学位論文要旨



No 121153
著者(漢字) 大坂,淳
著者(英字)
著者(カナ) オオサカ,ジュン
標題(和) 超音速せん断流れ内に形成される縦渦の構造および混合促進効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 121153
報告番号 甲21153
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6243号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 津江,光洋
 東京大学 助教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

次世代宇宙往還機のエンジンとして,スクラムジェットエンジンに注目が集まっている.スクラムジェットエンジンの実現を妨げる問題の一つに,超音速空気流と燃料流の混合に関する問題がある.このような圧縮性の大きな流れ場では,流れ場内に存在する微小擾乱の増幅率が低下し,渦構造の成長ひいては乱流混合の抑制が引き起こされる.この結果,燃焼効率およびエンジン性能の低下へとつながる.

流れ方向に軸を持つ縦渦は,上記のような圧縮性の影響を受けにくいということが過去の研究により示唆されている.本研究においても縦渦構造が研究対象である.一般に,速い流れと遅い流れが平行に流れるせん断流れは,流れ方向擾乱に対して不安定である(一次不安定性).この結果,流れ場内の流れ方向擾乱が成長して,せん断層内にはスパン方向渦列が形成される.さらに,スパン方向渦列を含むせん断流れはスパン方向擾乱に対して不安定であり,三次元的な縦渦構造が発達することが知られている(二次不安定性).非圧縮性せん断流れにおいては,実験および解析的に,縦渦構造に関する研究が行われてきた.

本研究では,圧縮性せん断流れにおいて,二次不安定性によって励起される詳細な縦渦構造および縦渦の混合促進効果を調べることを目的としている. 線形安定性解析

本研究において対象とする流れ場を第1図に示す基本流れとして,双曲正接型速度分布を採用した.流入部および流出部における数値計算上の問題を避けるために,基本流れは全域超音速とした.その結果,速度比0.6,密度比1.0,移流マッハ数0.4の流れ場を採用した.

線形安定性解析では,スパン方向渦列を含むせん断流れ(基本流れ)の,擾乱に対する不安定性を調べた(二次不安定性問題).一次不安定性問題から得られた解を基本流れとして用いた.

二次不安定性解析の結果,スパン方向擾乱と流れ方向擾乱のスケール比が0.733となるスパン方向擾乱が最も成長しやすいことが明らかとなった.第2図には,y-z平面における渦度,速度場が示されている.(a),(b)はそれぞれコアおよび鞍線が存在する平面である.両者において,流れ方向渦が存在し,その回転方向は逆向きであることがわかる.

空間発展計算

対象となる流れ場のパラメータは,線形安定性解析と同様のものが用いられた.流入部において擾乱を課すことにより,渦構造を誘起した.

本研究では,議論を明快にするために,以下に示す3種類の場合を採用した.最も増幅率の大きな擾乱のみを含む場合 (case 1).

上記の擾乱およびその倍波擾乱を含む場合 (case 2).

増幅率が正である全ての擾乱を含む場合 (case 3).

本節では,case1およびcase3の結果のみを示す.流入部において付加される乱れの周波数によって,これらは区別される.擾乱の周波数は,一次不安定性問題から定められた.三次元渦構造を励起するために,固有関数にスパン方向の変形を与えた.Case3において,スパン方向擾乱の波長による影響が調べられた.このため,最も成長しやすい流れ方向擾乱の波長に対して0.5倍から3.0倍の範囲で,スパン方向擾乱の波長を変化させた.

本研究では,支配方程式としてNavier-Stokes方程式を採用した.基本量を3次精度MUSCL内挿したSHUS法を用いて流束を評価し,粘性項は2次精度の中心差分によって評価し,時間積分には3階3次精度のR.K.法を用いた.

第3図(a)に,Case1における二次元計算の結果を示す.流入部において導入された擾乱が成長し,飽和に至っている様子がわかる.第3図(b)〜(d)に,Case1における三次元計算の結果を示す.スパン方向渦構造が飽和に至った後,スパン方向渦に絡み付くように成長する,細い管状をした渦構造(図中 (1))が観察される.この渦構造により,スパン方向渦は,スパン方向に変形を受けている.以下では,スパン方向に変形した渦構造を,「完全にスパン方向に回転軸を持つ」スパン方向渦と区別するため,「コア」と呼ぶことにする.このような細い管状の渦構造は,二次元計算では存在しない.第3図 (d) には,流れ方向渦度の等値面が示されている.黒と白の領域では,それぞれ,x軸正の向きおよび逆向きの回転軸を有している.第二不変量が正かつ,流れ方向渦度が存在する領域に,縦渦構造が存在することとなる.これより,管状の渦構造は縦渦であることがわかる.過去の非圧縮性せん断流れに関する研究においても,同様の渦構造が観察されている.これより,第3図における,コアに絡み付く渦構造は,非圧縮性せん断流れ内に成長し得る「リブ構造」と同様の構造であると言える.また,第9図中の点線部に注目すると,リブ構造(図中 (3))は,コア(図中 (2))とは逆向きの回転方向を有していることがわかる.上記の事実は,二次不安定問題の解として得られた流れ場(第2図)においても見受けられた点である.コアおよびリブ構造はそれぞれ,二次不安定性問題における,neutral modeおよびスパン方向擾乱に対応すると言える.従って,本研究において用いた励起方法によって,流れ場の二次不安定性を励起することが可能であることがわかる.

第4図(a)には,Case3における二次元計算の結果を示す.この場合には,増幅率が正となる全ての擾乱を含むため,スパン方向渦は飽和に至らず,無限に成長し続ける.x=200付近までは,一定の波長を持つスパン方向渦構造が存在している.これは,成長初期段階では,最大の増幅率を持つ擾乱が顕著に成長するためである.このようにして形成された渦構造のエントレインメント効果により,せん断層のスケールは大きくなる.これに伴い,低周波の擾乱が成長しやすくなる.x=200よりも下流では,このような擾乱が成長を始めるため,ペアリングなどの非線形現象が起こる.その結果,一見不規則な渦構造が見受けられるようになる.第4図(b)〜(d)には,Case3における三次元計算の結果の一部を示す. Case1と同様に,コアに絡み付くように成長するリブ構造が存在することがわかる.また,コアとリブが逆の回転方向を持っているという点も,Case1と共通する点である.これより,渦構造が不規則に成長するような,現実の流れ場に近い場合においても,流れ場の二次不安定性により,リブ構造が成長することがわかる.擾乱のスパン方向波長を0.5から3.0まで変化させた場合にも,同様のリブ構造が観察された.

リブ構造がせん断層の成長に及ぼす影響を調べるために,せん断層厚さを算出した.ここでは,実験において形成されるせん断流れにより近いCase3のみを取り扱うこととする.せん断層厚さの定義には,ピトー圧分布を利用した.スパン方向にせん断層厚さを平均することによって,三次元計算の場合におけるせん断層厚さを定義した.第5図には,Case3における,x方向へのせん断層厚さの変化を示す.比較のため,二次元計算の結果も示されている.流入部からx=300付近までは,リブ構造が成長していない.このため,この領域では二次元計算の場合と比べてせん断層厚さに変化はない.x=300より下流では,リブ構造が十分に成長しており,それぞれの場合において,せん断層厚さに変化が見受けられる.特に,スケール比が1となる場合においてせん断層厚さが最も大きくなっていることがわかる.

x=300から600までの領域において,せん断層の成長率が見積もられた.成長率は,最小自乗直線の傾きとして与えられる.第6図には,せん断層の成長率とスケール比の関係を示す.第6図より,いずれの三次元計算においても,二次元計算よりも大きな成長率が得られていることがわかる.特に,スケール比が1付近となる場合に成長率は最大となり,二次元計算に比べて約55%の増加が認められる.

二種類のスパン方向擾乱を含む場合の流れ場の様子が第7図に示されている.スケール比0.5と1.0のスパン方向擾乱を含む場合(0.5-1.0 case)と,スケール比1.0と2.0のスパン方向擾乱を含む場合(1.0-2.0 case)が採用された.両者において,顕著に成長しているリブ構造のスケール比は1.0であることがわかる.この結果より,最大の成長率を与えるスパン方向擾乱が,最も成長しやすいことが確認された.

結論

本研究では,超音速せん断流れの二次不安定性により誘起される縦渦構造を調べた.その結果として得られた結論は,以下のようにまとめられる.

二次不安定性問題において,コアおよびサドル部に観察された縦渦対の回転方向は逆向きとなった.

二次不安定性問題において,最大の増幅率を与えるスパン方向擾乱のスケール比は,0.733付近の値となった.

三次元計算において用いられた励起方法によって,流れ場の二次不安定性を励起することができた.

三次元計算において,流れ場の二次不安定性によって励起された縦渦構造の非線形発達を捉えることができた.

三次元計算において,縦渦構造の影響により,せん断層厚さおよび成長率は二次元計算の場合に比べて増加した.

三次元計算において,最大の成長率を与えるスケール比は1.0付近の値となった.

複数のスパン方向擾乱を含む場合,最大の成長率を与えるスパン方向擾乱が最も顕著なリブ構造へと成長する.

第1図 流れ場の概要

第2図 y-z平面におけるスパン方向過度および速度ベクトル場

第3図 Case1における流れ場の様子

第4図 Case3における流れ場の様子

第5図 せん断層厚さのx方向推移

第6図 せん断層の成長率とスケール比の関係

第7図 二種類のスパン方向擾乱を加えた場合の流れ場

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)大坂淳提出の論文は,「超音速せん断流れ内に形成される縦渦の構造および混合促進効果に関する研究」と題し6章から成っている.

次世代宇宙往還機のエンジンとして,スクラムジェットエンジンが注目されている.これは,ラムジェットエンジンの一種であり,大気中の酸素を酸化剤として使用する.このため,ロケットエンジンのように大量の酸化剤を携行する必要がないという利点を持つ.従来のラムジェットエンジンでは,吸入した空気を圧縮する際に,これを亜音速まで減速する.しかしながら極超音速飛行を目指す場合,空気流を亜音速まで減速すると,過度の温度上昇をまねき,エンジンは深刻な障害を受ける.スクラムジェットエンジンでは,空気流の圧縮を超音速にとどめ,この問題を回避する.一方空気流が超音速の場合,圧縮性の増大とともに流れ場の安定性は増大し,乱流混合が極めて進みにくくなるという問題が生じる.この結果燃焼効率が低下し,エンジンの性能は低下する.したがって,スクラムジェットエンジン開発においては,燃焼器内における超音速空気流と燃料流の混合促進が重要な課題となる.

一般に,平行に流れる二つの流れの間に形成されるせん断流れの乱流遷移過程は,以下のように説明される.まず流れ場の一次不安定性により,流れ場中の流れ方向擾乱が増幅され,スパン方向に軸を持つ渦が形成される.その後,流れ場の二次不安定性により,スパン方向擾乱が成長し,縦渦が形成される.渦により巻き込まれた流体は,やがて分子レベルで混合する.このように,渦の発生原因である流れの不安定性の増大が,混合促進には重要であると考えられる.

従来の研究から,圧縮性の増大とともに一次不安定性は著しく抑制されることが明らかになっている.しかしながら,縦渦は圧縮性の影響を受けにくいため,混合促進に有効であると考えられている.本研究では超音速せん断流れにおいて,二次不安定性によって励起される詳細な縦渦構造および縦渦の混合促進効果を調べることを目的としている.

第1章は序論であり,亜音速せん断流れの一次不安定性,二次不安定性について概観している.また,二次不安定性によって成長する縦渦構造に関する研究に対する目的や意義を明確にしている.

第2章では,縦渦構造を調べる手法の一つである,線形安定性解析に関して記述されている.流れの支配方程式および線形安定性解析の定式化について説明がなされており,また数値解法について説明が加えられている.

第3章では,線形安定性解析から得られた知見が述べられている.まず,流れ場の一次不安定性によって,スパン方向渦構造が形成される様子が示されている.その後,この流れ場を基本流れとした二次不安定性問題から得られた流れ場に関する考察が示されている.その結果,二次不安定性によって,スパン方向擾乱は流れ場内で成長し得ることが明らかにされている.しかしながら,本解析手法では,スパン方向渦が変形を受ける段階までは記述できるものの,縦渦への成長段階までは記述できないため,擾乱の非線形成長を調べる他の手法の必要性が述べられている.

第4章では,空間発展計算に関して記述されている.流れの支配方程式,数値解法について説明されている.これに加え,二次不安定性を励起するために対象となる流れ場に導入する3種類の擾乱特性およびその導入方法が示されている.

第5章では,空間発展計算から得られた結果について記述されている.最大の増幅率を持つ擾乱のみを導入した場合,上流では線形安定解析における二次不安定性問題と同様の流れ場が得られている.この結果から,本研究で用いた励起方法によって二次不安定性を励起することが可能であることが明らかにされている.また,流下とともに,コアに絡みつくような管状の縦渦構造(リブ構造)が形成されることが示されている.この結果を踏まえ,実験において形成されるせん断流れを模擬することを目的として,正の増幅率を持つ全ての擾乱を導入した場合における結果について述べられている.この場合,擾乱を導入しない二次元計算と比べて,リブ構造によってせん断層厚さが増加することが明らかにされている.特に,スパン方向渦とリブ構造の波長が同じ場合に,最もせん断層厚さが増加し,最大の混合促進効果が得られると結論づけている.また,二つのスパン方向擾乱を導入した場合には,混合促進効果が抑制されることが示されている.

第6章は結論であり,本論文において得られた結果を要約している.

以上要するに,本論文は,数値計算を用いて超音速せん断流れの二次不安定性によって形成される縦渦の構造およびその成長機構を詳細に調べるとともに,縦渦による混合促進効果を明らかにしたものであり,航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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