと正味の非定常抗力特性の関係に合理的な説明を与えることができた.

第一の生成機構による力は,円柱と流体の相対速度変化に起因して生じる流体減衰力である.特に,第一励振域と第二励振域の間では,定常抗力係数の増大に伴い,流体減衰効果が強められていると考えられる.第二の生成機構による力は,はく離せん断層の運動に表される,円柱周囲の流体が加速される流れの反力として生じる.この力は,無次元加振振動数が小さい条件では励振力として寄与するものの振幅が小さく,無次元加振振動数の増加に連れて振幅が増大するとともに位相が遅れて0°へ漸近する.このような特性は,はく離せん断層を界面と見立ててその運動を説明することにより,合理的に説明される.第三の生成機構による力は,はく離せん断層が円柱背後で巻き上がり,周期的に形成される渦とその離脱によって生じる.この力は,第一励振域と第二励振域の間では,円柱変位に比例する力として寄与し,第二励振域では,渦の形成される位相が進むことによって励振力として作用する.

正味の非定常抗力が励振力として円柱に作用するか減衰力として作用するかは,第一の生成機構によって生じる流体減衰と,第二と第三の生成機構によって生じる励振作用との大小関係によって決定される.ある特定の流速範囲でのみ抗力方向振動が発生する理由は,基本的に以下のように説明される.換算流速が低い条件では,第二の生成機構による流体力の円柱振動変位に対する位相はほぼ0°であるために,大半は付加質量に起因する慣性力として現れ,励振力としての寄与が小さい.この結果,第一の生成機構による流体減衰力が上回り,振動が抑制される.そして,換算流速の増加に連れて,第二の生成機構による力は徐々に位相が進み,励振力成分が増大して,第一の生成機構による流体減衰力を上回り,振動が励起される.さらに換算流速が増大すると,第二の生成機構によって生じる力の位相は90°に近づくが,その大きさ自体は減少し,励振力成分は減少する.この結果,第一の生成機構による流体減衰が再び上回り,振動が抑制される.また,励振域が2つに分かれる理由は,上述の説明に以下の第三の生成機構による力の特性を加えることによって説明される.第一励振域と第二励振域の間では,円柱振動に交互渦がロックインするために,最も明瞭な交互渦が形成され,第二の生成機構は阻害され,平均抗力係数の増大によって,第一の生成機構による流体減衰効果が強められる.また,第三の生成機構による力は,主に円柱変位比例成分として寄与し,励振作用は弱い.この結果,正味の非定常抗力の励振力成分は弱められ,振動が減衰する.第二励振域では,渦の形成されるタイミングが早まることによって,第三の生成機構による力の位相が進み,励振力が強められていると考えられる.この結果,第一励振域と第二励振域の間で,一旦振動が抑制されるが,第二励振域では再び振動が励起されると考えられる.

流力振動評価指針の検証

本研究で得られた抗力方向流力振動に関する知見に基づいて,日本機械学会基準S-012の妥当性を検証した.その結果,指針に示される全ての同期振動が回避される条件は妥当であること,揚力方向振動を回避した上で抗力方向振動が抑制される条件については,換算減衰率の定義法の見直しによって精緻化ができる可能性があることを示した.また,全ての同期振動が回避された上で,ランダム振動評価を行う場合,流体減衰を0とすることが安全側であることが確認された.一方,揚力方向振動を回避した上で抗力方向振動が抑制される条件では,流体減衰を0としても十分安全側ではない可能性があり,系の減衰比を安全側に設定する必要があることを示した.

結言

抗力方向に振動する円柱の非定常抗力を,円柱の無次元振幅が0.1以下の条件で高い精度で測定することに成功するとともに,詳細な流れの可視化を行った.実験結果に基づき,抗力方向非定常流体励振力の生成機構と特定の流速条件で抗力方向流力振動が生じる理由を合理的に説明することができた.また,本研究の成果に基づいて,既往の設計評価指針の妥当性が検証された.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「円柱状構造物に作用する抗力方向非定常流体励振力の特性解明」と題し,高速増殖炉もんじゅの温度計計装管の繰り返し疲労による折損事故に端を発した,流路内に設置された円柱状構造物の抗力方向振動の発生原因の解明を目的とし,詳細な実験データを独自の視点から分析し,従来,十分には説明されていなかった振動の発生機構を明らかにしたもので,以下の7つの章から構成されている.

第1章は序論で,流れを受ける円柱状構造物に発生する振動に関する既往の研究を概観している.この中で,抗力方向振動の励振機構と後流の形態との関係については,系統的な説明が与えられておらず,ある特定の流速条件で振動が生じる理由や振動が発生する流速域が第一励振域と第二励振域の2つの領域に分かれる理由について合理的な説明が得られていないことを指摘している.

第2章は実験装置と実験方法と題し,試験水路,可視化実験装置,加振装置,試験体,可視化条件,実験条件等に関して記述している.可視化には蛍光染料とレーザーライトシートを用いている.また,無次元加振振幅を0.01〜0.10の範囲で変更可能な抗力方向加振可能な装置を用いているところに特徴がある.

第3章は流水中加振実験結果と題し,流水中で円柱試験体を加振した場合の実験結果について述べている.後流パターンと変動揚力特性,抗力の時間平均値,抗力の変動成分の3種類の測定結果について纏め,実験において観測された後流パターンを分類し,変動揚力特性,平均抗力特性との比較を行ない,非対称なパターンが見られる条件では変動揚力が大きくなり,特に,変動揚力の卓越振動数が加振振動数の1/2または1/4にロックインして明瞭な交互渦が観察される条件では,変動揚力係数が大きく増大すること,対称な渦放出パターンが支配的な高加振振動数側では,変動揚力が非常に小さくなること,また,ロックインが生じて明瞭な交互渦が生じる条件では,円柱背後で明瞭な渦が形成されると後流幅が大きく広がることによって平均抗力係数が大きく増大すること,一方,対称な渦放出パターンが支配的な条件では,後流幅が狭い状態が下流まで維持されるため,平均抗力係数も大きく低下すること等を明らかにしている.

第4章は非定常流体力の測定結果と既往の自由振動実験結果との比較検証と題し,まず,非定常抗力については,円柱加速度比例成分を付加質量係数に換算した結果,円柱が定常流中で抗力方向に振動する場合,付加質量係数は,静止流体中で振動する際の値から大きく変化し,換算流速の増大につれて,徐々に低下すること,また,本実験のような小振幅の範囲内では,付加質量係数は無次元振幅にあまり依存せず,円柱アスペクト比や端部の流動条件にもあまり依存しないことを明らかにしている.さらに,非定常抗力の円柱速度比例成分を付加減衰係数に換算した結果,既往の自由振動実験において,抗力方向流力振動が発生する第一励振域,第二励振域に対応する換算流速範囲では,非定常抗力が励振力として円柱に作用していることを示している.また,既往の自由振動実験において観測される最大応答振幅と換算減衰率の関係は,本測定から得た付加減衰係数と定量的にもよく一致すること,円柱先端から流れが回り込む流動条件となっている試験体の場合には,第二励振域では励振力が弱まっており,既往の自由振動実験と整合することを確認している.さらに,付加減衰係数の強い非線形性に基づいて,抗力方向流力振動の応答特性について検討し,第一励振域の自由振動応答が軟発振系の特性を有すること,第二励振域内の高換算流速側では自由振動応答にヒステリシスが発生しうることを示している.

第5章は非定常抗力の生成機構に関する考察と題し,後流パターンと非定常抗力の特性との対応関係を実験結果に基づいて正確に明らかにし,両者の関係に系統的な説明を与えることを試みている.その結果,抗力方向に振動する円柱に作用する正味の非定常抗力は,円柱と流体の相対速度変化に起因して生じる流体減衰力,はく離せん断層の運動により円柱周囲の流体が加速される際の反力,はく離せん断層が円柱背後で巻き上がり周期的に形成される渦とその離脱の際に発生する流体力の3つの生成機構に分離できることを示し,一見複雑な挙動を示す後流パターンと正味の非定常抗力特性の関係に合理的な説明を与えることに成功している.

第6章は評価指針の検証と題し,本研究によって得られた円柱状構造物の抗力方向振動に関する知見をもとに,既往の流力振動評価指針の妥当性について検証しており,指針に示されている全ての同期振動が回避される条件は妥当であること,揚力方向振動を回避した上で抗力方向振動が抑制される条件については,換算減衰率の定義法の見直しによって精緻化できる可能性があることを示している.また,全ての同期振動が回避された上で,ランダム振動評価を行う場合,流体減衰を0とすることが安全側であることを確認している.

第7章は,結論であり,本研究によって得られた知見を総括し,今後の課題について述べている.

以上のように,本論文は,機械工学とくに流体振動学の発展に寄与し,関連分野の評価指針の検証に大きく貢献するものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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