学位論文要旨



No 121146
著者(漢字) 竹腰,善久
著者(英字)
著者(カナ) タケコシ,ヨシヒサ
標題(和) キャビテーションの新しい数値モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 121146
報告番号 甲21146
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6236号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川村,隆文
 東京大学 講師 山口,一
 東京大学 講師 松本,洋一郎
 東京大学 講師 宮田,秀明
 東京大学 助教授 秋元,博路
内容要旨 要旨を表示する

キャビテーションはその有害な性質ゆえ、プロペラ設計者にとって深刻な問題となっている。ポンプや水車がほぼ一様な流れの中で作動するのに比べて、舶用プロペラは船体の後方に配置されるため、伴流と呼ばれる空間的に不均一な流れの中で作動する。翼素の単位で考えると、プロペラの一回転の間に流入迎角が大きく変動し、キャビテーションの発生がプロペラの回転とともに時々刻々変化する周期現象があらわれる。

この非一様性が、キャビティの周期的な成長と崩壊を引き起こし、結果として船尾変動圧力やプロペラ軸へのベアリング・フォースが発生する。キャビティが崩壊する際には、非常に大きな圧力が翼の後縁近くにおいて発生し、最悪の場合、有害なエロージョンが発生することもある。加えて、過度の船体への変動圧力は船体疲労や騒音を引き起こす。騒音は、船体の居住性や、音響を使った測深儀、魚群探知機、位置検知装置、ソナーなどへの悪影響を及ぼす。

筆者らはポテンシャル理論に基づく渦格子法プログラムと最適化アルゴリズムを組み合わせたプロペラの自動最適設計プログラムを作成し、翼断面形状を変更することにより、耐キャビテーション性能に優れた翼型の圧力分布をプロペラの三次元流れ中で実現するような設計を行い、実験によりキャビテーションの抑制を確認した。しかし、キャビテーション発生予測については、キャビテーションを考慮しない計算の結果として得られた圧力分布から揚力等価法などによる半ば経験的な推定にとどまっている。将来的にはナビエストークス方程式にキャビテーションモデルを組み合わせることによる推定法の実用化が望まれる。

現在のところ、キャビテーションの予測に関しては、キャビティの全体的な形状と、性能への影響に留まり、キャビテーションによって発生する変動圧力の予測などのレベルには達していない。そこで、キャビテーションの予測精度を向上することが本研究の目的である。

第1章において、現在のキャビテーションの予測方法について簡単に説明をする。第2章において、既存のキャビテーションモデルについて詳しく紹介をする。第3章において、本論文における数値計算方法について述べる。

第4章からが、本研究の中心部分である。既存のキャビテーションモデルの中で最も優れたものの一つであるFull Cavitation Model について計算を行い、モデルの適応範囲と限界について示した。また、相変化、乱流による圧力変動、非凝縮ガスの存在など実際の物理現象を考慮したモデルであるが、それら物理現象のモデル化のキャビテーション流れへの影響について詳細に調べた。既存のモデルの多くは、翼厚の小さい翼については実験と良く一致するが翼厚の大きい翼についてはキャビティを過小評価することが報告されているが、Full Cavitaiton Model も同様な結果となった。

第5章において、4章で得られた知見をもとに新しいキャビテーションモデルを提案した。このモデルは、キャビテーション流れを分散性の気泡流として扱う気泡流モデルと、シャープなシートキャビティ界面を直接解像する界面捕獲法との組み合わせによって構成されるものである。シートキャビティの部分は界面の空間的スケールが計算格子よりも大きいため移動境界問題として陽的に解き、クラウドキャビティの部分は分散性気泡流に対するモデルを用いて取り扱うことになる。界面捕獲法を用いる場合に問題となる、キャビティの初生やシートキャビティの後縁の取り扱いに対して合理的な解法である。また、この新しいモデルとFull Cavitation Model を詳細に比較すると、Full Cavitation Model の方が前縁側からキャビティの初生が起きていることが分かった。前縁半径の小さな翼の場合その差は重要でないが、前縁半径の大きな翼に対してはキャビティ初生位置のわずかな違いがキャビティ形状に大きな違いを生むことが分かった。

第6章において、5章で提案したキャビテーションモデルについて、ピッチング振動した2次元翼周りに適用した。ピッチングにより、流れ場そのものの時間スケールが加わる流れとなる。このとき、シートキャビティ長さおよびその位相については、振動の時間スケールと渦運動の時間スケールの比が支配的であることが分かった。

第7章において、全体のまとめと今後の課題について述べる。

キャビテーションの新しい数値モデルを開発することにより、既存のモデルよりも時間平均値および変動量についても正しく予測することができることを示せた。また、既存のキャビテーションモデルの多くが、シートキャビティを過小評価し、キャビティも定常に落ち着いてしまう問題を抱えていたが、その原因を解明することができた。

審査要旨 要旨を表示する

船舶において、プロペラのキャビテーションは重要な問題であり、特に近年では船舶の高速化及び浅喫水化への要求の高まりから、ますますその重要性は増していると言える。従来は、プロペラのキャビテーションの予測は、模型実験や経験に基づく設計チャート、または理論計算などにより推定されていたが、近年では数値流体力学に基づく予測方法の開発が精力的に進められている。数値流体力学による方法は、形状を正確に表現できること、及びキャビテーションに強い影響を与える粘性や乱流、境界層、渦などの影響を取り扱うことが出来るなどの点で優れていると言える。しかし、一方で、現在のところ十分な信頼性を持つキャビテーションの数値モデルが開発されていないことが問題となり、応用は進められていない。これに対して、本研究では既存のキャビテーションモデルが持つ問題を明らかにし、新しい概念に基づいてより高精度なモデルを提案することを目的にしている。

本論文は7つの章で構成されている。第1章ではキャビテーションの数値予測の重要性を含めて、本研究の背景と目的および進め方に関して述べ、第2章ではこれまでに提案されているキャビテーションモデルと問題点について述べている。続いて第3章においては、本研究における数値計算法について詳細に述べている。

第4章では、現在最も広く用いられているキャビテーションモデルの一つを取りあげ、様々な翼型や迎角、キャビテーション数に対して計算結果と実験を比較することで詳細な検証を行い、実験と比較的良い一致が得られる場合と得られない場合を明確に示している。さらに結果の分析から、既存のキャビテーションモデルの限界と問題点を明らかにしている。このような系統的な検証はこれまでに行われておらず、これは本研究の重要な成果の一つであるといえる。

第5章は、本論文における最も重要な成果を含む章である。まず、本章では前章の結果を受けて、新しいキャビテーションモデルである、「ハイブリッドキャビテーションモデル」を提案している。このモデルの特徴は、キャビテーションの形態の一つであるシートキャビティ領域を飽和蒸気圧の水蒸気で満たされた空間であると見なし、それ以外の領域については分散性気泡流として取り扱うことである。これは、分散性気泡流の仮定を用いる既存の混相流モデルにおいては、ボイド率が高いシートキャビティ領域のモデリングが不適切であるという、第4章の検討結果に基づくものである。このハイブリッドキャビテーションモデルを様々な翼型、迎角、キャビテーション数に対して適用し、計算結果を実験及び既存モデルによる計算結果と比較して検討した結果、既存モデルでは十分な精度が得られなかったケースにおいて、大幅に精度が改善されることが示されている。この結果については、さらに詳細な考察が加えられており、シートキャビティの界面のシャープさを適切に表現すること、及びキャビティ初生点を正確に予測すること、キャビティの非定常かつ局所的な構造を表現することなどが、全体の計算精度に影響があることを示している。また、各条件の翼面上のキャビテーション流れの特徴に応じて、それぞれどの要素が支配的な影響を及ぼすのかを明らかにしており、これまで明らかにされていなかったキャビテーションモデルの適用限界が明確に示されたことも重要な成果である。

第6章では、キャビテーションの非定常性を正しく再現することが出来るというハイブリッドキャビテーションモデルの特長を生かし、ピッチング振動する2次元翼に発生するキャビテーションのシミュレーションを行っている。これは、船舶の伴流中で作動することで、流入迎角が周期的に変動するプロペラ翼を想定したものである。剥離渦の非定常性及びそれに対するキャビテーションの影響において実験と良い一致を示すことが確認され、プロペラに発生する非定常キャビテーションの予測に適用できる可能性を示している。さらに、第7章では全体の結論を述べるとともに、将来への課題を示している。

以上に示したように、本論文はキャビテーション現象のモデリングとその工学的応用において、明らかな進歩をもたらすものである。今後は舶用プロペラのキャビテーション予測に応用されることが強く期待される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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