学位論文要旨



No 121154
著者(漢字) 佐藤,英司
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,エイジ
標題(和) 弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する研究
標題(洋)
報告番号 121154
報告番号 甲21154
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6244号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 小紫,公也
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

近年、弱電離プラズマを用いた流れ制御技術が注目され、流れとプラズマの干渉について盛んに研究が行われている。本技術はプラズマを用いた電気的手法であるため、小型化が可能、可動部がないことから機械的劣化が少ない、ON-OFFの制御が容易、などの利点がある。

本技術を用いたアプリケーションとしては、低速流から高速流まで幅広く提案されており、オフデザイン飛行時におけるエンジンインテークの衝撃波制御、スラットやフラップなどの高揚力装置の代替となるような翼面上の剥離制御、航空機騒音の低減など様々なものがある。

中でも、高速流において現れる衝撃波の制御は、航空宇宙分野において広い応用範囲があり特に注目を集めている。プラズマと衝撃波の干渉に関する研究については、主に定常衝撃波を扱うアプリケーションの観点のみならず、基本的物理現象を明らかにすることに主眼をおいて、伝播衝撃波についても調べられている。

これまでの弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する研究から、プラズマ中を伝播する衝撃波について、衝撃波の加速、減衰、変形の3つの特異な現象(衝撃波の特性変化)が観察され、その現象を説明するメカニズムとしてthermal effectとnon-thermal effectが提案された。

thermal effectとは、弱電離プラズマが生成するジュール熱により、空間に非一様な温度分布が形成され、それに伴い気体の物性値が変化し、最終的に衝撃波の特性変化が生じるという概念である。一方、non-thermal effectとは、thermal effect以外のプラズマ固有の効果のことで、electric double layerなど、thermal effectでは無視したプラズマのミクロなレベルの影響を考慮した概念である。現在のところ、衝撃波特性変化のメカニズムについて未だ完全なコンセンサスは得られていない。

以上の背景から、本研究の目的は、プラズマを用いた衝撃波制御の実現に先立ち、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する未解明な物理現象の解明に力点をおき、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する、衝撃波の加速、減衰、変形のメカニズムを明らかにすることである。そして、そのメカニズムを明らかにするために、関連研究で不十分であった、1.プラズマ中を伝播する衝撃波の可視化、2.伝播する空間の温度分布計測とそれに基づく数値計算、3.衝撃波伝播中のプラズマの状態計測を行った。

本研究の実験では衝撃波管を用いる。衝撃波管内に連続DCグロー放電で弱電離プラズマを生成した後、その領域に衝撃波を入射し、非定常な伝播衝撃波とプラズマの干渉について、以下に示す各種実験を行った。

本研究では、可能な限り単純な波面構造をもつ垂直衝撃波が観測領域に入射してくるように、放電電極を流路の下壁に埋め込み、衝撃波が電極に衝突して反射波などが生じないセットアップを採用した。また、流路の中で、局所的な表面放電を行うことにより、観測領域内にプラズマの影響が強く及ぶ領域とそうでない領域をより明確につくり出し、それらを対比しながら衝撃波の伝播過程を観察した。試験気体は空気を基本とし、必要に応じてアルゴンを用いて空気の場合と比較した。

上記のセットアップに対し、以下の実験を行った。

可視化実験

本研究の中心となる実験であり、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉の様子を、シュリーレン法を用いて可視化した。

放電発光強度計測

放電プラズマの状態を、時系列的かつ定量的に確認するため、光電子増倍管を用いてプラズマ発光強度の時間依存性計測を行った。

発光分光計測

試験気体が空気の場合に、発光分光法を用いて、衝撃波入射前の定常状態における温度分布計測を行った。また、瞬間的なプラズマの状態を把握するため、同様のセットアップを用いて衝撃波伝播中の非定常状態における発光スペクトル強度の計測も行った。

レーザー吸収分光計測

試験気体がアルゴンの場合に、レーザー吸収分光法を用いて温度分布計測を行った。

これまでの弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する研究では、衝撃波管を用いた実験的研究が主に行われ、温度分布データの不足もあり、数値解析はあまり行われてこなかった。そこで、本研究では衝撃波管実験を模擬する数値計算を行い、プラズマと伝播衝撃波の干渉について詳細な解析を試みた。

本計算では、放電プラズマについて素過程などを考慮したモデル化は行わず、プラズマは流れ場に非一様な温度分布を与える効果(thermal effect)のみを及ぼすものとして扱う。この設定により、実現象からプラズマ固有の効果を取り除いた場合の解析を行うことができるため、純粋に衝撃波に対するthermal effectの影響について調べることができる。つまり、この状況設定の数値計算によって実験結果を再現することができれば、それはthermal effectの有力な証拠となる。本計算では基礎方程式として層流圧縮性Navier-Stokes方程式を用いた。

発光分光法を用いた空気の温度分布計測について、電流値が大きいほど温度が高くなり、最大のI = 115 mA (陰極)の場合にピーク温度は約1600 Kであった。陰極と陽極では陰極面上の方が温度が高く、流れ方向の分布については電極を中心にしてほぼ対称的であった。また、空間の温度は放電開始から衝撃波の入射タイミングを含む数秒間の間で大きく変化しないことが分かった。

レーザー吸収分光法を用いたアルゴンの温度分布計測について、ピーク温度は約1100 K (I = 90 mA)であり、空気の場合よりもピーク位置が電極表面に近く、非一様な温度領域が電極近傍の局所領域に限られることが分かった。

空気とアルゴンの温度分布を比較すると、電流値が多少異なるが、空気の場合の方がピーク温度が高く、また非一様な温度領域が電極から離れた測定部遠方にも及んでいることが分かった。これらの違いは、両者の放電電流・電圧と熱伝導率の違いによると考えられる。

シュリーレン法を用いた可視化による干渉の観察について、試験気体が空気の場合には、プラズマの影響は発光している電極(10 mm)近傍の局所領域に限らず、そこから25 mm程度離れた遠方にまで及んでいることが分かった。一方、試験気体がアルゴンの場合には、その影響は電極近傍領域にしか及んでいないことが分かった。

プラズマ中を伝播する衝撃波は、プラズマが存在しない場合の垂直形状から変化し、鉛直方向と水平方向に湾曲して3次元の構造変化を起こすことが分かった。

衝撃波の通過に伴いプラズマの発光強度や放電電流が減少し、その減少は衝撃波マッハ数が大きいほど速いことが分かった。つまり、衝撃波マッハ数が小さいほど、プラズマの影響が測定部に残る状態にあると言える。

放電プラズマは、衝撃波マッハ数(Ms)が1.6や2のような比較的強い衝撃波の通過に伴い最終的には消失することが分かった。これは、衝撃波の通過に伴う圧力上昇と、衝撃波背後の誘起された流れによって消失すると考えられる。しかし、Ms = 1.04のような弱い衝撃波が、電流値 (I = 115 mA)の大きいプラズマ中を伝播する場合には、プラズマは消失しないことが分かった。

数値計算による干渉の解析について、分光法を用いた温度計測から得られた非一様な温度分布のみを与えた数値計算によって、実験で観察された衝撃波の特性変化を定性的に再現することができた。

また、これまで実験的に観察されていた衝撃波の加速・減衰のみならず、空間の温度分布に応じて、衝撃波は減速・圧力回復へとその伝播特性を変化させることが分かった。

弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する、衝撃波の特性変化である衝撃波の加速、減衰、変形のメカニズムを明らかにするため、関連研究では不十分であった、プラズマ中を伝播する衝撃波の可視化、伝播する空間の温度分布計測とそれに基づく数値計算、衝撃波伝播中のプラズマ状態の計測を行った。その際、これまでの研究とは異なる衝撃波管測定部のセットアップを採用し、干渉の様子がより明確になる設定で実験を行った。その結果、以下の知見が得られた。

これまで、弱電離プラズマ中を伝播する衝撃波の明瞭な可視化画像は極めて少なく、干渉の全体像が理解されていなかったが、本研究のシュリーレン法を用いた可視化実験から、プラズマ中を伝播する衝撃波は、プラズマが存在しない場合の垂直形状から変化し、鉛直方向と水平方向に湾曲して3次元の構造変化を起こすことが分かった。

これまで詳しく調べられていなかった衝撃波伝播中のプラズマの状態を、放電発光強度と発光スペクトル強度計測から解析し、衝撃波の通過に伴いプラズマの発光強度や放電電流が減少し、その減少は衝撃波マッハ数が大きいほど速いことが分かった。つまり、衝撃波マッハ数が小さいほど、プラズマの影響が測定部に残る状態にあると言える。

計測例が不足していた流れ場の温度分布を分光法を用いて計測した。その結果に基づいて流れ場に非一様な温度分布のみを与えた数値計算を行い、実験で観察された衝撃波の特性変化を定性的に再現することができた。また、数値計算による詳細な解析から、これまで実験的に観察されていた衝撃波の加速・減衰のみならず、空間の温度分布に応じて衝撃波は減速・圧力回復へとその伝播特性を変化させることが分かった。

非一様な温度分布のみを与えた数値計算により衝撃波の特性変化を定性的に再現できたことは、

特性変化のメカニズムとして、thermal effectが支配的であることを示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)佐藤英司提出の論文は「弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関する研究」と題し、5章及び付録2項から成っている。

弱電離プラズマを用いた衝撃波の制御は、航空宇宙分野において広い応用範囲があり、近年盛んに研究が行われている。中でも、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉現象については、プラズマ中を伝播する衝撃波の特性変化に関する現象が報告されたが、そのメカニズムについての完全なコンセンサスは得られていない。このような背景から、本論文では、そのメカニズムについて実験的、数値的研究を行い、多角的な視野のもとにメカニズムの解明を行っている。

第1章は序論であり、弱電離プラズマを用いた流れの制御について概観されている。さらに、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉に関わる研究の現状を概観し、プラズマ中を伝播する衝撃波の特性変化(衝撃波の加速・減衰・変形)が報告されているものの、未だそのメカニズムについて完全なコンセンサスが得られていないことが指摘されている。そのような現状を踏まえ、従来の研究で不十分となっている、プラズマ中を伝播する衝撃波の可視化、プラズマ領域の温度分布計測とそれに基づく数値解析、衝撃波伝播中におけるプラズマの状態計測の必要性が述べられている。

第2章では、実験の概要を示している。実験では衝撃波管が用いられるが、そのセットアップについて従来の研究との違いが詳述される。即ち、弱電離プラズマは連続DCグロー放電で局所的に生成され、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉の様子を可視化するためにシュリーレン法が用いられる。さらに、放電プラズマの状態を時系列的かつ定量的に把握するために、プラズマ発光強度の時間依存性計測が行われる。また、分光法による温度計測手法として、試験気体が空気の場合には発光分光法、アルゴンの場合にはレーザー吸収分光法が適用される。

第3章では、本研究で行う数値解析の概要が述べられる。まず、本計算では放電プラズマは流れ場に非一様な温度分布を与える効果(thermal effect)のみがモデル化されることが説明され、この設定において実験結果を再現することができれば、thermal effectが現象のメカニズムとして有力な証拠となるとしている。基礎方程式は層流圧縮性Navier-Stokes方程式であり、具体的な計算領域等が記述されている。

第4章では、実験及び数値解析の結果が示され、干渉のメカニズムが議論されている。

まず、衝撃波到達以前の状態について、分光法による温度計測結果が示され、試験気体が空気の場合の温度分布とアルゴンの場合の温度分布を比較し、空気の方がピーク温度が高く、また非一様な温度領域が電極から離れた測定部遠方にも及んでいることが示されている。そして、これらの違いは、放電電流・電圧と熱伝導率の違いによると説明されている。

このような温度非一様性のある場を衝撃波が伝播する際の干渉の状態をシュリーレン法による可視化で観察し、試験気体が空気の場合にはプラズマの影響は発光している電極近傍の局所領域に限らず、さらに離れた遠方にまで及んでいることが示され、一方、試験気体がアルゴンの場合には、その影響は電極近傍領域にしか及んでいないことが示されている。さらに、プラズマ中を伝播する衝撃波は、プラズマが存在しない場合の平面形状から変化し、鉛直、水平の両方向に湾曲して3次元の構造変化を起こすことを実験的に示している。また、衝撃波の加速・減衰を確認している。

次に、衝撃波伝播中のプラズマ状態計測の結果が示され、衝撃波の通過に伴い放電プラズマの発光強度や放電電流が減少すること、また、それらの減少は衝撃波マッハ数が大きいほど速やかでことが示されている。また、弱い衝撃波が電流値の大きいプラズマ中を伝播する場合には、プラズマは消失しない。

さらに、数値計算による干渉の解析について議論され、実験で観察された衝撃波の特性変化である、衝撃波の変形・加速・減衰現象を、空間に非一様な温度分布のみを与えた数値計算によって再現することができることが示されている。即ち、実験で見られる衝撃波の干渉のメカニズムとして、thermal effectが支配的であることを示唆している。

第5章は、結論であり、弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉のメカニズムとしてthermal effectが支配的であることを強く示唆するとしている。

以上要するに、本論文は弱電離プラズマと伝播衝撃波の干渉について実験的、数値的手法により多角的に調べ、これまで完全なコンセンサスが得られていなかった、弱電離プラズマ中を伝播する衝撃波の加速、減衰、変形のメカニズムを明らかにしており、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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