学位論文要旨



No 121145
著者(漢字) 鈴木,徹也
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,テツヤ
標題(和) 運輸部門のエネルギー消費構造分析に基づく材料関連省エネルギー技術の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 121145
報告番号 甲21145
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6235号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,淳
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 講師 村山,英晶
内容要旨 要旨を表示する

日本の石油使用量の約3分の1が自動車に関わるものであり,乗用車保有台数の増加や,車体重量の増加,物流の小口化・多頻度化などにより,自動車の環境負荷は今後も増加し続けると予測されている.世界に目を向けると,発展途上国,特に人口増加の著しい中国やインドなどの経済発展に伴い,エネルギー消費量はますます伸びている.中でもモータリゼーションによるエネルギー使用量は他部門と比べて著しく増加しており,このエネルギー消費のほぼ全てを石油に依存している.

このように増加の一途をたどる運輸部門の環境負荷に対し,先進諸国では削減への第一の課題として燃費の改善を挙げている.燃費向上の手段として車体の軽量化が最も注目を集めている.スチールからアルミニウムなどの軽金属材料への転換,さらには,先進複合材料の適用が検討されている.

本研究では,近年炭素繊維の生産能力向上と価格の大幅な低下を背景に需要が大幅に伸びていくと予想されるCFRPに注目した.現在,輸送機器の主要な構造材料として航空機やレーシングカーに用いられているCFRPは,その優れた軽量化ポテンシャルを十二分に発揮しているが,これをそのまま量産車に適用するには高コスト,遅い成型速度,難リサイクル性から困難と考えられている.そこで,まずは超高級車から徐々にCFRPを導入していき,将来的には量産車に適用するべく技術開発が行われてきている.CFRPは一般に製造原単位がとても大きいと言われているが,問題はCFRPの原単位の大きさではなく,それが製品に使用されたときにライフサイクル全体で省エネ効果があるのかどうかということである.

そこで本研究では,量産車に適当なCFRPを用いて自動車を軽量化したとき,ライフサイクル全体での環境負荷削減に効果があるのかどうかを,LCAを用いて定量的に分析することを目的とした.

まず,量産車用CFRPの開発目標値を設定した.開発初期段階のため,単純な材料置換によるマクロ的な軽量化ポテンシャルを考察した.このときCFRP適用部位を,剛性が優先される外板部材と強度が優先される構造部材に分けて考えた.CFRPの優れた比強度・比剛性から,外板部材に対してCFRPはいずれも60%を超える高い軽量化ポテンシャルを示した.その中でもCFRTPがコストや製造原単位の点からも有望であることがわかった.構造部材に対してはCFRTSの優位性が際だった.ただし,航空機用のCFRTSは力学特性に優れている反面,成型速度やコストが悪くオーバースペックなので,軽量化ポテンシャルが70%の迅速成型用に開発しているCFRTSが有望であることがわかった.また,CFRTPはVfが0.25を超えた辺りから軽量化率が飽和に向かうことが分かった.板厚の制限がなければ,低いVfはCFRTPの低コスト化と熱可塑性樹脂の含浸の悪さの点で有利であるが,Vfが低すぎると強度の点で問題が生じるので,総合的にみるとVf=30%辺りが妥当であることがわかった

次に,この開発目標値をふまえたCFRPの原単位を計算した.CFRPはこれまで航空機やレーシングカーなど高スペックなものがインベントリ分析の対象であった.本研究では近年新たに調査されなおした炭素繊維のインベントリ分析を用い,リサイクルも想定した量産車に適当な力学特性のCFRPを対象とした.フレッシュ材のみのCFRPの原単位は鉄よりもはるかに大きかった.フレッシュのCFRTS部材の原単位はとフレッシュCFRTP部材の原単位はそれぞれスチール部材の原単位の約5倍,約3倍であった.しかし,リサイクル材を用いるとスチール並みの原単位に大幅に低下するので,仮にリサイクルが必要でない状況であったとしても,リサイクル技術は必須であることがわかった.

続いて,これらの開発目標値を持ったCFRPで従来車のスチールを代替したときの,自動車軽量化のエネルギー削減効果をLCAにより分析した.このとき,リサイクル材の使用状況に応じて3つの軽量化シナリオを想定しLCAで比較した.CFRPを適用することで車重は40%前後軽くなった.フレッシュCFRPのみ使った場合は,CFRPの原単位が大きいため素材製造段階でのエネルギー消費量は増えるが,走行段階での環境負荷低減が大きく効いて来るので結局ライフサイクルでは32%エネルギー消費量が低下した.リサイクル材を用いた場合は車体の軽量化効果が若干鈍るが,原単位がスチール並みに劇的に下がるためライフサイクルでの環境負荷削減率は38%にまで向上した.よって,CFRPによる乗用車軽量化は,環境負荷削減においてきわめて有効な技術であることが明らかになった.このとき,部材ごとに求められる材料特性と適用すべきCFRPの性能の効率よい組み合わせと,リサイクル技術の発展がさらなる省エネ効果に結びつく.

次にトラックを大型・中型・小型の3サイズに分け,それぞれにおいて従来のスチール車とCFRP軽量車の環境負荷をLCAにより比較した.トラック軽量化による環境負荷削減効果はほとんどなかった.これは乗用車と違って貨物を運ぶため,車両重量が軽くなっても総車両重量になると軽量化が鈍るためと考えられる.そして,車体が小さいほど一般に走行距離は短くなる傾向にあるので,原単位の大きいCFRPによる素材製造段階でのエネルギー消費量の増加が全体に及ぼす影響が大きくなってくる.よって,小型トラックではCFRPをもちいることでほんのわずかではあるが,エネルギー消費量が増加した.

そこで,総走行距離を伸ばしてみると,CFRP軽量化による燃費の向上がより効いてくるので,エネルギー消費量の削減率が向上した.しかし2倍の生涯走行距離にしてもせいぜい数%の向上にとどまった.次に,軽量化により軽くなった重量分の積載量が増える場合を考えた.積載量の増加に応じて,同じ重量の荷物を運ぶのに必要なトラック台数を減らすことで,日本の保有トラック全体の総エネルギー消費量が減ることを想定した.従来の積載率を維持したまま軽量化した重量だけ積載量が増えると,削減率は25%から30%程度となった.したがって,トラックの軽量化による環境負荷削減効果は,単に車体の軽量化だけでは効果が現れないので,総走行距離を伸ばすことはもちろん,特に積載量の増加による効率的な物流が大きく寄与することが明らかになった.

最後に,バスを大型・中型・小型・マイクロの4種類に分け,まずFEM解析によりスチールをCFRPで代替したときの軽量化重量を求めた.そして,その結果をふまえてそれぞれのサイズにおけるスチールバスとCFRPバスの環境負荷をLCAにより比較した.燃費の向上によりどのバスもライフサイクルでの環境負荷は減った.しかし,バスは人を乗せて走るため,トラックと同様に車体を軽くしても総車両重量では軽量化効果が鈍ってしまい,10%にも満たないエネルギー削減率であった.

そこで,コミュニティバスの普及により乗用車の稼働率を抑制することによる省エネルギー効果を分析した.コミュニティバスを100万台導入することにより,運輸部門の環境負荷を10%程度削減できることがわかった.普及台数の増加はもちろんのこと乗車率の向上も省エネ効果に大きく寄与した.これらに比べると燃費向上による省エネ効果は目立たない印象だが,人口密度が低くて高い乗車率が見込めない地域では,燃費向上技術の寄与がより大きくなってくる.よって,省エネ効果を上げるには,普及の促進や燃費を向上させる技術開発,乗車率を上げる運行システムの設定,啓蒙活動など総合的な施策が必要であると言える.

以上のように,本研究ではCFRPによる省エネ技術が運輸部門の環境負荷削減に大いに有効であることを明らかにした.特に運輸部門のエネルギー消費量の約55%をも占める乗用車において,すばらしい省エネ効果が認められたことで,今後の技術開発に大きく期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,ますますその必要性が増してきている運輸部門の省エネルギーに関し,軽量新素材がどのように寄与できるか,またそのためにはどのような技術開発が必要であるかをマクロ(エネルギー消費構造変化の要因分析)とミクロ(インベントリー分析に基づく未来原単位の予測と目標設定)の両面から緻密に論じたものであり,分析の対象としたものは主として炭素繊維強化複合材料(CFRP)であるが,分析手段と考察の論理は他の基礎素材に対しても適用可能な一般性を持ったものであり価値が高い.以下にその概略を示す.

すなわち第2章では,まず世界のエネルギー需給バランス変化の要因分析を通して,世界的な省エネルギーを考える上で(石油依存率が極めて高く,新技術導入のリードタイムが長く,また,規制の効果が低い一般大衆に委ねられている,などの理由から)運輸部門の省エネルギー技術開発が極めて重要であることを具体的に明らかにした後に,運輸部門における輸送機器別のエネルギー消費構造分析を詳細に行って,今後の増大要因と対策の可能性について論じている.

第3章では,運輸部門におけるエネルギー消費量を削減するために考えられている様々な手段を俯瞰的に比較し,燃費向上,中でも車両の軽量化の効果が大きいことを示した後に,軽量化材料として技術開発にしのぎが削られている各種基礎素材の現状と将来の可能性を総合的に比較検討し,中長期的な省エネルギー対策技術としてのCFRPによる車体軽量化のもつポテンシャルが極めて高いものであることを明らかにしている.

第4章では,このような高い軽量化ポテンシャルを発揮するために要求されるCFRPの力学特性の目標値のみならず,量産車に適用されてマクロな省エネルギーに貢献するために必要となる加工性,リサイクル性,成形速度,ならびにコストの目標値を明らかにしている.具体的には,自動車の部材を剛性が優先される外板部材と強度が優先される構造部材の2つに大きく分けて,それぞれにおいてクリアすべき技術課題を明らかにし,それらの難易度から段階的な軽量化シナリオを提案している.

第5章では,第6章以降で車のLCAを行う上で不可欠となる基礎素材の製造原単位について詳細な比較検討を行っている.なかでも,CFRP部品は製造原単位が大きいため,特に省エネルギー車のLCAにおいてはこの値が結果を大きく左右することに着目し,現在の技術ベースでの詳細なインベントリー分析を通して,将来の製造原単位を推定している.さらに,自動車リサイクルが自動車のライフサイクルでのエネルギー消費量削減に寄与することを示して,CFRPについては3R(リデュース,リユース,リサイクル)の目標値設定を行っている.

第6章では,従来のスチール製乗用車と3タイプのCFRP製軽量乗用車のLCAを行い,高性能であるが高環境負荷である熱硬化性樹脂によるCFRPは乗用車の骨格に用い,性能は若干落ちるが低コストで低環境負荷である熱可塑性樹脂によるCFRPを外板に用いる場合に大きな省エネルギー効果が期待できることを示している.また,この種の省エネルギー車では,リサイクル率の向上がさらなる(ライフサイクルでの)省エネルギーに効果的であることを明らかにしている.ここでの結果は,これから開発競争が激化するであろう乗用車用CFRPの開発指針として,貴重な工学的貢献であると考えられる.

第7章では,CFRPによるトラックの軽量化効果をLCAに基づき分析している.すなわち,トラックを大型・中型・小型の3サイズに分類して,それぞれについて従来車とCFRP車のライフサイクルでのエネルギー消費量を比較し,統計量から推定したそれぞれのサイズの年間走行距離・貨物積載効率の差に起因して,異なる効果が得られることを明らかにしており,それぞれに適したより効果の高い運用方法などを示している.

第8章では,CFRPによるバスの軽量化効果をLCAに基づき分析している.すなわちここではまず,バスを大型・中型・小型・マイクロの4サイズに分類して,それぞれについてどれだけCFRPで軽量化できるかをFEM(有限要素法)で解析し,その結果をふまえて従来車とCFRP車のライフサイクルでのエネルギー消費量を比較している.さらに,バスの中でも特に普及の促進が進められているコミュニティバスに注目し,軽量化率以上に乗車率向上が省エネルギー効果に大きく効いてくることを明らかにして,多品種少量生産向けであるCFRPの利点を活用した低環境負荷な交通サービスを提案している.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1158