学位論文要旨



No 121144
著者(漢字) 圖子,博昭
著者(英字)
著者(カナ) ズシ,ヒロアキ
標題(和) 環境対策技術としての複合材料の開発と評価
標題(洋)
報告番号 121144
報告番号 甲21144
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6234号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,淳
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 講師 村山,英晶
内容要旨 要旨を表示する

(本文)現在,地球は環境問題とエネルギー問題という2つの大きな問題をかかえている.石油消費をおさえかつ環境問題を解決するには,全体的なエネルギー需要構造からみても運輸部門の対策が不可欠で,そのためには先進軽量複合材料による乗用車の軽量化が有効である.

日欧米で研究開発競争が進む,樹脂系炭素繊維複合材料(以下,CFRP)は,その超軽量性から,高い比強度/比剛性を有する先進軽量素材である.また,鋼等金属材料に比して疲労特性に優れている.これらのことから,CFRPはこれまで航空宇宙分野やスポーツ分野で使用されてきた.しかしながら,従来のCFRPは軽量/高強度な反面,地球環境に対する負荷の大きさ(製造時のエネルギー消費量),成形速度,価格に問題があり,環境配慮および量産,低コストが重要視される現代の産業ニーズに応えられず,一般的な用途としては普及しなかった.

その中にあって,熱可塑性樹脂系炭素繊維複合材料(以下,熱可塑性CFRP)は,高い量産化適応性(製造エネルギー消費の低減(省エネ),成形時間の短縮,材料/成形コストの削減等の効果),4R性(リユース・リペア・リデュース・リサイクルの可能性)が期待でき,従来のCFRPで普及のあしかせとなっていた問題点を解決できる.

加えて,熱可塑性CFRPは従来のCFRPよりも軽量であり,鉄鋼に比べおよそ1/6の重さであり,強度/剛性不足をデザイン的に補ってもなお鉄鋼製品の軽量化が図れる.

しかし,これまでの熱可塑性CFRPの研究では,量産化適応性や4R性に目を向けられたものではなく,耐熱性や衝撃吸収性に関する研究が主であり,高品質なスーパーエンジニアリングプラスチックや特殊エンジニアリングプラスチックを母材に用いるものがほとんどであり,汎用プラスチックの研究は少ない.その汎用プラスチックの炭素繊維強化に関する研究では,ほとんどが射出成形品(小型・中型成形品)粒子強化,フィラー強化,短繊維強化の議論しかなく,連続炭素繊維強化の汎用プラスチックに関する(少なくとも,成形法や成形速度,リサイクル性に目を向けた)知見はほとんどみられない.(ここまで【第1章】)

鉄鋼製品のうち,その日常的な使用でエネルギー消費に直接的に結びついているものは,乗用車であろう.現在の世界の乗用車保有台数は約5億台であり,本研究にもあるロジスティック関数を用いて仮に有力経済新興国であるBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)が先進国のたどった歴史の通りに成長したらどうなるか予測すると,中国の成長だけで,世界の乗用車保有台数は倍増し,さらにその他の国々の影響も考えると,今の4〜5倍の乗用車を地球は保有することになる.すると,世界のエネルギーの手当てはどう工面してゆけばいいのかが問題になるが,それを議論する前にエネルギー需給の構造分析および乗用車保有台数が増加した場合のエネルギー消費量増加の見積もりを行うことは大変重要である.(ここまで【第2章】および【第3章】)

乗用車に使用されている材料のうち,約8割が金属材料で,そのうちの8割が鉄鋼である.現在は,アルミ合金化による軽量化が検討されてきており,金属材料の構成割合は変わってきているが,構造の適材適所に役割に合った金属を使用しても,乗用車が金属材料でつくられている限りは,大きな軽量化は望めない.本研究では,乗用車の実際の構造へ熱可塑性CFRPが適用されていった場合に,どれほどの軽量化率がのぞめるか具体的に示しており,この検討によって,抜本的な乗用車軽量化実現のためには,大物成形品までカバーできる連続炭素繊維強化の熱可塑性CFRPが必要であることがわかった.(【第4章】)

実際の技術開発は,熱可塑性樹脂に汎用性にとみ,熱可塑性の中で一番軽量で,リサイクル容易なオレフィン系ポリマーである,ポリプロピレンを用いた.しかしながら,ポリプロピレンは非極性の樹脂で,そのまま複合すると炭素繊維との界面接着特性の悪さから,所定の力学特性を得られないというのが常識で,ゆえに炭素繊維強化ポリプロピレンは構造材料としてみた場合に現実的ではないとされてきた.本研究では,無水マレイン基導入によるポリプロピレンの極性化,結晶化度制御や,繊維の湿式解繊および改質などの成形技術的な工夫をはかり,この力学特性の改善に努めた.評価は,3点曲げ試験,アイゾット衝撃試験および引張疲労試験により連続繊維強化一方向材の基本的特性を取得することで行った.その結果,本手法で開発された炭素繊維強化ポリプロピレンは,乗用車構造へ適用可能な物性まで改善できたことを確認した.(【第5章】)

次に本材料のリサイクル性を調べた.4種類の熱可塑性樹脂(ポリプロピレン,ポリアクリロニトリルブタジエンスチレン,ポリエチレンテレフタレート,ポリカーボネート)で,リサイクル材を想定した不連続繊維強化の熱可塑性CFRPを作製し,それを破砕,混練し,コンパウンドをプレス成形することで評価した.評価には,3点曲げ試験が採用された.ポリプロピレンは総合的に判断して,CFRPリサイクルに適したマトリックスであると結論づけられた.つぎに,不連続炭素繊維強化ポリプロピレンについてその基本的特性を,3点曲げ試験,アイゾット衝撃試験,引張疲労試験を通じて取得した.理論的には,第5章で示されたフレッシュ材の1/3程度の強度,弾性率が発現するはずであるが,その半分,1/6程度しか発現しなかった.原因としては,その成形法(特に混練により繊維が折損,湾曲することによる影響)にあると考えられる.また,本研究であらたに見出された補強リペア法についても検討を行った.損傷をうけた材料として,この1/6程度しか発現しなかったリサイクル材を用いた.炭素繊維強化ポリプロピレンの薄いシートを部材の両スキンにヒートフュージョンにより貼り付けるこの補強法によって,力学特性は改善されることがわかり,また,全面に貼り付けることで,変形でストックされた静的なひずみエネルギーをうまく開放させることにつながることがわかり,衝撃時のエネルギー吸収特性に対しても同様の効果が期待できる.(【第6章】)

実際に,本材料が,効率的段階的に乗用車に導入されたときの効果を,IEAの予測データに基づくもの,本研究室で推奨する途上国モータリーゼーションの効果を入れたロジスティック予測データに基づくものとで,比較した.この効果予測から,軽量化は即効的な対策であり,約4割の省エネが期待できると予想され,早急に本技術を先進国で推進,開発し,途上国へ流動的に伝えてゆくことの有効性が示された.さらに,WTW分析を用い,パワープラントが変化した場合の乗用車のエネルギー消費量の低減によるシミュレーションも行い,約8割の省エネを達成することができ,本車体軽量化技術はこれらの技術と協調していくべきであると結論付けられた.(【第7章】)

審査要旨 要旨を表示する

複合材料は高価格・難リサイクルであることが原因で,これまで一般産業分野への用途展開は限定的であった.すなわち,複合材料はその名の通り複数の素材を複合化させて性能を設計できる材料であるが,従来は既存材料にない高い性能を設計することで独自の適用分野を開拓することに重きを置いてきたと言える.ところが,昨今のエネルギー問題や地球環境問題の解決技術としてその超軽量性を輸送機器の消費エネルギー削減に役立てられないかという問題意識が高まってきている.

このような中,本論文は,一般産業用途に複合材料を適用させるべく,性能を抑えてコストや生産速度などを設計することに着眼し,従来の複合材料工学とは全く異なる視点からのアプローチを行ったユニークな内容となっている.具体的には,まず複合材料が最も貢献できると考えられる運輸部門に関して中長期的な環境エネルギー問題を予測することから始め,達成すべき目標を明らかにし,それを満足できる素材として炭素繊維とポリプロピレンによる繊維強化複合材料等いくつかの選択肢を抽出している.中でも,炭素繊維強化ポリプロピレンは界面接着性と樹脂含浸性の点から従来は複合化が極めて困難とされていたものであるが,リサイクラビリティ,コスト,製造速度の面から最も環境問題解決のポテンシャルが高いと考えられることから,界面接着性向上のための化学処理と成形方法の検討を続け,最終的に本論文中で従来の複合材料と同等の性能を持っていながらコストとリサイクラビリティを著しく改善した複合材料が開発されている.

本論文の概略は以下の通りである.

すなわち第2章では,現在のエネルギー消費構造の分析および有力新興国BRICsの経済成長の予測から,中国を筆頭とする途上国の乗用車保有台数の増加が世界的な環境・エネルギー問題の原因になること,そして,これらに対抗する技術開発要素として,乗用車自体を超軽量化することを挙げ,これからの材料に要求されるサスティナブルな条件,すなわち「環境配慮」,「4Rの推進」という条件について考察している.

第3章では,有力新興国・中国のモータリーゼーションと題して,BRICsの中で人口も多く,おそらく最初で最大のモータリーゼーション国である中国を例に取り,将来の乗用車増加に起因するエネルギーの使われ方,消費量の推移を,将来予測として示している.ここでの予測には,ロジスティック関数を用いた独自のモデルを用い,エネルギー消費量およびCO2排出量の将来にわたる増加量を予測し,超軽量車の導入が必要とされる時期についての具体的な考察を行っている.

第4章では,各種基礎素材の性能の現状と技術開発状況を比較検討して,CFRPの乗用車軽量化ポテンシャルが極めて高いこと,また,LCAに基づくライフサイクルでの省エネルギー効果やそれをさらに高めるためのリサイクルシナリオなどが検討されている.また,現在の乗用車の構造分析を行い,連続繊維強化と短繊維強化のCFRPを考え,その成形法などから双方の利点・欠点を示し,それを乗用車製造にどのように生かしていくかが検討されて,結論として,これまで実現困難とされてきた炭素繊維強化ポリプロピレンの実現可能性について検討が行われている.

第5章では,炭素繊維強化ポリプロピレンの性能向上に関する検討として,無水マレイン酸によるポリプロピレンの極性化,結晶化制御,繊維の湿式解繊と表面改質についての独自の検討結果についてまとめられている.また,開発された炭素繊維強化ポリプロピレンの力学的性質(3点曲げ試験,アイゾット衝撃試験,引張疲労試験)を示すと共に,X線による分析などに基づく性能改善の要因分析が行われている.

第6章では,従来の炭素繊維強化エポキシおよび炭素繊維強化ポリプロピレンのリサイクル(再利用)について,その性能低下度合いやリサイクル時の環境負荷を勘案したリサイクルパスの提案と,実際の再利用材の力学的性質評価を行っている.また,補強材,パッチ補修材として利用できる薄い炭素繊維強化ポリプロピレンシートを用いた4R技術を提案しており,著しい性能回復が実現できることを示している.

第7章では,本研究が地球規模の省エネルギーやCO2排出抑制に与える効果を定量的に示すために,軽量化のみの場合と他の省エネルギー技術革新等と併用できた場合にわけてパラメータスタディが行われている.結果として,各種省エネルギー技術の中でも乗用車の軽量化は即効的できわめて効果が大きいこと,中国やほかの途上国の成長速度に勝って確実に省エネルギーの効果をあげていくためにはできるだけ早い時期に導入する必要があることなどが具体的に議論されている.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1940