学位論文要旨



No 121151
著者(漢字) 西野,峰之
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,ミネユキ
標題(和) 積層板接着構造の力学的挙動
標題(洋)
報告番号 121151
報告番号 甲21151
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6241号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 講師 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

樹脂材料を炭素やガラスなどの補強繊維で強化した繊維強化複合材料(Fiber Reinforced Plastics, FRP)は、優れた比剛性・比強度を有しており、軽量化要求の厳しい航空宇宙分野をはじめとする様々な構造物に採用されている。この複合材料は通常複数の層を積層した積層板として使われる。積層板ではそれぞれの層内の繊維が荷重の大部分を受け持っており、貫通孔などによって途切れないことが荷重伝達の点で望ましい。部材どうしをつなぐ継手部分や損傷が生じたときに修理される補修部分でも、穿孔による繊維切断を避けるため、接着継手や接着補修が望ましい。それゆえ積層板の接着構造は今後の複合材料の適用増加に伴って益々増えることが予想される。接着構造は実用上の制約から板厚方向に非対称な形態であるsingle-strap joint (Fig.1(a))やsingle-lap joint (Fig.1(b))が多く採用されているが、不連続部分での応力集中の発生に加え、荷重線の偏心を有しているため曲げ変形が生じ、接着部分の剥離を誘発しやすい。これらの継手先端や剥離部分で、応力分布などの挙動を詳しく知り、損傷の進展挙動を精度良く予測することは、接着構造を広く実用化するために不可欠な課題となっている。この接着構造の挙動の解析にあたっては、荷重の偏心による幾何学的に非線形な挙動に対応できる非線形有限要素解析に頼っているのが現状で、現象を力学的な側面から詳細に理解しているとは言い難い。

本研究の目的

本研究では実用上多用されつつあるsingle-lap jointとsingle-strap jointで、偏心と剥離を持つ一般的な場合についてその力学的挙動を明らかにするとともに、解析解を有する簡易な解析モデルを提案してその精度を考察し、実験との比較を行う。このモデルを用いて、破壊力学のパラメータである剥離によるエネルギ解放率の定式化を行う。また、解析解から有限要素法等の数値解析では導出が困難な、荷重方向長さを無限長にとった極限における挙動を導く。更に、このモデルと表面のひずみ計測を併用し、剥離進展の検出に応用できることも示す。

解析モデル

偏心と剥離を有する積層板接着構造に関して2次元の解析モデルを作り、解析解を導出した。まず接着された2つの部分構造間に生じる荷重伝達の遅れについて、その発生の原因となる力を自己平衡力として分離できることを示し、この力に着目して境界領域を2層のはりとそれをつなぐバネでモデル化した。この境界領域のモデルを組み込んだ全体解析モデルを構築して大たわみを考慮した定式化を行い、解析解を求めた。

この解析モデルの流れをFig.2に示し、その手順を以下にまとめた。

(1)境界領域を考慮する点を決定

(2)境界領域に働く自己平衡力から境界領域長さの算出

(3)境界領域を考慮した全体の解析

(4)境界領域周辺の詳細な解析及び自己平衡力の算出

荷重伝達の遅れが生じるのはFig.2(1)で示したように剥離先端及び補強板先端付近であり、これらの点における力のうち自己平衡力を取り出して、Fig.2(2)に示したように自己平衡力の仕事から境界領域長さを求める。解析モデルはFig.2(3)のような軸方向に梁と境界領域が連結した簡易なモデルとなり、大たわみを考慮した解析解が得られる。剥離先端及び補強板先端付近の詳細な解析はFig.2(4)に示したように、自己平衡力が一端に働く半無限長のモデルにおいて微小変形を仮定した解析によって得られる。この自己平衡力によって新たな境界領域長さが得られるのでその値に更新してFig.2(3)に戻って再度解析を行う。このループを繰り返すと境界領域長さは収束し、精度の高い解が得られる。

剥離先端近傍ではFig.3に示すように局所的な曲げ変形が生じる。解析モデルの考察により、剥離先端から境界領域長さ分だけ内部に入った点で偏心と等価な集中モーメントが働いて曲げ変形が生じるが、引張荷重の働く梁は大たわみと等価な分布回転ばねの効果によりその傾きが抑制されると解釈できる。それゆえに剥離先端近傍のみの局所的な曲げ変形が生じる。

本解析モデルの特長は、剥離先端ではなく境界領域長さ分だけ内部に入った点で実質的に荷重伝達が生じている、つまり荷重伝達には境界領域長さ分だけの遅れがあることをモデル化したことである。この境界領域の全体挙動などに対する影響に関しては次節で詳細に述べる。また、解析解を有することから有限要素法等の数値解析と比較して極限値を容易に求めることができ、一様引張歪が小さくなく軸方向長さが十分に大きいときの極限値を定式化し、端末の境界条件に依存しない挙動となることを示した。

得られた解析解に基いて、剥離進展に伴う破壊力学パラメータとしてエネルギ解放率を導出し、大たわみを考慮した定式化を行った。曲げ変形に伴うエネルギ解放率は集中モーメントが働く点の曲率の二次式で表されることを示し、剥離長さによって大きく変化することを明らかにした。

境界領域の影響

境界領域を考慮することで簡易な解析モデルでありながら、剥離によるエネルギ解放率、剥離先端の歪分布および曲げモーメントを高精度に求められることを示す。

Fig.4にsingle-strap jointの突合せ部分から生じた剥離によるエネルギ解放率を示した。本解析モデル(Present model)と境界領域を考慮しない梁理論によるモデル(Original model)及び平面歪要素を用いた非線形有限要素解析(FEA)の結果を示している。本解析モデルと有限要素解析の結果は良く一致しており、境界領域のモデル化の必要性を示している。また、Fig.5に剥離先端付近のstrap表面の歪分布を示した。歪分布においても本解析モデルと有限要素解析の結果は良く一致していることが確認できる。

Fig.6にsingle-lap jointの継手先端の無次元化曲げモーメントkと、一様引張歪 Fx/A11p 及び継手のアスペクト比 Lov/2/tp に依存する無次元数 αovLov との関係を示した。本解析モデルと非線形有限要素解析(FEA)の他に、single-lap jointの解析モデルとして良く知られているGolandとReissnerによるモデル(GR)、Hart-Smithによるモデル(HS)、Oplingerによるモデル(Op)による結果を示している。これらの解析モデルは有限要素解析による結果とずれが生じているが、本解析モデルは非常に良く一致していることが分かる。Fig.7に継手先端からの剥離によるエネルギ解放率を示した。本解析モデル(Present)は非線形有限要素解析(FEA)結果と良く一致しており、境界領域を考慮しないモデル(Original)では継手部分の剛性を過大に評価しているため、エネルギ解放率を低く見積もっていることが分かる。また、剥離進展と共にエネルギ解放率は増加し、不安定な進展挙動となることが分かる。

表面の歪と剥離進展の関係

Fig.8にsingle-strap jointにおける、strap表面に貼った歪ゲージの剥離進展に対する応答を示した。本解析モデル、境界領域を考慮しないモデルおよび実験による結果を示している。剥離が進展して歪ゲージに近付いてくると歪は増加し、真下を通過する際に大きく減少し、更に進展して通り過ぎると再び増加する挙動を示す。Fig.9にsingle-lap jointの継手先端からの剥離に対する応答を示し、single-strap jointと同様の応答が解析によって得られた。Fig.8,9から、表面の歪センサー出力の変化により偏心を伴う剥離進展を検出できることがわかる。

Fig.1 剥離と偏心を有する積層板接着構造

Fig.2 本解析モデルの流れ

Fig.3 剥離先端付近の曲げ変形と表面の歪分布

Fig.4 剥離によるエネルギ開放率に対する境界領域の影響

Fig.5 剥離先端付近の歪分布

Fig.6 無次元化曲げモーメントk(=-Mp(LL)/Fxe)と無次元数αovLovの関数

Fig.7 継手端からの剥離によるエネルギ開放率 (LdL=LdL,Fx/t=100[MPa])

Fig.8 Strap表面の歪ゲージの剥離に対する応答

Fig.9 被着材表面の歪と剥離進展の関係

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)西野峰之提出の論文は、「積層板接着構造の力学的挙動」と題し、本文5章及び付録9項から成っている。

樹脂材料を炭素やガラスなどの補強繊維で強化した繊維強化複合材料は、優れた比強度・比剛性を有し、航空宇宙分野をはじめとして様々な構造物へ適用されている。この複合材料は通常複数の層を積層した積層板として使われる。積層板ではそれぞれの層内の繊維は貫通孔などによって途切れないことが荷重伝達の点で望ましく、部材どうしをつなぐ継手部分や損傷が生じたときに修理される補修部分でも、穿孔による繊維切断を避けるため、接着継手や接着補修が望ましい。それゆえ積層板の接着構造は今後の複合材料の適用増加に伴って益々増えることが予想される。接着構造は実用上の制約から板厚方向に非対称な形態であるsingle-lap jointやsingle-strap jointが多く採用されるが、不連続部分での応力集中の発生に加え、荷重線の偏心があるため曲げ変形が生じ易く、接着部分のはく離を誘発しやすい。これらの継手先端やはく離部分で、応力分布などの挙動を詳しく知り、損傷の進展挙動を精度良く予測することは、接着構造を広く実用化するために不可欠な課題となっている。この接着構造の挙動の解析にあたっては、荷重の偏心による幾何学的に非線形な挙動に対応できる非線形有限要素解析に頼っているのが現状で、現象を力学的な側面から詳細に理解しているとは言い難い。本論文では実用上多用されつつあるsingle-lap jointとsingle-strap jointで、荷重偏心とはく離を持つ一般的な場合についてその力学的挙動を明らかにするとともに、解析解を有する簡易な解析モデルを提案してその精度を考察し,実験との比較を行っている。更に、このモデルと表面のひずみ計測を併用し、はく離進展の検出に応用できることも示している。

第1章は序論であり、積層板接着構造の工学的問題点や、従来の解析的及び実験的な研究成果を詳細にまとめ、本論文の研究目的を述べている。

第2章では、2次元の解析モデルを作りそれに基いた解析解を導出している。まず接着された2つの部分構造間の荷重伝達の遅れについて、その発生の原因となる力を自己平衡力として分離できることを示し、この力に着目して境界領域を2層のはりとそれをつなぐバネでモデル化している。この境界領域モデルを組み込んだ全体解析モデルを構築して大たわみを考慮した定式化を行い、解析解を求めている。さらに得られた解析解に基いて、はく離進展に伴う破壊力学パラメータとしてエネルギー解放率を導出している。

第3章では、single-strap jointの解析を第2章で求めた解析解を用いて行い、実験と比較検討している。実験では炭素繊維強化複合材料の接着試験片を使い、はく離の進展とそれに伴う変形やひずみ挙動を詳細に計測し、得られたはく離長さと変形の関係を解析結果と比較し、両者が良い一致を示すことを確かめている。同時に、表面でのひずみをモニターすることで、はく離の進展量を精度良く求められることも示し、表面ひずみの計測がはく離検出に有効であることを見出している。また、single-strap jointがき裂発生部位の片面パッチ補修後を模擬した2次元モデルと同じであることに着目し、パッチ補修部の挙動解析への応用を試みている。比較対象として楕円状パッチを接着した補修構造の3次元非線形有限要素解析を行い、その結果がパッチのアスペクト比の増加に伴ってここで求めた解析解に近づくことを確認し、ここでの解析モデルの利用範囲についての知見を得ている。

第4章では、single-lap jointの解析を行っている。これまで広く用いられてきた他の解析モデルと比較検討を行い、オーバーラップ部分の長さによらずここで開発したモデルが有限要素解析結果と極めて良く一致していることを示し、その有効性を確認している。特にエネルギー解放率によるはく離進展の評価から、異なる材料の部材接着では、両部材の板厚を調節してそれぞれの引張剛性を等しくすべきであることを、理論的に考察している。また曲げと引張のエネルギー解放率への寄与に注目し、single-lap jointではオーバーラップ部分と非オーバーラップ部分をできるだけ長くとることで、曲げに起因するエネルギー解放率を小さくでき、構造的に有利であることを示している。更に、はく離進展に伴ってエネルギー解放率が増大して不安定なはく離進展に発展することから、早期のはく離検出が重要であり、そのためには表面のひずみ計測が有効であることを示している。

第5章は結論であり、本論文の成果をまとめている。

以上要するに本論文は、複合材料積層板で使われる接着構造の力学的な考察を行い簡易モデルを提案し、その解析解を求めて実用的な有効性を示したもので、今後の高信頼性複合材料構造の発展への寄与が期待されるものであり、航空宇宙工学及び複合材料工学に貢献する所が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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