学位論文要旨



No 121150
著者(漢字) 請川,克之
著者(英字)
著者(カナ) ウケガワ,カツユキ
標題(和) モジュール型宇宙構造物の自己組立に関する研究
標題(洋)
報告番号 121150
報告番号 甲21150
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6240号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 町田,和雄
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京工業大学 助教授 村田,智
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,宇宙構造物の新しい自動組立方法として,構造物システムと組立システムに分散化の概念を導入することで柔軟な自動組立システムの構築を目指したものである.モジュール化した構造物と組立作業ロボットを統合した新しい自動組立の概念を自己組立と定義して,そのような概念に基づく自己組立システムの特徴を明確にした.そして,その基本的な課題である組立完了までのモジュールの移動手順の計画(自己組立の動作計画)について検討および考察を行った.

第1章では,比較的剛性の高い大型宇宙構造物の構築には,構築の容易性・耐故障性・システムの柔軟性などの観点から構造物の分割化が重要であり,宇宙空間での作業の安全性やコストなどの観点から組立作業の自動化が重要であることを指摘した.また,それらを共に実現する方法の1つである自己組立に関連する研究として,モジュラーロボットと呼ばれる比較的新しい分野の研究を概観した.

第2章では,多数の均質なモジュールによる構造物システムの分散化と複数の作業ロボットの使用などによる組立システムの分散化が重要であることを述べた.それらを同時に実現する方法の1つとして,自己組立の概念に着目し,その特徴について考察した.ここで,自己組立とは,図1に示すように,多数のモジュールから構成される構造物システム全体を各モジュールの単純な移動の繰り返しによって目的形状へ変化させることをいう.自己組立システムと従来のシステムとの違いを明確にするために,構造物システムと組立システムにおける自己組立システムの位置付けを行った.構造物システムにおいては,多数の均質なモジュールからなる構造物システムであり,建造・機能・撤収・再利用といったライフサイクルの考察に基づいた知的適応構造物の一種であることを述べた.組立システムにおいては,従来の高機能で集中型の組立システムとは対極に位置付けられることを明らかにした.

第3章では,自己組立の動作計画方法について検討し,中央集権的な方法および自律分散的な方法のそれぞれの特徴を明らかにした.中央集権的な方法として,比較的探索効率が良く局所最小解への落ち込みを防ぐのに有効であるシミュレーテッドアニーリング法を用いた.そして,移動の障害となる領域を考慮した場合にも適用可能な評価関数として,目的形状までの重みを考慮した距離を提案した.自律分散的な方法としては,汎用性が高く比較的単純なセルオートマトン(CA)を用いた.そして,任意の目的形状に対してCAのルールの変更部分を少なくするために,そのルールを目的形状に合わせて変更する部分と不変である部分とに分けて考える方法を提案した.それらの方法を用いて,基本的な自己組立の例として密集した形状から直列状の形状への組立についてシミュレーションを行い,計算処理時間およびモジュールの移動数と全体を構成するモジュール数の関係,計算処理時間と成功率の関係について調べた.それらの結果から,モジュール数が少ない場合,すなわち構造物の規模が小さな場合は,計算処理時間が想定されるミッションの許容範囲を超えなければ,中央集権的な自己組立の動作計画が有効であることが分かった.一方,構造物の規模が大きくなると,中央集権的な方法では計算処理時間が想定される許容範囲を超えるようになり,自律分散的な方法が有効であることが分かった.さらに,それぞれの提案方法と他の研究による方法とを成功率や組立完了までに要するモジュールの移動数について比較し,提案方法が優れていることを示した.

第4章では,自律分散的な自己組立の動作計画において重要な課題であるデッドロックについて考察し,その解決方法を提案した.まず,デッドロックが発生するメカニズムを検討し,デッドロックの発生要因が,移動ルール,モジュールの移動に関する制約条件,モジュールの形状や移動機構などのハードウェアの特性,初期形状と目的形状の組み合わせにあることを指摘した.さらに,モジュールの移動先を不適切に制限することが,デッドロック発生の本質的な理由であることを指摘した.そこで,モジュールの移動にランダム性を与えそれを操作することで移動ルールを適宜緩和するという方法を提案した.その提案方法は,デッドロックの発生要因の中で柔軟に変更可能である移動ルールに着目し,モジュール形状や移動方法に依らず高い汎用性を得られるように考慮した方法である.提案方法では,モジュールは基本的に目的位置へ近づくような移動先を目指して移動するようにし,デッドロックに陥ったと判断した時に目的位置から離れるような移動先へも確率的に移動するようにした.モジュールの移動については,まず移動先空間をランダムに選択させ,その後選択した空間への移動をその空間に対する評価値とデッドロックを検出している時間を利用して確率的に決定させるものとした.ランダム性の操作については,局所的な情報によりデッドロックに陥ったと判断したモジュールのランダム性の程度を上昇させ,デッドロックに陥っていないと判断したモジュールのランダム性の程度を低下させるものとした.その方法によってデッドロックを解決できることを検証するため,不適切な移動ルールによりデッドロックに陥った状況を初期形状としてシミュレーションを行った.デッドロックには大きく分けて全モジュールが移動できなくなる種類と同じ移動を繰り返し行い続ける種類があり,例として図2に示す2つの状況を考えた.それぞれの状況について移動ルールの緩和の程度およびその影響による全体形状の変化の様子を調べ,提案方法を用いることでデッドロックの状況から抜け出して組立を完了できることを確認した.さらに,提案方法の有効性を,ランダム性を操作しない方法と比較して調べた.図3に,組立完了までに要したステップ数の増加による累積成功率の推移を示す.ここで,累積成功率とは,あるステップ数までに組立が成功した試行の総数の全試行数における割合を表す.これにより,提案方法を用いることでモジュールの移動数を抑えた効率的な組立を行えることを示した.

第5章では,宇宙構造物システムにおける実用的な構造として閉ループ構造と階層モジュラー構造について考え,それぞれの組立の困難さを考察した.ここで,階層モジュラー構造とは,複数のモジュールにより閉ループ的に構成された構造の単位を繰り返し用いた階層的な構造であり,効率の良いシステムの構築を目指した構造物システムである.階層モジュラー構造については,それに適した階層的な組立方法を提案した.まず,閉ループ構造について,基本的な構造として対称性の高い正多角形状の閉ループ構造を考え,それを形成するためのアルゴリズムを記述した.シミュレーションにより,目的形状が閉ループ構造である場合と開ループ構造の代表例である直列状の構造である場合との比較,およびランダム性を操作する方法を用いた場合と常に移動ルールに従う場合との比較を行った.そして,閉ループ構造は直列状の構造と比較して組立が格段に困難であることを示した.さらに,ランダム性を操作する方法は閉ループ構造においては常に必要となることを示した.次に,階層モジュラー構造について考えた.階層モジュラー構造は閉ループ構造を多く含み組立が困難であることが予想されるため,それに対応した自己組立の動作計画として,図4に示すように,低い世代のモジュールからなる開ループ構造を中間形状として段階的に組立を行う方法を提案した.そこでは,ある世代の構造を構成するモジュール群ごとにまとめて考えるものとした.そのようなモジュール群をメタモジュールと定義し,それを用いて構造物の組立を目的とした動作計画を導入した.さらに,効率的な組立を目指して一時的なデッドロックへの陥りを回避するために,待ちステップ数を導入した.待ちステップ数は周囲のモジュールとの競合を抑えるのに有効で,効率的な組立を可能とする.また,中間形状を決定する形成アルゴリズムを記述した.そして,中間形状 における第k世代のメタモジュール の位置の集合 を,中間形状 における第k-1世代のメタモジュール群のその位置への移動を決めるアルゴリズムを として,次のように一般的に表わした.

.(1)

式(1)は,ある全体形状におけるメタモジュールの位置はそれを構成するメタモジュール群の組立の過程を考慮して階層的に表されることを示している.提案した自己組立の動作計画方法の実例として,図5に示すような基本的な階層モジュラー構造の組立のシミュレーションを行った.そして,中間形状として開ループ構造を設定することが重要であることを確認するため,段階的な組立と直接的な組立とを比較した.段階的な組立においては,中間形状として代表的な開ループ構造である直列状の構造を考えた.それら組立過程の違いによる累積成功率を調べた結果を図6に示す.それにより,階層モジュラー構造の組立においては中間形状の設定が必要で,直接的な組立はほとんど成功しないことが示された.

以上,本研究では,宇宙構造物の新しい自動組立方法であるモジュール構造物の自己組立について,その基本的な課題である動作計画の検討を行い,ランダム性を操作する方法を導入した動作計画と階層性を考慮した動作計画を提案し,それらの有効性を示した.これにより,将来的な大型あるいは複雑な宇宙構造物の組立において高い柔軟性を持つ組立システムを実現するための基本的な知見が得られ,従来困難であったそのような構造物の自己組立の動作計画を行うことが可能となった.

図1 自己組立のイメージ例

(a) 組立初期 (b) 組立完了

図2 デッドロックの種類とその状況

(a) 全モジュールが移動できなくなる種類のデッドロックが発生する状況

(b) 全モジュールが移動できなくなる種類のデッドロックが発生する状況

図3 提案方法とランダム性を操作しない方法との累積成功率の比較

(a)  全モジュールが移動できなくなる種類のデッドロック発生状況(図2(a))の場合

(b)  同じ移動を繰り返し行い続ける種類のデッドロック発生状況(図2(b))の場合

図4 階層モジュラー構造の組立手順の概要

図5 の階層モジュラー構造の組立

図6 組立過程の違いによる累積成功率の比較

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)請川 克之 提出の論文は「モジュール型宇宙構造物の自己組立に関する研究」と題し、6章と補遺とから成っている。

国際宇宙ステーションなど現在あるいは将来の宇宙構造物の建造方法は、ほとんどが展開構造を含む部分構造を宇宙飛行士が操作するマニピュレータや作業ロボットにより組み立てることを想定している。しかしそのような方法では構造物全体の完成に至るまでに多くの時間が必要で、建造のコストも高くならざるを得ず、また建造途中での計画変更などにも柔軟に対応することができない。その場合、部分構造は電力モジュール、制御モジュール、あるいは居住モジュールなどのように機能別に設計され、また組立システムも別個に検討されるのが通常である。本研究は、従来の宇宙構造物システムの建造におけるそのような問題点の解決のために、構造物システムと組立システムを分散化して、モジュール化した構造物と組立作業ロボットを統合したより柔軟な自動組立システムの構築を目指したものである。個々のモジュールに単純な建造機能を持たせた多数の均質なモジュールからなる宇宙構造物の自動組立の概念を提示し、その特徴を明確にするとともに、基本的な課題である組立完了までのモジュールの移動手順計画(自己組立の動作計画)について詳細な検討と考察を行っている。二次元の正六角形状のモジュールにより頂点を軸に回転移動しつつ初期に集積していた状態から目的形状を構成しようとする場合を例にしたシミュレーションにより、提示した自己組立におけるデッドロック状態の解決法が有効であることや将来の本格的な宇宙構造物システムを想定した階層モジュラー構造の自己組立が可能であることを明確に示している。

第1章は序論であり、今までの研究を紹介し、本研究の目的を述べている。特に構造物の分割化と組立作業の自動化に共通する関連研究として、モジュラーロボット分野の研究を概観し、従来の自己組立の動作計画に関する研究を紹介している。

第2章では、多数の均質なモジュールによる構造物システムの分散化と複数の作業ロボットの使用などによる組立システムの分散化が重要であることを述べ、本論文において提案する単純な建造機能を持たせた均質な多数のモジュールからなる宇宙構造物の自己組立システムの意味を述べている。すなわち、それが構造物システムにおいては建造・機能・撤収・再利用といった構造物のライフサイクルの考察に基づく知的適応構造物の一種であり、組立システムにおいては従来の高機能で集中型の組立システムとは対極に位置付けられることを示している。

第3章では、自己組立の動作計画方法において、シミュレーテッドアニーリング法による中央集権的な方法およびセルオートマトンによる自律分散的な方法の計算処理時間やモジュールの移動数、および累積成功率について検討している。中央集権的な方法では移動の障害となる領域を考慮した場合にも適用可能な評価関数として目的形状までの重みを考慮した距離を提案し、自律分散的な方法では、セルオートマトンのルールを目的形状に合わせて変更する部分と不変である部分とに分けて考える方法を提案した。それらにより初期に集積した形状から直列状の形状への基本的な自己組立についてのシミュレーションを行い、構造物の規模が大きくなり、中央集権的な方法では計算処理時間が想定される許容範囲を超えるような場合に、自律分散的な方法が有効であることを示している。

第4章では、自律分散的な自己組立の動作計画において重要な課題であるデッドロックについて考察し、モジュールの移動先を不適切に制限することがその本質的な発生理由であることを指摘して、モジュールの移動にランダム性を与えてそれを操作することで移動ルールを適宜緩和する方法を提案している。そして、デッドロックに陥ったと判断した場合には徐々にランダム性を高めていきそれ以外では急速にランダム性を低下させること、および目的形状の位置が初期形状の中心に近くなるように基点モジュールを設定することが、組立完了までに要するステップ数を抑えた効率的な組立になることをシミュレーションにより明らかにしている。

第5章では、宇宙構造物システムの形状としてより実用的な閉ループ形状や階層モジュラー形状を目的形状として取り上げ、それらの自己組立について考察している。閉ループ形状は直列状の形状と比較して組立が格段に困難となるが、ランダム性を操作する方法により組立を完了できることを示している。また、階層モジュラー形状の構造では、低い世代のモジュールからなる開ループ形状を中間形状として段階的に組立を行う動作計画方法を提案し、それによらない直接的な自己組立はほとんど成立しないことを示している。

第6章は、結論であり、本研究の成果を要約している。

以上要するに、本論文は、個々のモジュールに単純な建造機能を持たせた多数の均質なモジュールからなる宇宙構造物の自己組立について、ランダム性を操作する方法を導入した動作計画と階層性を考慮した動作計画を提案し、それらの有効性を示して、大型あるいは複雑な宇宙構造物の組立において高い柔軟性を持つ組立システムの実現を可能としたもので、航空宇宙工学、構造工学、およびロボット工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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