学位論文要旨



No 121147
著者(漢字) 廣瀬,智史
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,サトシ
標題(和) 金属構造要素のクリープ損傷および自己修復過程の計算モデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 121147
報告番号 甲21147
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6237号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 湯原,哲夫
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 高橋,淳
内容要旨 要旨を表示する

近年のCAE技術の発達および技術の設計および開発の現場への普及率の増加は目を見張るものがある。特にCAE技術の中核をなす有限要素解析技術は構造解析において既に大きな功績と信頼を得ている。今では設計と有限要素解析を併用する開発手法が当然となり、またより複雑な構造および複雑な力学的特性に対するCAE技術の適用が求められている。現時点で解析困難な特性としてまず損傷および破壊が挙げられるだろう。現在広く浸透し信頼されている有限要素技術は主に連続体力学理論の枠内における材料特性の評価を得意としており、損傷・破壊といった非連続的な力学的挙動を記述できないことが、解析困難な原因として挙げられるだろう。損傷・破壊解析により構造寿命が予測できれば、開発コスト、材料コスト、メンテナンス等の削減が可能となり経済的および環境的に非常に有利に働くと思われる。早急に損傷・破壊解析を可能とする手法の開発および技術の浸透が望まれている。

本論文では、損傷に関する非連続的な力学的特性を評価する手法として損傷・破壊を連続体力学の枠組みで評価できる唯一の理論である損傷力学に注目した。損傷力学は現時点で比較的単純な材料挙動である引張りおよび圧縮破壊等には大きな成果を挙げている。損傷力学は、延性破断寿命の評価、脆性破断寿命の評価、損傷による剛性低下率の評価、クリープ破断寿命の評価、繰返し荷重下の疲労寿命評価ができるため今後大いに考慮される理論であると思われる。

一方、損傷力学を適用しても損傷解析困難かつ今後需要が高まるであろう問題として温度に依存した材料挙動の評価問題が挙げられる。特に温度変動を伴う熱疲労解析もしくは拡散現象に起因するクリープ現象が著しい高温域における材料挙動解析である。以下に損傷力学で解析困難な力学的挙動を列挙する。

温度変動の伴う損傷・破壊の評価

拡散現象の著しい高温環境下における損傷・破壊の評価

永久変形における構成式が少ない新材料の損傷・破壊の評価

本論文では今後需要が高まるであろう熱疲労解析および高温環境下の構造寿命評価に注目し、上記(1)および(2)で示した損傷力学の欠点について改良方法等議論した。また、高温域における材料挙動を評価したい場合、低温域とは異なり材料の軟化現象は損傷に起因するものだけではなくなるため、高温域で顕著になる拡散現象による材料軟化現象を考慮に入れなければならない。そこで、本論文では析出物の凝集・粗大化による材料軟化現象および微視的空隙の発生・成長による軟化現象を考慮した既存の構成式に注目し、妥当性の検証および欠点に対する改善方法を議論した。

上記の理由から本論文の主な目的として以下の3つが挙げられる。

熱疲労に代表される熱変動を伴う場合の損傷・破壊現象を精度良く評価するために、

熱変動を伴う損傷・破壊現象の評価を可能とする

高温環境下の原子拡散現象が著しい状態における力学的特性を精度よく評価するために、

損傷による材料軟化とは別の析出物の凝集・粗大化を起因とした材料軟化を精度良い評価を可能とする。

材料内部の微視的空隙部、すなわち損傷部に生じる原子拡散現象を起因とした自己修復過程の評価を可能とする。

本論文において、それぞれの目的を満たすため既存の構成式をどのように拡張したらよいか、もしくはどのような新たな構成式が必要となるかを議論していくが、複雑化を防ぐために各々の問題に対し独立にその解決法を議論していく。

1の目的についてであるが、まずなぜ損傷力学は熱変動を伴う損傷・破壊解析に不向きであるかを示す。大きな熱変動を伴う問題にも適用可能とする損傷発展の条件を提案し、熱変動を伴う損傷・破壊現象として多く問題となっている熱疲労解析に、本論文で提案した損傷発展の条件を適用する。適用例として熱変動を伴う電子基板上に構成される導線接合部に生じる熱疲労破壊問題を取り上げる。疲労解析手法として計算パフォーマンスのよいlocally coupled approach法を適用する。ANSYS7.0を用いて電子基板モジュールおよびその簡易化モデルに対して、繰り返し熱変動負荷による熱応力解析を行い、得られた応力履歴を用いて熱疲労破壊寿命予測を行った。解析結果と実験結果を比較することで新たに提案した損傷発展の条件の妥当性を検証した。

2の目的についてであるが、まず高温域において損傷以外にも材料の軟化現象が生じることおよびその原因が析出物の凝集・粗大化にあることを示す。つぎに析出物の凝集・粗大化が構造に及ぼす影響をパラメーター化した既往の論文を示し、その問題点を指摘する。また本論文ではクリープ理論に基づいて軟化現象を記述した軟化発展式を提案し、既存の軟化発展式との関連性について述べる。提案式の検証例として近年問題になっている高Cr鋼の溶接部に生じるTypeIVと呼ばれる破壊現象のシミュレーションを行う。また同時に近年大規模計算化に伴い計算コストが莫大になりつつあるが、その解決策として異種要素をペナルティ法を用いて併用する手法を提案する。解析結果と対応する実験結果と比較することで新たに提案した軟化発展式の妥当性を検証した。

3の目的についてであるが、まず高温域において低温域ではほぼ問題にならなかった物理現象である原子の拡散現象について示す。また合わせて著しい原子拡散により材料内部に分布している微視的空隙に生じる表面張力を起因とした圧縮応力のメカニズムを示す。粉体の焼結と同様に、その圧縮応力を駆動力とした自己修復現象が材料内部の微視的空隙に生じていることを示し、自己修復過程を記述する損傷力学に基づく構成式を提案した。提案したモデルは簡単のため、損傷発展過程と自己修復過程で別の構成式を用いる損傷修復逐次モデルをはじめに提案する。その検証例として引張りクリープ試験による予損傷を持った試験片の圧縮クリープ試験における自己修復のシミュレーションを行う。計算結果と対応する実験結果と比較することで、損傷修復逐次モデルの妥当性を検証する。次にその拡張形として多軸応力状態にも適用可能とし損傷発展過程と自己修復過程で同一の構成式を用いる損傷修復統合モデルを提案する。その検証例として逐次モデルの検証例と同様のシミュレーションを行い、対応する実験結果と比較する。さらには、有限要素法に損傷修復統合モデルを組み込み、複雑な多軸応力が生じる静水圧下加熱による自己修復シミュレーションを行い、その修復率の予測を行う。予測結果と対応する実験結果と比較することで損傷修復統合モデルの妥当性を検証する。

結果、本論文の結論として以下の3つを得た。

温度変動下の損傷・破壊解析に対し損傷力学を適用する際、既存の損傷力学では記述困難な現象であったが、大きく温度変動が生じる場合でも容易に適用できるようになった。

高温環境下で顕著となる析出物の凝集・粗大化による材料軟化現象を精度良く記述することができ、軟化現象が著しい第3期クリープ段階を損傷の影響を含めずに精度良く表現できるようになった。

高温環境下で顕著となる原子の拡散現象に起因した自己修復現象を評価できるようになり、かつ精度良く構成式モデルの同定、すなわち材料定数を決定すれば、多軸応力下の自己修復量を良好に予測できることが確認され、既存の損傷力学では取り扱えなかった、損傷率の減少を表現できるようになった。

本論文で提案した手法は、すべて非連続的な力学的特性を連続体力学の範疇で考慮できるものであり、現在広く浸透している有限要素解析コードに最小限の手間でインプリメントできるため、今後需要が高まるであろう温度に依存した力学的挙動の非連続的な材料挙動解析において、有効な利用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、金属損傷に関する非連続的な力学的特性を評価する手法として、損傷・破壊を連続体力学の枠組で評価可能な唯一の理論である連続体損傷力学に着目している。損傷力学はすでに、比較的単純な材料挙動である引張および圧縮破壊などに適用され、大きな成果を上げている。さらに損傷力学は、延性破断寿命の評価、脆性破断寿命の評価、損傷による剛性低下率の評価、クリープ破断寿命の評価、繰返し荷重下の疲労寿命評価などに適用可能なため、今後も多いに活用されるべき理論であるとの認識の下に、本論文の1章と2章では研究背景と基礎理論について述べている。

3章ではまず、熱変動を伴う損傷・破壊解析における損傷力学の問題点について述べている。大きな熱変動、特に低温脆性を伴う問題にも適用可能とするために新しい損傷累積則を提案し、電子部品の熱疲労解析に適用した。具体的には熱サイクルを受ける電子基板上に構成される導線接合部に生じる熱疲労破壊問題を解析した。損傷力学に基づく疲労解析手法として、計算効率の観点からlocally coupled approach法(部分連成解析法)を適用した。商用ソフトANSYS7.0を用いて電子基板モジュールおよびその簡易化モデルに対して、繰返し熱変動負荷による熱応力解析を行い、得られた数サイクルの応力履歴を損傷力学構成式に繰返し入力することにより熱疲労破壊寿命予測を行った。解析結果と実験結果を比較することにより、新たに提案した損傷累積則の妥当性を検証した。

4章ではまず、高温域においては損傷発展に加え、析出物の凝集・粗大化によっても材料の軟化現象が生ずることを述べている。続いて、析出物の凝集・粗大化が材料特性に及ぼす影響を数理モデル化した既存の研究例を紹介し、その問題点を指摘した。さらに本論文では、クリープ理論に基づいて軟化現象を記述した軟化発展方程式を提案して、既存の軟化発展式との関連性について考察した。提案式の検証例として、近年問題になっている高Cr鋼の溶接部に生じるTypeIVと呼ばれる破壊現象のシミュレーションを行った。また同時に、近年の解析大規模化に伴う計算コスト増に対する解決策として、ペナルティ法による異種要素結合法を提案した。解析結果と対応する実験結果を比較することにより、新たに提案した軟化発展方程式の妥当性を検証した。

5章および6章ではまず、高温金属内における原子の拡散現象について述べている。すなわち、著しい原子拡散により材料内部に分布しているクリープボイドに生じる表面張力に起因したボイド収縮のメカニズムを説明した。その収縮力を駆動力とした自己修復現象が材料内部のクリープボイドに生じ得ることを述べ、自己修復過程を記述するために損傷力学モデルを拡張した。簡単のため最初に、損傷発展過程と自己修復過程において別の構成式を用いる損傷・修復逐次モデルを提案した。その検証例として引張クリープ試験による予損傷を有する試験片の圧縮クリープ試験における自己修復シミュレーションを行った。計算結果と対応する実験結果を比較することにより、損傷・修復逐次モデルの妥当性を検証した。続いて多軸応力状態に拡張するとともに、損傷発展過程と自己修復過程において同一の構成式を用いる損傷・修復統合モデルを提案した。その検証例として逐次モデルの数値例と同様のシミュレーションを行い、対応する実験結果と比較した。さらに、有限要素法に損傷修復統合モデルを組込み、複雑な多軸応力が生じる静水圧下加熱による自己修復シミュレーションを行い、修復率を予測した。予測結果を対応する実験結果と比較することにより損傷修復統合モデルの妥当性を検証した。

7章は結論であり、以下の成果が述べられている。

温度変動下の損傷・破壊解析に対して損傷力学を適用する際、既存の損傷発展方程式では記述困難な現象が見られたが、低温脆性現象を含む場合にも適用できる損傷累積則を提案し、その有用性を検証した。

高温環境下で顕著となる析出物の凝集・粗大化による材料軟化現象を合理的に記述し、軟化現象が著しい第3期クリープ段階を精度良く表現できる軟化発展方程式を提案し、その有用性を検証した。

高温環境下で顕著となる原子の拡散現象に起因した自己修復現象を評価できるように損傷力学を拡張した。構成式モデルを適切に同定すれば、多軸応力下の自己修復量を良好に予測可能であることを確認した。

本論文で提案した手法は、非連続的な固体の損傷・破壊挙動を連続体力学の範疇で考慮可能とし、現在広く普及している汎用有限要素解析コードに最小限の手間でインプリメントできるため、今後需要が高まるであろう温度に依存した力学的挙動の非連続的な材料・構造挙動解析において、有効な利用が期待される。

以上を要するに、本論文は金属構造要素のクリープ損傷および自己修復過程の計算モデリング手法を提案し、実験結果との比較により、その設計支援ツールとしての有用性を実証しており、高い工学的価値を有すると判断される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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