学位論文要旨



No 121149
著者(漢字) 飯塚,宣行
著者(英字)
著者(カナ) イイヅカ,ノブユキ
標題(和) 鈍頭型再突入カプセルの動的不安定に与えるマッハ数効果に関する研究
標題(洋) Study of Mach Number Effect on the Dynamic Stability of a Blunt Re-entry Capsule
報告番号 121149
報告番号 甲21149
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6239号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

本論文では鈍頭型再突入カプセルに生じる遷音速域でのピッチング運動の動的な不安定性を、一様流が超・亜音速、両者の場合について流れ場の数値シミュレーションを行い比較・解析している。再突入カプセルの形状には過去の研究例が豊富な宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部のMuses-C計画に用いられている再突入カプセルを用いた。一様流のマッハ数はピッチング運動が顕著となる1.3, 0.9, 0.8, 0.7の条件で解析を行った。

超音速の条件であるマッハ数1.3でピッチング方向に強制振動を行ったシミュレーションでは、過去の実験・数値シミュレーションの研究と同様、カプセルピッチング振動時の背面に生じるピッチングモーメントにヒステリシスが存在することを確認した。そしてこの背面ピッチングモーメントに生じるヒステリシスによって、1周期の間にピッチング振動に対する負減衰を生じるという過去のシミュレーションと同様の結果を得た。

亜音速の条件である、マッハ数0.9,0.8,0.7で強制振動を行ったシミュレーションでは超音速側であるマッハ数1.3のときと同様に背面のピッチングモーメントにヒステリシスが存在することがわかった。またこの1周期のヒステリシスが負減衰のピッチングモーメントを発生するという、超音速側と似た動的不安定メカニズムが存在することがわかった。超音速側ではカプセルエッジから放出されるせん断層は再圧縮衝撃波に到達するまで超音速で加速膨張するが、亜音速側では流れはほぼマッハ数1の状態を保ったのち弱い垂直衝撃波により減速するかまたは亜音速で減速する。亜音速側の条件ではこれらに伴う逆圧力勾配によるせん断層の不安定性が顕著にみられ、大きな擾乱成分を生ずる。この大きな擾乱成分が亜音速側遷音速の大きな特徴となっていることもわかった。このため亜音速側での背面のピッチングモーメントは超音速側のものと比べ、ランダムな擾乱成分の大きさが背面ピッチングモーメントと同じオーダーにまで達し、周期ごとの滑らかな位相平均を得るまで約40周期分を要した。今回のシミュレーションでは流れ場の周波数特性の定量性を議論することはできないが、亜音速側は超音速側に比べ全時間変動量は数倍の大きさを持つ。

過去に行われた超音速でのシミュレーション結果からカプセル運動時の背面ピッチングモーメントは静的なピッチングモーメント特性と振動時の一定な時間遅れによって与えられるということがわかっており、静的な背面ピッチングモーメント特性が動的特性に大きな役割を果たしている。亜音速時も同様な説明がなされるか否かを確認するため、強制振動シミュレーションを行った条件と同じマッハ数でピッチ角固定のシミュレーションを行った。超音速側であるマッハ数1.3の条件では背面ピッチングモーメントはピッチ角5°付近でほぼ最大に達しその後はほぼ一定になるという、過去のシミュレーションと同様の結果を得た。亜音速側ではマッハ数0.9,0.8とマッハ数0.7で特性に違いが見られた。マッハ数0.9,0.8では、背面ピッチングモーメントはピッチ角20°付近で最大となりその後はピッチ角が増加すると共に絶対値は減少する。一方マッハ数0.7では最大となるピッチ角が15°付近となり、以降ピッチ角の増大と共に絶対値が減少する傾向は同じである。マッハ数0.7でのこの特性の違いはカプセルエッジから放出されるせん断がこのマッハ数を境に亜音速となっていることに関連していると思われる。これらすべてのマッハ数においてピッチ角が増大するにつれてカプセル背面の後流が短くなり、最大のピッチングモーメントに達するピッチ角以降になるとほぼ変わらないという傾向が見られた。このことからカプセル背面の流れは背面ピッチングモーメントが最大となるピッチ角前後で特性が変わっていることがわかった。

亜音速側において、静的な背面ピッチングモーメント特性と動的な特性である時間遅れがどのようにして動的な背面ピッチングモーメントを作り出しているかについて、過去に行われた超音速側の研究と同様に、動的な背面ピッチングモーメントを静的な背面ピッチングモーメントと時間遅れという式で表し、シミュレーションから得られた背面ピッチングモーメントにフィッティングを行った。その結果、亜音速側においても静的な背面ピッチングと時間遅れという現象が起きていることを確認した。

カプセルピッチング振動の動安定を設計段階である程度把握するためには静的なピッチングモーメント係数と運動することによる寄与分を算出できればよい。カプセル前面から生じる減衰係数はカプセルの形状と前面圧力分布からほぼ算出可能である。背面から生じる(負)減衰係数は今までの議論から静的なピッチングモーメント特性と時間遅れで決まることが分かっているから、時間遅れを算出または計測できればよい。静的なシミュレーション結果からこの時間遅れは背面ピッチングモーメントの一次遅れ系に近いこと、そして時間遅れを一次遅れ系によるものとしても議論に変わりがないことがわかった。カプセル背面に生じている流体現象が遅れ系であるならば背面ピッチングモーメントの時間履歴を採取し、自己相関解析を行うことでその系の時定数を同定できる可能性があることから、それぞれのマッハ数において背面の自己相関解析を行った結果、時間遅れと自己相関関数の間に明確な関係を得ることができた。背面の現象を2次、または3次の遅れ系で近似し、自己相関関数へのフィッティングを行うことで、振動時の時間遅れをピッチ角固定時のデータから採取できることが分かった。またこの結果は、背面の時間遅れがピッチ角の関数となることを示した。過去の超音速側シミュレーションによる研究では時間遅れを一定とみなしていたが、これは超音速時には後流の特性変化を起こすピッチ角以降で背面ピッチングモーメントがほぼ一定の値をとるため時間遅れの変化の効果を無視できることから説明可能であり、後流の特性変化とともに時間遅れも変化するという結論と矛盾はない。以上の結果より、動的な背面ピッチングモーメントは静的なものから推測でき、カプセルを振動させることなく不安定効果を見積もることができる。

背面から生じる負減衰の係数は静的なピッチングモーメントのピッチ角に対する傾斜と時間遅れの積で表されるため、今回のシミュレーションの結果から時間遅れがピッチ角の関数であることを考慮すれば背面から生じる負減衰の係数もまたピッチ角の関数となることがわかる。カプセルピッチング運動の安定性は全ピッチングモーメントに左右されるため、安定性の議論には前面に発生する動的なピッチングモーメントも考慮しなければならない。今回のシミュレーションでは前面に発生する動的なピッチングモーメントはピッチング運動に対して減衰効果を発生するという過去の実験結果と同じ結果を得ている。ピッチング運動が励振状態から定常振幅のリミットサイクルに至る理由は前面から発生する減衰と背面から発生する負減衰とが平衡状態に達するためと考えられることから、リミットサイクル時の振幅はシミュレーションが行われたすべてのマッハ数で振動の周期によらないことを示すことができる。これにより、過去に行われた風試による自由振動実験と自由落下実験において異なる無次元振動数にもかかわらずほぼ同じ振動履歴を示すことが説明される。また亜音速側では背面ピッチングモーメントの絶対値を示すピッチ角が大きいことを踏まえると、大振幅に至るまで減衰と負減衰が平衡にならない可能性があることから、超音速側に比べリミットサイクル時の振幅が大きいことも説明できる。

風試による自由振動実験では、亜音速側での振動には大振幅でリミットサイクルに至る振動と、小さなピッチ角の範囲で振幅が増減を繰り返すという二つモードの存在が確認されている。リミットサイクルに至る経緯は先に述べたとおりであるが、小振幅で増減を繰り返す現象に関する検証は現在までの研究では見受けられない。一般に、振幅が定まらない1自由度振動現象では減衰係数が小さい振動系に外力が加わっていることが予想される。風試による自由振動実験からこのカプセルのピッチング振動系の減衰係数は正負に関わらず小さいことがわかっており、振幅の増減には亜音速側の特徴である大きな擾乱が関係していると思われる。この確認のために、実験によってこの現象が現れるマッハ数0.7において、ピッチ角を0°に固定したときの背面ピッチングモーメントの時間履歴をシミュレーションにより採取し、この力を外力としてカプセルの振動と共振周波数を一致させた系の常微分方程式に加え振幅の様子を調べた。この結果では系の減衰係数を小さくした時に振幅の増減が確認されたことから、この現象は前面と背面による減衰、負減衰の力が小振幅で常に均衡している条件で亜音速側特有の大きくランダムな擾乱が組み合わさることによって起きる現象で説明できる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)飯塚宣行提出の論文は,「Study of Mach number Effect on the Dynamic Stability of a Blunt Re-entry Capsule」(鈍頭型再突入カプセルの動的不安定に与えるマッハ数効果に関する研究)と題し,英文で書かれ本文8章から構成されている.

高速で惑星大気へ突入する飛翔カプセルには熱防御などの観点から,鈍頭で平たい弾道係数の小さな形状が利用されることが多い.このようなカプセル形状は,遷音速付近で空気力学的要因による動的不安定性から自励振動を起こすことが知られている.再突入カプセルの動的不安定性に関してはこれまでにも多くの研究が行われてきたが,動的安定特性を遷音速域の亜音速側から超音速側まで統一的に説明した研究は見受けられない.また,カプセルの動的安定性を推測できる手法の確立が望まれるが,特性を把握するための実験データに頼っているのが現状である.

このような観点から,著者は本論文において,遷音速領域におけるカプセル動安定特性を明らかにすることを目的とし、遷音速域における主流マッハ数の大きさによるカプセル周りの流れの変化とピッチングモーメント特性の変化,結果として起こる動安定特性の変化について考察し,それをもとにカプセルの動的安定特性の予測手法を提案している.

第1章は序論で,過去に行われたカプセルの動的安定性に関する研究を概観し,過去の研究によって明らかになった現象と,残された課題,改善点を示し,本論文の目的と意義を定義している.

第2章では,カプセル運動のモデル化と問題設定が述べられている.カプセルの動的不安定性を,ピッチング運動のみを対象とした流れ解析結果をもとに行うことの妥当性を確認し,過去に詳細な研究が行われたカプセル形状を解析対象とした問題設定を行っている.

第3章では,解析に用いる数値計算手法について述べている.

第4章では,固定ピッチ角での流れ場解析を行っている.時間平均場に着目した場合,亜音速では超音速に比べ,ピッチ角変化に伴う後流変化が少ないという特性を示し,亜音速では高いピッチ角まで時間平均での背面ピッチングモーメントが上昇し続けることを明らかにしている.また,カプセル背後に働くピッチングモーメントの時間変動は,亜音速側ではカプセルエッジから放出される剪断層の不安定性により大きくなるのに対し,超音速側では膨脹波による安定化効果により小さくなることを示している.

第5章では,カプセルの強制振動シミュレーションを行っている.カプセル背面のピッチングモーメントは亜音速側であっても超音速側と同様の予測モデルで表されることを確認している.また,カプセル前面のピッチングモーメントは,超音速側から亜音速側に変化すると振動減衰効果が急激に大きくなり,加えて,ピッチ角の上昇と共に減少する傾向が強くなることを示している.

第6章では,ピッチ角固定時の非定常データからピッチ角運動時の背面ピッチングモーメントを予測するモデルを提案し,そのモデルの予測可能性について議論している.また,提案されたモデルから過去のモデルも導出できることを示すことで,ここで提案しているモデルがこれまでより広義なモデルであることが示されている.

第7章では,カプセルの動安定について議論している.リミットサイクル時の振幅について再考し,減衰係数がピッチ角のみの関数であり,かつ,空力的復元力に比べて十分小さいという条件下では,リミットサイクル時の振幅が振動数と無関係に決まることを明らかにしている.また,動安定のマッハ数特性についても触れ,亜音速側では,前面の減衰係数が大きくなることがカプセルの振動が安定化される要因であることを示している.そして,過去の実験で観測されている高亜音速側の2種類の振動が,カプセル前面と背面効果が組み合わされることによる複雑な減衰係数によるものである可能性を示している.この結果は,一方の大振幅の振動が超音速側の大振幅振動とほぼ同じ現象に由来したものであり,他方の小振幅の振動が亜音速側での特異な強い時間変動に由来するという過去の研究成果を支持したものとなっている.

第8章は,結論であり本研究で得られた結果をまとめている.

以上要するに,本論文は,亜音速から超音速にかけてのカプセル振動特性の変化を統一的な議論によって明らかにし,カプセル振動時の背面ピッチングモーメント変化をピッチ角固定によるデータから推測する方法を提案したものである.この結果は,カプセルを実際に振動させることなく,カプセル振動時の動的安定性の推測を可能としている.これらの成果は再突入カプセルの今後の設計に有用なものであり,今後の航空宇宙工学に貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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